第9話 魔帝一家
「コウ、来たわよ」
「飛空要塞に皇軍まで引っ張り出してきやがって……あれほど来るなって言ったのにクソ魔帝が」
俺はデビルキャッスルの甲板から、視界に映った赤い要塞と艦隊を見上げそう愚痴った。
メレスの母親であるアルディスさんが復活してから十日ほど経った頃。
アルディスさんがメレスとともに悪魔城へとやってくることになった。
当初蘇生した翌日に礼を言いに来たがっていたが、俺はそんなことよりも家族でゆっくりしてくれと言って断っていた。
その後十日間は魔帝も休みを取り、家族三人とラウラとであの湖でゆっくり過ごしながら各地に旅行に行ったりしていたらしい。
ああ、メレスとリリアだけは深夜に転移装置でこっちに戻ってきていた。その際にメレスの全身を使ったお礼をこれでもかってくらいしてもらったよ。
母親が生き返って二日目の夜に転移してきた時なんて、メレスはすごく幸せそうな顔で俺たちの前に現れてさ。そんな彼女を俺やティナやリズたちでめいっぱい祝福したんだ。
そしてメレスが部屋でお礼をしたというから、俺はウキウキしながら西塔の部屋に向かった。そしたら部屋に入った途端に『光愛してるありがとう! 』って熱烈なキスをしてきた。そして俺の服を剥ぎ取るように脱がしてきて、あのメレスが貪るように俺を求めてきた。もう今までにないほど積極的だった。これまで恥ずかしがってしてくれなかった事もしてくれたし、おねだりポーズもセリフも凄くいやらしくしてくれたよ。
いやぁ、あんな乱れたメレスを見たのは初めてで興奮しちゃったよ。リリアもメレスに張り合うもんだから、慌てて発情期DXを飲んだくらいだ。
そして夜が明ける前に魔帝にバレないように帰っていった二人を、俺はベッドでヘロヘロになりながら見送ったんだ。もう最高のお礼だったね。
その後も順番の日の夜は必ず戻ってきて、その度にメレスはどんどん積極的になっていった。どうもお母さんにいつまでも恥ずかしがってたら駄目って言われたらしい。恥ずかしがるメレスも可愛いんだけどな。でもまあアルディスさん、ナイスアドバイス。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
「コウ君。こんな大所帯でごめんね。この人が心配してついてきちゃったのよ」
輸送艇で甲版に着陸し姿を表したアルディスさんは、出迎える俺へと両手を合わせながらそう言って詫びた。その隣には魔帝とメレスが。後ろには雪華騎士と十二神将が続いている。
「……魔王のところに行くのじゃ、アルディスとメレスだけで行かせるわけがなかろう」
「このっ! って、オイオイ魔帝……ずいぶんと顔がやつれてないか? 」
俺は魔帝になんでテメエが来るんだよと言おうとしたが、魔帝の顔のあまりのやつれ具合に言葉を引っ込めた。
目の前でユラユラと揺れる魔帝の顔は、時戻しの秘薬で10歳若返ったとは思えないほどに老け込んでいた。隣にいるアルディスさんの肌がツヤツヤしていることから、ナニがあったのかは察しはつくが……いや、しかしまさかそこまで?
