366話 見舞い客一組目 愛弟子三人衆②

「さて、落ち着いたかの?」


「「「はい…」」」


椅子に腰かけさせられたオズヴァルド、エルフリーデ、ナディの三人は、シュンとしたまま頷く。その三席横並びになっている様子は、まるで悪ガキが先生の説教を待っているようでもあった。


「リュウザキのことを案じてくれるのは嬉しいがのぅ。お前さん達を呼んだ理由は他にあるんじゃ」


賢者はそう微笑むと、オズヴァルド達へ改めて説明を始めた。






「まずは、最も重要な事を繰り返そう。此度の出来事には『箝口令』を敷いておる。学院最高権力及び勇者一行の『賢者』であるワシ、学園長、アリシャバージル王の連名命令と心得よ。もし僅かでも漏らしたら、強制的に牢獄行きじゃ」


先程も伝えた内容を再度告げる賢者。…と、少し悪い笑みを浮かべた。


「最も…お前さん達には『リュウザキが困ることになる』と言った方が効くかの?」


「「「絶対に話しません!」」」


即座に、声を揃えるオズヴァルド達。良い返事じゃ、と笑った賢者は情報を幾つか開示した。




「ソフィアが言った通りじゃよ。リュウザキが相対した奴らは、ワシら総がかりでも手こずる相手じゃった。そして今も逃走中。魔王や『観測者達』が動いておるが、消息は途絶えたままでな」


俄かにざわつくオズヴァルド達。賢者は気にすることなく続けた。


「奴らの顔も、すぐに手配書として各地に撒くつもりじゃ。適当な罪名をつけてな。―じゃが重ねて言うぞ。無暗な行動は赦さぬ」


再度、彼は脅しをかける。と、そのまま杖を軽く動かし、エルフの男性を指した。



「特にオズヴァルド、お前さんじゃ」






「えー…。やっぱり駄目ですかぁ…?」


明らかに不満そうなオズヴァルド。 ならん、と賢者は強く諫めた。


「もし勝手に捜索に出ようとするならば、それはワシらの…いいやリュウザキの敵となると思え」


「! それは嫌ですよ!」


「ならば止めとけ。それにアリシャでさえ簡単には勝てぬ相手じゃ。いくら天才のお前さんでも、成すすべなく死ぬかもしれんでな」


「…はーい…」


オズヴァルドは仕方なしに承知する。賢者はやれやれと呟き、座る三人を順に見やった。



「そもそも―、リュウザキはお前さん達をみだりに巻き込むことを良しとしておらん。その気持ちを汲んでやってくれい」


その頼みに、オズヴァルド達は眠る竜崎を見つめ、静かに頷く。力になれないことを悔やむように。そんな彼らに、賢者は励ましの言葉をかけた。


「安心せい。必要とあらばお前さん達の力は借りるわい。 …というか、必要だから呼んだのじゃからの」










「さ、ここからが本題じゃ。先に述べた、『お前さん達を呼んだ理由』じゃよ」


改まった賢者の口調に、オズヴァルド達は背筋を伸ばす。ふと、賢者は竜崎の顔をチラリと見つめた。


「見ての通り、リュウザキがいつ目覚めるかはわからぬ。…下手すれば、数週間はおろか数か月、いや数年かかる可能性だって0ではない」


その言葉に、声を詰まらせるオズヴァルド達。賢者は視線を戻すと、『呼んだ理由』を明らかにした。



「その間、お前さん達には『学園での誤魔化し役』を請け負って欲しいんじゃ。リュウザキに最も近いお前さん達だからこそ、出来る役割じゃよ」







「箝口令を敷いた理由の一つは、『リュウザキの呪いが一時的とはいえ解き放たれたと知れ渡ったら、大きな混乱を招く』からじゃ。 そうでなくとも、『かつての英雄が大怪我を負い意識不明』と知られただけでも、無用な動揺が広がるのは明白じゃろう」


オズヴァルド達にそう説明する賢者。オズヴァルド達が理解したのを確認し、詳細を語った。



「故に魔王と協力し、表向きは『リュウザキは魔王軍の遺跡調査部隊に長期出張』と言う形を取ることにした。追ってその偽装書類は渡そう。いずれ学園長からも、全体へその旨のお達しが入るじゃろう」




