第21話 誤算
ーー 旧米軍横須賀基地 モンドレット子爵軍本部 総司令官室 レナード・フォースター準男爵 ーー
「フォースター! このド無能が! 貴様が生温いことをしているからあの下等種がよりにもよって栄えある帝国の貴族に! それも騎士爵などではなく男爵になったではないか! 」
「グッ……も、申し訳ありません」
私は本国から飛んできた子爵に呼び出され、執務室に入った途端。待ち構えていた子爵に殴り飛ばされた。
恐らくこうなることを覚悟していた私は、部屋に入る前に身体強化のスキルを発動していた。しかしC+ランクである私とA-ランクである子爵との差は大きく、私は部屋の隅まで吹き飛ばされた。
私は子爵の護衛の手を借り立ち上がり、なんとか声を出すことができたが正直立っているのがやっとだ。
どうやら子爵も身体強化のスキルを発動していたようだ。相変わらず人をいたぶる際は用意周到な男だ。
「私は貴様にあの下等種がフクオカの上級ダンジョンを攻略した時に、奴のギルドをニホン総督を使い潰せと命じたはずだ! あの下等種をこれ以上自由にするなと! その結果がオオサカの上級ダンジョン攻略に叙爵だと! 三等民が私と同じ貴族に? ふざけるな! 」
「申し訳ございません」
この無能が……私の気も知らないで好き勝手言う……
誤算だった。
まさかフクオカの高難易度の竜系上級ダンジョンを、第1階層からたった2ヶ月で攻略するとは……
あのダンジョンが最後に攻略されたのは220年前だ。それも当時最強のパーティであった陛下のパーティによって、1年以上掛けて攻略された。
確かにアクツは上級ダンジョンを2年で攻略したと聞いていた。しかしそれは難易度の低い鬼系ダンジョンだと思っていた。だから次に上級ダンジョンを攻略するにも数年掛かるだろうと。そう考えていた。
甘かった。
アクツはたった2人で、しかも毎回パートナーを変えて無傷で攻略した。
これは陛下以上の実力があるという証明に他ならない。
ダンジョンの警備をしている兵からその報告を聞いて私は耳を疑った。そして子爵に報告をした際の反応も凄まじいものだった。
当然であろう。自分が管理している領地の上級ダンジョンを、よその領地の三等国民に攻略されたのだ。周囲の貴族からは無能の烙印を押されただろう。実際無能なのだが。
それに攻略したメンバーがよくなかった。アクツと一緒にいた者たちは、子爵がコビール侯爵に売り渡したエルフと獣人たちだった。それを知った子爵は身の危険を感じたのだろう。
子爵は闇ギルドにアクツの暗殺を依頼しようとしていたが、竜系の上級ダンジョンをたった2人で攻略できるほどの実力がある者を暗殺するには相当なコストが掛かる。同じ帝国貴族を暗殺するのとは勝手が違う。姿形が違うから侍女や使用人に扮して懐には入り込めない。
あの島にいる帝国人は情報省の役人しかいない。闇ギルドでもあの省には手を出せない。情報省から必要悪として、また情報源として生かされている立場なのだからそれは仕方がない。
そうなると実力行使しかなくなる。公爵待遇の者に手を出すリスクに、竜系上級ダンジョンを攻略できる実力となれば闇ギルド総出での任務となるだろう。そして提示された見積もり額を見て、子爵はやり場のない怒りに震える事となった。
それはそうだ。公爵クラスの財力でも依頼するか悩むほどの金額だ。領地持ちとはいえ小領の、来年度の魔石の上納すら危うい貧乏貴族に払える額ではない。ただでさえ飛空戦艦と戦闘機の支払いが滞っている子爵家では、恐らく手付金すら払えないだろう。
ここで普通ならばそれほどの相手だと理解し手を出すのを諦めるのだが、そこはさすが無能なだけあり感情を優先した。ならば子爵軍にて武力行使をと言い出したが、名目上は政府が保護している形になっているサクラジマに軍など派遣すれば反乱を疑われると言って諦めさせた。
