第30話 テルミナ人





「見えた! あの特徴的な形と港は間違いないだろう。看板からなにから元米軍基地のまんまだしな」


 静岡のホテルを出発して俺は直ぐに海岸沿いに出て、陸伝いに低空飛行で北上した。そして多少大回りしつつも1時間20分ほどで目的地の横須賀基地へとたどり着いた。


 俺は少しでも素性を隠すために空中でデビルマスクを装着した。

 これで黒いシャツに黒竜の革鎧に黒竜のマントと黒いマスク姿となり、どこからどう見ても怪しい人間となった。今さらか。


 そして基地から内陸の方に飛び、慎重に基地へと近づき軍施設と思われるバリケードの外から探知のスキルで中の様子を伺った。


 時刻は午前1時40分。基地内は照明によって明るく照らされているが人の気配はまばらで、すぐ近くに見たことのない戦闘機と思われる飛行機が止まっていた。

 鑑定をしてみると『複座式小型戦闘機「ヴェルム改」』と表示され、主武装は魔銃4基。そして前後に魔力障壁が展開できると備考欄に書かれていた。


 やはり魔力オンリー兵器のようだ。動力は風属性の魔石と無属性の魔石っぽい。

 俺は試しに滅魔で戦闘機に積んである魔石タンクらしき物を空にした。

 感触としては結構な純度の魔石を積んでいるようだったが、それでもこの機体を飛ばして魔力障壁なるものまで張れるほどとは思えなかった。

 恐らく魔力を増幅する装置かなにかで戦闘に耐えられるようにしているのだろう。


 これなら俺のスキルで無力化できる。一番最前線で戦う戦闘機がこの仕様なら、飛空戦艦なるものや魔導戦車も同じだろう。あとは射程さえ見誤らなければ……


 俺がそこまで考えていると期待していた反応が探知に引っ掛かった。

 この違和感のある魔力反応は帝国人で間違いない。恐らく見回りの兵士だろう。


 探知に引っ掛かった兵士と思われる2つの反応は、柵の外周の見回りのようでこっちに向かってゆっくりと歩いてくる。

 俺は魔道具の『隠者の結界』を取り出し拳大の4つの箱を四方に置き、結界を発動させた。

 これで俺の魔力と匂いと音が遮断されるから、兵士の探知に引っ掛かることはない。


 俺は柵の外の雑草生い茂る草むらの中から、見回りの兵士が近付いてくるのをじっと待っていた。

 そして5分ほど待っただろうか? 恐らく鉄製と思われる重そうなハーフプレイトメイルを身にまとった2人組の兵士が、俺のすぐ近くまで気怠そうにして歩いてきた。


《 たくよ〜、いつまでこんな魔猿みたいな顔をした3等民だらけの土地にいなきゃなんねーんだ? 》


《 確かに醜いな。少しは見れるメスもいるが、ちきゅうのこのあじあって地域は魔猿の繁殖地だな 》


《 陛下もなんだって皆殺しにしないんだろうな? それどころか従順な占領地民はむやみに殺すなとおっしゃっているようだし 》


《 このちきゅうには70億もの人モドキがいるそうだ。『迷い人』の故郷なだけあり知能は高い。魂の器も小さいから殺すより試練のダンジョンで魔石を取りに行かせ、帝国のために製品を作らせた方が利用価値があるとお考えになったのかもな。陛下のお考えを推測することすら不敬だけどな》


《 まあバレなきゃいいだろう。この間も魔猿の街に行った時に数人殺したけど、それを見た軍曹は笑ってたしな》


《 それくらいないいんじゃないか? 子爵様の管理するこの島には1億はいるらしいからすぐ増えるだろう》


《 なんだよそんなにいんのかよこの狭い島に。なら明日の休みの時にでも暇つぶしに狩りにいくかな 》


 俺は兵士たちの会話を耳に入れながら、2人が目の前に来たタイミングでスキルを放った。



『滅魔』 『遮音』



《 ぐっ……なんだ身体が重い…… 》


《 ぬおっ! ち、力が……入らない……重い……》


「なんだこれは……お前らなんなんだ? 」


 俺は兵士たちの身体から奪った魔力に困惑していた。

 帝国人から魔力を奪ったのはこれが初めてというのもあるが、三田たちから試しに少しだけ吸収した魔力ともティナたちと触れ合った時に感じた魔力とも全く異質のものだった。

 いや、俺はこの魔力の質をよく知っている。ダンジョンで赤毛の侯爵令嬢にも感じたのと同じだ。


 俺は困惑しつつも、重いハーフプレイトメイルを片膝をつき必死で支えている兵士2人の腕をを掴み、隠蔽の結界内に放り投げた。

 そして薄い赤目で短めの金髪で軽薄そうな、でも顔は整っている兵士に鑑定を掛けてみた。




 ブラーム


 種族: _ _ 人族


 体力:D+


 魔力:C


 力:C-


 素早さ:D


 器用さ:C-



 取得スキル:【暗視 Ⅲ 】.【身体強化Ⅲ】




 人族……ん? 人族の前の空欄はなんなんだ? 鑑定の熟練度が足りなくて見れない項目は、その項目自体まったく表示されないか***と出る場合が多いんだけど空欄は初めてだ。


