第4話 角笛



 ——テルミナ帝国東部 ワルツナー伯爵家 屋敷 幻影大隊 第一特殊部隊 第一小隊長 仁科 星夜 少尉 ——




「ア、アレン! どこへ行くというの!? マルス公爵軍がもうすぐそこまで来ているのよ! に、逃げるなら私も連れて行って! 」


 深夜。マルス公爵軍による討伐部軍が向かってくるという報が屋敷中に流れ、俺は伯爵の娘であるアイリーンの部屋から出ようとした所で彼女に引き留められた。


「お嬢様……残念ですがここでお別れです」


 俺は申し訳なさそうに彼女へそう告げた。


 チッ、予定より早い。本来なら軍がやって来る前にこっそり離脱する予定だったのに……マルス公爵が俺たちのことを疑うとは思えない。となれば討伐を命じられた配下の者が功を焦ったのかもしれない。早く脱出しないと危険だ。


「な、なんでよ! もしもの事があったら私を連れてどこまでも逃げてくれるって言ってたじゃない! まずは二人でロンドメルの一族に身を寄せようって……」


「残念ながらそれは不可能です。お父上は処刑されお嬢様は修道院に送られます」


 ここにやって来るのはマルス公爵の寄子の連合軍だ。その中には和田たちが潜入している子爵もいる。子爵は自分に掛かっている疑いを晴らすために一生懸命戦うだろう。まあいくら戦功をあげようが今さら手遅れなんだがな。


 アイリーンと奥様は大丈夫なはずだ。マルス公爵に協力する際に、阿久津が婦女子への暴行を固く禁じさせたからな。それを破れば次はマルス公爵が敵になる。だからきっと大丈夫なはずだ。


「!? い、いやよ! 私はアレンと一緒にいたいの! お願い! 私を連れて逃げて! 」


「……申し訳ございませんお嬢様」


 シーツで身体を隠しながら涙目になっているアイリーンに罪悪感を感じつつもそう告げると、部屋のドアが突然開いた。


「アレン! 貴方ね! 昨日から軍が演習に行っている事も、旦那様がロンドメルの残党と繋がっていることも貴方が漏らしたのね! 」


「奥様なにを……」


 俺は憤怒の表情で入ってきた伯爵の側室の女性に、内心舌打ちしながらそう答えた。


「とぼけないで! 奥様と私しか知らない事が漏れたということは貴方以外考えられないわ! 貴方はマルス公爵により送られた密偵ね! 私とアイリーンに近づいて情報を聞き出しマルス公爵に伝えた。その結果がこれよ! よくも私たちを弄んだ挙句に裏切ったわね! 生きてここから出れると思わないことね! 」


「ア、アレンが密偵……うそ……そんな……」


「……ベッド以外ではなかなか頭が回るんですね奥様。まあそういう事です。ワルツナー伯爵はロンドメルの残党と繋がり帝国を再び混乱に陥れようとした。間違いなく処刑され、家は取り潰されるでしょう。ですがご安心ください。お二人は殺されることはありません。修道院で余生を過ごすことになるでしょう。では私はこれで……」