「フンッ……200年振りじゃからな。良いか? 魔王も気をつけるのじゃぞ? エルフの女は150歳を過ぎたあたりから性欲が旺盛にな……グハッ! 」
「え? 」
俺は突然水のハンマーらしき物で横っ面を殴られ、10メートルほど吹っ飛んだ魔帝を目の当あたりにして何が起こったのか理解できなかった。
「とんでもない発動の速さだったわ……同じ上位精霊使いでもこんなに差があるなんて……さすが伝説のエルフね」
マジか……まったく見えなかった。突然魔力の塊が現れたと思ったら魔帝が吹っ飛ばされていた。俺が魔帝の立場だったら、結界や滅魔を放つ前に同じように吹き飛ばされていたかもしれない。なんだあの不意打ち……避けれる気がしない。
「ゼオルム? あなたは200年経ってもそのデリカシーの無さは全く変わらないのね! 外で夜の話をするんじゃないってあれほど言ったでしょ! 」
俺とティナがあまりの発動の速さに冷や汗を流して見ていると、水のハンマーを振り切ったアルディスさんが怒り心頭の表情で倒れる魔帝を指差しそう叫んだ。
魔帝が連れてきた十二神将は微動だにしない。恐らくこの十日間で何度も見せられているんだろう。親衛隊がそれでいいのか? まああれは防げないだろうけど。
「ぐっ……アルディス……余は今は皇帝なんじゃ。昔のようにポンポン殴るでない……夜も昔のようにはいかんのじゃ……このままではアルディスに搾り取られて死んでしま……ガハッ! 」
「だからそう言うことを言うなと! このっこのっ! 久しぶりなんだからしょうがないでしょ! だいたい何が『余は』よ! ずっと俺様とか言っていたくせに気持ち悪いのよ! 」
魔帝はこれ以上水のハンマーを受けたら危険と感じたのか、腰の剣を抜きアルディスさんの攻撃を受け止流し始めた。そのせいで甲板にハンマーが当たり、ボコボコとヘコんでいっている。
「よ、よせっ! 水刃をハンマーにまとわすでないっ! メレス! この暴力母を止めるのじゃ! 」
「は、はいっ! お母様! 光の前で恥ずかしいですからおやめください! フラウ! お母様の水のハンマーを止めて! 」
当たらない攻撃にイラついたのか、アルディスさんはハンマーに水の刃をまとわせ始めた。魔帝はこれは堪らないと思ったのかメレスに助けを求めた。しかしメレスは魔帝とアルディスさんの子。母親を言葉で止めるのではなく、力づくで止めることを選択した。
その結果メレスはハンマーを凍らせて動きを止めようとしたが、アルディスさんは構わず振り切った。それにより魔帝は剣ごと吹き飛ばされた。
「ぐぼぁっ! メ、メレス! 凍らせてどうするのじゃ! めちゃくちゃ痛かったぞ! 母の全身を凍らすのじゃ! でなきゃこの女は止まらん! 」
「メレスロス! 次は水龍を出すから凍らせてちょうだい! この馬鹿男は一度ミンチにしないとわからないのよ! 大丈夫、どうせこの人も一度死んでるんだし、また死んだらコウ君に生き返らせて貰えばいいわ」
「え? え? お、お母様それはさすがに……光……お願いよ。二人を止めて」
「あ、ああ……『滅魔』 」
ティナとドン引きしていた俺は困り果てたメレスの声にハッとなり、アルディスさんの精霊魔法を消滅させた。
「あっ! コ、コウ君!? 」
「た、助かったのじゃ……」
「ったく、魔帝にアルディスさん。甲板がボコボコなんだけど? 二人はいったい何しに来たんだ? 」
寝転びながら剣でハンマーを受け止めていた魔帝と、突然氷のハンマーが消えたことでこちらに顔を向けたアルデスさんへ、俺はため息を吐きながらそう問いかけた。
なんなんだこの二人……アルディスさんが口より先に手が出る人だということは、ラウラやエルフたちから聞いてはいた。けど、こんな所構わずやり出すとは思わなかったぞ。
「あ、あらごめんなさい。ついいつものノリで……」
「まったく、いつまでも若い気でいおって、肉体はともかく450歳のババアだということを自覚せい」
「なんですって! あなたこそ700歳のクソジジイのくせに! 」
「はいストップ! 皇帝にアルディスさん。痴話喧嘩なら家でやってちょうだい! 皇帝もいちいち一言多いのよ! これ以上やるならコウに魔力を全部抜いてもらうわよ? 甲板をこれ以上壊されたら堪らないわ! 」
「ぐっ……す、すまぬ……」
「ごめんなさい……」
「えっと……まあそういうことだからとりあえず中に入ってくれ」
