第13話 友好使節団
「え? 今なんておっしゃったのかしら? わたくしをここに置いていただけないと聞こえたような……」
「ああそうだけど? 逆になんで君をこの城に住まわせないといけないのか、俺にはさっぱりわからないんだけど? 」
俺はソファーの向かいに座り、信じられないという表情をしているセレスティナという名の女性にそう答えた。
なんでこの子は当然のようにここに居座るつもりなんだ?
どう考えてもハニートラップだろこれ。
エルフの森で長老とメレスが感動の再会を果たしてから、数日ほどが経過した頃。
俺のもとにロンドメル公爵家から親書を持った使節団がやってきた。
フォースターが言うには、どうやらロンドメル公爵は俺と友好関係を結びたいらしい。
ロンドメルと言えば、モンドレットの持っていた毒の出どころだ。正直にいって胡散臭さを感じていたが、親書を受け取るだけだとフォースターが言うからとりあえず会うことにした。
さすがに手紙すら受け取らないほど、ロンドメルに何かをされたというわけでもない。モンドレットとの一件に、ロンドメルが絡んでいたという証拠もないしな。
それでその使者を悪魔城の一階の応接室に通したらあらビックリ! 超絶美人が俺の前に現れたんだ。
その女性は部屋に入るなり胸もとの大きく開いた水色のドレスの裾を手に持ち、軽く頭を下げながらセレスティナと名乗った。
その優雅な仕草に俺は、これは本物のお嬢様だなとやたら露出の激しい胸もとを見ながら思っていた。
それから彼女に挨拶を返した俺は席を勧め、お互いに向かい合い後ろに護衛を立たせた状態で会談を始めた。
彼女の背後にはハーフプレイトアーマーを装備した5人の護衛が、俺の背後にはレオンたち親衛隊が3人立っている。
ティナは今日は同席していない。移民の事務処理が忙しそうだし、俺も手紙を受け取ってすぐ終わるからと誘ってなかったしな。同じくフォースターも別室で一緒に来た公爵家の文官たちと会談中だ。まあどう見てもこのセレスティナという女性は御輿だろうし。
会談が始まると彼女はロンドメルからだという親書を取り出し、俺はそれを受け取って中身を確認した。
そこには上級ダンジョンを攻略し、モンドレットとの戦争で武を示した俺と友好関係を築きたいと書かれていた。そしてその友好の証として、帝国屈指の美女である我が姪を贈ると。是非両家の発展のために受け取ってもらい、かわいがって欲しいと。そう書かれていた。
俺は姪を贈り物にするのってどうなんだと思ったけど、貴族の間じゃ当たり前のことらしいのでそこは納得するようにした。昔の日本もそうだけど、どこの世界でも女性は政略結婚の道具だったりするもんなんだな。
オリビアも嫁に出されそうになったことが何度かあったらしいしな。まあ全部断ったらしいけど。そんで断ってよかったって、俺と出会えたからって顔を赤くして言うもんだ。もう可愛くて可愛くてそのまま襲い掛かっちゃったよ。
まあそういう訳で親書を読み終わったあとに、セレスティナに親書に書かれていることを説明した。そのうえで、彼女を受け取ることはできないと伝えたわけだ。
セレスティナは事前に俺のところにいるようにロンドメルから言われていたんだろう。それはもう自信満々な顔をしていたからな。
それなのに俺にあっさり断られたもんだから、かなり驚いている様子だ。
「わ、わたくしの叔父はロンドメル公爵様なのですよ? 見た目もオリビアさんよりも魅力があると自負しています。そのわたくしを側に置いておきたいとは思わないのですか? このわたくしをですよ? 」
「俺としてはロンドメルの一族だからなに? って感じだな。それに確かに見た目は良いと思う。でも俺はオリビアの方が魅力的に見えるな。まあこの辺は好みの問題だから悪く思わないでくれ」
確かに清楚そうな見た目ではある。でも言葉の節々にプライドの高さと、他人を見下ろしている印象を受けるんだよな。なによりあのロンドメル家から送られてきた女性だ。ハニートラップか暗殺か。絶対何か裏があるに違いない。
「オ、オリビアさんよりわたくしが劣っていると言うのですか!? 確かに彼女はとても優秀な女性です。ですが女としての可憐さや可愛らしさなど微塵もないではないですか! そんなオリビアさんにわたくしが劣っていると? 本気でそう思っていらっしゃるのですか!? 」
「別に優劣とかじゃないさ。好みの問題だって言ったろ? それにオリビアは可憐で可愛いけど? 彼女のことをよく知りもしないでそういう言い方はやめて欲しいね」
他人を馬鹿にする女のどこに可憐さや可愛らしさを感じろってんだよ。これだから温室育ちの貴族の女は嫌なんだよ。同じ貴族の子女でも、雪華騎士の子たちとは大違いだよな。やっぱり育て方に問題があるんだろうな。
あ〜なんか自意識過剰の女の相手とかめんどくせえな。
