284話 没落貴族令嬢の救世主⑤
「有難うアスグラド。出来た万水草の一部はお届けするよ」
「鶴首。ダガ少量デ良シ。茶葉ニシテ、ニルザルルノ東屋ヘ」
―お前もあそこを溜まり場にしてるのか…―
畑を耕し終え、そう談笑しながら戻ってきた竜崎達。アスグラドはまたも目を仄かに光らせ、地面へと着地。そのまま土の中へズモモモと消えていった。帰ったらしい。
と、アレハルオ家の敷地外が騒がしい。見ると、街の人々がざわざわと野次馬を作っていた。土の魔神が突如として現れ、謎の異音を響かせながら何かしていたのだ。見に来るのも当然である。
―良い感じに人が集まったな―
「だね。 では皆さん、苗を植えましょう」
竜崎の号令の元、メスト達は外の様子を窺いつつも用意していた万水草の苗を手に取った。
「おぉ…本当に素晴らしい万水草です。苗の時からこれだけ質が高いのは中々お目に掛かれない」
「流石は貴族が手間をかけて作ったものですね…。収穫が待ち遠しい」
苗を見て恍惚とする農家達。そんな彼らの農業アドバイスを聞きながら、メスト達は作付けを行っていく。だが何分土地は広く、素人の集まりのため作業はゆっくり進行していく。
「これぐらいですか?」
「そうそう、良い深さですリュウザキ様」
竜崎もまた、白いローブを脱ぎ捨て、土汚れにまみれるように苗を植えていく。ニアロンに苗箱を持ってもらっているからか、ほんのちょっと作業が早い。
と、そんな折―。
「リュウザキ様、なにをしているんですか?」
ひょっこりと畑に入ってきたのは街の子供達が何人か。どうやら親に遣わされた様子。彼らの親はあのアレハルオ家達と英雄リュウザキが肩を並べて農作業に勤しんでいるのが不可解で仕方なかったらしい。
そんな子達に、竜崎は目の高さを合わせた。
「今、皆で万水草の畑を作っているんだ。でも、私も素人だからよくわからなくてね…良かったらちょっと植えるのを手伝ってくれないかな?」
特に拒む必要がないと、その子供達は了承する。メストが差し出した幾本かの苗を貰うと、よいしょよいしょと植えていった。
それを確認した竜崎は目で合図を送る。その相手はメストの父親と農家だった。
「終わったよリュウザキ様!」
「有難う! あ。アレハルオさんがお礼をしたいって」
竜崎に代わり、メストの父親が子供達の前に来る。普段から『アレハルオ家は悪い人』といった内容を聞かされている子供達は俄かにビビるが、メストの父親は地面に膝をつき、頭を下げた。
「私達を手伝ってくれて有難う。ほんの少しだけど、この苗を貰っていってくれないか?」
「アレハルオさん!? その苗は貴重品ですよ! そんなことをせず、独占したほうが!」
メストの父親の提案に、農家の人はわざとらしく騒ぐ。だがメストの父親は首を横に振った。
「いいや、これは街の人達に渡すべきなんだ。皆、お父さんやお母さん、街の人達にしっかり伝えて欲しい。私達はこれからこの万水草を育てて、いち農家として街の発展に助力する。今はまだ、この数本の苗程度しか渡せないが…今後、色々な方法で皆に償っていくつもりだ。もう暫く待っていて欲しい」
再度深く頭を下げるメストの父親。近くにいたメストや元召使達もそれに倣った。
子供達はくすぐったくなったのか、敷地の外、親の元へ。それを追いかけるように、竜崎とアレハルオ一家は苗箱を持って野次馬の元へと赴き、苗を配り始めた。
既に子供達から事のあらましを聞いていた街の人達は恐る恐るながらも貰っていく。その度にアレハルオ一家は頭を下げ、竜崎とニアロンもアレハルオ家達を見守るように諭していった。
そう、これは一つの作戦。アスグラドで人を集め、アレハルオ家達に贖罪の意志があることを皆に示したのだ。
加えて苗を差し出したのは、貴重品ではあるが、金品ではなく植物しか渡せないほど困窮しているということを伝えるため。それでもその一部を贖罪として差し出しつつ、前に進みだしたことを元領民達に知らしめたのである。
「畑の周囲に警備用の精霊を配置しました。龍脈から直接魔力を引いているので、何もしなくとも数か月は畑を守ってくれます。獣からも、悪人からも。…街の人からも」
作付けは丸一日かかり、日も暮れた頃。アレハルオの屋敷に竜崎が戻ってくる。元召使の人達を家へと送り届け、街の人達と色々と話し、更には警備精霊まで用意し終えていた。
「リュウザキ様…なんとお礼を言えばよいか…」
「いいえ、礼には及びませんよ。それよりもアレハルオさん、ここからが正念場です。万水草の栽培、イメージの払拭、街の人への今後の対応。その全てを同時にこなさなければなりません」
覚悟を問う竜崎の口調に、メスト達はごくりと息を呑む。彼は更に言葉を続けた。
「一つ約束をしてください。この先あなた方がどれだけ稼ぐようになっても、傲慢になってはいけません。それは領民を苦しめたマリウスの焼き直しとなるだけですから」
と、竜崎はそこで顔をにこっと崩した。
「まあ、皆さんなら何も問題ないでしょうけど。レドルブを始めとした各地の修復も目途が立ってますし、私もちょこちょこ顔を出してお手伝いします。一緒に頑張りましょう」
―マリウスの
2人の鼓舞に、強く頷くメスト達。その目は以前までの曇った未来無き目とは違い、光が宿っていた。
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