272話 公爵邸の竜崎

所変わり、公爵邸。その応接間が一つ。公爵に招かれた貴族達はバルコニーから場所を移し歓談を続けていた。


「はっはっは。しかしリュウザキ様も公爵殿も人が悪い。私達の戯れにお気づきでしたのならお声かけをしてくださればよかったのに」


「愛弟子お二人の実力、堪能させていただきましたよ」


笑いあう貴族達。そんな彼らの向かいに座っているのは竜崎とディレクトリウス公爵。彼らはそれぞれ別の表情を浮かべていた。




明らかに愛想笑いを浮かべる竜崎、そして頭を抱える公爵。それもそのはず、貴族達はさくら達に召使をけしかけたことを反省する様子がないのだ。それどころか―。


「失礼、そろそろ戻らなければ…」


「まあまあリュウザキ様。助手の方も優秀なのでしょう?任せておけば良いのです。それが信頼というもの。そして、助手の方に場数を踏ませることにもなりますからな。時には心を鬼にして、ですぞ」


このように、魔術教室の仕事に戻ろうとしている竜崎をあの手この手で引き留めていたのだ。




対面している貴族の面子、公爵の面子、助手の面子…。色々なものに縛られ、竜崎は動くに動けない。


幸い気を利かせた公爵が召使に指示を出し、ナディ達の様子を窺ってきてくれた。どうやら問題なくやっているらしい。それを聞いた竜崎は少し安心した様子で腰を据えた。


「ところでリュウザキ様。うちの娘がこの間婿をとれる歳になりましてな。是非いかがですか? もう良い歳でしょう」


「いえ。有難いご提案でございますが、辞退させていただきます。あの子ならばもっと良い相手がいるでしょう」


貴族の1人が出してきた玉の輿間違いなしの縁談話を即座に断る竜崎。残念そうな顔半分、予測通りだという顔半分でその貴族は引き下がった。



「そうですか…娘はリュウザキ様に惚れているようなのですがねぇ…。相変わらず縁談話に関してはけんもほろろにお断りされますな」


「仕方ありませんよ。リュウザキ様には勇者様という心に決めた方がいらっしゃるのですから」


「それに、リュウザキ様にはニアロン様という姑がついておりますからな!大変ですぞ!」


他貴族がからかい気味に相槌を入れる。その場は一気に花開き、どっと貴族達の笑い声が部屋に響く。


「はぁ…」


その様子に公爵は溜息をつく。幾度か諫めに入ろうとしていた彼だが、その度に竜崎から止められていたのだ。いくら公爵といえど、事あるごとに怒りを露わにしていては貴族同士の仲も悪くなり、品位も落ちる。それを懸念した故の竜崎の行動である。


だがそれは、竜崎自身が矢面に立ち犠牲となるということ。公爵が心配そうに彼の方を見やると、暴れ出しそうなニアロンをどうどうと抑えながら、否定も肯定もせずただ愛想笑いを継続しているだけだった。





「そうだ、話が戻ってしまいますが…。あの子達…さくら嬢とメスト嬢と仰っしゃりましたかな?」


と、貴族の一人が話題を巻き戻す。さくら達の魔術披露に痛く感激したのか、夢うつつのように語りだした。


「あの技、素晴らしい…!何故代表戦を見に行かなかったのか悔しくなるほどです」


うんうんと同意する他貴族。それで調子づいたのか、彼はずいっと身体を乗り出した。


「つきましてはリュウザキ様。私達専属の魔術士として雇いたいのです。勿論、待遇は最高級を約束しますぞ」


「「それは良い!」」


またもやんややんやと盛り上がる貴族達。竜崎はそれでもただ愛想笑いで返すばかりだが、貴族達は全く気にしていない。


それが災いしたのだろう。まるで竜崎がいないものと感じてしまったのか、貴族の1人が衝撃的な言葉を漏らした。


「それに顔も身体も良い。あれならばどこぞの王の妾として差し出しても…」


「おい…!」


公爵の威圧的な声が飛ぶ。発言した貴族も流石に不味いと気づいたのだろう、慌てて口を噤んだ。


場の空気は一瞬にして張り詰める。その場にいた貴族召使い全員の目が竜崎の元へと集中した。



「はぁ…」


声を出さない溜息一つ、竜崎は座り直す。ニアロンはにやにやと笑い、そんな彼の肩に腰かけた。まるで自分が処する必要はないと言わんばかりに。


「これは、あの子達だけに限る話ではありませんが」


ゆっくりと、厳かに口を開く竜崎。その重々しさに、公爵を含めた全員がごくりと息を呑んだ。


「私の教え子達が進む道は、本人達に決めさせます。貴方がた貴族やどこかの王が彼女達に正しくアプローチをし、彼女達が自らの意志でその道を選んだのならば私は引き止めません」