コイツ自分が使節団の使者だって自覚あんのかね? なんか頭に血が上ってぶっ飛んでそうだよな。
「く、屈辱ですわ……わたくしを拒絶するなどあり得ない……こんなこと今まで……いえ、所詮はチキュウの未開人。モンドレット子爵にあれだけ野蛮なことを平気で行えるような男。そもそもエルフや獣人などを側に置いている男に、わたくしの美しさが理解できるはずがないですわね。フフフ……そうよ。それならオリビアさんを選ぶのも理解できます」
「あ〜セレスティナだっけ? なんか色々自惚れていて見ていて痛々しいんだけどさ、確かあんた友好の使者だったよな? その友好の使者が俺のことを未開人だの言ったあげくに、俺の恋人を侮辱して大丈夫なのか? あんたの言う未開人上がりの男爵に、なぜ公爵であるあんたの叔父が友好関係を結ぼうと一族であるあんたを送り込んだのか考えてからしゃっべってんだよな? 俺を怒らせて帰って大丈夫なのか? 」
俺は自尊心が傷付いたのか、俯いてブツブツ言っているセレスティナに聞こえているぞと。そんなことを言って大丈夫なのかと忠告した。
「なっ!? わたくしを脅しているおつもりですか? アクツ男爵は少々増長し過ぎではありませんか? 確かに男爵はダンジョンを攻略したことに加え、その艦隊指揮能力の高さから叔父様に目を掛けられているのでしょう。しかし所詮は男爵。公爵家から友好をと使者まで送り出しているのです。地に頭をつけて感謝し迎え入れるのが筋ではありませんか? それなのにそれを拒否するなど、公爵家の顔に泥を塗る行為だとおわかりにならないのですか? このようなこと、宣戦布告をされても文句は言えませんよ? そんなこともわからないから未開人だと申し上げているのです。さあ、理解したのなら地に頭を擦り付けわたくしに謝罪をし、この城に迎え入れなさい。そうすれば悪いようにはしません。ああ、わたくしには一切触れることは禁じます。それと、この城にエルフや獣人たちを入れないようにしてください。気分が悪くなりますので。理解したのなら早く部屋へと案内してください」
「あっそ、わかった。ロンドメル公爵家は俺に宣戦布告をするということでいいんだな? ならば阿久津男爵家はその布告を受けることにしよう。帰ったらあんたの叔父にそう伝えておいてくれ。ああ、今の会話は全て録音してあるから、あとでとぼけても無駄だからな。俺だけじゃなくエルフや獣人たちを侮辱したんだ。タダで済むとおもうなよ? 」
このクソ女が……やっぱ貴族の馬鹿女と会うもんじゃないな。なんにもわかってない。
受け入れを断ったら今度は身分を盾に脅迫か。帝国貴族らしいっちゃらしいけどな。
まあ身分制度の厳しい世界で、生まれてからずっと周囲にチヤホヤされてきたんだしこんなもんか。
さて、この女には自分が言った言葉の責任を取ってもらうとするか。
「え? な、なにを……しょ、正気ですか!? まさかここまで愚かな男だとは! 公爵家を敵に回すことが、それが何を意味するのかわかっているのですか!? こんな小領一瞬で滅ぼされますよ!? 」
「滅ぶのはお前ら公爵家だよ。せいぜい逃げ回るんだな。レオン、お客さんのお帰りだ。多少手荒く扱っても構わない。敵になるみたいだしな」
俺は盛大に焦っている様子のセレスティナをよそに、背後に控えるレオンへとそう指示をして席を立った。
まさか宣戦布告を受けるとは思ってなかったか? 残念だったな。領地の安全のために大物の見せしめが欲しかったところなんだよ。
まあでも使節団を送ってくるくらいだ。本当に宣戦布告はしてこないだろうけどな。
だが友好関係を結ぼうとした相手を侮辱し脅迫したんだ。この女が帰ったらどんな目に遭うか楽しみだ。
「おうよっ! 」
俺の命令を受けたレオンたちはソファーを回り込み、セレスティナに向かった。
それに対し5人の護衛はソファーを飛び越え、セレスティナを守るようにレオンたちの前に立ち塞がった。
「なっ!? そ、そんな!? 狂ってる! こんなことをしてただで済むと思っているのですか! 」
「それはこっちのセリフだ。俺の恋人を侮辱しといてただで済むと思ってんのか? いいから早く出て行け。目障りなんだよ馬鹿女。レオン、抵抗するなら殺してもいい。早く追い出せ」
「お? いいのか? へへへ、なら遠慮なく」
「ひっ!? ま、守りなさい! わたくしを獣から守りなさい! 」
「「「ハッ! 」」」
ガタッ
シャッ
「「「ウッ……」」」
俺の言葉にレオンが剣を抜き、セレスティナの護衛もそれに応じて剣を抜いたその時。
鉄製の天板が外れ黒い忍装束を着たナルースと、セシアほか5人のくノ一がセレスティナの護衛の背後に降り立った。そして彼らの首もとにクナイを突きつけた。
オイオイ……いつから天井にいたんだよ。というか魔力を感じなかったぞ?
