345話 魔術士達の正体

「なっ…顔が…! 顔の…!魔術がァ……!?」


顔を隠していた靄…幻惑魔術が突如消え始め、俄かに焦りだす魔術士。そんな彼に向け、賢者は杖を突きつけたまま口を開いた。


「この間モンストリアでちょいとぶつかり合った際にな、それの解呪法は大体推測できたからのう。これでようやく、お前さんの顔を拝めるわい」


せせら笑う賢者。魔術士は悶えるが、機動鎧の手の締め付けには敵わない。


「一体…どんな…!」


ゴクリと息を呑むソフィア。そうこうしているうちに、靄は全て晴れ…今まで隠されていた魔術士の顔が、露わになった。





「…魔族だったのね! 若い…のかしら?」


ソフィアが呟いた通り、その魔術師の顔は魔族のよう。そして、案外と若々しかった。


いや、ともすれば幼い…あどけなさすらも僅かに感じ取れる。先程までの罵詈雑言…癇癪のことを考えると、すんなり納得できてしまう。そんな顔であった。



「んー…ま、当たり前だけど覚えのない顔ねぇ」


機動鎧の兜越しにしげしげと眺め直したソフィアは、そう肩を竦める。それは普通のこと、犯罪者の顔を知ってるわけはない。最も彼女の工房は、荒くれ者を職人に仕立て上げることも生業としているが…。



…しかし、賢者の反応は違った。彼は魔術士の顔を見た瞬間、ぎゅっと顔を顰めたのだ。





「むぅ…! まさか、本当に…リュウザキの推測通りじゃったか…!」


「え? ミルスの爺様、こいつ知ってるの?」


賢者の反応を訝しみ、そう問うソフィア。しかし、彼は口を噤んだ。代わりに大きく息を吸い、細く吐き出す。そして、魔術士へ語り掛けた。


「…正直に答えるんじゃ。お前さん、20年前のあの時…!」


「…何のことですかねぇ…賢者様ァ…!」


賢者の言葉を遮るように、食い気味に返す魔術士。ムッとしたソフィアが、脅しのために機動鎧の握る力を強めようとした、その時だった。





ゴァッッッッッッ!



「きゃっ…!」

「むぅっ…!」


小さく声を漏らすソフィア達。彼らの背後で巨大な閃光が瞬き、衝撃波が押し寄せてきたのだ。またも神具同士の激突が発生したらしい。


すると、その直後―。


「ぐおおっ…!!」

ドガォッッ!


フリムスカの氷に、何かが勢いよく激突する。地面を足で無理やり抉り、スピードを殺しつつ飛んできたそれは、獣人であった。




「つぁあっ…!ックッソ…フェイントに引っかかちまったぜ…!」


失策を反省する舌打ちを鳴らし、頭をガリガリと掻く獣人。彼はそのまま、ぶつかり合った反動により軽く片膝をついている勇者を見やった。


「しっかし、流石勇者だなぁ、おい…!ちょいと力籠めんのミスると軽々吹っ飛ばしてきやがる…! こっちはその場に膝つかせることしかできなかったってのによ…!」


その喜び混じりの呟きには、弱っている様子は一切感じられない。いや、彼は見事にピンピンしていた。


先程の激突音と、獣人自身が足で描いた地面の抉れ。それから察するに、吹き飛ばされていたのが常人ならば、確実に即死している威力だったというのに。






「待ってろよォ…!勇者ァ…! まだまだ戦い合おうじゃねえか…!」


起き上がり、勇者の元に飛び出していこうとする獣人。氷の真後ろにいるソフィア達には全く目をくれる様子はない。彼の眼中には勇者しか映っていないのであろう。


と、そんな彼に向け、捕まっていた魔術士は叫んだ。



「おい…テメエ…!! 俺を…助けろ…!」


「…あん? うおっ兄弟!?なんで捕まってんだよ! 顔のも取れてるじゃねえか!」


相方の言葉で正気に引き戻された獣人は、驚いた表情を浮かべる。魔術士は、更に声を荒げた。


「テメエが暴れて、逃げる道を無くすからだろうが! 獣並みの知能の、粗暴野郎が!」


「あーあーうっせえな…。ったく、良いとこだってのによ…」



魔術士を救出するため、ズチャリと賢者達の元に足を踏み出す獣人。ソフィアは彼から出来るだけ距離を離すように、魔術士を掴んだ腕を遠ざけ警戒態勢をとる。


「…お前さんの方が話通じそうじゃの。一つ、聞かせてくれい」


と、賢者は何故か逆に一歩前に進み出た。そして静かに、厳かに、獣人にこう聞いた。


「ワシらと、…。初に出会ったのは、20年前の、『勇者決定戦』の時じゃな?」




そんな問いかけに、彼は―。


「ハッ!流石は賢者サマだ! 記憶力も良いと来てやがる!」


迷うことなく頷いた。そして、間髪入れず…衝撃の事実を、明らかにした。




「大当たりだぜ! 俺と兄弟は、あん時…勇者を決める闘いの日、喧嘩してたところをリュウザキに止められ、アンタに牢送りにされて出場を逃し、腹いせにアンタらが勇者一行乗ってた馬車を襲ったモンだ!」

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