第17話 Win-Win







「そんな……たった1年半で世界が……」


「実質1年も掛かってなかった気がします。このダンジョンがあるニホンでしたか? 1週間も掛からず降伏したと聞きました」


「確か一番強いと聞いてたあめりかって国も、意外と早く降伏したって聞いたな〜」


「帝国はかなり前から準備してましたから……」


「え? 狙って転移してきたの!? そりゃかなり不利だな……」


 狙って来たのなら迷い人からの情報を元に、何年も掛けて綿密に準備できるよな。どの時代の地球人が異世界に行ったか知らないけど、こっちの兵器もある程度わかってれば対策も取れる。


 それにしても日本が異世界に列島ごと転移して無双する小説はいくつも読んだけど、逆は想像すらしてなかったわ。

 あっても次元門か何かが現れて東京が異世界人に蹂躙されて、そのあとその門を通って逆襲しにいって現代兵器無双するって展開だよな。


 それが異世界の大陸ごと転移してきて、異世界人が現代兵器に対抗できて世界征服しちゃうとか……

 しかも短期間で……いくら準備してたからってどんだけ圧倒的だったんだよ。

 核ミサイルとか役に立たなかったのか? アレと同等かもしくは上回る強力な武器を先制で撃ち込んで、核ミサイルを撃ち込まれるのを抑止したとかか?


 いやぁやべえわ。帝国やべえ国だわ。


 そりゃこんなダンジョンが何千年もあった異世界だもんな。地球人より遥かに身体能力高いし、スキルも使える。一般兵士が全員Cランクとかだったら、銃なんて効かないしな。


 そこに『迷い人』から得た科学知識と錬金など魔導知識を組み合わせたら、そりゃ強力な兵器作れますわ。

 地球から現代の人間ぽいのが異世界に行ってるんだから、その可能性はあって当たり前か。

 異世界=中世の技術や文化って先入観でそこまで考えられなかったわ。


 あれは小説の中だけのご都合設定だもんな。そりゃ魔導科学が発展した異世界に行っても、俺TUEEEなんてし難いだろう。俺もそんな物語書けと言われてもなんにも浮かばないわ。


 ちきしょう……刃鬼の奴ら生きてるかな……せめて探索者協会とアイツらだけは俺の手で引導を渡したいな。



「あの……ずっとダンジョンにいたんですか? 」


「ん? ああ、1年と7ヶ月? 8ヶ月だったかな? まあそんくらい」


「ええ!? そ、そんなに長期間ダンジョンに!? 」


「すげーなお前……」


「ふええええ……そんなにダンジョンにいたら兎は発狂してしまいますぅ」


「あはは、何回か発狂はしたかな。まあ色々事情があるんだよ。ちなみにここって何階層なの? 」


「え? 41階層ですけど……」


「マジか……」


 このダンジョン100階層もあったのかよ……そしてまだ40階層もあんのかよ……魔物はともかく階段探すのがなあ……フロアもだんだん狭くはなってきてるけどさ。


 これは最低でもあと4ヶ月は掛かりそうだな。そして地上に出ても日本はもう無いのか……

 ああもう! 今考えても仕方ない! とりあえず保留! 保留!


「ん? アクツは自分がいる階層も忘れてたのか? 転移トラップにでも引っかかったのか? 」


「ああ……そうなんだ。まあその話はいいや。それよりあの亡くなった人たちと君たちはその……」


「はい。私たちは見ての通り奴隷です。帝国では人族以外は全員奴隷ですけど」


 やっぱり……書物に書いてあった時代のままなのか。ということは、あの赤髪の女と死んだオレンジ髪の2人が奴隷を持ってたってことなのか?


「そうなのか……だとするとその首輪が? 」


「はい。命令に背くと締まります。それでその……アクツさん。助けていただいたのに図々しとは思いますが、お願いがあります」


「そんなことは気にする必要はないよ。困ってる人を見かけたら手を貸すのは当たり前のことだからね。なんでも言ってよ」


 こんな美人たちを助けられるならなんだってするよ。断るやつなんかいるのかね?

 エルフだぜ? 猫耳だぜ? ウサミミなんだぜ? お願いされること自体がご褒美だろ。


「ありがとうございます。人族にこんなに優しくされたのは初めてです」


「アクツ……お前いいやつだな」


「ふえええ、ちきゅうの人族は優しいですぅ。帝国とは大違いですぅ」


「そうか……辛い思いをしてきたんだね。よしっ! お兄さんなんだって聞いちゃうぞ! 」


 俺は美人に煽てられると木に登るタイプなんだ。


「ふふふ、まだ20歳くらいじゃないですか」


「あたしと変わんねえじゃん! 」


「兎よりはお兄さんですぅ」


「ははは、見た目よりはいってるんだよ。それでお願いって? 」


 若返りの秘薬飲みました。ぼく20さい。


「はい……私はここから動くなと命令を受けてます。ですからリズとシーナを地上に連れて行っていただけませんか? 」


「おいっ! エスティナ! あたしはお前を置いていったりしないぞ! 」


「そ、そうです! テルミナに帰る時は一緒です! 」


「無理よ……ここから動けばこの首輪で私は死ぬもの。貴女たちをここに残して巻き添えにしたくないのよ。アクツさんは強い人よ。この人なら貴女たちを無事に地上へ送ってくれるわ」