俺はティナの一喝で静かになった魔帝とアルディスさんを悪魔城の中へと招き入れた。
その時に以前アルディスさんを知るエルフたちが、ティナが彼女に似ていると言っていた意味が少し理解できた気がした。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
「挨拶が遅くなってごめんなさいね。水精霊の湖のアルディスよ。エスティナだったわね? メレスロスに精霊の扱い方を教えてくれてありがとう。感謝してるわ」
「ええ、水精霊の湖のエスティナよ。メレスのことは気にしないで。それよりもアルディスさんが生き返って本当に良かったわ。これから同じ里のエルフとして仲良くしてね」
悪魔城のリビングにアルディスさんを案内すると、ティナとアルディスさんが遅ればせながらも初対面の挨拶をお互いに始めた。
魔帝はメレスと一緒に西塔の彼女の部屋に行かせた。この夫婦を一緒にするとうるさいからな。だからこのリビングには俺とティナとアルディスさんだけだ。
「コウくん。改めて生き返らせてくれてありがとう。あなたのおかげで再びこの手に娘を抱くことができたわ」
ティナと挨拶をし終えたアルディスさんが、俺の正面に座って改めて蘇生のお礼を言ってきた。
「こっちこそメレスのために200年以上も現世に留まり、生き返ってくれてありがとうございます。あんなに幸せそうなメレスの顔を見るのは初めてですよ」
俺はソファーに座りながら、深々と頭を下げるアルディスさんにそう言って頭を下げ返した。
「これは予想していなかったわ。まさかメレスロスのために逆に私へお礼を言うなんて……娘は本当にいい男を捕まえたわね」
「好きな女性の幸せそうな顔を見て喜ばない男なんていませんよ」
「もうっ! ホントにいい男ね! メレスロスが惚れるのも無理もないわ。娘とゼオルムから聞いたわよ? あの【魔】の古代ダンジョンを単独で攻略して、恋人を奴隷から解放するために帝城に乗り込みゼオルムを倒したんですってね。そのうえ解放奴隷たちを受け入れ彼らに居場所と仕事を与え、さらには帝国の内乱を収めて公爵にまで上り詰めたなんてどこの物語の主人公かと思ったわ。強いし勇気はあるし優しいし、なにより顔も良いし先を見越す頭脳もあるしで欠点がまったくないじゃない。メレスロスにしてもエスティナにしても、同じエルフとしてこんなに良い男に出会えるなんて羨ましいわ」
「ふふっ、いつも周りのエルフたちから羨ましがられるわ。こんな完璧な男性に出会えて本当に幸せよ」
「いやぁ、俺なんてそんな良い男じゃ……あははは」
俺はアルディスさんとティナの大絶賛に照れながらも、やっぱエルフはこうでなくちゃなと内心で思っていた。
イケメン補正はやっぱすごいな。イケメンはフツメンと同じことをしても魅力1000%増しだからな。
こりゃもっとエルフを増やさないと! 今度強制お見合いパーティでも開催するか? あの奥手の男どもは放っておいたら何百年も独身でいそうだからな。入籍させて子供はまだかって圧力掛けないと増やすのは難しそうだ。
エルフが増えたらこの世界の美的感覚も変わるはず。そのうち俺が軍事や新聞の一面じゃなくて、メンズ雑誌の表紙を飾れるようになるかもしれない。やるなら早い方がいいな。カップルができたら家を与えて発情期DX漬けにして……あれ? それじゃあ帝国とやってることが同じ……いや、これは崇高な目的があるからセーフなはず。何より無理やりじゃないし……
ティナとアルディスさんが談笑している姿を眺めながら、俺はそんな美醜逆転計画を練っていた。
「それにしてもエルフの森は未だにお祭り騒ぎのままらしいわ。精霊たちも含めてエルフの森全体が喜びに満ちるなんて、奴隷解放された時以来の出来事よ」
ティナがいうように実は蘇生してから数日後に、アルディスさんは魔帝と一緒にエルフの森にも行った。長老だけにはまっ先に娘のアルディスさんが蘇生したことを魔道通信で伝えたんだけど、ゲートキーで送るとティナが言う前に通信を切られて飛空艇で湖へアルディスさんに会いに行ってしまった。まあ無理もない。死んだ娘が生き返ったんだからな。
それでアルディスさんが魔帝と長老を連れて森に帰ると、エルフもダークエルフも大騒ぎだったらしい。生前から面倒見の良い女性だったとは聞いていたし、生き返ったことに皆喜んでいたらしいけど、さすがに五日以上も森全体がお祭り状態なのには理由がある。