 俺はそう言ってサングラスを掛けたあと、懐から球形の閃光弾を取り出し床へと転がした。


 その数秒後、部屋は強烈な光に包まれた。


「「きゃっ! 」」


「奥様、お嬢様。楽しいひと時でしたよ。もう二度と会うことはないでしょう。さようなら」


 強烈な光に目を覆う二人に俺はそう告げて窓へ向かって駆け出し、体当たりをして打ち破り裏庭へと降り立った。


「ニシナ殿こっちだ」


「半蔵さん! すみません! 」


 裏に出ると植木の中から半蔵さんの姿が見えた。


 俺はもう二度となることのないアレンという名の執事の姿から別の人間に変え、半蔵さんの後を追い壁を越えて屋敷から脱出した。


「無事か? 」


 屋敷から離れ街の路地裏に着くと、半蔵さんが振り向き俺に怪我はないかと確認してきた。


「ええ、無事です」


「うむ。どうやら討伐軍の指揮官が我々を信用していないようでな。進軍を早めたようだ」


「やはりそうでしたか……皆は……無事伯爵領から離れたようですね」


 俺は予想通りのことにため息を吐きながら携帯を確認した。するとそこには小隊の皆から脱出完了のメールが届いていた。


 ったく、屋敷に潜入していた俺が一番危なかったじゃねえか。指揮官の野郎……この件が終わったら阿久津にチクって報復してもらうからな。


「うむ。拙者はこれから討伐軍の艦隊に同乗しているワダ小隊の援護をしなければならぬ。また次の任地で会おう」


「はい。援護ありがとうございました。あ、半蔵さん! 討伐軍に婦女子への暴行だけはさせないでください」


 俺は闇に消えようとする半蔵さんへ、アイリーンたちが兵の慰み者にならないようにと頼んだ。


「心配には及ばぬ。殿が禁止しておるゆえ、しかと監視しておこう。ニシナ……闇に住む者としてこれだけは言っておこう。情を捨てよ……それが闇に生きる者の宿命さだめよ」


「……はい」


 俺がそう答えると半蔵さんはうなずき、闇に消えていった。


「情か……そんなものは無いが罪悪感がハンパねえな」


 偽りの俺の姿を好きだと言ったアイリーンや奥様の言葉なんか信じちゃいない。


 けど信じていてくれていた人を裏切るってのはな……結構キツイな。


 これが千人斬りを追い求める者が払う代償か……


 いいぜ、耐えてやるよ。罪悪感がなんだ。俺のこの身体は所詮は魔物の身体だ。そして俺は魔神阿久津によって復活した。既に悪魔に魂を売ってるんだ。罪悪感がなんだってんだ。


 俺たちの代わりに復讐をしてくれて、こうして転生までさせてくれた魔神阿久津に借りを返すために。そして生前に億万長者にでもならなきゃできなかった千人斬りという夢を達成するために。


 やってやる……ヤってやるさ!


 俺は痛む胸をそうしてごまかし、仲間が待つ場所へと向かうのだった。






 —— テルミナ帝国 阿久津公爵領都 軍基地 阿久津公爵軍 副司令官 レナード・フォースター中将 ——




《中将閣下。青森と東京及び香川地区の結界を守る陸軍は、ご指示通り夏季休暇を返上し警戒体制を維持しております》


「ご苦労。アラカワ少将、兵から不満が出ると思うがロンドメルの残党が攻めて来るとでも言って濁して欲しい」


《はい、そのように部下には言っておりますが……もう半年以上経過します。悪魔は一体いつになったらやって来るのでしょう? 》


「わからない。だがアクツ様がおっしゃるには、過去にインプを発見してから1年以内に帝国にやってきていたことは確かなようだ」


 まさか悪魔が我々を追って過去に何度も帝国に攻め寄せてきていたとは……それを陛下と上位貴族で密かに葬っていたなど知らなかった。


 帝国人は魔人の末裔であり、私にもその血が流れているのは知っていた。しかしまさか魔界の戦争に敗れて逃げ延び、それを追って悪魔がやって来ていたとはな。この事を初めてアクツ様から聞いた時は本当に驚いた。


《そうですか……結界の塔と飛空艦隊も各地区に駐留していますので、外部からの侵入は防げるとは思います。しかし悪魔がどれほどの力を持っているのかわからない以上、油断はできませんね》


「ケルベロスという3つの犬の頭を持つ魔獣はS−ランクだったと聞いている。5から7メートルほどの体長で素早く動き回りながら火球を吐くそうだ。当時の帝国軍はかなり苦戦したと聞いているが、今の装備であればそこまで苦戦することはないだろう。なにより悪魔は欧州地域に現れる可能性が高い。周囲が海に囲まれているニホン領にはやって来ないだろう」


 どういうわけか帝国本土の過去に現れた場所でインプは確認できなかったらしい。その代わり欧州地域で多数のインプとゲイザーという、一つ目の小型の悪魔が確認された。そのことから欧州に現れる可能性が高いと見て、陛下の命令により大規模な捜索部隊を派遣しているようだ。


 悪魔は強いと聞く。魔界という魔素の濃度の高い世界で生まれ育った悪魔は身体能力が高く、強力な特殊能力を持つらしい。ダンジョンの魔物よりも強く、ランクでは測るのは危険だと皇家に伝わっているようだ。


 しかし当時は飛空艦も魔導戦車も無かった時代だ。今であればさほど犠牲を出さないで討伐することは可能だろう。


 それにアクツ様は帝国の凄腕の冒険者を多く雇ったようだしな。


 そう、かなりの高ランクの者たちだ。まさか上級ダンジョンを短期間で攻略するほどの者が帝国に眠っていたとはな。しかも百人近くも……あれほどの者たちがいったいどうやって今まで知られることなくいられたのだろうか? 