それでも子爵は腹の虫が収まらないのか、ニホン総督を使いアクツのギルドを潰せと命じてきた。ギルド員から職を奪い、桜島の内政に集中させこれ以上上級ダンジョンを攻略させないようにさせるためだ。そしてその間にロンドメル公爵の六神将の力を借りれるよう動くと。
私はその時もアクツに関わるのは危険だと感じていた。恐らくコビール侯爵を殺し、帝城に乗り込み十二神将を倒したのはアクツではないかと疑っていたからだ。
しかし子爵を野放しにすれば、我が家も巻き添えを食うことになる。ならば私がある程度調整すれば被害を抑えることができるはず。私は子爵の命令を受け、アクツを刺激するギリギリのラインでニホン総督へ指示をした。
ニホン総督は当初消極的だった。アクツにより粛清された者たちを思い出したのだろう。私も乗り気でなかったこともあり、消極的な嫌がらせをするに留まった。さらにアクツを必要以上に刺激するのを恐れ、ギルド員の拘束はしない事と、大規模な衝突を起こさないことを約束させた。
しかし当然その効果はほとんど無く、アクツはオオサカの獣系上級ダンジョンをアッサリ攻略した。これは冒険者ギルドから案内人を高額で雇い、数週間で攻略したらしい。
そしてそのことを子爵にどう報告をするか悩んでいた時に、帝国貴族院でアクツが男爵に叙爵することが決定した。これは陛下の鶴の一声で決まり、貴族院が追認した形となる。当然ロンドメル公爵とオズボート公爵以下多くの貴族が反対した。占領地の三等国民を貴族になどと、歴史ある帝国貴族の品格が損なわれると。しかし陛下に、ならば3ヶ月で上級ダンジョンを二つ攻略せよと言われ全員が沈黙した。これ以上反対すれば勅命を発せられると思ったのだろう。かくしてアクツは私より上位の貴族、アクツ男爵となった。
そして全ての帝国貴族と、チキュウの総督府に新たな貴族の誕生の報が届いた。
その結果、本国にいた子爵が怒り狂いつつニホンへと飛んできたというわけだ。
「こうなったらあの下等種へ戦争を吹っかけるぞ! もうサクラジマは政府の管理地ではなくなったのだ! 認めたくはないが、同じ貴族であるなら戦争ができる! 今のうちに潰さねば、いずれ力を付け私の管理するこの土地と命を狙ってくる! 個の実力がどれほどあろうとも、飛空戦艦と数には勝てまい。適当な口実をつけて宣戦布告をしろ! 」
「おやめください。領地も持たない成り立ての貴族に戦争を仕掛けるなど、叙爵をお決めになられた陛下へ弓を引く行為です。やるのであれば数年は間を置かねばなりません。今行えば家が取り潰される可能性があります」
この馬鹿は私の報告書を読んだのか? 陛下がお決めになった叙爵であることをまるで理解していない。貴族院が決めた叙爵でさえ、領地も軍備も無い貴族に戦争を仕掛けるなど帝国中の笑い者になるというのに、何を考えているのだ? いや、何も考えてないのだろう。先代の苛烈な部分のみ受け継ぎ、思慮の欠片もないこの男は感情のままに動き過ぎる。
「ぐっ……ならばあの下等種から手を出させればいい。貴様では生温い。私からニホン総督へあの下等種を挑発し、紛争を起こさせるように命令をしておく。貴様は管理地内の紛争の鎮圧を名目にして軍を動かし奴を討て。必ず私の管理地内でやれ。そうすれば奴が治安を乱したことでやむなく殺したと言い訳がたつ。軍さえ動かせれば奴など簡単に討てる。いいか? 街ごとやれ。しくじるなよ? 」
「……どうしてもおやりになるというのですか? 」
