第5話 奥の手
《アクツ様……たった今、公爵領各地のダンジョンから魔物が……魔物が大量に出てきたとの報告がありました》
「なっ!? ダンジョンの魔物が!? 」
ダンジョンから魔物が外に……それも数匹ではなく大量に!?
領内にダンジョンは40ヶ所ある。まさかその全てから魔物が出てきたっていうのかよ!?
フォースターの報告に混乱していると、念話のイヤーカフを通し脳内にシーナの声が聞こえた。
《コウさん! 大変です! 領内の鬼系ダンジョンからゴブリンとオークが一斉に飛び出してきました! ダンジョンを囲んでいる塀も門も突破されて街に大量に流れ込んだみたいです! 》
「あ、ああ……今フォースターから報告を受けた所だ。ん? 鬼系って……それ以外のダンジョンからは? 」
《今のところ魔物が出てきたという報告はありませんです。さっきの気持ち悪い音が頭の中で聞こえたんです。そのあとすぐに鬼系のダンジョンから魔物が出てきたと各地から連絡がありましたです》
「さっきの音のあとに鬼系ダンジョンだけから……」
なんだ? なぜ鬼系ダンジョンだけなんだ?
鬼系ダンジョン……鬼……あっ! クソッ! そういう事かよ!
やられた! 完全に裏をつかれた! こんな事全く予想していなかった!
ダンジョンから魔物が出てきたのは悪魔どもの仕業だったのかよ!
ダンジョンは幻獣界・冥界・蟲界・魔界から魔物を召喚している。
幻獣界から召喚された魔物がいるダンジョンは竜系や魔獣系ダンジョンと呼ばれ、冥界は死霊系。蟲界はそのまま蟲系ダンジョンだ。
そして魔界……これは鬼系ダンジョンとなる。
そう魔界だ。
あの気持ちの悪い音色が聞こえた直後に、フォースターから魔界から悪魔の軍がスイスに上陸したとの報告があった。それと同時に領内の鬼系ダンジョンから魔物が一斉に外に出てきた。
つまりあの音色は、魔界と繋がりのある魔物をダンジョンの呪縛から解き放つ物だったのかもしれない。いや、そうとしか考えられない。
一体なんのためにそんな……いや、決まっている。地球への侵攻をしやすくするためだ。恐らく進軍しながらダンジョンから出てきた魔物たちを吸収して、軍を増強していくんだろう。となれば魔物がダンジョンから出てきたのは日本だけじゃないはずだ。
今思えば神戸の中級ダンジョンが間引きをしていたにも関わらず、上級ダンジョンに進化したのは魔界が関係していた可能性がある。あれが起こったのはインプが現れた時期だったしな。恐らく魔界の門が現れたことに影響を受けたのかもしれない。
あの時もっと原因を追求していれば……
最悪だ……鬼系ダンジョンは新宿や池袋に秋葉原や横浜といった人口密集地域にある物が多い。
死ぬ……多くの民間人が殺される。それだけじゃない。ゴブリンとオークによって多くの女性たちが地獄を見ることになる。
クソッ! よりにもよって飛空艦で攻撃できない都心部のダンジョンから魔物が出てくるなんて……
やってくれたな悪魔! よくも俺の領地を! 故郷を!