 そのうえアクツ様は領内の革の加工職人を集めて何かを作らせていた。恐らく私の知らない新兵器がまだあるのだろう。


 謎の高ランク冒険者といい新兵器といい、アクツ様はあれほど圧倒的な力を持ちながら領民を守るために準備を怠らない。つくづく仕えて良かったと思える。あとは一族の娘を嫁に出せれば安泰なのだが……最低でもオリビア様以上の見た目と器量の持ち主でなければならないだろう。


 私の一族では難しいな……せめてアクツ様が幼女に興味を持つ方であったなら、一人将来が楽しみな娘がいるのだが……



《欧州といえばマルス公爵の領地。阿久津様の事ですから助けにいくかもしれません。覚悟をしておきますよ》


「フッ、そうだな。そういうお人だったな。この帝国本土の軍もいつでも動けるようにしてある。また共に戦うとしよう」


 ニホン領は帝国以上に強力な結界で守られる。となれば我々は他の領への援軍として駆り出されるだろう。その後はアクツ様のことだ。門と悪魔を率いる者がいる場所に攻め込むはず。


 ククク、悪魔との一大決戦か……勝てば帝国の歴史に名が残ろう。未だに寄親を裏切ったと後ろ指を差されている我がフォースター子爵家の家格も、これで一気に上がるだろう。


《楽しみ……というのは不謹慎ですね。有事の際は帝国とニホン領の公爵軍で力を合わせて悪魔どもを撃退しましょう》


「そのためにも兵たちの士気を落とさぬよう頼むぞ。ではこのあとウォルター少将とイズモ少将とも話せねばならないのでな」


《はっ! では失礼いたします》


 そう画面越しに敬礼をしたアラカワ少将に答礼し、魔導通信を切った。


 いつくるかわからない敵を待つのも一苦労だな。


 準備は着々と整っている。魔導科学研究所を通して飛空艦の新型の結界装置も順次取り付けを終えた。飛空艦のドッグの数が少ないので全ての艦艇にとはいかないが、あれほど強力な結界装置があれば戦艦だけでも十分なはずだ。過去に飛空艦を落としたという、ガーゴイルという悪魔に落とされることはないだろう。


 しかしアクツ様もカーラ女史のことをいつまで隠すおつもりか……できたばかりの、しかも帝国の技師がいる魔道科学研究所であれほどのものが作れるはずがないというのに……


 オリビア様と私のところにライムーン侯爵を初め、上位貴族や魔導技師たちから問い合わせが殺到しているのをなんとかして欲しいものだ。


 私はため息を吐きつつも、アオモリ地区に駐留する第二艦隊司令官のイズモ少将へと回線を繋ぐのだった。






 ——スイス山脈 四魔将軍 鋼鉄のジャマル ——




「ここがチキュウか……なんと美しい世界だ」


 俺はナンシーと配下の者を連れ、山の頂上でチキュウ世界の景色に見惚れていた。


 山の麓にはバラン様が繋げて下さった大門があり、俺の軍が次々と魔界からその門を潜ってやってきている。


「はい。とても美しい世界ですね。魔界に比べると魔素の濃度は少々薄いですが、軍の行動には支障がないかと」


「そうだな。俺も魔素不足によって力を制限されることはなさそうだ。ところでテルミナ大陸だったか? 魔人どもが多く住むその大陸はここからずっと東にあるんだったよな? 」


 確か前にナンシーに説明されたが忘れちまった。俺は地図とか距離とかそういう小難しいことは苦手だ。


「はい。インプたちが書いた地図によりますと、ここはスイスと呼ばれている地域だそうです。ここから東へ大陸を横断し海を渡った先に魔人の国があるそうです」


「大陸を横断して海を渡るのかよ。ベヒーモスを運べるほどの船があるらしいから海を渡るのは問題ねえが……ちと遠いな。なんで今までみてえにテルミナ大陸に繋げてくんなかったんだろうな」


 魔王様にこれまでのように魔人のいる大陸に門を繋げることはできないとは言われていたが、予想以上にこの世界は広そうだ。


 どうりで先陣の俺に1年もの時間を与えられた訳だ。魔王様は魔神バラン様からこの世界の広さを聞いていたんだな。


「確かに予想以上にこの世界は広そうですね。門を直接魔人のいる大陸に繋げることができなかったのは、恐らくテルミナ大陸にあったはずのダンジョンが無くなったからだと思います。それにより魔界や冥界、そして蟲界や幻獣界との繋がりが絶たれ大地の魔力が減少したことが原因かと」


