364話 教えられない理由


「…教え…られない…?」


「そうじゃ。『秘密にさせてもらう』―。ということじゃの」


賢者のその言葉に、さくらは茫然となる。開きかけていた扉が、固く閉ざされてしまった。そんな感覚であった。




「なんで…ですか…?」


声を絞り出すように問うさくら。すると賢者は、諭すように語り始めた。



「まず―、この『秘密』もまた、ただの憶説に過ぎん。ワシの予測が事実だったという保証は、正確にはどこにもないんじゃ」


結局のところ真実かどうかは未だ不明のまま。そんなものを教えて混乱させるわけにはいかないからの。 彼はそう言い加え、さらに続ける。


「第二に、この憶説の流布を防ぐためじゃ。…さくらちゃんを信用していないわけではない。寧ろお前さんのことはキヨト並みに信頼しておる。良い子じゃからな」


そうさくらに微笑んだ後、賢者は残念そうに首を振った。


「そうだとしても、教えるわけにはいかない。なんの拍子で漏れだすかは本人にもわからぬものじゃ。ならば知らぬ方が、教えぬ方が、双方気が楽じゃろう」



…そうかもしれない…。さくらはぐっと黙りこくってしまう。人の口には戸が立てられないのだ。直接そのことを問われなくとも、ふとした時にポロっと話してしまうかもしれない。



しかし、そんなことを警戒するとは―。余程に重大なことなのだろう。そんなさくらの考えを見透かしたかのように、賢者は真剣な面持ちとなった。


「第三に…。『秘密』を語るには、とある歴史と事実を交えなければいけなくなる。…それは、できるだけ世間には秘密にするべき内容じゃ。、な」




 



「…ぇ…」


賢者の一言に、さくらは再度言葉を失う。自分の出身地―、それは言わずもがな『こことは違う別世界』。


とはいえ、さくらは結局のところ一般人。特殊な知識なんて持たず、転移してくる際に特別な能力を渡されたわけでもない。そこらへんの村人とほぼ同義な存在なのだ。


だから実のところ『ただ出身が珍しい』だけ。特段秘密にする必要はない―



―はずであった。竜崎が活躍していなければ。




予言の一節の証明もあり、竜崎は別世界から来たことを公言した。それは奇しくも、『別世界から来た人=英雄』を意味づけてしまった。


実際さくらの出身を知る僅かな人達も、初めてそれを耳にした際はこれ以上ないほどの驚愕を浮かべた。中には英雄視しなければいけないという考えを抱いた者や、予言の再来、戦争の再発生を危惧した者もいた。


ただの数人でさえ、その有様である。これが世界中に明かされた際にどうなるかは想像に難くない。…祭り上げられ、期待され、何もできないと知るや絶望され批判され、見捨てられるのだ。



竜崎はそれを恐れ、さくらに出身を内密にするように指示。それと並行し、仮にバレても『なるほど確かに』と言わしめるための力を持たせようとしていたのであるが…。




それを、賢者が理解していないわけがない。だというのに、そんな『別世界出身』の事実よりも危険だと彼は言ったのだ。


狂気的に崇められるか、失望されるか、あるいは恐怖が包むか。その『秘密』がどの道を歩むことになるかは不明だが、どれを辿ってもまともとはならないだろう。




そんな重々しき意味を察したさくらは、ただ立ち尽くす。―と、そんな彼女に賢者は、もう一つの『教えられない理由』を伝えた。



「そして最後に―。―これが、最大の理由じゃ。ワシらが勝手に『秘密』を教えることは、キヨトの想いを踏みにじることになるからじゃよ」











「先に述べた理由を無視し、教えること自体は容易い。さくらちゃんの出身地もじゃが、案外受け入れられる可能性だってあるからの」


少し願望が籠った笑みを浮かべる賢者。直後、彼は詫びるように目を閉じた。


「…じゃが、お前さんをこの『秘密』へとは、ワシらには無い」





踏み入らせる…つまり、『秘密』を知るということ。 だが、『権利』とは…?