…要は、嘘をつき通せという指示。偽装に加担しろ、という悪い頼みなのである。


しかし、オズヴァルド達に困惑した様子はなかった。なるほど、納得―。そう言わんばかりの表情であった。



と、そんな彼らの元へ、竜崎の顔の横に腰を下ろしていたニアロンがふわりと。そして、深々と頭を下げた。



―すまない、三人共。目覚めるまでの間、清人を守ってくれ。頼む―







「―! えぇ!えぇ! お任せあれ! 私が全身全霊で守り切ってみせましょう!」


興奮したように立ち上がり、力いっぱい胸を叩くオズヴァルド。それをエルフリーデ達が慌てて止めようとする。


「待てオズヴァルド! お前が変にやる気を出すと、碌なことにならない! …そもそも賢者様、何故オズヴァルドを呼んだのですか!?」


「そうです…! リュウザキ先生の代理はエルフリーデ先生なのですから、先生と私だけで良かったのでは…!?」


揃って訴えるエルフリーデ達。賢者は苦笑いを浮かべた。



「オズヴァルドのことじゃ、言わんでもすぐに嗅ぎつけて来るじゃろう。実際今も、伝えてないのに病院まで来ておったのじゃろ?」


「う……。そうですけど…。でも…!」


「そんな不安そうな顔をするな。オズヴァルドはリュウザキ関係には信の置けるやつじゃ。協力せい」


「うぅ~……!」


賢者に命じられ、苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべるエルフリーデ。しかし直後、キッとオズヴァルドを睨んだ。



「いいかオズヴァルド!お前はそんなに詳しくは話すな! リュウザキ先生のことを聞かれたら、私かナディに聞くように促せ! いいな!」


「えー…。わかったよ…」


「…!? 案外聞き分けが良いな…。…そうだ! あと、リュウザキ先生のお見舞いは毎日とかは来るなよ!」


予想外な反応に少し呆けつつ、エルフリーデはそう付け加える。と、オズヴァルドは目を丸にした。



「え! なんで!?」


「ひっきりなしに出入りしてたら怪しまれるからですよ! …ですよね、賢者様…!」


エルフリーデに加勢したナディは、賢者に伺いを立てる。老爺は苦笑いのまま髭を撫でた。


「まあそうじゃのぅ。一週に一度、あるかないかにしてもらいたいのぅ」


「そんなあ…! もう少し増やせませんか…!?」


「「駄目と言ったら駄目だ(です)!!」」







またも始まる言い争い。もっとお見舞い回数を増やしたいオズヴァルドと、そうはさせじとエルフリーデ達。病室内は火花散るほど喧々諤々。



「また始まってしまったのぅ…」


その様子に呆れる賢者。ソフィアもまた、頭を抱えた。


「普段のシベルちゃんマーサちゃんを見てるときも思ってたけど…。キヨト、よくこれ捌けてるわね…」


そう漏らすソフィア。と、ニアロンがフッと笑った。


―それは私達もお前に思っているがな。よく工房の荒くれ達を取りまとめられているって―


「似た者同士ねぇ…。 なら、止められる?」


ソフィアはお手上げとポーズで示す。するとニアロンはアリシャに目配せをし、頷いた。




―任せとけ。まあわりかし簡単だ。ほんのちょっと場が静まった時を見計らって…。オズヴァルド、エルフリーデ、ナディ!―


ニアロンに呼ばれ、ピクッと動きを止める三人。ニアロンは悠然と続けた。



―これ以上騒ぐと、アリシャが怒るぞ―





彼女の台詞に合わせるように、アリシャはキンッと剣を鳴らす。その澄み切った恐ろしき音は、一瞬で病室内に静けさをもたらし、騒いでいた三人を即座に着席させた。



―こうして脅すか、和ますか取り持てばいいだけだ―


「…結構な荒業ね。まあ私も人の事言えないけど!」



そう言いあい、ニアロンとソフィアは互いに笑うのだった。

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