第8話 激戦







 ドラゴンは地に伏せていた頭をこちらに向け、その金色の目で俺をしっかりと見つめていた。

 その目はまるで『なんか身体が怠いんだけど、お前俺に何かした? 』 と問いかけているようだった。


 俺が恐怖で足が震えて動けないでいると、ドラゴンはゆっくりとその身を起こし身体を俺の方に向けていった。その動作は緩慢でとても怠そうに見えたが、それでも数十メートルある巨体に見下ろされる恐怖は計り知れなかった。


 で、デカイ……起き上がるとこんなにもデカイのか……に、逃げなきゃ! 計画通りダッシュで逃げなきゃ! おいっ! 足! 動けよチキン足!


 俺は側に置いてあった剣を拾うことすらできず、とにかく足を叩き動け動けと前に進めとこの恐ろしいドラゴンから逃げることしか考えられなかった。


 へ、部屋に逃げ込めば! いやそれは悪手だ、今はブレスを吐けなくても時間が経って魔力が回復したら……それにドラゴンの腕ならここに入る。結局捕まって喰われる。ならやっぱり外に!


 俺は走るのを諦めうつ伏せになり、腕の力だけで前へと進み部屋の外に出た。


 ドラゴンの視線を背に感じる。何やってんだコイツと思ってるかもしれない。

 俺は蚊ですから! ちょっと魔力を吸っただけですから! もういなくなりますんで見逃してください!


《 グオォォォ! 》


「ヒッ!? 」


 ほふく前進で部屋の隅に向かっていった俺は、背後から聞こえるドラゴンの声に反射的に振り向いた。

 そして俺の目に腕を振り上げその鋭い爪で俺を切り裂こうとするドラゴンの姿が見えた。

 そのあまりの恐怖に俺は身体が固まってしまい、ゆっくりと振り下ろされるその爪を見ているだけしかできなかった。


 そしてその爪が、俺の身体を横から切り裂こうと迫ってきた瞬間。


 パシーン


 俺の身体の周りに一瞬白いバリアのような物が現れ、ドラゴンの爪を防いだ。


 パリーン


 と思ったらガラスが割れるような音がして、ドラゴンの爪が上体を起こしていた俺の胸元に突き刺さった。


「がっ! 」


 ドラゴンの爪は俺が身に付けていたハーフプレイトアーマーで止まり、俺の身体を切り裂くことはなかったが、俺は出口のある方向へと数十メートル近く吹っ飛ばされ転がった。


「ぐっ、がっ、くはっ……ハァハァ……うう……ゴホゴホッ……ハァハァ……す、スモールヒール……スモールヒール 」


 ドラゴンの爪の攻撃を胸で受け止めた衝撃により一瞬呼吸が止まったが、なんとか呼吸を取り戻し痛む胸や手足にスモールヒールのスキルを掛けた。

 何度か掛けてなんとか痛みが引いたが、俺はこのままでは死ぬと自らを奮い立たせ震える足に力を入れ起き上がろうともがいた。


 立てよ! よ……し……なんとか……生きてる……俺は生きてる。さっきのバリアみたいなのは何だったんだ? アレで威力を弱めてくれたのと、この魔鉄製のハーフプレイトアーマーのおかげで助かった。

 すげえなこの鎧……傷が付いたくらいでへこんでもいない。

 でもあのバリアはいったい……あっ! 護りの指輪ってやつか! 自動で守ってくれるのかあれ! 次も守ってくれるのか? さっき割れた音がしたからもう発動しない可能性もあるか……


 俺がフラつきながらも立ち上がると、ドラゴンはその黒光りする巨体を俺の方へ向け、今度は少し身を捻った。


「 な、なんだ? 何をしようと? と、とにかく避けなきゃ! 」


 俺が次に何がくるのか分からず身構えていると、ドラゴンは捻っていた身体を戻すと同時にその太い尾を俺に向かって叩きつけてきた。


「うおっ! け、結界!! 」


 俺は勢いよく横から迫ってくるドラゴンの尾を避けるのは不可能と判断し、横っ飛びをして身体を浮かせながら全ての魔力を注いだ結界を尾に向かって張った。


 ……パリーン!


