第23話 罠

 



 ーー 九州地区 特別警察 佐世保署所属 田川 巡査部長 ーー




「田川巡査部長? ケモミミが全然いないんだが? 」


「今週に入ってからなかなか現れなくなったんだよ」


 応援部隊が来たから、今度こそとっ捕まえてやろうと思ったんだけどな。デビルバスターズの奴らも相当警戒してやがるな。


 俺の隊は現在佐世保初級ダンジョンと、近くにある街を特警の護送車に乗り巡回中だ。徒歩組の20人を車両でゆっくり追い掛けてる。過去に無い大所帯だからか、探索者たちは俺たちを見れば逃げ出し街の住人たちも顔をしかめている。嫌われたもんだな。


「なんだよ。せっかく拘束許可が出たから、意気揚々とわざわざ東京から来たのによ。猫耳の女の子を署に連れてってヤりまくるのを楽しみにしてたんだぜ? 別府のダンジョンの方が当たりだったか? 」


 隣に座る新宿署から来た応援組の児玉巡査部長が、ガッカリした声で俺に話しかけてきた。


「あっちはあっちで命懸けになるけどな? 知らないのか? デビルバスターズの奴らはほかの探索者たちと違ってかなり反抗的なんだぜ? うちの署員も結構やられてんだよ」


 俺は何も知らない同僚に、新宿とは勝手が違うことを説明した。


 当初は桜島に新しくできた民間ギルドのデビルバスターズに関して、総督府からは奴らには関わるなと指示があった。だけど最近になってほかの探索者より厳しめに取り締まれと指示された。ただ、拘束と大規模な衝突は不可だと。要はカツアゲしろって指示だ。


 それで良い金づるだと取り締まってみたが、帝国本土じゃ奴隷だったくせにどいつもこいつも反抗的だった。別府の中級ダンジョンのとこじゃ、身体検査を装って狐耳の女の胸を触っただけで剣を抜きやがったらしい。その時は次から次へとお互い仲間を呼んで、あと少しで殺し合いになるところだったそうだ。結局は本部から静止が入ったから引いたらしいが、この事だけでも俺たちのことを全く恐れてないのがハッキリとわかる。


 しかもそれで俺たちが大規模な衝突を避ける事に気付いたのか、最近じゃ探索者を取り締まっている時に人数を集めて邪魔をしてくる始末だ。あのギルドには日本人も多くいるし、このままじゃ特警が探索者たちに舐められると皆が危惧していた。


 そんな時にデビルバスターズギルドの奴らを取り締まり、積極的に拘束しろと命令が出た。


 その指示が出た当初は俺たちは仲間同士で喜んだもんだ。これまで反抗的な態度だった奴らを署に連れて行って遠慮なくリンチできるし、抵抗したなら殺したって罪に問われない。何よりもあのエルフやダークエルフに獣人の美女たちを好きにできるってな。


 上も必ずエルフは連れてくるようにって期待している始末だ。恐らく別府署の奴らも同じ気持ちだったと思う。そして早番の奴らがそりゃあもう意気揚々と、初級ダンジョンから出てくるカモを探しに佐世保ダンジョンに向かった。


 そこでさっそく獣人の女入りの初心者パーティを見つけて、まずは今まで通り所持品を巻き上げたようとしたそうだ。ところがとんでもない化け物が新人パーティらしき奴らに付いてたらしい。そいつはダークエルフの男で、1人でうちの隊員12人を半殺しにして逃亡した。


 それを聞いて俺たちは二の足を踏んだ。今までは反抗的ではあったけど女が絡まなきゃ揉め事を避けて、殴られてもおとなしく魔石と素材を差し出してきた奴らが、とうとう手を出してきやがったからだ。別府署の奴らなんてもっとビビってた。まさかあれほど強い奴が過激な反撃をしてくると思わなかったんだろう。ただでさえあっちはランクの高い獣人や、魔法を使えるエルフばかりだしな。気持ちはわかる。


「マジかよ。俺たちに手を出したのかよ。やっぱあの男爵になったっていう阿久津がバックにいるからか? でも日本自治領はモンドレット子爵がバックに付いてるんだぜ? なりたての貴族のしかも男爵位の奴が子爵に逆らえるのか? 」