「まさかハイエルフになってるなんて思いもしなかったもの。精霊に同化していた期間が長かったからかしら? 」
そう、アルディスさんは蘇生後にハイエルフになっていた。耳が普通のエルフよりも長いのはハイエルフだからだそうだ。胸も少し小さくなったと言っていたから関係があるのかもしれない。
確かに言われてみれば、なんというか美しすぎるんだよな。神秘的というかなんというか、そういう雰囲気があるんだ。
恐らく彼女がいま言った精霊と同化していたことが原因だろう。
メレスから聞いた話なんだが、アルディスさんは亡くなった時に自らの魂を契約精霊であるウンディーネに預けたらしいんだ。これは契約精霊が上位精霊であり、かつ契約者と相当な信頼関係がないとできないそうだ。
本来なら契約者が死ねばウンディーネも精霊界に一緒に帰るんだけど、ウンディーネは湖の精霊たちの力を借りてアルディスさんの魂と共に無理やり現世に留まったらしい。
そのせいで湖から動けなくなっても、精霊としての力を使えなくなってもアルディスさんのためにずっと留まっていたそうだ。メレスが幸せになるのを見届けるまで。
ところが俺の死者蘇生のスキルで、精霊から魂が切り離されてしまった。そう、あの時いた最下級の精霊たちはウンディーネが湖を自由に動けるように分散させた姿で、その精霊たちから出た光は彼女の魂だったわけだ。
そうして生き返ったアルディスさんだが、墓から魔帝とメレスと屋敷に戻った時に自分の身体の変化に気づき鑑定のスキルで調べたそうなんだ。その結果、自分がハイエルフになっていることに気付いたらしい。そして魔帝から聞いていたような、蘇生時にステータスが落ちていることもなかったそうだ。
恐らく蘇生によるランクの低下と同時に、種族ランク的なものが上がってステータスが上昇した事で相殺されて、元のステータスと変わらなくなったんじゃないかと思う。
「でも伝説の世界樹の苗は見つからなかったのよね? やっぱり世界樹は存在しないものなのかしら? 」
「うーん……私が純粋なハイエルフじゃないからじゃない? 精霊神様が認めてくれないと世界樹の苗は現れないと思うのよね。まあそれでも森はお祭り騒ぎなんだけど」
「多分次に生まれてくるエルフがさ、ハイエルフになるかもしれないって期待してるんじゃないかな? 未来を見据えてなのか、森にいたダークエルフたちまでダンジョンに潜り始めてるらしいし」
一度ハイエルフが誕生したんだ。次のハイエルフの誕生と、世界樹の苗の誕生は近いと思ったのかもしれない。
どうも引退したダークエルフたちが世界樹の苗がいつ誕生してもいいように、それを守れるようになるためにダンジョンに潜り始めているらしいんだよな。もちろん忍者姿で。
一度守りきれなくて焼失させているらしいから、ダークエルフたちの気合の入れようは破格だ。今度は忍びの技があるので大丈夫とか言っていたが、俺としてはそんなことより数を増やせよと言いたい。
「だとしたらエスティナとコウ君の子じゃないかしら? メレスは魔人の血が入ってるからさすがに厳しいわね。人族とエルフの子は大昔にいたそうなんだけど、エルフか人族のどっちかとして生まれるらしいのよ。確か母親の種族だったと思うわ。だからエルフを救ったコウ君との子なら、精霊神様も認めてくれると思うのよね」
「ええ!? てっきりハーフが生まれると思ってたわ。そう……エルフとして生まれるのね。コウとの子供だもの。きっとこの世のものとは思えないほどの美しい子が生まれてくるわ。それが半精霊のハイエルフだなんて、もう神様のような美しさになるわね」
「そ、そうかな? そんな事はないと思うんだけどな……」
いいのか? 俺の血が入ったエルフとかアリなのか? 精霊神よ、ちょっと考え直そうぜ? エルフ補正効くよな? め、目なら自信あるから、似るならそこだけにしてくれよな?
俺はエルフの造形を初めて崩す人間になるんじゃないかと少し怖くなった。
そりゃ俺に似ればエルフの中ではモテるだろう。もしそうなったなら、俺の子供には外の世界に出ないでいてもらいたい。それが親心というものだ。なんかスマン。
というか俺だけの問題じゃないわこれ。沖田はともかくとして、田辺とか他の奴らとの間にエルフとの子供が生まれてきたら……ちょっとマズくないか? だってそのエルフはエルフにモテるから血は絶えることがなくて……いかん! エルフ同士の婚姻を加速させないと! 全国のエルフスキーたちの夢を壊さないために!
