第50話 公女オリビア





「貴方が上級ダンジョンを攻略したというチキュウ人のアクツですか? 」


 ん? 上級ダンジョン?


「阿久津は俺だけど? あんたは? 」


 俺は飛空挺から黒鎧の兵士たちに囲まれながら俺の前にやっきて、そう話し掛けてきた文官の中央にいる赤髪の女性に首を傾げつつも答えた。


「貴様! 三等民の猿の分際で公女様に向かってなんだその口の利き方は! 」


「マルス公爵家の公女様と知っての物言いか!? チキュウの猿ごときが無礼だぞ! 」


「良いのです。父上から功のあった者と聞いておます。上級ダンジョンの攻略者というのが本当であれば、帝国の平民が男爵位を授かるほどの功績。帝国は力ある者には寛大ですから。力がある者にはですが……ああ、申し遅れました。私は帝国情報省高等文官のオリビア・マルス と申します。この度サクラジマ総督府と帝国との連絡役を担当することになりました。私の報告一つでこの小さな領地が如何様にもなることをご自覚頂けると幸いです」


 え〜と……どこから突っ込んでいいのかわからないが、とりあえず激昂して剣を抜こうとした兵士はこの公女とかいう女によって収まったけど色々と認識に齟齬があるみたいだ。


 宰相から直接の色々聞いてきたのかと思ったけど、どうやら父親のマルス公爵か? まあそれを通して聞いてきたようだな。

 古代ダンジョンではなく上級ダンジョン攻略者として、この桜島を褒美でもらった地球人て認識ってことか? でもこの公女は半信半疑だと。


 公女でこれならお付きの文官も兵士も信じちゃいないだろうな。

 なんかダンジョンアイテムでこの島を手に入れたと思ってるんかね? 半分当たりだけど。

 しかしサラッと脅してくるなこの女。言葉は丁寧だが権力に溺れてるようだ。高等文官てのはエリートとかなんかな?


 まあいいか。それより公爵に言われて俺を試してるのか、それとも素で何も聞かされていないのか気になるな。

 ちょっとつついてみるか。


「まあダンジョンを攻略したってのは間違いない。それより帝都はここ数日大変だったみたいだな。なんでも悪魔に襲撃されたんだって? 」


「お詳しいのですね……箝口令が敷かれているはずなのですが……ここにいる者は当時帝城付近にいた者たちですので問題ないでしょう。ええ、恐らくこの世界にいたと思われる強力な悪魔が現れましたが、十二神将と陛下により討ち滅ぼされたと聞いております」


「へえ……さすが情報省の高等役人だな」


「この世界に来てからはより情報の重要性を認識しておりますので」


 たいした情報力だ。

 しっかり偽情報を掴まされてるけどな。


 とりあえず次期皇帝になる可能性のある公爵が知らないはずはないだろう。でも娘には伝えていない。

 そして情報省というところで高等文官て地位にいても真実を知らされていない。

 なんとなく宰相がどう貴族に説明しているのかわかったわ。


 恐らく皇族や公爵当主や跡継ぎなど死なれては困る者以外には、【魔】の古代ダンジョンが攻略されたことも俺が帝都を襲撃したことも伏せているんだろう。

 俺と相対した軍の奴らは全滅しているから目撃者は少ない。映像関係も宰相が抑え箝口令を敷いたんだろう。


 理由は恐らく地球国家や貴族を警戒してかな? 俺を利用して帝国の体制を崩させないためと言われれば納得できる。

 公爵も娘が大事なら教えとけよな。やっぱ俺のことを探るために寄越したのかもな。


 しかしこの女……艶のある長い赤髪をアップでまとめて、整った顔立ちの上に眼鏡を掛けているとか超タイプなんだけど。胸も白いブラウスの盛り上がり具合からDはありそうだし。そのヒールで踏まれたい。