「それはあり得ないって警部が言ってた。帝国の貴族の階級は絶対だからだって。恐らくギルド員が勝手に動いたんだろうってよ。前回みたいに逃げられなけりゃ、子爵の管理する領地の内政に阿久津男爵は口を出せないだろうって。だから逃がさないために、Dランク以上の隊員を千人も寄越してきたわけだしな」


 前回は取り締まりの状況を録画されたうえに、まんまと逃げられたからどうしようもなかった。男爵が出てきてその取り締まりの状況をつっこまれたら何も言えない。デビルバスターズに関しては理由なんか適当に作って取り締まるように言われてるからな。


 まあ適当な理由を作ってしょっ引いてるのは、探索者に対しても同じだけどな。俺たちは総督府直轄のエリート警察だからそれくらいは許される。そのために機動隊で苦労してランクをDまで上げて競争率の高い特警にやっと入ったんだ。法整備が整えば、昇進もこれから早くなると約束されている。探索者や救済軍からスカウトしてきた強いだけの問題児もかなり多いが、コイツらは昇進が遅い契約だから特に不満はない。肉壁役としては上出来だ。


 ほんとこの数年でいい世の中になったと思う。昔みたいにアホな元日本国民に、コンビニでジュースを買っただけで文句を言われることも無い。古巣の機動隊の奴らも暴動が起これば思いっきりぶん殴れると喜んでたし、特警に入った俺たちは探索者を少し脅せば小遣いも稼げる。


 ただ、あんまりやり過ぎると探索者協会からクレームが来て見せしめに処罰されるが、犯罪を犯した探索者には何をやっても許される。その中に女がいればかなりラッキーだ。どうしてもヤリたい探索者の女がいれば、仲間と共謀して犯罪を作って好きにできる。最初は抵抗があったが、こんなのはどの地域の特警でもやっている。そのせいで女の探索者が少ないわけなんだが……


 でもこの九州には、桜島総督府のおかげでダンジョンに潜る女がたくさんいる。しかもエルフに獣人にと可愛いくて美人な女ばかりだ。帝国の奴隷だった中古品だが、ヤる分にはそんなの関係ない。ずっと手を出すなと言われて我慢していた俺たちは、どんな手を使ってでも署に連れて帰ってやるつもりだった。


 しかしあのダークエルフのおかげで出鼻をくじかれた。どうやら探索者のようにはスムーズに行かなさそうだ。なんたってデビルバスターズの奴らは装備がいい。それでいて初級ダンジョンには付き添いに高ランクの者が付いてるようだし、中級ダンジョンに入る奴らは必ず2パーティ12人で行動している。


 今までは同数で対応できたが、反撃してくるなら初期対応で最低でも30人はいないと逃げられる。うちの装備じゃいくら別府署のCランクの奴らでも同人数じゃ厳しい。


 そういうこともあり九州地区本部がある別府署が、総督府に応援を要請した。そしたらなんとすぐに千人も応援を寄越してきた。本当ならDランクではなく、D+ランク以上が欲しかったがまだまだ数が少ないからまあ仕方ない。でもこれで戦力は1500人になった。1000人が2つのダンジョンと街を巡回して、非常時には1500人が対応できる。これだけ数がいれば今度こそ取り逃がすことはないはずだ。


「貴族の階級か……あの阿久津って奴はマジでやばい奴らしいな。確かニート法の犠牲者で、上級ダンジョンを攻略して帝国にその戦利品を献上して桜島の管理を任されたんだろ? それだけでもヤバイのに、そこから更に上級ダンジョンを2つ攻略して貴族に取り立てられたって話だ。上が絶対に手を出すなと言うのも頷ける」


「あの法案は確かにヤバかったな。なにより上級ダンジョンを攻略して帝国を動かして、当時の権力者を処刑したのってのもヤバかった。阿久津男爵が出てきたら絶対に事を構えず、すぐに撤退しろと命令してくれたのは助かった。そんな奴と戦うなんてシャレになんないし、ただでさえ貴族に手を出したら一族郎党連座で処刑されるみたいだからな」


 あの権力者への処刑の動画がネットで出回っている。阿久津男爵は桜島を手に入れただけではなく、キッチリ自分たちをダンジョンに送り込んだ奴らに復讐を果たしていた。今までダンジョンに入ったことの無い政治家たちに、隷属の首輪を嵌めて無理矢理ダンジョンに放り込むというエグい方法でだ。


 あんなのを見せられて、阿久津男爵に関わろうなんて思う奴は誰もいない。しかも帝国人でさえ攻略に何年も掛かる上級ダンジョンを、3つも短期間で攻略するような化け物だ。出会ったら即撤退は基本だ。俺たちは桜島にある民間のギルド員に嫌がらせをするのが仕事だ。あんな化け物とは関わりたくない。


 しかし妙なことに資源部の日本救済軍の奴らだけが、やたら阿久津男爵を持ち上げるんだよな。ダンジョン攻略を目標としている者だから憧れてんのか?


