344話 機動鎧の素材
「…やったかしら?」
マジックミサイルが破裂し、もうもうと上がる煙の中を窺うソフィア。一応、狙いは逸らした。正しく狙ったのは、魔術士の乗騎である化物ネズミ。
肝心の魔術士に向けたのは、数発程度。それも急所を大きく外し、手足を狙った。上手くいっていれば、動けなくなった彼が地に転がっているははずである。
だが、そこに残っていたのは…魔術士の苦しむ姿ではなかった。
「…氷…!」
驚くソフィア。ミサイルが注がれていたのは、転移装置の瓦礫を包むフリムスカの氷にであった。いや正しくは…。
「中に…!」
氷に開いていた穴、そこを塞ぐように、絶命した化物ネズミの遺骸が。薄く見える内部では、魔術士が荒い呼吸を浮かべていた。
既にニアロンによる障壁が消えていた今、魔術士にとってフリムスカの氷穴は絶好の隠れ家となってしまった。彼は辛うじてそこに逃げ込むことに成功したのだ。
マジックミサイルも、高位精霊の氷を砕けるほどの性能はない。一部は凍てつく表面を撫で、残りは穴の入り口へと集中した。
それを防ぐように、魔術士は乗っていた化物ネズミを肉壁としたのである。これにより、全てのミサイルが防がれてしまった。
「ずる賢い奴ね…。ま、でも…追い詰めたわよ!」
肩を竦め、ガシュンと着地するソフィア。そう、彼女の言う通り。
ミサイルを対処するために、氷の中に身を隠したは良かった。確かに硬き氷は、盾のように魔術士を守ってくれた。
だが、それが終わった今、彼は閉じ込められたも同義。氷は檻の如く。転移して逃げようにも、彼にはその余裕が既にないのだから。
「よいしょっと…!大人しく捕まりなさいな!」
化物ネズミの遺骸を退かし、機動鎧の身をかがめ、中にいる魔術士を掴みとろうと手を伸ばすソフィア。これで完全決着…。
と、その時だった。
ドスッッ
「え…?」
思わぬ衝撃に、小さく声を漏らすソフィア。ゆっくりと視線を下ろすと…機動鎧の胸には黒槍が。竜崎の身を貫いたそれと、同じ物が。
魔術士が撃ち出したその槍は、ソフィアの身体を機動鎧ごと―。
「は…!?」
直後、素っ頓狂な声をあげたのは魔術士であった。槍は、機動鎧を貫けてはいなかった。
否、それどころではない。槍先が…肉をいとも容易く穿てるほどに鋭利なる箇所が…なんと、
「あっぶなー…! 何すんのよ!」
まるでちょっとした石ころを投げられたかのような反応を示し、混乱している魔術士を引きずり出すソフィア。ギリギリと万力のように締められる機動鎧の手の中で、魔術士は言葉を漏らした。
「な…なんだ…オマケ女…! なんだその…ガラクタの…表面は…!」
「ハッ!ガラクタだなんて酷い事言うわねぇ! でも良いわよ、教えたげる!」
勝ち誇ったようなソフィアは、ガシュウと機動鎧を鳴らし、その問いに答えた。
「この機動鎧の素材は、『神樹ユグドルの根』。20年前の戦争時、エルフの国の周りに生やされた、あの巨大な牙のような根っこよ!」
エルフの国、『ラグナアルヴル』。かつての大戦時…竜崎達が活躍したあの戦いの時、かの国は種族の持つ特殊な事情で中立を保った。
その際、魔界軍も人界軍も国に近寄らせぬよう、一つの策を講じた。それが、『国の周りに防衛陣として、特殊な壁を張ること』である。
そこで使われたのは、ラグナアルヴルの中心に聳える天を衝く巨大樹、『神樹ユグドル』の力。かの樹の根を伸ばし、国の周囲全てを取り囲むように生やしたのだ。
茨姫の城よりも重厚に、巨大に、邪悪に生えたその根には、特別な力が籠められた。神樹ユグドルの持つ力、そしてエルフに伝わる魔術の合わせ技により、『物理攻撃を弾く堅牢さ』と『魔術攻撃を霧散させる特性』が付与されたのだ。
だが、それが役立ったのも戦時のみ。既に戦いは終わり、根の防衛陣は無用の長物と成り果ててしまった。
ならば、壊すのみ。しかし、それは途轍もない難行であった。生半可な…いや、一流の腕、技、力、それらを持つ人や道具でも、簡単には砕けない。軍隊の総攻撃を受けてもびくともしないほど、それは頑強であった。
それ故に、勇者が…一流を凌ぐ、化物のような力を持つ彼女が解体作業を手伝っていたのだ。専用の魔術が備えられた特製の斧を手に。
…ここで一つ、疑問が生じる。叩き切られた根はどうなったか、である。
あらゆるものを弾くそれは、当然加工も碌にできない。つまり流通させることはできなかった。
それ以前に、そもそもが濃い魔術を湛えた危険物。エルフの王女主導の元、魔術の解呪を始めとした処理が行われていた。
だが、その一部はある者の手に渡っていたのだ。それがソフィア…『才気煥発たる巧の者』の元にである。
「えっらい苦労したわよ、加工するの。キヨトやアリシャ、ミルスの爺様達の力を借りただけじゃなく、他の技術屋面々にも助力をお願いしたし。エルフ達やドワーフ達なんかには国ぐるみでの協力をしてもらったしね!」
骨が折れたと言わんばかりに、そして実に嬉しそうに語るソフィア。その声は少女のような歓喜と、少年のような興奮が入り混じっていた。
…とはいえ、そんな匠泣かせの恐るべき代物を加工しきるのだから、やはり彼女は稀代の職人。予言に選ばし存在に相応しいのであろう。
「ク…クソアマがァ…!」
悶える魔術士。瞬間、機動鎧の肩部がジャキンと開き、大量のマジックミサイルが顔を覗かせた。
「ったく、減らず口は消えないわね。そのよく見えない顔、吹っ飛ばしてあげましょうか?」
ソフィアの言葉に応じるように、ミサイルは全て靄がかる魔術士の顔へと狙いを定めた。
と、その時だった。
「その必要はないぞい、ソフィアや。それはワシに任せい」
老爺の声と共に、機動鎧の上に誰かがスタリと降り立つ。それは、『賢者』ミルスパール・ソールバルグであった。
「へっ!?ミルスの爺様!? いつの間に!? キヨトは!?」
「ちょいと転移してきたんじゃよ。安心せい、とりあえずの応急処置は終えた。流れ出た血も、魔術である程度補填したわい。ただ、それも精々が数十分保つかじゃが…」
ソフィアにそう返した賢者は、一旦そこで言葉を切る。そして、杖を構え―。
「正体を見せよ!」
魔術士の顔をゾッと削るように、振った。すると…
ズズ…ズズズ…
彼の顔の靄が…ゆっくりと、消滅し始めたではないか。
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