 でもこの女も変身するんだよなぁ。なんという残念設定……


 俺は5人いる文官のうち3人の女性が美人なことに目を引かれつつも、美人だけどホラー、美人だけどホラーと内心でガッカリするのだった。


 そして公女とその後ろの文官たちを囲むようにこちらを睨みつける兵士たちと、その背後に武器を手に展開していくリズ率いる獣人たちを視界に収めながら公女と話を続けた。


「そうか、総督府を設置する予定のビルはまだ清掃中なんだ。今日来た機材を設置すれば一応は電気が通るから使えるが、それまでそこらの建物に適当に入っていてくれ」


「なっ!? なんだと貴様! 公女様を出迎える準備もしていなかったのか! 三等民の分際で死にたいのか! 」


「公女様! この無礼な猿を殺しましょう! このままにしておけばほかの占領地の猿どもにも悪影響を及ぼします! 」


「なんという! これだからチキュウの猿は! 無知とはいえ高貴なお方に対してその対応! 許されませんよ! 」


「ダンジョンを攻略したなど偽りでしょう。恐らく貴重なマジックアイテムを皇家に献上して得た地位かと」


 今度はさっきとは違う兵士と公女の隣にいた文官たちが激昂してらっしゃる。

 その周囲にいる文官も兵士もうるさいのなんの……左遷された八つ当たりか?


「公女さんよ……あんたは部下の管理もできないのか? ここは俺が管理する土地だ。そこの長に死にたいのかだって? 随分と侮辱してくれるじゃねえか。そんな奴は危なっかしくてこの土地に置いておけないから帰ってくれ。あんたもいらねえや、チェンジで」


「は、はい? 今なんと仰いましたか? 私に向かって部下の管理もできないと? 帰れと? そう聞こえたのですが? 誰に何を言っているのか認識していらっしゃるのでしょうか? 私が本国に一言告げれば、この領地も貴方の命も、そしてそこにいる家畜たちもこの世から消えることとなるのですよ? 」


 この女……一線を簡単に越えてきやがった。


「家畜? 家畜なんてこの島にはいないけど? もしかして俺の恋人やその仲間のことを言ってんだったら後悔することになるぞ? いいか? これは警告だ。その足りない脳みそから出た言葉を取り消し、今すぐ頭を下げて謝れ。そして帰れ! 」


「なっ!? わ、私に向かって侮辱するどころか謝罪をしろと!? 正気ですか! 」


「おのれ貴様! 変な面を被り公女様を侮辱した罪は重いぞ! ここで無礼討ちにしてくれる! 」


「帝国貴族を侮辱して生きていられると思うなよ三等民! 」


 公女は俺の言葉に信じられないと驚愕の表情を浮かべ、周囲の兵士は一斉に剣を抜き俺を包囲した。


「警告はしたぞ。『滅魔』 」


「うっ……」


「「「 グッ! 」」」


 俺はこの場にいる全員にスキルを放ちその体内から魔力を抜いた。

 すると公女ほか文官は力が抜けたようにその場に座り込み、兵士たちは鎧の重さに耐えきれずその場に膝と両手をついた。Bランクが10人ほどいたが、このスキルの前ではランクの違いなんて意味はないからな。みんな一緒に四つん這い中だ。


 次に俺は兵士たちを囲むように展開していた桜島警備隊を率いるリズに声を掛けた。


「リズ! お客さんは鎧が重くて動けないそうだ。脱がして差し上げてくれ。その際に獣人流の歓迎の挨拶でもしてやってくれ。ああ、全員は殺すなよ? 」


 半分は残しておいてくれないと見せしめにならないからな。


「あははは! わかった! みんな聞いたか!? 帝国の兵士をボコれるぞ! 連れ出せー! 」


「「「 おうっ! 」」」


 俺の指示を聞いたリズが隊員たちに声を掛けると50人ほどいた警備隊の連中だけではなく、港の清掃をしていたほかの獣人も嬉々として集まりもの凄く怖い笑顔で兵士たちを次々と連れ去っていった。

 そして少し離れた場所で鎧を剥がし、リンチをする音と悲鳴が聞こえてきた。


《 ぎゃっ! ち、力が入らな……ぐあっ! 》


《 や、やめ……やめて……力が……『水刃』! スキルも発動しない!? な、なんで……きゃあ! 》


《 ゴホッ……ぐっ……我らは帝都防衛隊だ……このようなことをしてただで……がはっ! 》



「あ……ああ……なんということ……なぜ……力が……」


「さて、続きだ。獣人たちを家畜だとか言ったな? 地面に頭をつけて謝るか死ぬか選べ」


 俺は剣を空間収納の腕輪から取り出して公女にそう言った。


「なっ!? わ、私にそのような屈辱的な行為をさせ……うぐっ! 」


「「オ、オリビア様! 」」


「聞こえなかったのか? 謝るか死ぬかの二択だ」


 俺は抵抗する公女の首の皮一枚を切り、もう一度選択を迫った。


「あ……ああ……血……こ、こんなことをしてた、ただで済むと……ヒッ! や、やめなさい! あ、謝ります! 獣人を家畜と言ったことは謝りますから! こ、殺さないで……うっ……ううっ……」