「貴族やべえな。まあ直接事を構えさえしなけりゃ子爵様が守ってくれるらしいしな。それにそんな地位になった奴が、いちいち現地まで来たりしねえだろ。俺ならあのエルフと猫耳と兎耳の美女たちと、毎日桜島でイチャイチャして過ごすわ」


「確かにあの3人の顔とスタイルは堪んなかったな。でも俺たちももうすぐ獣人女とヤれる。エルフも別府署からいくらか回ってくるだろう。それに噂じゃ桜島で基礎訓練を受けている大量の獣人が、この初級ダンジョンにもうすぐ実戦訓練をしにやってくるらしい。別府ダンジョンよりこっちの方がおいしくなるのは確定だ」


 確か獣人が酒場で話してたのを聞いたやつの話じゃ、千人ほど桜島で基礎訓練を受けているギルド員がいるらしい。女もかなり多いって話だ。別府ダンジョンの高ランクの奴らを相手にするより、絶対にこっちの方が美味しくなる。エルフがいないのは残念だけどな。


 その辺は拘束した獣人の女と等価交換を持ち掛ければいいだろう。なんたって拘束したら釈放するなって言われてるからな。つまり多少数が減っても構わないということだし、毎日ヤりたい放題できるってことだ。


「マジかよ! それならこっちは当たりじゃねえか! いやぁ〜帝国が侵略してきた時はどうなるかと思ったけど、いい世の中になったよな。帝国が来る前に税金泥棒だなんだと、うるせえクソ民間人を相手に我慢してきて良かった。帝国様々だな」


「これから総督府の力はもっと強くなっていくからな。民主主義なんてもう崩壊寸前だ。そのうち反抗的な九州を始め各県知事たちも粛清されんだろ。そうなれば民間人相手にも好き放題できる。それにしても権力者側に付けば独裁政権がこんなにおいしいとはな」


「まだ良心がとかなんとかと、染まりきらない甘ちゃんがいるけどな。まあそんなのは今回連れてきてない。今回応援にやってきたのは、黒い噂の絶えない総督府の忠実な犬隊員ばかりだ。俺も含めてな。ぎゃははは! 」


「くくく……犬で大いに結構だな。お? 何か見つけたみたいだ。車を止めろ! 降りるぞ! 」


「獲物か!? 頼むぜ? 獣人のかわい子ちゃんいてくれよ〜? 」


 俺は徒歩組がダンジョンから出てきた集団を囲んだのを見て、やっと獲物を見つけたかと思い児玉巡査部長を連れて車を降りた。


 そして現場に着くと明らかに初心者装備の獣人の男女が8人と、フルフェイスのヘルメットを被った男が黒い革鎧を着た隊員たちに囲まれ女を守るように立っていた。


 しめた! 付き添いがいない! どう見てもデビルバスターズで初心者に支給される革鎧だ。それでも同じ初心者の探索者たちよりは上等で、俺たちの装備にも匹敵するがな。装備はともかく初級ダンジョンに入るような奴らだ。高くてもEランク程度だろう。それに対してこっちはDランク以上が25人に、C-ランクが俺を含めて5人だ。さっそくあそこにいる3人の獣人女をお持ち帰りだな。


 俺は護送車に待機させている探索者の格好をさせた隊員に、手で合図を出してこっちへと呼んだ。

 そして隊員たちに囲まれて、牙を向いている狼の耳をしたリーダーらしき男へと話しかけた。


「おいっ! そこの狼! お前だ。日本語がわかるか? 我々は特別警察の者だ。全員ギルドカードを見せろ! 」


「なんだってんだよ! いきなり大人数で囲みやがって! 俺たちが何したって言うんだ! 」


 どうやら日本語が通じるようだ。帝国語はまだ勉強中で片言だから助かるな。しかし随分流暢な日本語だな。獣のくせに頭がいいじゃねえか。


「ここは日本自治区だ。職務質問は我々の仕事だ。逆らうなら公務執行妨害で逮捕するぞ。いいからお前たちのギルドカードを提示しろ」


 俺は大人数に囲まれてビビりまくって大声を張り上げる狼獣人に、ギルドカードを提示するよう再度求めた。ダークエルフの時は全員の確認を怠ったせいであんなことになった。念のためにランクを確認しておかないとな。