「コウ、鬼系のダンジョンから魔物が出てきているのね? 他のダンジョンは大丈夫なの? 」
「ああ、魔界と繋がっている鬼系ダンジョンだけだ。それでも14ヶ所あるけどな。恐らくさっき聞こえたあの音色は、ダンジョンの呪縛から魔物を解き放つ物だったのかもしれない」
俺は横でシーナとの念話の内容を確認してきたティナへ、考察した内容を話した。
「あの音色が……」
《アクツ様。続報が入りました。どうやら我が公爵領だけではなく、世界中のダンジョンから魔物が出てきているようです》
「やっぱりそうか……フォースター! 全軍を招集し、陸軍を至急鬼系ダンジョンのある地域に派遣しろ! 同時に鬼系に限らず全てのダンジョンがあるエリアにいる住民に避難命令を出せ。そして民兵を招集して避難する住民を守らせろ。特に女性を最優先で守れ。飛空艦隊は鬼系ダンジョンの上空に空母のみを配置。戦闘機でダンジョンから出て来る魔物を抑えろ。あと、この混乱を利用して悪魔がやってくるかもしれない。領地全域に結界を張り、お前が本隊の指揮をとって日本海側で悪魔の侵攻に備えろ。念のため戦闘機を鬼系以外のダンジョンへ警戒の為に飛ばしておけ」
都心部のダンジョンはどれも繁華街や駅の近くにある。とてもじゃないが高火力の戦艦と巡洋艦は市街地戦には使えない。ダンジョンの入口で出てくる魔物を砲撃させたいが、そんなことをすればダンジョンの入口を破壊してしまうし周囲が更地になっちまう。
入口を壊せばダンジョンは別の場所に複数の出口を作ると聞いた。そんな事になったら出てくる魔物を抑えきれなくなる。今は空母と戦闘機を派遣するくらいしかできない。
大丈夫だ。下層の魔物が出てくるまではそれで抑えられるはずだ。鬼系ダンジョンに空を飛ぶ魔物はいないから、オーガ程度までなら戦闘機で十分対応できる。
《ハッ! 全軍を招集し結界を展開。鬼系ダンジョンの存在する東北、関東、関西、中国地域へ陸軍と空母を派遣し、その他各地のダンジョンは戦闘機にて警戒。本隊は私が指揮をとり、ニホンカイ沿岸にて悪魔の来襲に備えます! 》
「人口が密集している関東と関西に多くの部隊を配置してくれ。俺が後から援軍を連れて合流する」
《ハッ! では失礼いたします》
「シーナ、リズは? 」
フォースターとの通信を終えた俺は、繋いだままでいた念話でシーナにリズがどうしているか確認した。
《リズさんはダンジョン内にいるギルド員へ緊急アラートを送信したあとに、港でギルド員をまとめていますです》
「さすがリズだ。動くのが早いな」
こういう時のリズは本当に頼りになる。
アラートを送信したなら、ダンジョンに潜っているギルド員は順次集まるだろ。悪魔がやってきた時のために緊急連絡用の端末を用意しておいてよかったよ。
ダンジョン内は電波も魔導波も遠くまでは届かないが、カーラに強力な魔導波を出す装置が作ってもらい、20階層までなら微弱だが魔導波が届くようになった。
そのうえでギルド員に小型化した魔導波発生装置と受信機を持たせ、端末同士が基地局となって一定の範囲にいる他の端末へ信号を送ることができるようにした。つまりダンジョンに潜っている者が多ければ多いほど、下層に行ったギルド員にも緊急を知らせる魔導波が届くというわけだ。
俺は備えておいて良かったと思いつつ、シーナへ指示をするために口を開いた。
「シーナ、全領のトレジャーハンター及びデビルバスターズを招集したら、輸送艦で人口密度の高い関東と関西に優先的に送ってくれ。そして軍と連携して散った魔物を狩ってくれ。各地でのギルド員への指揮権は、デビルバスターズギルドの高ランクパーティがとるように指示してくれ。とにかく急いでくれ。遅くなればなるほど犠牲者が増える」
《わ、わかりましたです。直ぐに派遣させますです! 》
「ああ、あとリズとシーナは残ってくれ。奥の手があるんだ。それを用意してから一緒に関西と関東に行くから」
《奥の手ですか? そんなのありましたっけ? 》
「あるよ。とびっきりのがね」
俺はそう言って念話を切り、続いて
彼らには一部の草を帝国に残して至急鬼系ダンジョンのある地域に向かい、魔物の居場所を捜索するように指示をした。
次に馬場さんに連絡し、帝国に潜入している全ての幻影部隊を戻すようにも指示をした。
「ティナ、風精霊の森のエルフを50人ほど集めてくれ。あとオリビアとメレスとカーラにも戦闘準備をさせてくれ。俺は用意する物があるから少し離れる」
「風精霊の森のエルフだけを? さっき言っていた奥の手というのに必要なの? 」
「ああ、ティナには申し訳ないが手段を選んでいられないんだ」
魔物が出てきたのが鬼系のダンジョンだけだったのは不幸中の幸いだったが、それでも仙台・東京・千葉・神奈川・名古屋・神戸・岡山の複数の地域に初級から上級までのダンジョンが14ヶ所ある。