「大地の魔力か……なるほどな。だからここに門を繋げたってわけか」


「恐らくですが……」


「まあいい。この大陸にも魔人はいるみてえだし、街を制圧し魔人どもに恐怖を与えながら進軍するのも面白えか。だがこの世界の魔蟻に群がられて進軍が遅れるのはつまらねえ」


 俺はそう言って過去に魔人どもからインプが手に入れてきたマジックバッグから、魔王様よりお借りした魔神シヴァの角笛を取り出した。


 そして後ろで控える鬼族の族長であり、俺の配下のサイクロプスロードを見上げ角笛を渡した。


「ジギダン、この角笛を吹け。ありったけの魔力を込めてな」


 俺がそういうとジギダンは頷き、角笛を手に取って口元へと運んだ。


 そして大きく息を吸い込み一気に角笛へとその息を送り込んだ。


 その瞬間。


 低く、それでいて心地よい音色が大地に響き渡った。


 ククク、これでいい。


 これで世界中が大混乱に陥る。


 あとは阿鼻叫喚に包まれるこの世界を戦力を増強しながら進むだけだ。


 そして魔人のいる大陸に辿り着いた後は、バラン様を信仰する者を除き皆殺しにしてやる。


 さあ、蹂躙の始まりだ。






 —— テルミナ帝国 帝城 謁見の間 皇帝 ゼオルム・テルミナ——





「暇じゃのう……リヒテンよ。馬鹿貴族どもとの謁見も終わったしもう帰っていいかのう? 家族の顔が見たいんじゃ」


「まだ週末ではありませんぞ陛下。アルディス湖に帰るのは週末だけという約束ですぞ」


「それは魔界の門が見つかるまでという話じゃろうが。半年以上もの間、欧州中を探し回って見つからぬのじゃ。もう門はないんじゃろう。魔界から大軍がやってくるまで門が現れることはあるまい。じゃから余が帝城に寝泊まりする必要もないということじゃ。アルディスとメレスがエルフの森から帰ってきたところなんじゃ。余は家族に会いたいんじゃ! 」


 なんなんじゃ余の配下の者たちは。皇帝を軟禁するなど聞いたことがない。十二神将まで裏切りおって! 余は孤独じゃ。余を心から想ってくれておるのは、この世にはもうアルディスとメレスしかいないんじゃ。


 じゃから余は、余をずっと待っている妻と娘の元に帰りたいんじゃ。


「でしたら尚更です。突然門が現れた時に、帝城に陛下がいないと知られれば逃げたと思われましょう。有事の際に陛下が先頭となりすぐさま命令を下す姿を見せることで民は安心し兵は士気が上がり、悪魔との戦いに勝利することができましょう」


「グッ……い、一理あるがしかし余は家族と……」


「悪魔がやってくるまでの辛抱です。それよりも軍の増設が完了しました。二日後に新たに皇軍に加入した兵への訓示をお願いしますので、こちらの文言を全て覚えてくだされ」


「ぬおっ! こんな長文を覚えるのか!? 」


 なんじゃこれは! 十ページ以上あるぞ!


「アクツ殿に紙に書かれた物を読み上げるのは馬鹿でもできると言われ、全て覚えると言ったのは陛下ですぞ。私も忙しいのです。早く覚えてくだされ」


「む、無理じゃろ! 確かに余は覚えると言ったが、臣下の者なら余の意志を汲み取り三行くらいに短くまとめる物じゃろうが! なぜこんなに分厚いんじゃ! 」


「文官が頭を悩ませながらこれでも3分の1にしたのです。だいたい三行の訓示を受けた兵の士気が上がるはずないではありませんか。諦めて覚えてくだされ」


「ぐぬぬぬ……ではチキュウの小型通信機を用意せい。イヤホンで聞きながら話せばいいじゃろ。なに、魔王にはバレぬて。バレなければいいんじゃバレなければな」


 そうじゃ、臣下の者に読み上げさせて余がそれを口にしていけばよい。我ながら良い考えじゃ。


「アクツ殿がどうせそうすると言っておりました。そして陛下の頭では聞いた言葉をそのまま話すことができないとも。それをテレビで見て笑ってやると」


「な、なんじゃと! おのれ魔王め! 余をコケにしおって! いいじゃろう、覚えて見せてやろう! 余は幼い頃から天才と言われてきて育ったんじゃ。これくらいすぐに覚えてみせるわ! 」