「チッ……とりあえずみんなギルドカードを提示しよう」


「……全員が銅か。お前はロイというのか。お前たちにはダンジョン内での盗賊行為の嫌疑が掛かっている。おとなしく署まで来てもらおうか」


 俺は提示された9人分のカードを確認し、リーダーらしき男のカードに書かれている名前を読み上げ署に同行するように言った。


 銅のカードはE〜Fランクだ。これなら抵抗されても余裕だな。まあさすがにこの人数相手に抵抗はしないだろうけどな。


「はあ!? 何言ってんだテメー! 俺たちが盗賊行為をしただ? ふざけたこと言ってんじゃねえ! 」


「チッ……口の悪い獣だな。おいっ! こっちに来い! 」


 俺は後ろに控えている仕込み要員を呼んだ。


「はいっ! 」


「お前のパーティを襲ったのはコイツらで間違いないか? 」


「ええそうです! コイツらです! 村田に中村を殺して俺たちの荷物を奪ったやつです! 俺を逃がすためにみんな……ううっ……村田……」


「なんだよそんな奴知らねえぞ! ふざけんなよ! 」


「我々は公正だ。だから署まで同行してもらおうか。そこでゆっくり言い分を聞いてやる。密室のダンジョン内での出来事だ。どっちが嘘を言ってるかよく調べる必要があるからな」


 馬鹿が。お前らがやったとかやってないとか関係ねえんだよ。俺たちがやったと言ったらやったことになるんだ。奴隷だったくせに察しが悪い奴らだ。


「誰が行くか! どうせ俺たちがやったことにするんだろ! 見え見えなんだよクズ野郎! 」


「そうか、抵抗するか。なら力ずくで拘束させてもらう。剣を抜くなら死ぬ覚悟はしとけよ? 我々は自治領内にいるランクを得た犯罪者を殺す事を許されている。慈悲は期待しないことだな。ああ、そこの女たちは傷付けないから安心しろ。署に連れて行ったら別の意味で傷が付くかもしれないがな」


 


「頭数だけ揃えたテメエら雑魚に殺されるわけねえだろ! ランクが全てだと勘違いしてんじゃねえぞ! 」


「ふんっ! なら痛い目にあってもらうか。総員抜刀! ランクの違いをニュービーたちに教えてやれ! 男はとりあえず殺すな! 腕の一本や二本にしておけ。女はわかってるな? 」


 


「ククク……田川巡査部長の言う通りだな。ずいぶんと威勢がいい犬っころだ」


「毎回こんなもんだ。それでも今までは2、3発殴ればおとなしく言うことを聞いたんだけどな。さすがに署に連れて行かれるのは嫌らしい」


 俺たちが剣を抜くと、デビルバスターズの新人どもも全員が武器を構えた。剣に槍や弓と初心者らしく構えも基本に忠実だ。ん? あのフルフェイスのヘルメットの男は武器を構えないのか? さてはパワーレベリングの最中だったか。ということはあのみすぼらしい装備から言ってど新人か。


 ふむ……Eランク程度じゃ身体強化もいらないな。そもそも身体強化のスキルを持っている者は俺を含めここには5人程度しかいない。初級ダンジョンに出入りしいるような新人が持っているわけもないし、高みの見物といくか。


 俺はこいつらの仲間が集まる前に、さっさと終わらせるために攻撃開始の合図を出した。


「総員かかれ! 」


 


 俺が号令を掛けるとまずは前列の隊員10名が、狼獣人や熊獣人などの男へ向かって剣で斬りかかった。

 しかし彼らの攻撃は遅く、簡単に剣で受け止められ反撃を受けることになった。


 


 《 うぐっ……なぜ……》


 《 あがっ! て、手がーー! 》


「なっ!? 何をしてる! たかがEランクだぞ! 」


 どういうことだ! なぜ簡単に剣を弾かれて手首を切り落とされてるんだ!?