「ふふっ、私も子供を授かるのに百年以上掛かったから気長にね。とにかく数をこなすのよエスティナ」
「ええ、アルディスさんには精霊の扱い方といい子供の作り方といい、色々師事させてもらうわ」
うっ……頼むから水のハンマーで俺を殴るようにはならないでくれよ?
「ええ、任せて。私の知ってることは全て教えてあげるわ。それにしてもその若さでSS−ランクになって、ウンディーネを上位精霊に成長させるなんてね。古代ダンジョンの攻略パーティの一員なだけあるわね」
「コウにくっついていただけよ。実力がランクに追いついてないわ。それだけコウの力は圧倒的なのよ」
「視界に映る物の魔力を吸収する能力だったわね。確かに世界を手に入れることができるスキルだわ。ゼオルムから聞いたわよ? そんな力があるのにエルフや獣人を守るために帝国を滅ぼさなかったって。このチキュウの国家の方が酷いことをするだろうからって」
「ええ。間違いなくするでしょうね。俺のスキルは魔人には絶大な効果がありますが、人族にはそれほどでもないですから。魔人を監視できる地位にいて、帝国に世界を征服させた方が安全なんです」
帝国は独裁国家だ。独裁国家は賢王であるならば人々が幸せに暮らせるだろう。しかし最大の弱点は代替わりしたときに次も賢王とは限らないことだ。
民主主義は国民の意思で代表を選べるが、国民が賢くなければ愚かな代表を選んでしまう。どっちが優れているなんて言えない。どっちもどっちだろう。
だが俺は独裁国家に世界征服させたままでいさせることを選んだ。地球人には俺のスキルの効果が半減することと、地球人は間違いなくエルフを性奴隷にしようと狙ってくるだろうということ。そして俺の寿命が長いことからそうした。
魔帝は……まあ賢王の部類だ。だが魔人だ。帝国民を最優先に考える。だから俺が帝国の中で地位を上げた。本当は独立して帝国を監視するつもりだったが、それは軍備やら魔導技術やらなんやらで時間が掛かるからティナのいう通り帝国貴族になった。そして短期間で公爵にまで上り詰めた。さらに俺の寿命は千年ある。その間、帝国を監視することができる。
現時点でこの間の反乱を除いては世界で戦争は起きていない。民族浄化という虐殺も、宗教の違いによるテロもだ。それらは徹底的に帝国によって潰され、首謀者も支援した者も残らずダンジョン送りにされる。そういった情報はすぐに手に入る。世界の富の半分を手にしていた複数の財閥が帝国人だったんだ。彼らから逃れることなどできるはずがない。
帝国がそうして地球人を押さえ込んでくれた方が俺は安全だ。正直日本以外どうなろうが別にどうでもいい。好きにしてくれって感じだ。ただ、虐殺は許さない事と、映画とか芸術やスポーツなどエンターテイメントは無くさないようには言ってある。日本でもそれらの職に就く人間は優遇している。無くなったらつまらないからな。
俺はそんな考えをアルディスさんに話した。
「驚いた。若いのにそこまで考えてるなんて。いえ、考えざるを得ない状況に追い込まれたんでしょうね。恋人のために。強大な帝国とチキュウの人たちから、彼女たちと彼女たちが大切にしている人たちを守るために……ふふっ、あのプライドが無駄に高いゼオルムが楽しそうにコウ君のことを話すはずだわ。そんな人は今まで一人もいなかったのよ? コウ君。メレスロスをお願いね? あなたになら安心して預けられるわ」
「恋人の多い俺ですけど、全員を平等に愛し必ず幸せにして見せますよ。そして誰一人俺より先に死なせません」
アルディスさんのような想いをティナたちにはさせたくないし、魔帝のような後悔もするつもりはない。俺は全員を守ってみせる。
「コウ……」
「ふふふ、カッコ良すぎよあなた。ゼオルムがいなかったら間違いなく惚れていたわ」
「そ、それは光栄ですね。あははは……」
アルディスさんはめちゃくちゃ美人だけど、あんなにボコボコ殴られる毎日なんて嫌すぎる。俺は黙って甘やかしてくれる女性か、素直に甘えてくる女性が好みなんだ。暴力的なツンデレヒロインは苦手なんだよ。