1ヶ所につき最低でも数千の魔物が出てくるだろう。そうなるとダンジョンから出てくる魔物と、既に外に出て散った魔物をギルド員と軍だけじゃ対応しきれない。中級と上級ダンジョンの下層から高ランクの魔物が出てきたら尚更だ。
ならばティナには申し訳ないが、小回りが利き十分すぎるほどの火力を出せるアレを使うしかもう手がない。領民を救うためだ。出し惜しみなんてしてられない。
「私に申し訳ないって……お金が掛かるという事ね。そんなの気にしなくていいのよ。このニホンはコウの故郷でコウが関わった人たちがたくさんいるんだから。犠牲を最小限に抑えるためなら気にせずやってちょうだい。白亜の宮殿なんてコウとの子供ができた後でもいいんだから」
「……ありがとうティナ。愛してる」
俺は今後ずっと継続的に莫大な維持費が掛かるんだけどという言葉を呑み込み、ティナにキスをして執務室を出た。
そして軍の監視塔に連絡した後に桜島の火山の麓へと向かい、奥の手の用意に取り掛かった。
——阿久津公爵領 日本領都 桜島 飛空艦発着場 公爵家 家令 エスティナ——
「エスティナ。精霊連隊は先に行かせたわ。森からの援軍もたったいま到着したわ。それで、なぜ私たち風精霊の森のエルフだけ残されたの? 」
「また前みたいに索敵か何かをやるのかしら? 」
「コウがそう言っているのよ。理由はわからないわ。多分新兵器か何かにシルフが必要なんじゃないかしら? 」
私は報告に来た公爵家政務官兼、精霊連隊長でもあるアイナノアと、同じく政務官を兼任している中隊長のグローリーにそう伝えた。
「そう……わかったわ。でもアルディス様も残るみたいなのよね。一緒に行動することになると思うと不安だわ……あの人の武勇伝はどれも異常なんだもの」
「コウがいるからアルディスさんは大丈夫よ。なんだかんだコウの言うことは聞くし」
カーラと同様にコウの言うことは素直に聞くのよね。どうしてかしら?
「味方ごと水竜で押し潰したりしないようにしっかり監視していてよ? 私が傷ついたらハマダ君が心配するから。あーあ、彼と離れるのは辛いわ」
「私たちがいなくて大丈夫かしら? 寂しい思いをさせてしまうわね」
「ハイハイ」
まったく、二人ともハマダさんに完全にお熱なんだから。でもコウほどじゃないけどイケメンで優しくていい人だもんね。気持ちは分かるわ。
「はぁ……早く終わらせて帰ってこないと。彼と何日も会えないなんて耐えられないわ」
「彼の顔と声を聞けないのは寂しいわね」
「二人ともまるで恋する少女ね。ほら、エルフの森からの援軍が降りてきたわよ。早く編成に組み込んでちょうだい」
私は悲しそうな顔をしているアイナノアとグローリーの背を押して、二人を森から到着したばかりの高速飛空艦へと向かわせた。
「ふふふ、二人ともハマダさんを好きで仕方ないのね」
肩を落としながら飛空艦へと向かう二人の後ろ姿を見て、二人が恋する姿を見れたことに少し嬉しくなった。
その後、魔導携帯に入る各地からの報告を聞いて指示をしていると、メレスの旗艦『フェアロス』の前に集まっていたリズたちがこちらへとやって来た。
「なあティナ? コウは何してんだ? もうかれこれ2時間経つぜ? 念話にも出ねえし、奥の手ってのを用意すんのにそんなに時間が掛かんのか? 早くダンジョンを警備していたギルド員の仇を討ちてえんだ。コウに蘇生してもらえるように遺体も回収しなきゃなんねえしよ」
リズは私の前まで来ると、ソワソワしながらそう話しかけてきた。
気持ちは分かるけど双剣を抜き身のまま持つのはやめなさいよ。
「エスティナ、コウ君はまだなの? 早く行かないと大勢の人が犠牲になるわ」
「お母様の言うとおりだわ。コウの生まれ育った街が危ないの。先に行っては駄目なの? 」
「コウ殿の一族の方やご学友がトウキョウにはいると聞きます。急がないといけないのでは? 」
アルディスさんとメレスとリリアも心配そうな表情で、まだ救助に行っては駄目なのかと聞いてくる。
「コウは何をしているのかしら……」
カーラもコウと連絡が取れなくて心配しているようね。
コウが執務室を出たあとカーラにすぐ連絡してその時に聞いたのだけど、どうもあの音色はカーラにとっては心地良い音色だったらしいのよね。
そのあとダンジョンから魔物が出てきたと聞いて驚いていたけど。
頭に直接音色を届けることができることから、カーラが恐らく神の力が働いていると言っていたわ。きっとデルミナをストーカーしている魔神が作った道具なんじゃないかしら? 神が作ったと言われるダンジョンの呪縛を解くことができるなんて、そうとしか考えられないもの。
「確かに遅いわね。私からも念話をしてみるからちょっと待っ……え? ダンジョンの方からコウが? 」
心配する皆にコウと連絡を取ると伝えようとしたら、ウンディーネが怯えた様子でコウがダンジョンのところから来ると伝えてきた。
なぜコウと仲の良いウンディーネが怯えているのかしら?