「ぐあっ! がっ! あがっ! 」


 結界はドラゴンの尾を一瞬受け止めたように見えたが呆気なく破られ、尾は背中の黒竜のマント越しにハーフプレイトアーマーに当たった。そして俺はダメージを少しでも減らすために浮かせていた身体ごと吹き飛ばされ、何度も転がり遠く離れていたはずの壁に背中を打ち付けて止まった。


「 あぐっ……かはっ! す、スモール……ヒール……」


 全身がひどく痛み全く動けそうもない俺は、それでも死にたくない一心でスモールヒールのスキルを発動させようとした。だが、魔力をさっきの結界に全て使ったためスモールヒールは発動しなかった。


 魔力……切れ? そ、そうだポーション……を……


 俺は右腕に嵌めている空間収納の腕輪から、ランクⅢのポーションを取り出すために念じた。そして手に現れたポーションを俺は震える手で口に運んだ。


 その時、緩慢な動きで腕を振り上げようとするドラゴンの姿が俺の目に映った。


 ああ……こりゃもうダメだわ。ポーション飲んでも動けるようになる前にミンチだわ。


 がんばった……今日という一日は俺は過去最高に頑張った。

 どんなに絶望的な状態でも、どんなに痛くて怖くても生きることを諦めなかった。

 足が震えて思うように動けなかったのは心残りだけど、こんな化け物を前にしたら誰だってこうなるさ。

 俺は怪獣退治する巨大宇宙人じゃないんだし。

 まあ俺にしてはよくやったよ。


 ああ……クソ……でも悔しいな……会社でこき使われて上司に追い込まれて……なかなか会えないからとやっとできた恋人にもフラれ……それでも仕事頑張ってとうとう身体を壊して……辞めてやっと自由になれたと思ったら国に売られて……普段人権人権叫んでいる奴らはこういう時はダンマリで……施設で仲良くなったやつはみんな死んじまって……悔しいなぁ……理不尽だよなぁ……俺は平和に誰に迷惑を掛けるでもなく生きてきたのにな……社会の理不尽に魔物という圧倒的暴力の理不尽……俺はなんで理不尽てやつにいつも目を付けられるんだろうな……俺はなんでいつも理不尽に勝てねえのかな……


 ドラゴンは腕を振りかぶるの怠そうだな。へっ、ざまーみろ。


 でもアレをモロに食らったら痛そうだな……これで俺もここにいる骸の仲間入りか……死ぬのか……浜田……馬場さん……


 浜田……最初は運動神経ゼロでドンくさい奴だったけど、とても真面目な奴だった。一生懸命努力してぐんぐん強なっていったな……しかも俺なんかを慕ってくれてさ……阿久津さん阿久津さんって、かわいい奴だった。


 馬場さんはいつも俺たちを支えてくれた。常に一番危険な先頭に立って俺たちを守ってくれていた。そしていつもすぐヤケになる俺を叱り励ましてくれた。


 そんな2人はもう……


『阿久津さん! 先に! 先に逃げ……グボッ 』


『グッ……ここでお別れだ! 生き残ったら必ず仇を! 皆の仇を! がああああ! 』



 くそっ!くそっ! そうだ! そうだよ! 俺はみんなの仇を取らないといけないんだ! 日本という国に! 日本というこの腐った社会に! 俺たちをこんなダンジョンに突っ込んだ探索者協会とあの裏切り者の刃鬼の奴らに!


 諦めるな! まだ何か手があるはずだ! 考えろ! あの腕が振り下ろされるまでは俺は生きている! 脳を高速回転させろ!


 剣は……ちっ、扉のところか。結界……は魔石から魔力を吸収して全力で張っても、今の俺の魔力量じゃ役に立たない。

 それはわかってたはずだ。だから吸魔と魔力譲渡のスキルに賭けたんだ。結果はブレスを防げてもあの巨体から繰り出される物理攻撃は防ぎようがなかったけどな。


 ん? 巨体? そうだ巨体だ!