それからアルディスさんの昔話や、過去に潜ったダンジョンの話なんかを聞いた。そのどの話にも魔帝が必ず出てきて、口では魔帝がこんなにダメでとか言ってはいたがその表情はとても楽しそうだった。あんなガキみたいな魔帝が好きだなんて、やっぱ相当な変人だよなこの人。
落ち着いたらまた魔帝とマルスとラウラと共に、昔攻略途中だったダンジョンに挑みたいんだそうだ。目をキラキラさせてそんな話をするアルディスさんは、失った200年の時間を取り戻すためにやりたいことで満ち溢れている様子だった。
そうそう、アルディスさんが俺がどれほどの強さなのか知りたいというので、ユニークスキル以外の隠蔽を解除して鑑定させてあげた。魂縛のスキルを知られたら変な誤解されそうだしな。
そして俺が見せる代わりに、彼女もステータスを見せてくれたよ。
アルディス
種族:ハイエルフ
体力:S+
魔力:SS
力:S+
素早さ:SS−
器用さ:SS
取得スキル:
【身体強化 Ⅴ 】.【豪腕Ⅴ】【スモールヒール Ⅴ 】.【ミドルヒール Ⅴ】
【鑑定 Ⅴ】.【言語Ⅲ】.【調合Ⅴ】.【隠蔽Ⅴ】.【精神耐性 Ⅴ 】.【地図 Ⅴ 】
【追跡Ⅴ 】. 【危機察知 Ⅴ】
備考: 半精霊・ 水の上位精霊 ウンディーネと契約
アルディスさんは、蘇生してランクが下がった魔帝に近いステータスだった。どうりで魔帝が必死に防御してると思ったよ。
エルフとしてもティナよりも1ランク以上高いうえに、技術も高いし経験も豊富だ。ティナじゃ太刀打ちできないだろうな。というか文句なしにエルフで一番強いと思う。
アルディスさんはアルディスさんで俺を鑑定したまましばらく固まったあと、SSSランクの神話級の到達者だったなんてと、信じられないものを見るかのような目で俺を見ていた。
まあ過去にSSS−でさえ、伝説の勇者以外は到達者はいなかったらしいから無理もない。魔神の呪いを受けて上がったのもあるから素直に喜べないけど。
それから興奮気味に【時】の古代ダンジョンはまだよね!? 一緒に攻略しましょう! というアルディスさんの誘いを丁重に断り、リズたちも帰ってきたのでメレスと魔帝を呼び一緒に夕食を取ることになった。
アルディスさんだけ【時】の古代ダンジョンに来るわけないからな。魔帝は絶対についてくるはず。そんなの冗談じゃない。俺は恋人たちとイチャイチャしながらのんびり攻略したいんだ。それに今は時のダンジョンの攻略を率先してやるつもりはない。変に約束なんかしたら催促されて大変になるからキッパリ断った。
夕食はまあうるさかった。魔帝がメレスの作った料理ばかり褒めていちいち絡んでくるから、俺が帰れって言って口喧嘩になったり、アルディスさんが仲裁という名の破壊活動をしたりで窓やテレビや椅子が壊された。まあ再生のスキルで元に戻したけど。
ああ、滅魔と同じように統合しても統合前のスキルは使えたんだ。つまり死者蘇生に統合された、ラージヒールも再生も還魂も使える。またリズが、カーラの死者操術と合わせて死の軍団作ろうぜってうるさかったけど。そんな非人道的なことはしたくないし、リリアに怖がられるからやるわけがない。
そして夕食も食べ終わり女性たちは全員で6階のラウンジに移動して露天風呂に行き、いつも通り俺も同行しようとしたら血走った目の魔帝にいきなり『圧壊』のスキルを放たれた。
「『滅魔』! テメッ! いきなり何すんだよ! ていうかいつまで俺ん家にいんだよ! 早く帰れ! 」
「何をするかではないわスケベ魔王! 貴様! メレスとアルディスがおる浴場に普通に入って行こうとしておったじゃろうが! 」
「あっ、悪い悪い。いつもの流れでつい。そうだったわ、アルディスさんがいたんだったな。悪かったよ」
忘れてたわ。まあそれなら魔帝が怒るのも仕方ないか。
「メレスもじゃ! ま、まさか魔王……貴様メレスが入浴しておるところに入って行ったことがあるのではあるまいな!? 」