まさかこの間、備品の隠者の結界を大量に欲しいと言って持っていったのはこのためか?
俺は天井から降り立ち、その身を埃まみれにしつつも得意げな顔をしているナルースたちを呆れた目で見ていた。
「え? な、何? ダ、ダークエルフ? ど、どこから……」
「あ〜まあそのなんだ。おとなしく武器を捨てて部屋を出ろ。あんたが連れてきた護衛の艦隊には、対空砲とこのデビルキャッスルの主砲の照準を合わせてあるから兵を無駄死にさせないようにな。それじゃあ二度と会うことはないだろうけど、強く生きるんだな」
目を丸くしてナルースたちを見ているセレスティナに俺がそう言うと、ナルースたちは護衛の首もとにあてたクナイにぐっと力を入れ剣を手放させた。
そしてそのまま応接室の外に連れ出し、セレスティナはレオンたちに両腕を掴まれて外へと連れ出されていった。
なんか出て行く時にも後悔することになるとかなんとか捨てゼリフを吐いていたけど、レオンに頬を2、3発叩かれたら黙ったな。
「さて、ロンドメルにはフォースターから連絡させるか」
俺は開いたままの天井と、埃まみれのテーブルを見なかったことにして魔導携帯を取り出した。そして別室で使節団の文官と会談の最中であろうフォースターへと電話した。
何が親書を受け取るだけの簡単なお仕事だよ。絶対に文句言ってやる。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
ーー テルミナ帝国南東部 ロンドメル公爵領 領都 執務室 ヴァルト・ロンドメル公爵 ーー
「なっ!? 俺が宣戦布告をするだと!? なぜ使節団を送った俺がそんなことをするんだ!? 」
俺は義父のカストロから今朝アクツ領へと送り出した使節団が、俺がアクツに宣戦布告をすると告げたという報告を聞き耳を疑った。
「それがセレスティナが拒絶され、アクツ男爵とその恋人までも侮辱したようでしてな。それをたしなめた男爵に、地に頭を擦り付けて自分を受け入れなければ、公爵家と戦争になると脅迫したようです」
「なんだそれは! いくら夜会ばかりで政治に興味のない姪でも、公爵家が男爵家に一族の女を送る意味くらいわかるだろう! いくら見た目だけの姪でも、友好と従属の区別もつかないほどの馬鹿ではないだろ! これはアクツの策略なのではないのか? 」
確かにセレスティナは少し頭が弱いところがある。しかしそれでも貴族の女だ。最低限情勢はわかっているはずだ。アクツの危険性は帝国中で噂になっている。そのうえカストロからも絶対に敵対しないように言い含められていたはずだ。それを俺が宣戦布告をすると脅迫しただと? あり得ん! アクツの言い掛かりではないのか?
