363話 訳知りの勇者一行


「別の…空間……!?」


賢者の発した単語を、さくらは目を慄かせながら繰り返す。賢者は、それに頷いた。


「無論、推測の域を出んがの。あの魔導書にかけておった魔導書は特別製でな。この世界のどこにあっても―、地中海中空中、どこに隠されていたとしても場所がわかるようになっている。…あの転移装置での実験で実証済みじゃ」


その言葉にさくらは、竜崎が語った転移装置での実験について思い出す。確かに、装置で転移した者を確認する手段がいる。そのためにそれを使ったらしい。


そして、だからこそ竜崎は薄々察していたのだろう。魔導書に追跡魔術が刻まれていることに。




「じゃが…そんな魔術を以てしても、位置が特定できぬときた。妨害魔術をかけられているにしては、反応が妙。まるで周りが見えぬ霧に包まれているような…いや、『どこかにはあるが、どこにもない』―。そんな反応なんじゃよ」


そう賢者は説明を締める。しかし、だからといって『別の空間』とは―。俄かに話が飛躍しているような…。


そうさくらが思ってしまった時、背後からソフィアの呟く声が聞こえてきた。



「やっぱり…!」



と―。







(…!?)


やっぱり…『やっぱり』…!? それは『元々想像の範疇であった』という意味の言葉…!


驚いたさくらがハッと見ると…ソフィアだけではなかった。アリシャも、ニアロンも、口にはしていないが、納得を示す目をしていた。



何故…。勇者一行にしかわからぬことがあるのだろうか…? そう困惑するさくらだったが、ふと考えを改めた。



この世界は魔術が包む、ことわりの違う世界。転移魔術というテレポート手段…空間を跳ぶ手段すらあるのだ。


それに、魔術士達の潜伏場所は未だ割れていない。それどころか強奪された獣母の上半身や、誘拐された巨大竜達の行方すら完全に不明のままなのだ。各国に警戒が行き渡り、捜索が続けられているのにも関わらずである。


それも、別の空間…誰も知らない謎の場所があるならば腑に落ちてしまう。




…だがそもそも…別の空間なんてもの、あるのか? 


さくらは…そして竜崎は『違う世界』という、『別の空間』からの来訪者であるのだから。












「…っ! もしかして…!」


瞬間、さくらの背をゾワッと悪寒が走り、血の気が引いていく。彼女は震えながら、一つの推測を口にした。


「…まさか…あの人達は…! 私と竜崎さんが、元いた世界に…!?」




考えられる、最悪の想像。と―、それを聞いた賢者は…否定の言葉を口にした。


「可能性は0ではないじゃろう。じゃが…限りなく低いと思うぞい」







「連中は幾度も騒動を起こし、ワシも数回刃を交えた。しかしあやつらは、さくらちゃん達の世界の技術や知識を持っているようには見えんかった」


何かを得ているならばそれを活かした戦法が用いられるはずじゃが、それはなかったからのぅ。 そう言い、賢者は続ける。


「奴隷として向こうの世界の人を連れてきている様子はなく、そのような道具類も無し。気になるのは呪薬じゃが、容器も内部の呪薬も、見ただけで分かるほどには魔力を纏っておる。この世界のものじゃ」


しっかりと言い切った彼は、そのまま竜崎へと視線を移した。


「それにあやつらが賢ければ、キヨトを狙うじゃろう。こやつは『別の世界から来た』ことを公言しておる。キヨトを捕獲し、向こうの世界の知識を聞き出すはずじゃ。どんな仕組みがあり、どんな技術があり、どんな武器がどこにあるか、とな」


しかし、そのようなことは無かった。連中が向こうの世界の通じているとは考えにくい。そんな賢者の推断を受け、さくらはほっと息を吐いた。



だが老爺は、一つ付け加えた。


「…じゃが、あやつらが用いたその空間魔術…なんらかの禁忌魔術が、キヨトとさくらちゃんの世界になんらかの影響を与えた可能性は、大いにあるのぅ」











「なにせあやつらは…いや、あの魔術士は、転移装置の術式を容易く書き換え、別なものとした。そしてさくらちゃんを短距離転移せしめた。…自惚れるわけではないが、ワシでもまとも読み取れぬ、古き禁忌の魔術をな」


連中が、ワシらの知らない禁忌魔術を知っているのは明白じゃ。 賢者はさくらへそう伝える。それを聞いた彼女は、言葉を詰まらせた。




自分がこの世界に飛ばされた原因…あの謎の空間の穴は、あの魔術士達によるものだったのかもしれない。さくらも心の奥底で、そうなのかもしれないとは微かに思っていた。


だが賢者に面と向かって言われ、一気に信憑性が増した。希望と絶望、同時に投げつけられたかのようであった。


帰れる糸口が見つかったかもしれないという希望。そして…それを保持しているのがこの世界に混乱を引き起こし、竜崎を傷つけた、危険極まりない魔術士達だという絶望に。




そう…全ての元凶はあの魔術士。彼は、一体…。 煩悶としているさくらの耳に飛び込んできたのは、またも、ソフィアの声、そして賢者の返答だった。



「……と、なると爺様…。やっぱり、あいつらは…!」


「…十中八九、そうじゃろうのぅ。少なくとも、あの魔術士は、な」







「―…!!」


息を呑むさくら。やはり、彼らは知っている。魔術士達について、何かの結論にたどり着いている…!


瞬間的にそれを察した彼女は、溺れた者が藁を掴むような勢いで、賢者に問うていた。


「教えてください…! あの人達は…、あの魔術士の人は…!何者なんですか…!?」







「…………。」


しかし、賢者は口を噤み答えようとはしない。さくらは構わず、更に畳みかけた。


「あの時…魔術士や獣人の人の力を見た時、竜崎さんが呟いてました…!『関係者』とか、アリシャさんの『魔術紋』とか…! 明らかに、何かを知っている感じで!」



彼女が思い起こすは、先の転移装置の攻防戦。謎の力を揮う魔術士達に、竜崎は度々驚愕の色を見せていた。


しかし、それは未知のものを見た驚きではない。知っている何かが、形を変え目の前に現れた―。そう言わんばかりの。それは、今のソフィア達と同じような反応。




最初から竜崎達は―、『勇者一行』は訳知りだったのだ。裏で何かを隠している。そしてそれから、明確な予測を立てていたのである。



そう、予測を…! さくらは沈黙する賢者から目を外す。そしてキッとニアロンを見つめ、問いただした。



「ニアロンさんが呟いていた『ミルスパールさんの嫌な予測』って…、現実だったそれって…! なんなんですか!?」









―……。よく聞いていたな…さくら―


バツが悪そうな表情を浮かべるニアロン。と、彼女は賢者へと語りかけた。


―どうする、ミルスパール。…私は、清人の代弁者としてではなく、『勇者一行』の一員としてお前に判断を託す―



それを受け、賢者はゆっくり目を瞑る。さくらが周りを見ると、ソフィアは腕を組み目を少し伏せていた。アリシャは竜崎の手を握り、眠る彼を見つめていた。


行動は違えど、彼女達も『賢者に判断を委ねる』と言う様子。全ては、賢者の言葉が―。



「さくらちゃんや」





「―! は、はい…!」


急に、賢者の口が動いた。思わずさくらは背筋を正し、返事をする。目を静かに開いた賢者は、そんな彼女の瞳を真正面から捉え―。


「―それはな」


更に一言。そして、彼は息を吸い…首を横に振った。



「ワシらからは、教えられぬ」


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