あ〜めんどくせえなこの親馬鹿。
「そんなことあるわけないだろ。メレスはいつもは雪華騎士たちと西塔の浴場に入ってるって。彼女たちに聞いてみろよ。そうだって言うからさ」
「本当じゃろうな……どうも信用できぬ」
「勝手に疑ってろ。俺は男湯に行ってくるから。魔帝はここで酒でも飲んでアルディスさんを待ってろ」
チッ、まあ今日はしょうがない。一応作ったものの今まで使ったことのない男湯に行くか。
俺は自分の身体を自分で洗うのも久しぶりだな、などと考えながら男湯へと入っていった。
そして脱衣所で服を脱ぎ、10人くらいしか入れない狭い浴場で一人寂しく頭を洗っていた。
すると誰かが浴場に入ってくる音がした。
俺はティナが背中を流しにきてくれたと思い、ウキウキしながらシャンプーを流して笑顔で入口に顔を向けた。
しかしそこには赤いくせ毛をたなびかせながら、仁王立ちしている全裸の魔帝がいた。
「テメッ! ふざけんなよ! 入ってくるんじゃねえ! てか前くらい隠せ! 」
「フンッ! 余も貴様などと一緒に風呂など入りたくなどないわ! じゃがここは魔王城じゃからの。女湯を覗ける仕掛けがないとも限らぬ。ゆえに余は監視するために来たのじゃ」
「ねえよ! そんな仕掛けねえよ! てか必要ねえし! そんなことしなくても一緒にいつも入ってるし! 」
「やはりメレスと混浴しおるのか魔王! 『豪炎』! 」
「『滅魔』! だあぁぁ! うぜえっ! 二人で入ったりなんかしたことねえよ! いいから出てけよ! ゆっくり風呂に入らせろ! 」
俺はそう言って魔帝から距離を取り、そのまま湯船に入った。
リリアもティナたちもいつも一緒だからな。嘘はついてない。
「本当じゃろうな……まあもう魔王城にメレスが来ることはないから良いか……ククク、残念じゃったのう魔王。メレスはアルディス湖で、余とアルディスと共に住むことになったのじゃ。余は毎日アルディス湖から帝城に通うことになっての。これからは家族三人で過ごすことになる。魔王はもうメレスとは会えなくなるのう」
「そうか。まあメレスがそれで幸せならいいさ。今まで甘えられなかった分、いっぱい母親に甘える権利が彼女にはある。家族全員で過ごす権利もな」
夜はこっちに戻ってくるし。
「魔王……フンッ! 」
「おいっ! 入ってくんなよ! てか身体流せよ汚ねえな! 」
俺は湯船に突然入ってきた魔帝に全力で文句を言った。
くそっ! この巨体マッチョが入って来たせいでめちゃくちゃ狭くなった。ってか汚ねえ!
「なんじゃと! 余の身体のどこが汚いというのじゃ! チキュウの通信販売で体臭がバラの匂いになるのを買って飲んでおるのじゃ! いい匂いじゃろうが! 」
「お前そんなの買ってんのかよ……」
どんだけ加齢臭気にしてんだよ。こいつ絶対健康関連グッズの販売業者のカモになるわ。
「多少若返ったがの。いい男というのは努力は怠らぬものなんじゃ。アルディスとの歳がまた離れてしまったしの」
「……ただでさえ寿命の長いエルフが200年歳を取らなきゃな。そりゃ置いてかれるのは仕方ねえだろ」
魔帝は肉体年齢が秘薬で10年若返り、多分60くらいの身体になったとは思う。2等級の停滞の指輪があっても、あと200年生きれればってとこだろ。それに比べてアルディスさんの肉体年齢は確か250歳くらいで止まってたはずだ。まあ確実に魔帝が先に逝くわな。
「一度は失った命じゃ。寿命はこれ以上は望まぬ。望んでも決して取り戻すことのできないものを取り戻せたからの。これ以上、なにを望むものか……」
魔帝はそこまで言ったあと、俺の方に顔を向けた。
「な、なんだよ」
俺は魔帝の顔が真剣な表情なことに、嫌な予感がして逃げたくなった。