 なんでドラゴンはあんな40m以上ある巨体で立ってられるんだ? このドラゴンはどう見たって特撮の怪獣並みの質量はあるだろ。ダンジョンには重力がある。現に俺はダンジョンに入っても身体が軽くも重くもならなかった。ならドラゴンだって俺と同じ重力がかかってるはずだ。


 ならなんで立ってられる? 特殊な骨格をしてる? いや、なら皮膚や肉がなぜくっ付いたままなんだ? アニメの風の谷の巨人みたいにドロドロ落ちなきゃおかしいだろ。


 きっと竜独特の身体強化系の魔法か何かだろう。それで骨も肉も皮膚も強化固定をしてるとしか思えない。

 つまりその竜魔法の源の魔力がなくなれば?

 さっき魔力を吸収している時に魔力が吸い取りにくくなったから、魔力がもう空になったと思った。

 でもまだ頑張れば吸い取れる感覚はあった。多分あの先に身体を支えている魔力があるんだ。


 試す価値はある。いや、これしかやる時間がない。

 でも吸いとった魔力はどうする? 魔石は拳大のものが数個しかない。あの巨体を支えるほどの魔力がこの魔石に収まるか? 無理だな。そもそも魔石を取り替えてる暇はない。


 マズイ! 腕が振り下ろされそうだ!

 譲渡できるもの、魔力を受け止めてくれる物質……何か! 何かないか何か!


 俺は今にも振り下ろされそうなドラゴンの腕を見上げながら、目を忙しく動かし周囲にある物を探した。


 なんもねーよ! 骨しかねーよ! 魔力を譲渡できる物なんてここにはな…………ん? 魔力? 魔力って確か元はこの地球にはなくて、ダンジョンが現れてから存在するようになったと座学で言ってたな……確か元は魔素とかいうものでそれが人の体内で………あっ! あった! いける! イメージだ! 俺が物と思ったら物だ! そもそもいけなきゃおかしい! でなきゃ魔力が回復する理屈が成り立たない!

 でも大量の魔力を処理しきれるのか? いやできる! 俺はやればできる子だって言われて育ったんだ! できる! やってみせる! 俺はこれに全てを賭ける!


 俺はその鋭い爪を振り下ろそうとするドラゴンへ向かって右手を突き出した。


「オラァッ! デカイトカゲ野郎! テメーの理不尽をぶっ潰してやる! 喰らいやがれ! 全力全開の『吸魔』! そして『魔力譲渡』! 」


 俺は右手でドラゴンの体内にある全ての魔力を吸い取るイメージで吸魔のスキルを発動し、左手でに対して魔力譲渡のスキルを発動した。


 ぐっ……かなりある……ドラゴンの胸の中心部からかなりの……胸の中心? 魔石か! 魔石の魔力が身体を支えてたのか! ならそこに一点集中で……吸い出せ吸い出せ! 流せ流せ! 右から左、右から左、俺はポンプのホース俺は人間ホース……


 俺は魔力を吸い取っていくうちに、ドラゴンの魔石があるらしき場所を見つけた。この魔石の魔力がこのドラゴンの身体の維持をしていると判断した俺は、魔石のある場所の魔力を一点集中で吸い上げた。

 そして魔石の魔力を吸い上げられたドラゴンは……


 ズズゥゥゥゥゥン


 自身の重さに耐えられなくなったのか、その場で足を折るように横に倒れた。

 そして身体中の穴という穴から、体液や出てはいけないものを大量にだしてスプラッター状態となって息絶えた。


 ……や……やった? 勝った? 俺がドラゴンを倒した? ……倒した……ははっ……理不尽に勝った……俺がこの理不尽に……はは……ざまぁ……ははは……あははははは! ざまーみろトカゲ野郎!


 俺はこの黒く恐ろしいドラゴンを倒したことで、なぜかハイテンションになり笑っていた。


 腰が抜けその場にへたり込みながら。







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