283話 没落貴族令嬢の救世主④
「何ももてなしができませんで…」
アレハルオ家の屋敷。メストの両親は震えていた。今彼らの目の前に座っているのは彼の英雄、竜崎。どこかに行っていた娘メストを連れ突然に来訪してきたのだ。
何故そんな大物がここに。メストの両親は気が気ではなかった。彼は確かに救世の英雄。だがそれは、魔王を倒したからである。
アレハルオ家はその魔王側についていた貴族。つまり、竜崎達にとって敵も同然。もしかして今になって罪を問われるのか…!? 彼らはそう考えてしまっていた。
「リュウザキ様…! 私達はどのようなお咎めも受けます。ですから、どうか娘だけは…!」
地に頭を擦りつけるほどに頭を下げるメストの両親。しかし、ニアロンは出された紅茶を飲みながら首を捻った。
―? 何を言ってるんだ? 私達は
―しかし、この辺りは平和に収まったと聞いていたが…。何故ここの元領主がこんな困窮した生活を送っているんだ?―
飲み終えたカップをじっと見ながら、ニアロンはそう問う。一部が欠けたそれは、とても客に使うものではない。だがそんなものしかアレハルオ家には残っていなかったのだ。メストの両親は訥々と説明しはじめた。
「何分、働いて稼ごうにも誰も受け入れてくれません…。裏山の一つに入る許しは得ているので、そこで同じような境遇の者達と獣を狩ったり、僅かな作物を育てて生活の足しとしています」
―魔王からの支援は来ているはずだろう?―
「それは…」
言葉を詰まらすメストの両親。と、カチャリとカップを置いた竜崎が口を開いた。
「宜しければ、あなた方に一体何があったのか色々と聞かせていただけませんか? もしかしたらお力になれるかもしれません」
「そういうことでしたか」
―マリウスの奴め…言っちゃ悪いが死んで良…むぐっ―
竜崎に口を塞がれるニアロン。しかしメストの両親はゆっくりと首を振った。
「いえ、ニアロン様の仰る通りでしょう。生きていれば領民達を更に苦しめていたのは明白ですから…」
沈み込むメストの両親。竜崎の横に座るメストも目を伏せた。竜崎に睨まれ、ニアロンは慌てて話を変えた。
―そういえば、このお茶やけに美味いな。高級品と見紛うほどだが…何を使ってるんだ?―
「ありがとうございます。これは『万水草』を使っておりまして…。裏山で育てさせてもらっているものなんです。元は父が…マリウスが自身のために命じて作らさせていた畑なのですが」
「この辺りの特産品でしたね。甘みのある水分を含んでいて、お茶にでもお菓子にでも使える…」
竜崎はそこでピタリと言葉を止める。そしてニアロンと顔を合わせひそひそと話始めた。
―なあ清人、これ使えるんじゃないか? 多分だが、いや間違いなく
「だね。元貴族だからか屋敷前だけでも結構な敷地があるし…。裏山も使わせて貰えるならば…」
相談し終えたのか、竜崎は再度メストの両親へと顔を向ける。そして問いかけた。
「一つ確認なんですが、もし仕事があれば働く気力がありますか?」
コクコクと頷く彼ら。竜崎は微笑みとある提案をした。
「なら、万水草で農業をしてみませんか?」
日は少し経ち、アレハルオ家屋敷の外。朽ちた薔薇園の前に沢山の人が集っていた。それはアレハルオ家の支持者や元召使達である。
「アレハルオ様。本当にリュウザキ様がお力を貸してくださるのですか…?」
「あぁ。私も未だ半信半疑なんだが…」
そんな彼らに、メストの両親は頷く。 街の日陰者となっていた彼らを集めるように指示したのは竜崎だったのだ。
「父様! あれでは!?」
と、空を見ていたメストが声をあげる。彼女が指さした先には…。
「おぉ…! あれはシルブ…! しかも何体も…!?」
上半身鳥下半身竜巻の風の上位精霊シルブ。それが編隊を組み飛んできていた。
屋敷前に次々と着陸するシルブ達。その内の一体に乗っていた竜崎はスタンと降り立つ。他にも、農家らしき人達が幾人か降りてきた。
「はーい皆有難う。荷物出してくれる?」
「「「「ケェエン!」」」」
竜崎の命に一声鳴いたシルブ達は、渦巻く竜巻から何かをポンポンと排出する。それは大量の農具や肥料。中には…。
「リュウザキ様これって…!」
「『機動鎧』です。重いものを運ぶ際にお使いください」
駆け寄ってきたメスト達にそう答え、書類を手渡す竜崎。それは農具等の貸付証明書。しかし書かれている値段は余りにも安く、期限も利息も無設定。実質タダのようなものである。
「ソフィア…『勇者一行の発明家』の夫が若いながら商業組合の幹部をしていましてね。彼に色々と用意してもらいました」
―まあ一応、栽培した万水草を優先的に取引するという条件付きだがな。この質ならば何年でも待つとよ―
竜崎達の言葉に呆けるメスト達。既に買い取り先まで準備してくれたとは…。と、竜崎は更に手紙を取り出した。
「これを。魔王に頼みまして、支援金を幾ばくか追加で回してもらえるようにしました。あと、信頼できる兵をここへと寄こしてくれるそうです」
メスト達が恐る恐る手紙を開いてみると、そこには魔王の署名が。アレハルオ家の惨状に今まで気づかなかったことへの謝罪が書かれていた。メスト達はただただ深く頭を下げるばかりであった。
―さて、ひと仕事といくか―
コキリと首を鳴らすニアロン。竜崎もまたずいと薔薇園の前に進み出た。
「アレハルオさん。再度お聞きしますが、構いませんね?」
「はい。お願いします」
メスト達が頷いたのを見て、竜崎達は詠唱を始める。彼らがしようとしていること。それは薔薇園の取り潰しである。
畑を作るのに、広がる薔薇園や転がる瓦礫は邪魔でしかない。竜崎はそれを一掃することを申し出て、メスト達も二つ返事でお願いした。
しかしどうやって…? 人の手で片付けるならば何か月かかるかわからない。それを竜崎はたった一人で行おうとしているのだ。ゴクリと息を呑むメスト達を余所に、竜崎達は詠唱を強めていく。
「――。――。――。」
彼らの紡ぐ魔術式は、地面に大きく複雑な魔法陣を描いていく。それは幾重もの光輪と小さな魔法陣を周囲に展開。黄土色に輝き始めた。
―よし、締めろ清人―
「力を貸してくれ、『アスグラド』!」
竜崎が宣言し、杖を地面に刺す。すると―。
ゴゴォッ!