「魔王……アルディスを、余の最愛の妻を生き返らせてくれたことに感謝する。200年間、余はずっとアルディスを守れなかったこと、死なせてしまったことを後悔しておった。メレスのこともそうじゃ。余はアルディスの忘れ形見を一生懸命育てた。じゃが余ではメレスを苦しみから救うことができなかった。だが魔王……貴様はメレスを救ってくれた。そしてアルディスを再び余の前に連れてきてくれた。余が救えなかった最愛の妻と娘を魔王は救ってくれた。余のこともじゃ。魔王……ありがとうのぅ。再び家族三人で過ごす日々を与えてくれたことに、余は心から感謝しておる」
「……チッ、たまたまだよたまたま。メレスを助けた時は最初取引だったろ? 彼女がフラウと和解できたのはティナのおかげだ。俺はなんもしてねえよ。アルディスさんもメレスが生き返らせてくれと言った。俺は最初それは無駄なことだと言ったんだ。でもやってみたらたまたまアルディスさんの魂が200年現世に留まっていた。だから生き返った。俺が生き返らそうとして生き返らせたわけじゃねえし、ましてや魔帝のためだなんてこれっぽちも思ってなかった。だから全部たまたまなんだよ」
マジやめろよな。お前が感謝とか口にすんなよ。あ〜吐きそうだ。ていうかこの場から逃げたい。
「それでも余は大切なものを取り戻せたのじゃ。魔王には感謝しておる」
「そんなに感謝してるならメレスを俺にくれ。俺たちは好きあってるんだ。もう邪魔するなよ? それでチャラでいいや」
「ぬっ!? それとこれとは話が別じゃ! 貴様のようなスケベな男に純真無垢なメレスをくれてやるわけがなかろうが! 何を勘違いしておるのかわからぬが、メレスが貴様なぞ好きなはずがない! すとーかーするのもいい加減にせい! 」
「スケベスケベってよ。側室と愛人を100人囲ってたやつに言われたくねえんだよ。あっ! 全部に逃げられたんだったな! 全員権力で無理やり囲ってただけじゃねえか! お前と違って俺は相思相愛の女の子ばっかりなんだよ! 一緒にすんな! 」
こっちは6人なのに、なんでこのケダモノにスケベ呼ばわりされなきゃなんねえんだよ。しかもコイツ若い女から熟女までストライクゾーン広すぎだし! どっちがスベだってんだよ!
「ぐっ……余の優秀な血を残すためじゃ! 皇帝の責務だったんじゃ! それに逃げられたのではない! 余が追い出したのじゃ! 」
「はいはい、アルディスさんにも同じことを言うんだな。さすがに100人はドン引きされると思うぜ? さーて、チクってこよっと! 」
俺はいい加減のぼせてきたので浴槽から立ち上がりながら魔帝にそういった。
「なっ!? 待て! 余計なことを言うでない! 貴様はアルディスがどれほどのやきもち焼きか知らんのじゃ! そんなことをアルディスが知ったら……搾り取られる……死ぬまで搾り取られる……」
「え? マジで? そりゃいいこと聞いた。こりゃチクらない手はないだろ」
わははは! 死ぬほど搾り取られればいい。深夜にメレスがいなくなったことに気づかないほどにな。その間メレスは俺が可愛がってやるさ。
「ぐぬぬぬ……待てっ! 行かせるか! 」
「おっと、『滅魔』 じゃあな魔帝……ああ、これは餞別だ」
滅魔によって全身に力が入らず湯船から半身を出して倒れる魔帝に、俺は空間収納の腕輪から金色の液体が入っている小瓶を取り出し投げ渡した。
「くっ……ぬっ!? こ、これはっ! 」
「メレスが魔帝のやつれた顔を見て心配してたからな。さすがにその歳で発情期DX飲んだら心臓がもたないだろうから、それを飲んでせいぜい焼きもちに耐えるんだな。もうあんなやつれた顔をメレスに見せんじゃねえぞ」
それに……同じエルフを愛する者として、寿命の差に対する苦悩は痛いほどわかる。それを飲んで50くらいの身体になればアルディスさんと【冥】の古代ダンジョンに挑めんだろう。あとは自力で手に入れるんだな。
「魔王……貴様という奴は……くっ……メレスはやらんぞ」
「言ってろ」
俺はそう言って魔力を抜かれ、動けない魔帝をそのままにして風呂場から出たのだった。
ざまぁ、のぼせて風邪でもひきやがれ。
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