 俺は隠蔽の結界内で自らの鎧に押し潰されている2人を見た。


 おかしい……地球の人間に滅魔を掛けても元の筋力があるからここまで力を失うことはないはずだ。


 帝国の奴らは魔力の多い土地にいたから身体が変化したのか?

 確かに身体を巡る魔力の密度が濃かった。それはまるで……

 俺はあまりの違和感とまさかという思いで、必死に起き上がろうとする兵士の身体を注意深く見つめていた。


「ぐっ……だ、誰だなにをした……こんな事をして……あ、悪魔!? 」


「ゴフッ……ち、力が……『身体強化』……なっ!? ま、魔力が……」


 俺は兵士たちの言葉を無視して違和感のもとを探っていた。すると兵士たちの身体にまだ魔力がある場所を見つけた。


 まさか……やっぱり……小さいがある……おいおい……マジかよ……


「こんばんは醜い地球人です。なあ、あんたらを鑑定したんだけどさ、人族の前の空欄はなんなの? 」


「なんだと! ちきゅうの猿ごときが勝手に俺たちを鑑定し……あぎゃあ! 」


 俺は偉そうにしている軽薄そうな兵士に風刃を放ってその太ももを切りつけた。

 鑑定されたことにも気付かなかったくせによく言う。


「思うように動けないうえにスキルも発動できない。お前自分の立場わかってんの? もう一人いるし見せしめに殺すか……」


「ま、待て! こ、答える! わ、我々テルミナの民は神の子孫だ。だから神の試練を乗り越えた者は半神人族となる。それまでは表示が人族となっているのだ! 」


「神? 神ねえ……半神人族ね……ならその胸にあるはなんなんだ? 」


 そう、コイツらの体内には魔物と同じ魔石の反応があった。

 俺が古代ダンジョンであの赤髪の女と男を探知のスキルで確認した時に、魔物と間違えたのは正しかった。

 人種の体内には魔石なんてない。


 コイツらは魔物……いや、魔族だ。


 ダンジョンに入らずとも成長するとランク持ちとなり、寿命は平均150歳。薄っすらと赤い目に、まるで魔物のように身体を巡る魔力の密度が高い。


 魔力が無くなっただけでハーフプレイトメイルすらまともに着て歩けない筋力の無さは、早い段階でランク持ちとなり、肉体の鍛錬をしなくても力があることで鍛錬を怠った結果だろう。


 人型で知能が高いことからコイツらは、神は神でも魔神の子孫の半魔人族かなにかだろう。


「なっ!? なぜそれを!? こ、これは神石だ! 神の眷属のみが持つことの許される神聖なる命の石だ! 魔物の魔石などと一緒にするな! 」


「そういう風に教育を受けてきたわけね。まあいいや。お前たちの故郷とコビール侯爵家は近いのか?」


 俺は洗脳教育された者と不毛な言い合いをするつもりはなく、ゲートキーが使える状態になったのでさっさとコビール侯爵領へと行くことを優先した。


 この時点で俺はもうテルミナ帝国人を人とは見ていなかった。


「ぐっ……貴様さっきから黙って聞いていれば3等民の分際で……いま魔導通信機の非常信号を送った……これでお前も終わりだ」


『千本槍』


「ぐぎゃあああ! 」


「お前には聞いていない黙ってろ。既にその通信機の魔力はないのにご苦労さん。んで? ブラームだったか? どうなんだ? 」


 俺は隣で通信機らしき物を持ってなにかのボタンを押し、勝ち誇っていたガタイの良い金髪イケメンに千本槍を放ちその両足を串刺しにした。


「ふ、2つ隣の領地で近いが魔導車で半日はかかる……」


 相棒の惨状を見た軽薄そうな男、ブラームは顔を青ざめさせ首を縦に振ってそう答えた。


「コビール侯爵領に行ったことのある者は? 」


「き、基地司令くらいだ。司令はとうきょうに昨日から行っている。本当だ! 」


 チッ……仕方ない。コイツらの故郷、モンドレット子爵領だったか。そこから急いで行くしかないな。


『滅魔』


「ぐっ……」


「なっ!? お、おい! ファルケになにを! お、おい! ファルケ! おい! し……死んでる……」


 俺はブラームの隣にいた男の体内の魔石から魔力を抜いた。

 すると案の定、男は生命活動を停止した。

 そしてその男から俺へと流れ込む魂を感じながら、俺はブラームに最後の選択を迫った。


「即死のユニークスキルみたいなもんだ。いいか? ブラーム。俺のいうことを聞けばこの場は生かしてやる。裏切ればそこの相棒のようになる。どうする? 断るなら他のやつを捕まえるが? 」