 《 ちょ、なんで! 強い! 》


 《 ち、力が! 》


 俺は目の前で繰り広げられる光景が信じられなかった。1ランク以上の差があるはずなのに、隊員たちは狼や熊や犬の獣人の振るう剣に次々と手首を切り落とされていき、狸耳や鹿の角を生やした女たちの弓に肩や足を射抜かれていった。


「そ、総員かかれ! 身体強化ができる者はやれ! 全員でかかれ! 」


 俺はあっという間に制圧された10人の隊員を見て、決して技量が高いわけではないのになぜか攻撃が通じない獣人たちに全力で掛かるよう号令を掛けた。


 《


 《 『身体強化』……あれ? 『身体強化』! 》


 《 『身体強化』! え? なぜ……『身体強化』! 『身体強化』! 》


 《 ぎゃああ! 》


 《 ぐっ! 》


「何をしている! スキルを早く発動しろ! くっ! 俺も参戦する! 児玉巡査部長! 」


 俺はスキル発動にまごまごしている隊員たちの前で、先に斬りかかった者たちが次々と返り討ちにあっている光景を見て自らも参戦するために前に出た。その際に隣で目を見開いて固まっている同僚へと声を掛けた。


「お、おう! 『身体強化』! なっ!? 『身体強化』! 」


「児玉巡査部長!? まさか!? 『身体強化』! や、やはり魔力が無い……!? 」


 ど、どういうことだ!? 魔力が無くなっている!? くっ……今はそれどころじゃない。とにかく数で勝っているうちに畳み込まなければ!


 俺は隊員たちの影から、両手が塞がっている熊獣人の胴に向けて剣を袈裟斬りに振りかぶろうとした。が、どういうわけか剣がいつもより重く感じ、頭上に上げきることができなかった。ならばと剣を地に這わせ、斜め下から熊の腰から胸に向けて両手で剣を掬い上げた。


「なっ!? 振り切れないだと! なぜ力が! どうして……くっ……」


 俺の剣は熊獣人の革鎧に剣を受け止められた。明らかに力不足だ。


 ありえない出来事にショックを受けた俺だったが、熊獣人の反撃を回避するためにその場から一旦離れた。そしてあっさり弾かれた剣を見つめ、なぜ力が入らなかったのか呆然としていた。その視線の先では児玉巡査部長が、狼獣人に腕を切り落とされている光景が目に映っていた。


 なぜだ……これではまるで一般人ではないか……剣すら満足に振り切れないなんて……


「よう、だから言ったろ? ランクが全てじゃねえってよ」


「うおっ! ぐっ……」


 俺が呆然としていると、児玉巡査部長を斬った狼獣人がそのままの勢いで走ってきて剣を振るった。その剣を俺は自分の剣でなんとか受け切ろうとしたが、やはり力が入らず呆気なく剣を弾き飛ばされた。


「殺しはしねえ。良い撒き餌になってくれよな? 」


「ど、どういう……があああああ! 」


 う、腕が……俺の腕が……


 俺はあまりの激痛に膝をつき、転げ回りたいのを我慢しつて痛みに耐えていた。目の前には俺の右肩から先の部分が転がっているのが見える。


 ぐっ……ポ、ポーションを……血を……


 《 ロイもういい! トラックに乗り込め! 》


 《 はい! 》


 俺が腰のポーチからポーションを取り出そうとしていると、今まで一言も話さなかったフルフェイスヘルメットを被った男のくぐもった声が聞こえてきた。その男の声にリーダーだと思っていた狼獣人や、その他の獣人たちは一斉に武器をしまい、キビキビとした動きでいつの間にか俺たちの後方に近付いていたトラックへと走り乗り込んで行った。そして最後にヘルメットの男が荷台に乗り込むと、トラックは佐世保署のある方向へと走り去っていった。


「ぐっ……動ける者は車両に乗り込め! 追え! 佐世保署と別府署に連絡をし応援を呼べ! 逃すな! 」


 俺は待機させていた護送車に動ける者を乗せ、残りの者の救護は遠目に見ていた探索者協会の者たちに任せデビルバスターズの者たちを追った。


 くそっ! くそっ! なぜだ! たかがEランクの新人に! なぜ魔力が突然無くなった! いったい何が起こったんだ!


 ぐっ……痛てえ……俺の腕をよくも……逃がすか! 絶対に逃さねえぞ! 必ず殺してやる!


 俺は5等級ポーションで止血をしたにも関わらず痛む右肩を押さえ、不安と怒りにその身を震わせていた。






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