「残念ながら会談の内容を録音したものが送られて来ております。間違いなくセレスティナの声で、男爵を侮辱し脅迫しておりました。恐らくアクツ男爵が屈すると思っていたのでしょう。しかし逆に公爵家を滅ぼすと言われ追い出され、護衛ともども青ざめた顔で戻ってきておりました」
「そこまで馬鹿だったとは……そしてアクツも公爵家相手にまったく怯まぬとは……どうするのだ。セレスティナがいくら馬鹿だったとはいえ、友好の証を断られ公爵家の顔に泥を塗られたぞ。このままではメンツが潰れる。宣戦布告をするか? 」
まさかあのセレスティナを拒絶するとは……アクツは女好きではなかったのか? いや、飛空宮殿まで手に入れるほど警戒心の強い猿だ。こっちの思惑を察した可能性もあるな。
「詫びるしかないでしょう。アクツ男爵はかなり怒っていた様子。宣戦布告をしたいがために友好を装い、セレスティナに挑発をさせに来たのであろうと言っております。男爵家にここまで言われるのは業腹ではございますが、我々には男爵のスキルに対抗する術がまだございません。陛下とマルス公爵が開発した、超魔導砲を手に入れるまでは敵対して滅ぶのは我々です。ここはセレスティナを処分し、ダンジョン産のアイテムを送り謝罪し敵対しないようにするしかありますまい」
「公爵である俺があの猿に詫びるだと!? それこそ俺のメンツが潰れるじゃねえか! 」
「今は耐えてくだされ。皇帝を倒すまでの間です。今アクツ男爵と戦争を起こすわけにはいかないのです。皇帝を倒し、あの兵器さえ手に入れることができればアクツ男爵など敵ではありますまい。外に誘き出し、視界外の遠距離から一撃で仕留めることができましょう。それまでの辛抱でございます」
「ぐっ……クソが! セレスティナの馬鹿女が! 俺にこんな思いをさせやがってただじゃ済まさねえぞ! アクツの件はカストロに任せる! セレスティナは貴族の地位を剥奪して平民に落としオズボードにくれてやれ! あの変態はセレスティナを狙っていたからな。少しは役に立つだろう」
「それは苦行でございますな……セレスティナはオズボードを毛嫌いしておりましたからな。自死をするやもしれません」
「隷属の首輪を嵌めればいいだろう。友好の使者として出向き、戦争を起こすような女など一族には必要ない。ほかの女共への見せしめにしろ! 」
ほかの姪や一族の馬鹿女も、セレスティナの末路を見れば少しは危機感を覚えるだろう。
オズボードとは長年敵対してきたが、お互い過去を水に流し同盟を結ぼうと話を進めていたところだ。セレスティナをくれてやれば、少しは優位に話を進められるだろう。あの男のもとに行く女は悲惨だがな。
オズボードは金と領土への野心があれど、皇帝になれるとは本人も思っていない。デルミナ様の加護を受けれるほどの武力はないからな。
俺と皇帝の戦争で勝ち目があることを納得させ、いい女と金と領土を与えることを約束すれば奴はこちら側につく。あの醜く太った男はそういう男だ。
「承知しました。ご指示通りにいたします」
「この俺にここまで我慢させたんだ。肝心の兵器の開発は順調なんだろうな? 」
「はい。最終試験をクリアし地下工場にて増産体制に入っております。年内には公爵軍への装備が可能となるでしょう」
「そうか。来年には事を起こせそうだな。だが皇帝の犬がロシアに入り込んでいるらしい。悟られぬようにしろ。それと調略の方はどうなっている? 」
「順調でございます。現在はハマール公爵の懐刀であるアーレンファルト女侯爵と、ローエンシュラム侯爵家に接近しているところでございます」
「ククク……そうか。皇帝も馬鹿なことをしたな。まさかエルフと子を作るとはな」
馬鹿な男だ。エルフなぞと子を作るとはな。初めて帝城で耳にした時は、嫌悪感を隠すのに苦労したものだ。それは周囲の貴族たちも同じだった。
アレで調略が楽になったと聞く。これはデルミナ様のお導きに違いない。デルミナ様はエルフなどと子を作り、魔人の血を穢した皇帝にお怒りになっているのだろう。
ローエンシュラム家までこちらに付くことになれば、もう皇帝に逃げ場はあるまい。
そのローエンシュラム家も、俺が皇帝になれば滅ぼす必要があるがな。
3代前の皇帝である我が先祖を殺し、皇帝の座を奪ったローエンシュラム家はもう帝国には必要無い。
ロンドメル家とローエンシュラム家による皇帝の座の奪い合いの歴史に、この俺が終止符を打ってやる。
もう少しだ。もう少しで俺はこの国の、世界の皇帝となるのだ!
ククク……フハハハハ!
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