367話 見舞い客一組目 愛弟子三人衆③


ニアロン&アリシャに脅され縮こまった竜崎の愛弟子三人。少しの間ぴっちり口を閉じていたが…。



「全く…!お前がいう事を聞かないから怒られたじゃないか…!」


「そうですよ…! エルフリーデ先生に従うって言ったんですから…!」


「えぇ…私が悪いの…? だってもっとリュウザキ先生のお見舞いに来たいのに…」



ヒソヒソ声で咎めるエルフリーデとナディ。そしてまだ不服そうなオズヴァルド。どうやら再度ちょい荒れの雰囲気。



「…またかしら…」


心底面倒くさそうに呟くソフィア。…しかし、ニアロンは何故か笑みを浮かべていた。


―いいや。寧ろ、多少騒がしい方がいいさ。なぁアリシャ―


彼女は、剣を仕舞い竜崎の手を握り直すアリシャにそう振る。ダークエルフの勇者は、肯定をするようにこくりと頷いた。


「ん。キヨトが起きてくれるかもしれない」



「…そういうこと、ねぇ」


納得、と言うような手振りをするソフィア。さっきからエルフリーデ達が騒いでいたのに、ニアロンとアリシャが何も言わなかった理由を察したらしい。


それでも一応、彼女はツッコミをさくり。


「エルフリーデちゃん達の喧嘩声で起こされるのは、寝覚めが悪い気がするわよ?」



―フッ。ま、確かにそうかもな。 ミルスパール、今日のところはこいつらを帰していいか?―


「今日のところも何も、伝えるべきことは伝え終わっておるぞい」


そんな賢者の返答を受け、ニアロンはエルフリーデ達に向き直る。



と―、そんな折だった。





「はい!」


突然に、元気よく手を挙げたのはオズヴァルド。彼はすぐさま、質問を放った。


「ところで…なんでリュウザキ先生は、突然に出かけていったんですかぁ?」









「……!」


オズヴァルドの無邪気な問いに、さくらはビクッと身体を震わせてしまう。


竜崎が飛び出していった理由、それはさくらを元の世界に帰すために他ならない。勿論今の竜崎の怪我は乱入してきた魔術士達によるものだが―。


もしそれがなくとも、竜崎が大怪我を負う結末は必定だった。さくらが漏らした我が儘を竜崎は受け入れ、片方が生贄となる危険な装置を起動したのだから。



…ただそれでも、勇者一行は赦してくれた。誰も責めてこなかった。『清人はそういうやつ』だと笑ってくれもした。



だが、エルフリーデ達はどうか。赦してくれるのだろうか。竜崎が傷ついたと聞き即座にかけつけ、誰かにやられたと知れば、復讐者の如き殺気を溢れさせた彼女達が。


特に―、オズヴァルド。さくらは先の一瞬をまざまざと思い返していた。賢者に犯人の詳細を尋ねた時の彼の瞳。その雷光が走るかのような、怒れる猟犬の目を。



バレたら、殺されるかもしれない…。 本能的にそう思ってしまったさくらは、竜崎のベッドのほうに身体を向け、オズヴァルド達から顔を逸らすようにして身を竦ませ続ける。と―。



「大丈夫」



そんな言葉と共に、彼女を宥めたのはアリシャだった。竜崎の手を両手で握っていた彼女が、その片手を離し、さくらの手に優しく触れてくれたのだ。まるで、母親のように。


その暖かみを受けたさくらは、身体の強張りがほぐれていくのを感じた。







一方、オズヴァルドの問いに回答したのは賢者。とはいっても、答えたというより…。


「それも、教えられぬ」


そう突き放し、これ以上探るなと暗に伝えた形であった。オズヴァルドは少し頬を膨らませ、不満を露わに。


「それぐらい教えてくれたっていいじゃないですかぁ…」


「駄目じゃ」


けんもほろろな賢者。埒が明かないと察したのか、オズヴァルドは標的を変えた。



「そだ! さくらさん、何しに行ったか教えて? リュウザキ先生についていったんでしょ?」





…またも天衣無縫な問いかけ。しかし、それはさくらの胸に深く突き刺さった。



賢者が伝えたか否かはさておき、竜崎と共にさくらがいなくなっていれば、そんな推測が行われるのは当然のこと。しかもそれは事実なのだ。


それに、勇者一行と共に竜崎を見守っている現状、一緒に行っていませんという嘘などつけず、もはや隠し通せるものでもない。さくらはアリシャの温もりを借り、答えようと前を―。


―だが、それより先に口を開いた者がいた。





「…? あれ…? そういえばさくらちゃん…なんでその服を…? 確か、それ…最初に着てた…」


それは、ナディ。さくらが着ている服…夏服のスクールブラウスとスカート、即ち『さくらが元居た世界の学生服』に今頃気づいた様子であった。



そう―。ナディはその服の正体を知っている。初めてさくらが学園に来た日、ナディと会い、異世界から来たことを伝えたのだから。その時に、服装をまじまじと見られた。


…なお、一応オズヴァルドともちらりと会ってはいるのだが…。彼はそもそも竜崎しか見てなかった模様。今も、その服が何か?という感じの表情を浮かべていた。





「…そうか。そういうことか」


―と、小さく息を吐いたのはエルフリーデ。彼女も、さくらの出身を知っている。恐らくナディの反応から、全てを察したのだろう。


「オズヴァルド、とりあえず静まれ」


横の彼を雑に鎮めた彼女は、改まった口調で、さくら達に向き直った。



「皆様。彼女の…さくらの『秘密』をオズヴァルドに伝えるのは、今が良いかと存じます。リュウザキ先生は訳あって話していなかったのではありません。話す必要がないから明かしていなかっただけです」