 ん?つまりここを動くなと命令されてるから、それに逆らうと首輪が締まって死ぬと。

 あの赤髪の女か……完全に魔物の盾に使ったってわけか。

 許せねえ……テルミナ人てのは屑だな。こんな酷いことを平気でできる奴らを同じ人族とは思いたくねえよ。


 しかし首輪か……


「冗談じゃねえ! これまで馬鹿な主付きとはいえ、一緒に戦ってた仲間を見捨てておめおめと帰れるかよ! 」


「兎は恩を返してません! ですからここに残ってエスティナさんを守ります! 」


「気持ちは嬉しいけどここにずっといれるわけないでしょ。私はこの首輪に抵抗できないのよ。食糧だって水だってないのよ? これは仕方ないことなの。私は2人を巻き添いにしたくないのよ」


「あたしだって同じ命令をされたんだ。たまたまあのクソ女が近くで死んだから命令は解除さたけど、今のエスティナはあたしだったってこともあり得たんだ。だからあたしは絶対に見捨てない。シーナが地上に出て、侯爵にエスティナが生きてるって伝えれば迎えにくるはずだ。エルフは手に入りにくいからな。だからアクツ、シーナを頼む」


「ふえええ! そ、その間どうするんですか!? 2人だけでここであの地竜を相手に生き残れるんですか!? 兎も残った方が生き残れる確率が上がります。侯爵様にはアクツさんに……は難しいですか。ふえええ……」


 征服された国の人間だからな。会えもしないだろうな。まあとりあえず仲間想いでいいことだ。

 もうだいたいわかったし願いを聞いてあげようかな。


「わかった。エスティナさんの願いを聞くよ。でも君も一緒に地上に連れて行く」


「それは無理なのでこうしてお願いを……いえ、そうですね。私がここで死ねばリズもシーナも諦めてくれますね」


「なっ!? エスティナ! 」


「エスティナさん!駄目です! 」


「エスティナさん。君は死なないよ。絶対にそんな理不尽な道具では死なせたりなんかしない。君はすぐに自由になれる……『滅魔』 」


「え? 」


「なっ!? 」


「ふえええええ!? 」


 俺はエスティナの背後に回り、彼女のはめている首輪から魔力を抜いた。

 すると首輪はエスティナの首からぽろっと外れ、コロコロと彼女の足もとを転がっていった。


 首輪は彼女たちが話している間に鑑定で見たら、『隷属の首輪』というただの魔道具だった。

 呪いとかそういうものでも無く、探知では首輪の後ろに発動用の魔石の反応が2つあった。恐らくメインと魔石交換時のサブだろう。

 いずれにしろ量産可能な魔道具である以上、電池である魔石が無ければ発動しない。


 もしも俺にはわからないなんらかの機能があった場合は、ラージヒールを掛けながら魔鉄の剣に魔力を全開で流して首輪を切ればいい。

 だからエスティナの背後に回りその準備もしていた。

 王種の竜の鱗を斬り裂けるんだ。たかが魔道具を切れないわけないよな。


「これでエスティナさんも一緒に地上に行けるね」


「あ……首輪……外れてる……隷属の……私を苦しめていたあの……うっ……ううっ……」


「エスティナ……よかった……よかった……」


「エスティナさん! うわーーん! エスティナさーん! 」


 エスティナは転がる首輪を見つめながら静かに泣いていた。その肩にはリズの手が乗っていて、腹部にはエスティナに抱きついて泣いているシーナがいた。


 まさか泣かせることになるとは……それだけこの首輪に苦しめられてきたってことか。

 理不尽だよな……こんなもので人を思い通りにしようなんて。

 なんとかしてやりたいなこの子たち。


 とにかく地上に出なきゃな。日本のことや帝国のこととかもう色々と考えなきゃなんないことが多いけど、まずは理不尽な目にあって苦しんでいる目の前のこの子たちを助けてあげたい。

 俺のことは出口が見えてから考えればいい。


「エスティナさん。首輪が外れただけじゃ君の運命は変わらないかもしれない。けど地上に出るまでの間は誰に命令されるわけでもない。人として当たり前の自由を感じていて欲しい。それまで俺にできることがあるならば手伝わせて欲しい」


 せめてここから出るまでの間は普通の女の子として自由でいて欲しい。

 地上に出るまでは、忌まわしい奴隷制度のことなど忘れて。

 そして俺はこの美しいエルフを支えてあげたい。それはもう全身で。


「自由を……子供の頃のように……グスッ……アクツさん……なんてお礼を……なんて言えば………ありがとうございます……ありがとうございます」


「アクツ、ありがとう。なにが起こったのかわからないけど。この首輪はあたしたちにとって忌々しいものだったんだ。何度も外そうとしたけどその度に首が絞まってさ。魔石の交換時期にわざと命令違反を繰り返して地獄の苦しみに耐えて、予備の魔石の魔力切れによって外した猛者もいるけどあたしには無理だった。それがこんなに簡単に……」


