282話 没落貴族令嬢の救世主③

誰…!? 幼いメストは目を見開き驚愕する。自分を救ってくれた男性は、間違いなく街に住む人ではない。今周りを取り囲んでいる領民達にこんな人はいなかった。


そう…。誰からも恨まれている自分を、自らが傷を負うのを厭わずに庇ってくれる人なんて。


「ぁ…」


声を漏らすメスト。それに反応しチラリと彼女のほうを見た男性の瞳は、優しく慈愛に満ちていた。領民達の邪悪な目とは違う、清き光を帯びている。


もっとその目を見ていたかったメストだが、残念ながら男性は顔を領民の方へと戻した。だがその代わり、彼の手は頭を優しく撫でてくれた。


親と同じように大きく温かい手を甘受するメスト。と、その顔を突然霊体がひょっこり覗いてきた。


―傷を治してやろう―


「ひっ…!?」


―そう驚くな。ほら、見せて見ろ―


霊体が傷口に触れると、僅かな光と共にシュウウと癒えていく。呆けていたメストは慌ててお礼を言った。


「あ…有難うございます…。 あの…どなたでしょうか…?」


―私はニアロン。そしてこっちは清人。あぁいや、『リュウザキ』といえばわかりやすいか―





一方、ざわつく領民達。そんな彼らに向け、竜崎はメストを庇ったまま口を開いた。


「何故こんな幼い子を、立派な大人達がよってたかって虐めているのですか?」


静かな、それでいて場に響き渡るかのような声。義憤を孕んでいることが明確に伝わるその言葉に、領民達は一時黙りこくる。


しかしいつまでもそうしてはいられない。領民の1人が、なんとか言い返した。


「よ、余所者には関係ないだろう! そいつは憎き貴族の孫だ! アレハルオの孫娘だ! 戦争の時、何人の領民達がそいつの祖父に連れていかれたと思う!」


「そういうことか…全く…」

―酷いもんだな―


竜崎達は溜息を吐く。そして、そうだそうだと湧き立ち始める領民達へ向け、もう一度問うた。


「戦争は10年前に終わっています。この子はどう見ても戦後の生まれ。この子があなた方の愛する者達を連れ去ったわけではありません。 何故、祖父の罪を何も関係がない孫に押し付けるのですか?」


「それは血が…」


「では、あなた方は顔も知らぬ自らの先祖の大罪を、自分の身で償えるのですか?」


「う…いや、それは…」

「く…余所者は黙ってろ…! 関係ない癖に…!」


狼狽し、撥ねつけようとする領民達。しかし竜崎は首を横に振った。


「いいえ。そういうことならば私も関係があるでしょう。私はかつての戦争で人界側の最前線に立っていた身。あなた方の愛する者達の命を奪ったのは私やもしれません」



再度どよめく領民達。竜崎は大きく息を吸うと、ピシリと言い放った。


「罪なきこの子に石を投げることは止めてください。その代わり、私が食らいましょう。さあ!」


「あ…う…そ…そんなに言うなら…!」


後に引けなくなった領民の1人が、思考を捨て去るかの如く石を勢いよく投げつける。しかし竜崎は微動だにせず、それを受け入れた。


ガッという鈍い音が響き、彼の額からはもう一筋の赤い血が流れる。それが眼球を洗っても、竜崎は毅然とした目を浮かべていた。


「う…」


気圧される領民達。と、その内の1人が声をあげた。


「ハッ…!? その御姿、その霊体…。も…もしや…『勇者一行』のリュウザキ様…!?」


ようやく正体に気づいた彼らは後ずさる。それを見たニアロンはやれやれと肩を竦めた。


―そうだ。やっと気づいたか―


「おいニアロン…」


―罪を問えない存在なのはお前も同じだ清人。お前が魔王の兵を仕留めなければ、別の誰かがそいつに殺されていただけのこと。それに、私達が魔王を倒さなければ、その『憎き貴族』にこの場の全員が虐げられたままだったかもな―


「「「……」」」


ニアロンの言葉に、領民達の顔は白くなる。とんでもないことをしてしまった。世界を救った英雄が1人を傷つけてしまったのだ。彼らは一人、また一人と罪から逃れるように逃げ帰る。そして、誰もいなくなった。






―ったく…意気地なし共が。清人も清人だ。あんな石ころわざわざ食らって…―


「それ以上言うなニアロン。彼らも怒りの行き場を無くしただけだ。…だからといって許される行動ではないけど」


領民達を追いかけることなく、額の血を拭った竜崎。そして未だ縮こまっていたメストを優しく撫でた。


「よく耐えたね。頑張った。 私は竜崎清人、君の名前は?」


「メスト…メスト・アレハルオです…」


「そうか、初めましてメスト。おうちはどこ? 連れて行ってあげるよ」


竜崎によいしょと抱え上げられるメスト。親以外の暖かな温もりを感じ、彼女は思わず竜崎の服をぎゅっと掴んだ。離れるのを恐れるかのように。


「…。もう大丈夫だよメスト。よしよし」


察した竜崎はメストをぎゅっと抱きしめ、背中をポンポンと叩いてやる。すると、クスンクスンと泣き声が聞こえ始めた。



石を投げつけられることが怖くないわけなかった。でも、感情を押し殺すしかなかった。ただ耐えるしかなかった。そんな逃げ場のないはずの窮地から救い出され、メストの我慢していたものが一斉に噴き出したのだ。


次々と溢れてくる涙は止まらず、白いローブは濡れてゆく。竜崎はそれを拒むことなく、ただ抱きしめる力を強めながらアレハルオの屋敷へと歩いていった。

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