 武術の天才と言われた余にかかればこれくらい……これくらいは……


 ブオオォォン


 ブオオォォン


「ん? なんじゃこの音は……」


 余が訓示が書かれた紙を見て覚えようとした時じゃった。突然耳に低く、そして心地良い音が聞こえてきた。


「はて? なんでしょうな……この音色は角笛でしょうか? なんといいますか懐かしくもあり心地よくもあり……不思議な音色ですな」


「うむ、どこか懐かしさを感じるのう……しかしいったいどこから聞こえてくるのじゃ? 」


「どこからというより頭に直接響いているようにも感じられますな」


「頭にか? 言われてみればそうじゃのう……」


 確かに耳というよりは頭に直接鳴り響いているように思える。不思議じゃ。何かのマジックアイテムかのう?


「へ、陛下! 」


「なんじゃマルス、血相を変えおって」


 余が音の出どころを考察していると、帝城に来ていたマルスが慌てたように謁見の間に飛び込んできた。


「悪魔が! 悪魔の大群がスイスの山脈地帯にて確認できました! 」


「なんじゃと! 間違いないのじゃな!? 」


 余は玉座から立ち上がりマルスにそう確認した。


「はい。ドイツ地域に配備していた観測班が空間の揺れを確認しました。そして衛星で確認したところ、数十体の巨大なサイのような魔獣にケルベロスとガーゴイル。そして馬の頭の悪魔とサイクロプスやオーガなどを確認できました。こちらは20万ほどはいると思われます」


「巨大なサイ……そんなものまでやって来たというのか」


 恐らくケルベロスよりも強いんじゃろうな。それに馬頭の悪魔。これは文献で見たことがある。恐らく先祖を追い出した悪魔の一人であるアバドン族のことじゃろう。


 ククク、そうか。やっと来たか。


「魔王に役目を果たせと伝えよ! そして全軍に召集をかけよ! 余が自ら軍を率いスイスへ向かう! 約束じゃからな。魔王が通る道を余が作ってやろう」


「は、はっ! 至急全軍に通達いたします! 」


「うむ、リヒテン。飛空要塞に行くぞ。訓示は延期じゃ。先に実戦と行こうかの」


「はい。どこまでもお供いたしますぞ」


「共に先祖の恨みを晴らしに行こうとするかの。なに、勝ちは見えておる。こちらには魔王がいるからの」


 魔王がいれば負けはない。余らと同じく魔石をその体内に持つ悪魔どもはあの男の前では何もできぬ。じゃが数が多すぎるからの。余が減らしてやろう。


 ククククク、先祖を魔界から追い出した悪魔どもめ。アデン世界に落ち延びダンジョンにて力を維持し、魔導技術を手に入れ発展させた我ら魔人の強さを思い知らせてくれようぞ。


 余は悪魔との戦いを楽しみにしながら飛空要塞へと向かった。


 しかしこの後、余が悪魔軍のいるスイスに行くことはなかった。


 あの角笛の音。


 あの懐かしい音色は決して余らにとって良いものではなかったんじゃ。


 あれはこの世界に殺戮と混乱を呼ぶ音色だったんじゃ。




 ♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢




「あんっ……コウ、まだ入力が終わってないの。この決済だけでも先にさせて……あっ、そんな強く揉んだらだめだってば……んっ、もう……」


「わかった。待ってるから、でも胸だけいいだろ? 」


 俺は隣の机でパソコンを打ち込んでいるティナの背後からブラウスの中に手を入れ、その白くて豊満なおっぱいを揉みながらお願いした。


「だめよ……私が我慢できなく……んっ……なるから……朝とお昼に隣の部屋でシタのに……あんっ、本当に底無しなんだから」


「なんか発情期EXを飲み続けたからか、飲んでないのにムラムラしちゃうんだ。きっと副作用なんだと思う」


 最近本当に身体がおかしい。今朝も出勤前にレミアとエレベーターの中でしたし、執務室についてからもティナを求めた。昼食の後もティナのお尻にムラムラしてやったというのにまだやり足らない。


