317話 脅し

「最初からこうしておけばよかったんだ…! クックック…ゲポッ…」


痛みに表情を歪めながらも、したり顔(顔が隠れているため恐らくではあるが)の謎の魔術士。竜崎は行っていた詠唱を止めるしかなかった。


「俺じゃなくて装置を狙ったか…」


少し後ろに下がりながら、そう竜崎は呟く。先程、魔術士の盾にもなっていた巨大スライムはまだ生きていていたのだ。恐らく瓦礫の山の中に姿を隠していたのだろう。流体だからなせる業である。


一応竜崎としても、スライムの生存は予測していたこと。もし闇雲に襲ってきても躱し、謎の魔術士を捕えさえすればどうとでもなると考えていた。


だがまさか装置を人質ならぬ物質にするとは。まだ魔術士には思考能力は残っているということであろう。これでは手を出すに出せなくなってしまった。





「何故あのガラクタを守ろうとしているかなぞ知らないが、ぶち壊されたくなければ魔導書を渡せ!」


さもなくば、スライムで圧し潰す。俺を昏倒させても、スライムは動くぞ。そう竜崎を脅す魔術士の様子は、少し離れたところにいたさくらにも見えていた。


「ど、どうしましょう二アロンさん…!」


ひそひそ声でニアロンに訴えるさくら。先程の胸のざわめきはこれであったのだろうか。確かに姿の見えぬスライムが気になってはいたし。


もし装置を壊されてしまえば、元の世界に帰ることはできなくなる。なんとかスライムを取り除かないと…!



―…寧ろ壊されてくれた方が私的には嬉しいがな…―


焦るさくらの背で、ニアロンは誰にも聞こえぬようにぽつりと漏らす。しかし、すぐさまさくらの頭を軽く叩いて正面を向かせた。


―良いからお前は精霊の指揮に集中しろ。ほら、今意識を途切れさせたせいで、ウルディーネもシルブも魔獣の群れの前で立ち往生しているだろう―


「えっ あっ!」


そう言われさくらが慌てて戦場を見やると、ウルディーネ達は主の方を見て指示待ち状態。とうに直前の討伐命令は果たし終えたらしく、追加で降りてくる魔獣達には目もくれていない。


その分竜崎が呼び出したポルクリッツとノウムが暴れているから事なきを得ていると言った様子である。もし彼らがいなければ魔獣達に囲まれていたであろう。と、ニアロンが一言。


―今は特に敵味方の判別は必要ない状況だし、『落ちてくる魔獣を片っ端から潰せ』とかでも命令は問題ないぞ―


「先に言ってくださいよ!」


―練習にならんだろ。いくら上位精霊とはいえ、命令が雑ばっかりだとすぐさま仕留められてしまうからな。 …まあ、もうこの世界から帰るなら練習もなにもないか―


彼女のその言葉に、さくらは思わずきゅっと口を閉じる。一瞬にして空気が沈鬱になったのを察し、ニアロンは宥めるように言葉を続けた。


―安心しろ。清人はあんな脅しには屈しないさ―








「ハア…ハア…さあ杖を捨て、精霊を消せ…!」


迫る謎の魔術士。竜崎は従い、杖を地面にザクっと突き刺す。と―。


「お前が欲しがっているのはこれか?」


竜崎が懐から取り出したのは、装置の起動に使ったあのボロボロな魔導書。それをよこせ!と手を伸ばす魔術士をするりと躱し、さらにもう一つ何かを取り出した。


それは、またも火の精霊石。赤く輝くその宝珠を、竜崎は魔導書の表紙にぐいっと押しつけた。


「装置にヒビ一つでも入れてみろ。即座にこの魔導書を燃やすぞ」





「なっ…!?」


唖然とし、言葉を失う魔術士。脅したつもりが、脅し返されたのだ。まさかの展開である。だが、驚いていたのはさくらもであった。


(竜崎さん、何で…!?)


それを失ったら、元の世界に帰る希望すら無くなる。それをわかっていない彼ではあるまい。駆け引きに使うには余りにも…


「…! あっ、そっか…」


ふと、さくらは気づく。謎の魔術士は、こちらの事情は何一つ理解していないのだ。さくらが竜崎と同じ異世界出身であり、装置で元の世界に戻れるか試そうとしていたことなんて知る由もない。


今着ている学生服も、知らぬ人から見たら『変わった服』程度の認識であろう。それならこの世界にもごまんとあるし、服だけで異世界出身だという憶測を飛ばすのは難しいこと。



それに、装置は既に起動済み。仕組み的に試行は一回しかできない…もとい一回で充分である。つまり次の起動は無いようなもの。言ってしまえば、魔導書は用済みなのかもしれない。どうで装置が壊れてしまえば魔導書も無意味であろうし。


そう考えると、案外良い取引?なのかもしれない。最も、あくまで目的は装置の奪還&魔導書を渡さないということ。その両方を達成しなければならないのだ。


それを成功させるには、相手の魔術士に決して事情を気取られてはいけないのだが…。






「お…お前にそれが燃やせるのか…!?」


苦痛からなのか、泡を食っているからかなのかは不明だが、完全にどもり冷や汗をかいている魔術士。一方の竜崎は、毅然と言い放った。


「賢者の爺さんにはちょっと悪いけど、これは俺が貰った物だ。どうするかは全て俺自身に委ねられている。燃やして灰にしようが、誰も咎める者はいないさ」


と、火の精霊石に僅かに光が灯る。次には、魔導書の表紙がジジジ…と焦げ始めた。


「ま、待て…!」


「ならスライムを装置から剥がすんだ」


完全に形勢は逆転。竜崎の鮮やかな脅迫手際に、さくらは舌を巻いた。

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