「ん? そういうこともあんの? ならリズさんのも外しておく? 」


 過去に外れた事例があるなら、後でどうやって外したのか聞かれた時に言い訳ができるのか。

 ならこんなもん外した方がいいに決まってる。


「い、いいのか!? どうせ外に出たら戦闘奴隷のあたしらはまた付けられるから、せめてその間だけでも自由になりたいんだ。できるなら頼む! シーナのもついでに! な? お礼は必ずするから! 」


「ふえええ!? わ、私はそんな……アクツさんにこれ以上甘えるのはその……」


「お礼はいいよ。たいした手間じゃないしね……『滅魔』 」


 俺はリズとシーナの首輪に滅魔を放ちその首輪を外した。


「お? おおおお! すげえ! やった! 外れた! このっ!このっ! 壊れろ! 壊れろ! ざまーみろ! あはははは! 」


「ふえええ……外れました……これで首が痒いのがなくなりますぅ……アクツさんありがとうございますぅ」


「どういたしまして」


 確かにずっと付けてたら蒸れるし痒いし最悪な状態になりそうだ。それにこの子たちお風呂入れてもらえてなさそうだな。シーナはきっと元は真っ白い兎なんだと思う。今は灰色だけど。

 こんな年頃で美人の女の子たちを風呂に入れないとか、なんてことすんだ帝国の奴らは!


 あ〜俺が洗ってあげたい。隅から隅までしっかりねっとり洗ってあげたい!

 なんとかせねば……なんとかせねば!


「シーナ! これはあの馬鹿女たちが魔石の交換を忘れて、さらに長期間ダンジョンにいたことで魔石切れで外れた。いいな? 」


「はいぃ! 魔石切れですぅ! 」


「よしっ! じゃあアイツらの荷物から使えるもん剥ぎ取ろうぜ! 食いもんあるかなぁ」


「はい! 剥ぎ取りまくりですぅ! 」


「あーその必要はないよ。食糧ならあるし水も大丈夫だよ。お風呂もふかふかのベッドもあるけど? 」


 俺はここで彼女たちと同棲したいがために、金持ちのナンパ術作戦を発動した。


「ええ!? お風呂? ま、まさかアクツさんはマジックテントを? 」


「うおっ! マジか!? マジックテント持ってんのか!? あの広い部屋が1つあって風呂とトイレとキッチンまで付いてるやつか!? 」


「ふえええ!? マジックテントですか!? 貴族の人でもなかなか手に入らない貴重な魔道具だと聞きました」


「ああ、持ってるよ。それもとびっきりのいいやつをね。だからさ……うちくる? 」


「で、でもこれ以上ご厚意に甘えるわけには……」


「行く! 絶対いく! 腹減って死にそうだし風呂入りてえ! 」


「ハイ! 兎もいきたいです! お風呂入りたいです! 」


「あっ、リズ! シーナ! もうっ! あ、そ、その……わ、私も……」


 よっし! 最後のうちくるってとこで緊張して声がうわずったけど、自然に言えたと思う。多分。


 物で釣って卑怯な気もしない気もするけど、善意なのは間違いないんだ。酷い目にあってきた彼女たちの笑顔をみたいと思った。幸せを感じて欲しいと思ったのは間違いない。

 たとえこれが男でも、俺は同じことを言ったさ。


 ただ、それが女性にはマジックテント高級で一緒に。

 男には兵士用のマジックテントを提供して別々に。

 その違いがあるだけなんだ。女の子には優しくするのは当然でしょ?


 もちろんこんな美人たちと仲良くなりたいという下心はあるよ。なんたって憧れのエルフにケモミミ娘なんだし。

 俺は彼女たちと仲良くなるために少しでも長く俺といて欲しいから、至れり尽くせりで贅沢をさせて幸せを感じてもらう。

 彼女たちはこの何もないダンジョンで絶望していたところに、地上にいた時よりも贅沢で楽しい生活を送れる。


 うん! Win-Winの関係だな。



 ありがとう名もなき骸たち! お疲れ様でした孤独な日々たち! ようこそ俺の幸せの日々!

 どうぞ長居していってね!


 やべっ! ダンジョン楽しくなってきた!


 引きこもり中に暇つぶしに錬金スキルで作ったゲームとかをみんなでキャッキャウフフで……そして一つ屋根の下で暮らしていればお風呂でバッティングや、トイレを間違えて開けちゃったり、部屋で着替え中のところに……これは仕方ない。これは起こり得る事故だ。うん、3人もいれば毎日一回はあっても不思議じゃない。


 こ、これは恋人を作るチャンスなのでは?

 異世界は一夫多妻制だって書いてあった。

 つまり彼女たちはそういったことに抵抗がないということだ。

 俺がこの美女たちとハーレムを作ることも夢じゃないかもしれない。


 ま、まずはお互いの壁をなくして軽いスキンシップから徐々にだ……合コンの時に先輩が言っていたことを思い出せ! 焦ったらダメだ焦ったらダメだ焦ったらダメだ……



 こうして地上に出るまでの期間限定の、俺の幸せな日々が始まったのだった。








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