そう思った時だった。
「なっ!? なんだありゃぁぁぁ!! 」
「ふえっ!? ダ、ダンジョンから……」
「ええ!? あ、あんなに! 嘘でしょっ!! 」
「お、お母様! せ、戦闘準備を! 」
「うそ……ドラゴンがあんなに……」
【魔】の古代ダンジョンの方角から、50頭はいるドラゴンの群れがこちらへと向かって来るのが見えた。
先頭を飛ぶドラゴンは今まで見たことなない黒いドラゴンで、どのドラゴンよりも大きかった。
周囲を見るとリズやシーナにアルディスさんにメレスも、カーラでさえ驚きに身を固まらせている。
飛空艦に乗り込もうとしていた兵やギルド員たちも気づいたようで、同じように硬直している。
なんでドラゴンが……なぜ管制室の人間は気付かなかったの?
あっ! まさか!? あの音色は鬼系だけじゃなく、他のダンジョンの魔物にも効果があったということ!?
もしそうなら今頃この九州にある他の竜系ダンジョンからも……
《ティナ! 俺だ! 黒竜の上だ! 》
私がそう絶望を感じようとしていると、コウから念話が届いた。
「えっ!? 黒竜の上……あ……コ、コウなの!? コウがドラゴンを引き連れているの!? 」
コウの言葉に黒竜をよく見ると、頭の後ろの位置にコウがまたがっているのが見えた。
「な、なんだって!? あっ! 本当だ! コウだ! コウが黒いドラゴンの上に! ってことは隷属させたのか!? マジか! どうやってダンジョンから出したんだよ! 」
「ふえぇ! コウさんが竜騎士になったですぅ! 」
「コウ君……あなたって人は……ふ……ふふ……ふふふ……最高よ! なんて最高な男なの貴方は! 」
「コウがドラゴンを……私の恋人がドラゴンを従えているわ」
「す、すごいですコウ殿」
「まさかドラゴンまで従えるなんて……しかもあれほどの数を……私がいた世界でもそんな人間は一人もいなかったわ。本当に……本当にとんでもない人……」
「エスティナ……コウはどうやってドラゴンをダンジョンから……」
「わ、わからないわ……」
驚いたり興奮したりしている皆に囲まれながら、私はオリビアにわからないとしか言えなかった。
嘘でしょ……奥の手って……まさかドラゴンを連れて来ることだったの?
そんな……生きているドラゴンをあんなにたくさん連れて来るなんて……
あれだけの数のドラゴンがいれば、鬼系の上級ダンジョンのボスが出てきても余裕で討伐できるわ。
コウ、本当にあなたって人は……いつもとんでもないことを思いつくんだから。
でもドラゴンの餌代って月にいくらくらい掛かるのかしら……いえ、今はそんなことを考えてる時じゃないわ。
でもドラゴンって千年とか生きると聞いたような気が……
私は黒竜にまたがり手を振るコウの姿を眺めながら、維持費のことを考えないように必死に頭を振っていた。
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