そして親指で更に雑にオズヴァルドを指し、続けた。


「それを伝えれば、こいつも静まります。…というか、薄々察してます」




自身の秘密―。それが何を示すのかを、さくらは容易く理解した。出身のことである。


だが…オズヴァルドに話していいのだろうか。彼、少し信用ならない感じなのだ。どっかで口を滑らせそうで。


そんなことを思って頭を悩ませていると、ニアロンの声が。



―だろうなぁ。そんな感じするものなぁ。 …まあ清人は、いつ明かしても大丈夫そうだとは言ってたし、良いかもしれん―


彼女はそう言いつつ、さくらの元へと。


―後はさくら、お前の気分次第だ。嫌なら…―


「…いえ、竜崎さんがそう判断したなら、信じます」



ニアロンの言葉を制すように、さくらは被せる。そしてオズヴァルドの方を向き、話そうとしていた今回の顛末ではなく、自身の秘密を明らかにした。



「…私は、竜崎さんと同じ世界の出身なんです…!」



今まで隠していたその事実。それを聞いたオズヴァルドの反応は―。







「あ。やっぱり? そうじゃないかと思ってたんだよ!」



…数秒の沈黙もなかった。即座に受け入れた。というか、本当に察していた。


あまりのすんなり具合に、寧ろさくら達の方が唖然としてしまう。しかしオズヴァルドは全く気にすることなく笑う。


「いやー! リュウザキ先生とさくらさん、やけに仲良かったからね! どこに行くのも一緒だったし! それにエルフリーデ先生とか、ナディちゃんの反応もちょっと妙だったから! あ、そうだ。ちゃん付けにしていい?」


「え…あ…はい…」


「よかったぁ!」



…マジで驚く素振りもない。出身の秘密がバレた際、皆には驚愕され続けてきたというのに…。しかも、さらりと呼び方も砕けたものに変更してきた。


口をあんぐり状態のさくらに向け、エルフリーデは頭を抱えながら呟いた。


「…こういう奴なんだ、オズヴァルドは…」


横のナディも、凄く渋い顔。ニアロンはそんな二人に同情するように笑い、さくらの頭を撫でた。



―安心しろさくら。オズヴァルドは守るべき秘密は漏らさない。…ちょっと言いかけるかもしれないが、バレないぐらいで気づいて止める奴だ―




…それは全く安心できない気が…。さくらがそうツッコもうとした時、オズヴァルドが何かに気づいた声をあげた。


「…ということは…もしかして…?」


「そういうことだ」


どうやら顛末をある程度理解したらしい。エルフリーデの頷きを見た彼は、ひょいっと肩を竦めた。


「なーんだ。そうならそうと言ってくれればいいのに! リュウザキ先生、さくらちゃんをなんとかしようとしてたんでしょ?」


軽いノリで聞いてくるオズヴァルドに、さくらはこわごわ頷く。すると―。


「じゃ、もう聞かないよ。ならリュウザキ先生らしいし! それにそこら辺のこと、深く聞かないでって言われてるから!」


そのまま了解しきった顔で椅子に深く座り直した。



―な? こんな感じで、清人の教育が行き届いているからな―


そうニヤつくニアロンに、さくらは苦笑いで返すのだった。










「…ちょっと様子を窺っていたけど…。解決したみたいね」


―と、そんな折、病室の扉が開く。聞こえてきたその声は、聞き覚えのある、歳を召した女性の声。


全員が一斉にそちらを見ると、入って来たのは…。


「「「学園長…!」」」




オズヴァルド達は思わず声を揃える。そこにいたのはしっかりとした足取りの老婆。学園の長、ブラディ・マハトリー。彼女はにこりと微笑んだ。


「あなた方の喧騒、結構遠くまで響いてましたよ? 一応病院なのですから、お静かに、ね」


「「「はい…」」」


しょぼくれるオズヴァルド達。学園長はよろしい、と頷き、ミルスパールに目配せを送る。そして扉横に控え、誰かを招き入れた。


「どうぞ。お足元にお気をつけください」


彼女の言葉の直後に入って来たのは、地味な外套を纏い、フードを深く被ったご老体。と、もう一人の女性。今度はさくらが声を上げた。


「シビラさん…!」




その女性の方、少々ふくよかめの彼女は、シビラ・ノールトルム。勇者一行についての予言をした、『予言者』の祈祷師である。



そんな彼女と学園長が、外套のご老体を明らかに気遣い、敬意を示している。…もしや…。



皆の視線が集まる中、そのご老体はゆっくりとフードを外す。現れた顔に、皆は驚愕した。


「「「「こ、国王様…!」」」」



そう。その正体―。それは、アリシャバージル国王であった。


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