273話 さくら達捜索隊
タマが竜崎の元に到着する少し前。事故が起きた道から少し外れた森の中。鬱蒼としたその中を勢いよく駆けていく者達がいた。
「フンフン…! まだ奥か!」
先頭を駆けるのは、獣人であるシベル。鼻を鳴らしさくら達の匂いを嗅ぎ取りながら、蔦や葉が顔を打つのを厭わず、邪魔な枝を叩き折りながら突き進んでいく。
厚い毛を持つ彼といえど、身体の各所が掠り傷切り傷まみれになる。だがシベルはそれを治しながら獲物を追う猟犬の如く地を蹴っていた。
「――。――。」
そのすぐ後を追うのは、シスターのマーサ。彼女は詠唱をしながら、シベルの後をなぞるように追っていた。
聖魔術なのだろう、マーサが地を踏むたびに仄かな灯りが地面に広がっていく。それはシベルが作った道を象り、光の道を作り出した。
「お急ぎなさい! 先生方に離されるばかりですわ!」
それから少し遅れ、マーサが残した光を辿るはエーリカ、ハルム、数名の兵士達。彼らはエーリカ主導の元、必死になって走っていた。
シベル達には危険だから帰れと言われたエーリカだが、承諾できるわけがない。いや、もし普段の彼女ならば断腸の思いで従ったのだろう。
しかしメストとさくらが攫われたとなれば話は別。冷静ではいられない。教師2人が森に飛び込んでいった直後に援護の兵を見繕い、こうして後を追ってきたのだ。
兄ハルムも自らの領地で起きた惨事を見過ごすことはできず、そして妹に任せっぱなしにするわけにもいかずと勇気を振り絞り参加。結局、公爵の令嬢と子息は教師の言うことを聞かなかったということになる。
…最も、マーサがわざわざ道しるべを作り出していることからわかる通り、教師2人はそのことを把握しているが。
「つっー!」
足にズキリと痛みを感じたエーリカは思わずその場にうずくまる。慣れぬ森の中の移動で足を痛めてしまったらしい。
そもそもこのような事態がイレギュラー。本日の予定は魔術教室のお手伝いだったのだ。そのため、彼女が来ていたのは公爵令嬢に相応しいドレスとハイヒール。
そんなもので森を歩けばどうなるかは想像に難くない。事実、高級なドレスは土汚れにまみれ、足も腫れあがっていた。
「お嬢様…!これ以上は…!」
兵の1人が心配する。が、エーリカは気丈に立ち上がった。
「これぐらいの痛み、どうってことありませんわ! こうしている間にもメスト様とさくらさんは…!」
そのまま歩き出そうとする彼女。しかし、一歩踏み出した瞬間激痛が足から跳ね上がってくる。もはや歩くのすら困難。痛みと、追いかけられない不甲斐なさ、その二つの苦痛に顔を歪める彼女に声をかけたのは―。
「エーリカ、背中に乗れ。おぶってやろう」
「! 兄様…!?」
「兵には私達の護衛に注力してもらいたい。なら私がお前を背負うのが順当だ。ほら、子供の時にもやっていたんだ。遠慮するな」
急がないと先生方から離れていく一方だぞ? そう言われ、エーリカは恐る恐るハルムの背に乗る。その時、彼女は気づいた。ハルムもまた服を汚し、自身ほどではないにしろ足を痛めていることに。
「兄様…!」
エーリカはぎゅっと兄に抱き着く。しかし丁度立ち上がったハルムは、彼女が送った親愛の情に全く気が付かなかった。
「うげっ…! エーリカ…お前見た目より重いぞ」
「…兄様…」
「はぁ…はぁ…はぁ…!」
妹を背負い、森を駆けるハルム。息が上がりながらもかれは一心不乱にマーサによる光の道を進んでいた。が―。
「は…!?」
突如、道は途切れる。教師2人の姿もない。はぐれたか…!?ハルム達は辺りをキョロキョロ見回す。と、その時だった。
「グルルルル…!」
聞こえてくるは魔物達の唸り声。急ぎ剣を構え、ハルムを守護する兵士達。だが…。
「ガルルゥア!」
魔物達は予想以上に猛っていた。加えて日が暮れかけの見通しが悪い森の中、兵士は武器を上手く振れず苦戦を強いられる。
と、兵士の間をすり抜けた魔物が二匹。獰猛な牙を持つ魔物はそれぞれ別方向からハルム達の元へと―!
瞬間、何者かがハルム達と魔物の間にそれぞれ割り込んだ。シベルとマーサである。
ガブゥッ!
「チッ…!」
魔物に腕を噛まれるシベル。しかし舌打ち一つ、彼は魔物の顎を掴み無理やり引き剥がした。
「ふんっ!」
そのまま、暴れる魔物を近くの魔物の群れに力いっぱい投げつける。魔物達はボウリングのピンのように跳ね飛ばされた。
「聖なる魔神よ― 私に盾を!」
キュイッ ギィン!
一方のマーサはロザリオから光の盾を展開。魔物の攻撃を弾く。しかしそれだけに留まらない。
「はぁっ!」
彼女はそのままシールドバッシュ。すると盾からは波動が発生、近くにいる魔物達をボンッと吹き飛ばした。
突然の乱入者に驚き遁走する魔物達。それを確認し、シベルとマーサはくるりとハルム達に向き直り一言。
「「だから帰れと言っただろう(でしょう)!!」」
シベル達に叱りつけられながら治療を施してもらうハルム達。そんな中、エーリカはおずおずと問うた。
「先生方、今までどこに…?」
すると、シベル達は答えにくそうに口ごもる。しかし黙っているわけにはいかず、白状した。
「ここから、さくら達の匂いが消えている。いや、掻き消されているというのが正しいか。犯人が魔術で消したようだ」
「ですので、少しこの付近を捜索して手がかりを探していたんですよ。 でも…」
その先は語らずとも察せられる。手がかり無し。さくら達の捜索は行き詰ってしまったということになる。
「クソッ…せめて犯人達がどこに行ったか見当がつけば…!」
歯噛みするシベル。皆が頭を悩ませる中、妹を一旦降ろしたハルムが手を挙げた。
「確かこの森の奥には狩猟小屋があるはずです。老朽化で大分前に放棄、取り壊し予定のものが」
「「本当 (です)か!?」」
ぐいっとハルムに顔を寄せるシベル達。エーリカや兵士も「そんなものが?」と驚いている。そんな中、公爵子息はしっかりと頷いた。
「私は公爵を継ぐ者。領下の地図、及び施設はだいたい頭に入っています。歩いてきた距離と位置から推測するに、向こうの方角に」
「シベル!」
エーリカの合図と同時に、シベルはハルムが指さした先に飛んでいく。少しして戻ってきた彼の強面は綻んでいた。
「お見事だハルム。さくら達の匂いを感じ取れた。行くぞ!」
目的地は定まった。彼ら、さくらとメスト捜索部隊は放棄された狩猟小屋へと進路をとった。
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