326話 奪われてしまった神具

―…何故あいつが鏡の正体を知っている…!?―


獣人の言葉に、目をわななかせるニアロン。予想外である。魔術士はまだしも、先程現れたばかりの獣人には鏡の力すら見せていない。


それなのに、彼は『神具』と言ったのだ。知っている。その正体を知っている。一体なぜ…



「…貴方、その使い方はわかっておいでなの?」


同じ疑問を持ったのか、獣人に相対しているフリムスカが聞く。すると、獣人はおうとも、と笑った。


「前にそこのガキが、でっけぇ風の球をこれで打ち出して禁忌の竜巻ぶっ壊してたからな。とりあえず振って、平べったい面をぶつけりゃあ良いんだろ?」



「竜巻…前、魔王城を襲ったあれか…。どこかで見ていたのか」


―想像通り、追悼式の一連の事件はあいつらの手引きだろうな…。牢屋の破壊痕の謎も解けた―


竜崎とニアロンは合点がいったと顔を顰める。と、その時であった。



「おぅらよ!」

ゴォッ!


「「「うっ…!?」」」


突如、竜崎達の元に強風が吹きつける。天井に穴が開いているとはいえ、ここは洞窟内。風なんて吹くはずがない。ならば、精霊の力? 否、それは…獣人がラケットを試し振りした余波であった。


中々の距離が離れているのに、まるで上位精霊が引き起こした風のよう。獣人の剛力と、神具の力。合わさってはいけないものが揃ってしまった。


「おぉ!こりゃあ良い!」


予想外の出力に獣人自身も驚き、にんまりと笑い構える。そして―


「確か高位精霊はこれでクソ勇者共にボロ負けしたんだろ? その再現としてやるぜ!」


体中に紫電を湛え、フリムスカへ強襲をかけてきた。





「くっ…!」


即座に巨大氷結晶を作り出し、多重に壁を張るフリムスカ。が―。


「そぅら!」

バキャア!


獣人がラケットを叩きつけるたびに、氷壁は容易く砕け散る。ガラスを壊す、というよりも薄紙を破り捨てるといった勢いか。


もはや防戦気味どころではない。圧倒的不利。迫る獣人に成す術なく、フリムスカはじりじりと押し込まれていく。


「ニアロン、さくらさんを守っていてくれ!」


―だが…!―


「頼む!」


竜崎は曲がった杖を手に、さくらの元から単身飛び出す。あのラケットを奪い返しさえすれば、事は戻る。そう信じて。


ニアロンはそれを止めきれず、頼みを断ることもできなかった。つい先程の自分の行動が、さくらを危機に至らしめたという自覚があったからだ。


片方を守るため、片方を見送らなければいけない。そしてさくらを戦いから遠ざけるため、有事に備えるため、無暗に手伝うことはできない。彼女は、ただ手を固く握りしめるしかできなかった。




「フリムスカ! 攻撃の矛先を腕以外に集中、ラケットの動向には常に注意して!」


フリムスカの元に到着した竜崎は詠唱、上位精霊の幾体かを呼び出す。それらを彼女と並べ、戦線を構築し直した。


「えぇ…! わかっておりますとも!」


主の到着に少し気を落ち着かせたのか、フリムスカもほっと息を吐き頷く。そして、獣人とぶつかり合うように攻撃へと転じた。




「くのっ…! うぜぇ…!!」


獣人は舌打ち交じりに悪態をつく。圧倒的な武器を手に、無双できると高を括っていた。実際、フリムスカ相手を戦々恐々とさせることまでは問題なく出来た。


しかし、竜崎が参戦し状況は早くも一変。彼が呼び出した上位精霊達は、獣人を攻撃するというより道を狭める…退路を消し、行動を制限するに注力しているのだ。


つまりメインの攻撃はフリムスカの氷。しかしそちらにばかり集中していると、竜崎の指示により上位精霊の狙いすました一撃が飛んでくる。攻めるに攻めきれない。




上手く力で押し切れず、歯噛みする獣人。だが、それは一方の竜崎も同じであった。


元は自分の持ち物、その脅威は嫌というほど知っている。だから、同じく攻め時が掴み切れない。下手に突撃すれば隙を晒し、一撃を貰ってしまえば最後。負けは必定だからである。


いや、それだけではない。上位精霊による攪乱だが、当然獣人もタダで受けているわけではない。ラケットを振り回し、手近な攻撃を弾いてくるのだ。


鏡に当たった光球は、その速度、威力が数倍となって返ってくる。それは上位精霊を真正面から穿ち抜き、瞬く間に消滅させていく。


並みの魔物では太刀打ちできない上位精霊が、赤子の手をひねるかのように消し飛ばされていく。その度に補充するかのように追加召喚をするが…。


「うっ…」


「リュウザキ…! 貴方、魔力が…」


「構わないで…! 獣人に集中してくれ…!」


ふらついた自分を気にするフリムスカに、そう返す竜崎。もう、魔力が残り少ないのである。



身代わり人形の作成、風での高速移動、魔導書漁り…。ここ最近、色々と消費が激しかった。


だというのに、それを押してさくらをここに連れてくるため、昼夜徹してシルブを飛ばし続けたのだ。当然お忍びかつ急な行動なため、魔力補給もできてはいない。



…そして、乱入者。彼らへ幾体も召喚した精霊達は、竜崎の残っていた魔力をごそっと持っていった。


特に今は顕著。ニアロンが身についていればまだ魔力消費を抑えられたのであろう。だが今、彼女には離れた場所にいるさくらを守って貰っている。


そのせいか、上位精霊召喚陣を編むのも自分一人の力。獣人の猛攻に対応するため速度重視の召喚となり、その分魔力が大きく削られていくのである。


もはや、余裕なぞない。早く決着をつけなければ、倒れるのは自分である。かくなる上は―。




「フリムスカ!」


「―!? リュウザキ…!」


何かを託し、竜崎は前に出る。精霊の弾幕に包まれながらも、その身は獣人と相対するように。


「へっ…! 死にに来たってか!」


それを千載一遇のチャンスと捉え、獣人はラケットを彼の頭へと勢いよく振り下ろす。当たれば頭蓋がかち割れるでは済まない、それを。


が、その時であった。


「上手くいけ…!」


獣人の一撃に合わせるように、竜崎はあらん限りの身体強化を腕に施す。そしてあの折れ曲がった杖を頭上へと構え…


「肉を切らせて…骨を立つ!」


カッ!


刹那の出来事であった。武器同士の激突音が響いたが、竜崎は吹っ飛ばされない。


それもそのはず。彼は打ち込まれてきたラケットの側面…に杖を当て、そのまま杖上を滑らせるように、受け流したのだ。


「なっ…!?」


思わぬ反撃に、唖然とする獣人。腕は伸び切り、大きな隙が出来る。そこを―。


「食らいなさいな!」

ザンッ!


フリムスカの氷剣が、叩き切った。

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