 やっぱり発情期EXを飲み過ぎたのかもしれない。でも飲まないと7人の恋人とレミアという愛人の相手を毎日なんてできない。これは仕方のないことなんだ。


 そう、俺は精力剤ジャンキーになってしまったんだ。こんな身体にした恋人たちに責任を取ってもらわないと。


「もう……それなら仕方ないわね……んっ……コウの健康管理は私の役目だから……ここで……いい? 」


「ああ、そのままデスクに手をついて……そう、お尻を突き出して。執務室の鍵は開いているから、誰か入ってくるかもしれないけど気にしないで」


「やっ! そんなこと言わないで恥ずかしい……あんっ! いきなり……」


 俺は恥ずかしがりながらも興奮して濡らしているティナのスカートをめくり、下着をずり下ろして一気に悪魔棒を突き出した。


 そしてティナの胸を後ろから揉みながら、まるで獣の交尾のように激しく腰を動かしティナの中に全て注ぎ込んだ。



 8月も半ばを過ぎ、相変わらず俺は恋人たちとイチャイチャして過ごしていた。


 悪魔たちは相変わらずやってくる気配がない。


 兵たちには気を緩めないように言ってはいるが、総司令官である俺まで気を張りっぱなしじゃ、いざという時に疲れて動きが鈍くなってしまう。


 だから俺はなるべく普段通りの生活をするよう心がけているんだ。


 こうしていつものようにオフィスでティナとするのもそういうことだ。これは司令官としての仕事でもあるんだ。



「もう……誰か入ってくるんじゃないかってドキドキしたわ……こんなに出して……今夜はメレスとリリアの日よ? 大丈夫なの? 」


「大丈夫さ。また飲むし。ティナとは子供ができにくいからさ。できるだけ回数を重ねたいんだ」


 俺は乱れた服を整えるティナの腰を抱いて、頬にキスをしながらそう言った。


「コウ……私もコウとの赤ちゃん欲しいわ。でも子供が欲しいだけなの? 」


「そんなはずないだろ。ティナを愛してるからに決まってる」


「うふっ、コウ、私も愛してるわ。コウさえいればもう何もいらない。コウ? 終業までまだもう少し時間があるわ。もう一回、今度は隣の部屋で……」


「うん、行こう」


 両腕を俺の首に巻きつけてもう一回とねだるティナをお姫様抱っこをして、俺は隣の部屋に常時展開しているマジックテントへ移動しようとした。


 しかしその時。


 ブオオォォォォン


 ブオォォォォォン


 低くそれでいて背筋が凍るようなおぞましい音色が、俺の耳に聞こえてきた。


「な、なんだこの音!? 」


「わ、わからないわ……なんておぞましい音色なの」


 動揺する俺に、ティナは怯えたような声でそう答えた。


「いったいどこから……いや、これは音……じゃない? 脳裏に直接聞こえてくるような……なんなんだこれ」


「私もそうよ。耳からじゃないわ。頭に直接聞こえてくるような……」


「何かのマジックアイテムか? いや、そんな物があるなんて聞いたことがないな」


 人の脳裏に直接音色を送り込むマジックアイテムだなんて。しかもこんなおぞましい音色の物があるとするなら、【冥】の古代ダンジョンのアイテム以外考えられない。でもそんなアイテムはあのダンジョンにはなかった。


 ならいったいこれは……このおぞましい音色は誰がなんのために……


 プルルル


 プルルル


 俺が聞こえてくる音色のことを考えていると、棚に設置してある緊急用の魔道通信機が鳴り響いた。


「緊急通信!? 」


「このタイミングで……コウ! この音と何か関係があるのかもしれないわ! 」


 俺はティナの言葉に頷き、通信機の前に立ち通話のスイッチを押した。


 すると緊張した様子のフォースターが画面に映し出された。


《アクツ様。緊急事態です。帝城より悪魔の大軍がスイス地域に現れたとの連絡がありました》


「悪魔が!? そうか……来たか」


 やっと来たか。


 俺は間違いなく悪い知らせなのに、どこかホッとした気持ちでいた。


 これで不安ともおさらばだ。悪魔どもが二度と侵攻しようなんて思えないほど徹底的に殲滅してやる。そして魔界に繋がる門を消滅させてやる。


 心の中でそう思った時だった。


 モニターの向こうにいるフォースターへ、慌てた様子で兵が何かを伝えている姿が映った。そしてそれを聞いたフォースターは、側から見てわかるほどにその顔を青ざめさせていった。


「どうしたフォースター? 何があった? 」


 俺は嫌な予感を感じつつも、固まっているフォースターに問いかけた。


《は、はっ! アクツ様……たった今、公爵領各地のダンジョンから魔物が……魔物が大量に出て来たとの報告がありました》


「なっ!? 」


 俺はフォースターの言葉に絶句した。



 そしてこの時から、俺が全人類から魔王と呼ばれるようになる戦いが始まるのだった。


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