街ごと魔導砲で吹き飛ばせとは……これはもう抑えられそうにも無いな。これまでこの男がニホン総督に直に指示をするのを抑えてきたが、私ではアクツを止める事は出来そうもない。彼はまた上級ダンジョンを攻略するだろう。そしてダンジョンで得た莫大な資金で、いずれはサクラジマを防衛することを名目に軍備を整える可能性がある。貴族になったのだ。資金さえ用意できれば容易だろう。そうなればいずれにせよ子爵を抑えることなど不可能だ。
それでも……それでもあのアクツとは敵対してはいけないと、先祖代々冒険者であった私の血が警笛を鳴らしている。
アクツは帝国を襲い、多大な被害を出した悪魔が陛下により討伐されたとのと同じ時期に現れた。そして【魔】の古代ダンジョンがあるサクラジマの実質的な管理を任された。さらには陛下による突然の奴隷制度の廃止の勅命。それによりその後サクラジマは多くの獣人とエルフを受け入れ、その中には子爵がコビール侯爵に引き渡したエルフと獣人もいた。そしてその彼女たちと上級ダンジョンを短期間に2つ攻略し、陛下により叙爵した。
ここまで条件が揃えばもうわかる。アクツが2年掛けて攻略したダンジョンは上級ダンジョンではない。
【魔】の古代ダンジョンだ。
悪魔はアクツだ。討伐されたのではなく、陛下に力を見せ和解したのだろう。
アクツは【魔】の古代ダンジョンで、世界を手に入れることができるほどのスキルを手に入れた。そしてその古代ダンジョンから出てきた、あのエルフたちともダンジョン内で出会っている。アクツはそのエルフたちを助けるためにコビール侯爵の領地に攻め込んだ。さらには彼女たちを奴隷から解放するため、帝都へ攻め込み陛下と直談判をするに至った。
我ながらとんでもない仮説だが、しかしそう考えてるのが一番しっくり来る。恐らくあのエルフたちはアクツの恋人なのだろう。アクツの行動は全て彼女たちを中心に行われているように見える。
正直言って正気の沙汰ではない。女のために帝国を敵に回すその心根には同じ男として憧れるものがあるが、それよりもそれを成すことができたその実力が恐ろしい。どういうスキルかまではわからないが、コビール侯爵軍と帝都防衛軍の惨状を見るに、アクツに飛空戦艦や戦闘機は通用しないと見たほうがいい。
アクツはチキュウの人族だ。それほどの実力があるのであれば、帝国を打倒しようと動きそうなものなのだろうが、恐らく陛下がスキルに対抗する術を知っており倒しきれなかったのであろう。その末に陛下はアクツの実力を評価し、取り込もうと厚遇している可能性がある。
あの才女であるオリビア女史を送り込んだことから、マルス公爵も全てを知っているはず。そのオリビア女史を使い籠絡させようとしている可能性がある。いや……それは難しいな。美しいがあれほど攻撃的でキツイ女性を御すことのできる男などいるとは思えない。恐らくその試みは失敗したであろう。
いずれにしろこの仮説は大きく外れていないだろう。
であれば我が一族と準男爵家を守るために私が取る行動は決まっている。
「どうしてもやるかだと!? 当然だ! 私の管理地で好き放題した挙句に魔石も寄越さず、さらには上級ダンジョンまで私の許可なく攻略する者などこれ以上野放しにできるはずがないだろうが! 私が帝城でどんな辱めを受けていると思っているのだ! あの下等種のせいで私は………この私が! このままではロンドメル公爵様の寄子になるのは絶望的だ。それどころかオズボート公爵様の派閥の者に戦争を吹っかけられかねん。あの下等種を殺さぬ限り、我が子爵家の未来はない! 必ず仕留めろ! いいな!? 」
「……承知いたしました。死力を尽くします」
この無能は近いうちに必ず滅ぶ。私に付いてきてくれた数少ない準男爵家軍の兵たちのためにも、前線に立ちその巻き添えを食うわけにはいかない。
私は家を守るために賭けに出ることにしたのだった。
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