「き、聞く……い、命だけは……故郷に恋人がいるんだ……頼む……」


「そうか。これは転移門を出現させる魔道具だ。この鍵を持ってコビール侯爵領に近い故郷の一番印象深い場所を思い浮かべて、空中に挿して捻ろ。うまくいけばその傷を治してやる。お前も一緒に門を通ってもらうからな? 俺をハメようとしたらその場で殺す。わかったな? 」


 俺は空間収納の腕輪からゲートキーを取り出しブラームに渡した。

 これは賭けだ。コイツが俺をハメようと別の場所に門を繋げたら、6時間ゲートキーは使えなくなる。そうしたら間に合わない。


 たとえパイロットを捕まえて戦闘機を飛ばさせても、間に合うかはわからない。

 俺はこの臆病な男の死にたくない想いに賭ける。


「て、転移門!? こ、皇家の秘宝の!? ……わ、わかった。言う通りにする。だから殺さないでくれ! 故郷には病気の母親がいるんだ」


「早くしろ」


 俺は一瞬薄く笑ったブラームを冷めた目で見ながら、短くも冷たい声でゲートキーを使うよう催促した。


「や、やる! 今やる! ちゃんと声にも出す! モルドの街の時計塔……時計塔……ほ、本当に門が……」


 ブラームがゲートキーを挿し捻ると光り輝く門が現れた。

 俺は急ぎ隠蔽の魔道具を回収しブラームを掴み門を潜った。

 するとそこは石造りの街なみを見下ろせる丘の上で、すぐ後ろには大きな時計塔がそびえ立っていた。


 ここがテルミナ帝国……丘から見下ろす街は早朝なのかまだ薄暗く、ところどころに街灯の灯りが石畳みの道を照らしていた。


 その道路沿いにはなんの石かはわからないが、肌色っぽい磨かれた綺麗な石造りの5階建ての建物が多く建っていた。


 ネットで見たヨーロッパの街並みのようだった。あの歴史ある建物を全て新しい資材を使い建て直したかのような、そんな洗練された街がそこにはあった。


「ウンディーネ! ここからコビール侯爵領は近いか? 」


 俺は一瞬その美しい街に見入ってしまったが、すぐに気を取り直してブラームからゲートキーを回収し、水筒にいるウンディーネに現在地を確認した。

 ウンディーネは水筒から出て東の方を指差し俺に向かって首を縦に振った。


「そうか、ブラームご苦労だった。このことは秘密にできるよな? 」


「も、もちろんだ。俺はアンタを恨んじゃいない! やむにやまれない事情があったんだろ? そういう時もあるさ。俺とファルケは運が悪かった。それだけだ」


「ありがとう。そう言ってもらえると気が楽になるよ。『スモールヒール 』 それじゃあ俺はこれで」


 俺はブラームの卑屈な笑顔を気持ち悪く思いながらも、約束通り太ももの傷を治して上空へと飛んだ。


「うおっ! 回復スキルにと、飛んだ!? こ、この情報を持っていけば俺は……」


『滅魔』


「うぐっ……な……なぜ……」


 俺は上空から滅魔を放ちブラームの体内の魔石から魔力を抜いた。

 ブラームは上空にいる俺に向かって目を見開き、信じられないという表情でそのまま息絶えた。


「約束は守ったさ。基地では殺さなかったし傷も治した。お前らは確か3億はいたんだっけな? すぐ増えるだろう。問題ない」


 俺はデビルマスクを外し、既にこと切れているブラームを数秒見たあとに再度マスクを装着してウンディーネの指差す方角へと全力で飛行した。


 やっぱり何も感じなかった。

 会話ができる相手でも関係無かった。

 須々田の時に感じたあの罪悪感がまったく湧き上がらなかった。

 デビルマスクのせいかと思ったが違った。


 人種を殺しても魂は吸収できないとティナは言っていた。

 それができるのは魔物を殺した時だけだと。

 それを実感したからかもしれない。帝国の奴らは今までさんざん殺してきたゴブリンと同じだ。


 アイツらは俺に経験値を与えてくれる人型のただの魔物だ。


 テルミナ帝国は魔族の国だったんだ。




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