魔法陣から突如巨大な土の柱が発生。それはボゴボゴと音を立て更に膨らみ、人型へと形成されていく。と、次の瞬間…。
バッサァ…!
土が全て砂となり、地へと雪崩れ落ちる。何も無くなった? 否。そこには馬鹿でかいとある存在が姿を現していた。
その身体はところどころ苔むした土や煉瓦製、手は幾つもの岩石が連なった形で構成されている。座禅を組んだかのような足は渦巻く流砂で出来ており、巨大な平石に乗った姿であった。
そして顔。その目は人間のようなものではない。いや、目と言って良いのだろうか。顔全体に広がった平たく、横に楕円形な目らしきもの。それに、横線が引いてある。丁度それは、竜崎の世界にある遮光器土偶と似ていた。
さらに顎らしきところには、口があるのかないのか判別が出来ないほどに髭が生えている。よく見るとそれは鍾乳石と植物の根が組み合わさったものだった。
極めつけは、頭に乗っている王冠のようなものと、身体の至る所に走る紋様。そこには金銀宝石がふんだんに使われており、眩いほどに輝いていた。そう、彼は…。
「土の高位精霊…魔神『アスグラド』様…!?」
メスト達を始め、その場にいた人々はアスグラドを見上げたまま言葉を失う。中には膝をつき祈る者すら。そんな彼らを余所に、アスグラドはズズズと重い岩同士をこすり合わせたかのような音を出しながら竜崎の方を見た。
「顕現。リュウザキ、此度ハ何用カ」
しわがれた老爺のような、それでいて陶器の中で反響するかのような声でアスグラドは問う。
「実はここの薔薇園…原型留めてないけど、を解体して畑を作りたいんだ。この万水草を栽培したくて」
竜崎が説明すると、アスグラドは目を(正確には目らしき横線を)ぼうっと光らせる。すると竜崎の足元にあった小石が幾つか持ち上がり、彼が手にしていた万水草を挟みアスグラドの目の前まで運んだ。
「把握。ソシテ許諾。畑ノ範囲ハ如何程カ」
「四隅に杭を立てて貰っている。その中を全て耕してくれ。あと、向こうの山にも同じように印を着けてあるからそこも頼んでいいかい?」
「容易」
そう答えたアスグラドは、自らが乗った巨大平石を移動させ、畑となる予定の薔薇園のど真ん中に。おもむろに片腕を地面に突っ込んだ。
「絶妙。万水草ヲ育テルニ適切ナ土壌。開墾開始」
アスグラドは太い岩石の腕をドリルのように回転させ始める。すると、ゴゴゴと音を立て薔薇園に巨大な渦が発生。伸び放題だった薔薇の蔓、壊された薔薇園の骨組み、転がった瓦礫は全てアスグラドの腕に向け巻き込まれていく。
「分解。肥料ニナラヌ物、端ヘ」
と、杭の外、メスト達の横の地面からモコリとインゴットが生えてくる。畑に相応しくない金属がアスグラドによって形成し直されたものである。
唖然とするメスト達。そんな間にアスグラドは腕を引っこ抜く。元薔薇園は消滅し、反対側が綺麗に見通せように。畝や人の通り道まで作り上げられていた。
「完了。次ニ移ル。リュウザキ、場所ノ詳細ヲ」
「あぁ。あっちだ」
シルブに乗り、アスグラドを案内していく竜崎。メスト達は恐る恐る改良された地面に触れて見る。そこは少女にでもわかるほど、ふわふわに耕されていた。
「…まさか、私達如きにアスグラド様を呼び出してもらえるとは…」
メストの両親はボソリと呟く。それに応えるように裏山の方から先程と同じような土をかき混ぜる音が響いてきた。
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