義務がないというのならばわかる。それは拒否の意となるのだから。しかし、権利―。それはまるで、誰かの…いや竜崎さんの許可を必要とするかのような…。




さくらがそう思っていると、賢者は眠る竜崎の横に。彼の顔を見つめながら、ゆっくりと口を開いた。


「キヨトはの。お前さんをこの世界に馴染ませ、楽しんでもらうために砕身してきた。…それはわかっているじゃろう?」



賢者の問いかけに、さくらは首を縦に振る。幾度、彼に楽しませてもらったことか。学園生活、魔術習得、各地探訪…上げたらキリがない。



「ワシらが『秘密』を伝えたならば、そんなキヨトの努力が無に還るかもしれぬ。知る必要のないことを知れば、否が応でも元の状態には引き返せなくなるのじゃからな」


そう言い、賢者は改めてさくらへと向き直る。そして、優しい目を浮かべた。


「キヨトはそれを望んでおらん。さくらちゃんには、この世界で平穏で愉快な生活だけを送って欲しい。こやつはそう想っておるんじゃよ」






「…………。」


さくらは、口を閉じるしかなかった。明確な理由及び危険性を説明され、なおかつ竜崎の想いを伝えられたら、そうせざるを得なかったのだ。


この質問は、忘れよう。これ以上竜崎さんの想いを踏みにじるわけには―。




彼女がそう思った時だった。賢者は椅子に腰かけながら、呟いた。



「…じゃがのぅ。もしさくらちゃんが、『それでも』と―。好奇心からくる安易な欲求や、恨み辛みによる我を忘れた激情ではなく…『この世界の過去の遺物』を、キヨトと同じようにがあるのならば―」


そこで彼は言葉を一旦止める。そして顔を上げ、さくら、そして竜崎を見やった。


「キヨトが目覚めた後に、直接尋ねてみるが良い。 …こやつしか…、お前さんの保護者であり、唯一出身世界を同じくするキヨトにしか、お前さんを巻き込むか否かを決めてはいけないじゃろうからな」



賢者のその言葉に、ニアロン、ソフィア、そしてアリシャまでもが深く頷いた。













「さて。この話は一旦終いとしよう。 どうやら見舞い客が来たようじゃ」



ふと、賢者はさくらにアリシャの横へ座るよう促しながら、そう笑う。



見舞い客…? 竜崎さんの怪我は機密事項だったはず。一体誰が…? さくらが首を捻った時だった。




ドタドタドタドタ…バタバタバタバタ…!




部屋の外、遠くの廊下からだろうか。病院には似つかわしくないドタバタ音が聞こえてくる。そして、いがみ合うような声が。





「どけ! 何故お前が一番に入ろうとしているんだ! というか、何故先に着いていたんだ!?」

―と、気が強そうな若い女性の声。



「そうです! 賢者様の呼び出しはおろか、どこの病院に運び込まれたかも伝えてませんのに…!」

―と、気が強そうな女性に同調しつつも困惑している、敬語の若い女性の声。



「ふふっ!愚問だよ!リュウザキ先生の居場所は、勘でわかるさ!」

―と、爽やかめの若い男性の声。 するとその男性は、一切の悪気なく小首を傾げた。



「もしかして…2人にはわからないのかい?」






「「は……はぁああ!?」」


男性の天然で発せられたであろう無自覚な煽り?が、女性2人の癇に障ったらしい。揃ってキレる声が。


続いて若干引きつり怒声となった気が強そうな女性の声、そして訝しむような敬語の女性の声がそれぞれ。



「このっ…! わかるに決まっているだろう! 何年、先生の弟子をやっていると思っている!」


「オズヴァルド先生…もしかして、リュウザキ先生に何か魔術を…?」



そう問われた若い男性は、更にうざったいほどの爽やかさで笑った。


「ハッハッハ!そんなことをしなくとも、リュウザキ先生のことならなんでもわかるさ! だって、そもそも賢者様に相談するよう提案したのは私なんだから!」



「いいや!それは断じて違う! 私の方が先…くっ…同時だった! それに、先にナディが異変を察してくれたんだろうが!」


「そうですそうです!」



即座にそう言い返す女性2人。…しかし若い男性にはどこ吹く風らしく、彼の嬉しそうな声が。


「やっぱりエルフリーデ先生もナディちゃんもリュウザキ先生の事が大好きなんだね! あぁここだ! 失礼しまーす!」


「おい待てオズヴァルド!」

「ちょっと…!!」



ガラッ!





勢いよく、病室の扉が開け放たれる。そこから顔を出したメンバーの名を、さくらは思わず呼んだ。


「オズヴァルドさんとエルフリーデさんと、ナディさん…!」



そう。半ば揉みくちゃ状態で姿を現したのは―、竜崎の愛弟子である学園教師2人と現助手。そんな三人組であった。


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