290話 予言者な祈祷師②
「ささ、入って入って!」
竜崎より僅かに年上そうな祈祷師に促され、さくら達は室内の応接間へ。中はそこまで華美ではないものの、質の高さが窺える内装をしていた。ここも王宮の一部ということなのだろう。
と、召使らしき人が祈祷師へと声をかけた。
「シビラ様、お茶用のお湯が沸きました」
「丁度ぴったりね。リュウザキはいつもので良い? さくらちゃんは…」
席を立ち、お茶を淹れに行こうとする祈祷師。さくらは『お構いなく』と一応の遠慮を示そうとしたが、それよりも先に祈祷師は手をポンと打った。
「あ、でもさっきエーリカ様とお茶をしていたのでしたっけ。戴いてたのは万水草のお茶で間違いなかったかしら」
「え!? は、はい…その通りです…!」
「なら別のお茶が良いかしらね。 ちょっと待ってて、幾つか持ってきてみるから」
パタパタと部屋を後にする祈祷師。さくらは唖然としていた。何で初めて会ったあの人が、さっきまでのお茶会のことを知っているの…!?
「お待たせ!」
召使に任せるだけでなく、自ら率先してお茶や菓子類やらを用意した祈祷師。彼女はさくら向かいのソファに腰かけると、コホンと一つ咳払い。
「改めまして。初めましてさくらちゃん。私はシビラ・ノールトルム。この国の祈祷師をやっている者です」
「雪谷さくらです。さくら、と呼んでください」
型通りの自己紹介を済ませると、シビラと名乗った祈祷師は丸い顔を柔らかく緩めた。
「ごめんなさいね急に呼んでしまって。貴方の出身を聞いてからずっと会いたかったのだけど、お仕事が忙しくて」
どうやらさくらが異世界出身だということは聞き及んでいるらしい。安堵の息を漏らすさくらに、シビラは少し顔を近づけた。
「ところで…この間は大丈夫だった?」
「え…? この間って…」
「数日前のディレクトリウス公爵様の領地でのことよ。怖かったでしょう」
「―!?」
何故、知っている…!? 公にはされていない、あの人さらいの一件を…! 驚愕するさくら。シビラはさらに畳みかけてきた。
「確かさくらちゃん、ゴスタリアの一件にも関わっていたのよね」
「へっ!? あ、あのサラマンドのことですか!?」
「? ええ。それ以外に何かあるの?」
ゴスタリア王国との秘密すらも知っているのか…!?これが『予言者』の力…!? もしや私達が来たのと同時にお茶のお湯が沸いたのも…!? 混乱気味のさくらは思わず竜崎に助けを乞おうとする。だが…。
「すう…すう…」
また寝てる…!? いくら疲れているとはいえ、こんな場所で居眠りをするなんてシビラさんはよほど気安い相手なのだろうか。いやいや、今はそんなことどうでもいいとさくらは頭を振る。
竜崎に頼れない以上、自分で対応するしかない。さくらは畏敬を以て祈祷師と顔を合わせる。が、祈祷師はそこで変わった発言をした。
「まだ小さいのに凄いわねぇ。リュウザキが一緒とはいえ、ゴスタリアの姫様の護衛を務めるなんて」
「…へ?」
「あら?そうでしょう? この間、ゴスタリアの姫様から王様にお礼状が届いたのよ。『竜の生くる地』へさくらちゃんに護衛してもらったって」
いやそれは間違いないのだが…。
「えっと…祈祷師さん…シビラさんは、私達がその護衛の時にどんなルートを通ったかご存知ですか?」
「え?決まった順路で訪問したのではないの?」
やはりおかしい。あの時、ゴスタリア姫の要望により裏道(?)を通ったのだ。知ってるようで知らない祈祷師の様子に首を傾げるさくら。そんな時だった。
―さくら。何か勘違いしているようだが、シビラは相手の過去を読む能力なんて持ってないぞ―
「え…。あっ、ニアロンさん」
―ふあぁう…―
大あくび一つ、ニアロンはテーブルの上のカップに手を伸ばす。そして、それをぴとっと竜崎の額にくっつけた。
―起きろ清人―
「熱っ!」
「あー。さくらさんがエーリカ達とお茶会をしているのは、エーリカの召使から聞いてね。シビラさんにそれは伝えたんだ」
―それにシビラは王宮勤めだからな。色々知ってるのも当然だ―
竜崎とニアロンにそう説明され、さくらは口をあんぐり。でも、ならば納得がいく。そりゃここに来ることは予め竜崎や兵士が伝えていただろうし、公爵領での一件は犯人が王都へと運ばれたのだから耳にしているだろう。
加えて彼女のいうゴスタリアの一件というのはは公にされて構わない内容だった。そもそも、過去を言い当てるのは別に予言でも何でもない。
だけどもう一つ気がかりなことがあるさくらは、その旨を竜崎に聞いてみた。
「なんでエレベーターがついてるんですか?」
「え?いや楽してもらうためだよ。シビラさんは魔術使えないし、ここには王様や各貴族、時には他国要人も来るから。別に王宮にも王様専用なのあるよ」
とのことである。完全に邪推。いやよくよく考えれば当たり前のことである。さくらは内心恥ずかしくなった。歴史的建造物にはそういった物をつけないという、元の世界の習わしに騙されていた。
いや、もっと言えば『予言者』という恐るべき存在に勝手に恐怖を抱いていただけなのだろう。相手は見ため完全に人の好さそうなおばちゃんだというのに。
「そうそう、あのエレベーター有難いのよ。若い時はあれぐらい階段で登れたのに、最近は何回も休まなきゃいけなくて…。日頃ここに詰めていて運動不足なのもあるのでしょうねぇ」
一方の祈祷師シビラはそう言い、自らのお腹のお肉をむにっとつまんだ。
「それで、シビラさん。さくらさんを呼んだ理由はなんですか?」
―ただ会って見たい、というのではなさそうな文面だったが―
暫く歓談した後、竜崎達はそう話を話を振る。祈祷師シビラはポンと手を合わせた。
「実はディレクトリウス公爵様から頼まれたのよ。『さくらちゃんの未来に危険が無いよう予言と祈祷をしてほしい』って。ということで…」
立ち上がるシビラ。彼女はさくらをちょいちょいと手招きした。
「さくらちゃん、ちょっと上に来てもらえる?」
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