「「「 オリビア様! 」」」


 俺が剣を公女の胸を刺す角度で振り上げると、やっと本気だと理解したのか謝罪を始めた。

 そして座りながら頭を下げて泣き出した。


「まだ頭が高いけどまあいいか。しかし憐れだな。公爵から正しい情報を教えられなかったあんたはその程度の存在てことだ。いや、公爵が俺を試したのかもな。俺が攻略したダンジョンはここにある【魔】の古代ダンジョンだ。そして帝城を襲撃して十二神将とかいう雑魚を殺したのも俺だ。公爵なら知ってるはずなんだけどな」


「ううっ……そ、そんな……あり得ない……まさか……悪魔が…」


「信じようと信じまいが好きにすればいい。とりあえずダンジョンの管理員は換金のために欲しいから、それ以外は帝都に帰れ。兵士はサービスで生かしておいてやる。んで公爵に伝えろ。次に同じ事をしたらお前の屋敷を襲撃しに行きコビール侯爵のようにしてやるとな」


 ダンジョン素材で売りたい物がまだまだあるしな。買いたい物は文官を通さないといけないが、宰相に電話すればいいだろう。忙しそうだがこうなったのはあの爺さんのせいでもあるしな。


 恐らく兵士たちがリンチされているのを見て、文官と一緒に震え上がっている制服を着た5人は冒険者協会とかいうとこの職員なんだろう。男も女も紺色のベストに白シャツに頭は金髪だ。 Eランクだし一般の半魔人だな。

 コイツらには首輪をはめて無い獣人たちの恐ろしさを見せておけば、今後舐めた態度を取らないだろう。


 公爵に関しては今回はジャブみたいなもんか? なら次はないと警告しておけばいい。娘から俺のスキルを聞くだろうしな。


「コビール侯爵……!? そ、そのことを知っているなんてま、まさかあの基地を襲ったのも……」


「だから言っただろう。偽の情報を掴まされてんだよあんたは。確かオリビアだったか? いいか? お前の持つ権力なんざ屁でもねえんだ。なんだったら今回俺を殺そうとした件を宰相にクレーム付けて、お前をこの島の牢に入れることもできる。公爵にも邪魔をさせずにな」


「こ、殺そうとなどとは私は……」


「連れてきた兵を止めれなかった。それだけでアンタが責任を問われるには十分な理由だ。そもそもなぜ飛空艇に帝国外に販売しない魔道具が山ほど積まれているのか、そしてこの島に運ばれたのかもっと良く考えるべきだったな。やっぱアンタは無能だな。まあ情報省のレベルが知れてよかったよ」


「…………」


 俺の言葉にオリビアも周囲の文官も、今気付いたとばかりの表情を浮かべた。

 どうやら左遷された不満でそこまで頭が回らなかったみたいだな。


「もういいや、お前ら換金要員の5人はここに残れ。その他は飛空艇に戻って帰れ。抵抗するなら獣人たちに運ばせる」


 俺がそう言うと公女は今さらながらに不味いと思ったのか、なにやら俺に言い募ろうとしてきたが、俺はそれを無視してリズたちがいるところへ歩いていった。


 リズのところに行くと、獣人たちに囲まれ男も女も顔が腫れ上がって区別がつかなくなっている兵士たちがおり、数人は息をしていない様子だった。まあ剣を抜いて殺そうとしてきたんだ当然の報いだな。

 俺は恐怖に震える兵士たちを飛空艇へと積み込むように獣人たちに指示をした。


 次はコイツらの中の何人かをこの島に配属するように指名しようかな。そしたら獣人たちに手を出そうとは思わないだろう。


 俺は獣人たちに引きづられながら飛空艇へと運び込まれる兵士たちを見送りつつ、宰相へとクレームの電話を掛けるのだった。


 宰相にしっかり文句を言っておかないとな。肝心な情報を隠すのなら、せめてこの島では大人しくさせておけと。

 今後ダンジョンに挑む帝国貴族や冒険者も島に来るのに、帝国との連絡員相手にこれじゃ先が思いやられる。


 はぁ……なかなか平穏な日々は送らせてもらえなさそうだ。



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