彼はそこで一呼吸置く。そして、目の前の貴族達を正面からしっかりと見据えた。


「ですが…彼女達を陥れたり、卑怯な手段を用いたり、権力や暴力ずくの方法をとった場合。私は誰が相手であろうと、



瞬間、貴族達は背筋を震わせる。ゾッとするほどの気…殺気と言い換えてもいいほどのそれを竜崎から感じ取ったのだ。否、彼らだけではない。召使や護衛の兵すらも思わず姿勢を正してしまうほどであった。


…もし竜崎がちょっと強い平民程度であったならば、それこそ異世界から転移してきた『だけ』の人だったならば、その発言は不敬と断じられていたかもしれない。


だが、彼は世界を救いし勇者一行が1人にして、『魔神』とも呼ばれし各高位精霊と契約を結んでいる間柄なのだ。


更に魔王を始めとした各国要人とも太いパイプを持っており、それこそ今この場にいる貴族達の主、アリシャバージル王に気に入られている存在でもある。


そんな彼が「容赦をしない」と言ったのだ。それはつまり、物理的にも社会的にも消滅させてやると言ったも同然である。貴族達が震えあがったのも仕方ない事。



「勿論、皆様はそんなことをしない方達だと信じておりますが」


直後、竜崎はパッと微笑む。まるで先程の気を発したのが別人であるかのように朗らかに。


「は、はは…勿論ですよ!なぁ?」

「えぇ!王に誓って! ほら、早く…!」

「はっ…! た、大変失礼なことを…。お許しください…」


取り乱す貴族達。先程までの余裕はどこへやら。その様子を見ていたニアロンとディレクトリウス公爵は、ククク…と笑いを堪えていた。











と、応接間の扉が僅かに開く。入ってきたのは公爵の召使が1人だった。


「公爵様!ご報告です! 先程、〇×の森林道で乗り合い馬車数台が絡む事故が起きた模様です!」


「なに!? すぐに兵を向かわせるんだ!」


「いえ、それが…。ハルム坊ちゃまとエーリカお嬢様、そして本日いらしているシベル様、マーサ様、さくら様、メスト様が救援に駆け付けてくださり、治療や魔物退治をしてくださったようです!」


「「「おぉ…!!」」」


それを聞いた貴族達はパチパチと拍手。遠くにいるさくら達に、そして師や親である竜崎達へと送ったものだった。



―あぁ、だからか。良かったな清人―


「ほんとね」


竜崎は懐から取り出した小さな袋の中身を見やる。そこに入っていたのは指輪。さくらがラケットで魔術を使う度に連動し光を発する代物である。


実はそれが先程まで輝いていたのだ。事前に取り決めていた緊急事態を示す光り方ではないし、突然光らなくなったしと、内心竜崎は気を揉んでいた。


だがそういうことならば安心である。シベルとマーサもメストもついているし、と安堵する竜崎。そんな彼に公爵は頭を下げた。


「有難うございますリュウザキ様…!またもさくらさん達に…!」


「お礼を私に言ってはいけませんよ公爵様。さくらさん達に是非」


「えぇ! おい、恩人の彼女達をもてなす準備を。ついでだ、魔術教室に来た全員分用意してくれ」


「はっ!ですが、ハルム坊ちゃまとエーリカお嬢様からの御命令で既に取り掛かっております!」


「おぉ、成長したな2人共…!」


召使の言葉を聞き、感涙する公爵。場に朗らかな空気が漂う。 その時だった―。



バァンッ!


突如、バルコニーに繋がる扉に何かがぶつかる。召使が様子を窺うために開くと、疾風の如く駈け込んで来たのはタマだった。


―どうしたタマ、そんな慌てて―


「た、大変ですご主人! さくらさんとメストさんが… 攫われました!!」


「―!」

ボッ!


「「「「わっ…!」」」」

突然竜崎の元から吹き付けた強風に思わず目をつむる貴族達。すぐさま開くが、竜崎の姿はその場から消えていた。


「速…!待ってくださいご主人!」


霊獣であるタマだけはその姿を目で追えたのか、再度外に飛び出していった。


「「「「……」」」」


理解が追いつかず、貴族達呆然とする。と、最初に動いたのは公爵だった。


「出来うる限りの兵を向かわせろ!急げ!」


ダッシュで部屋を後にする公爵召使を見て、他貴族達もようやく自らの召使に救援に向かうよう指示を出したのだった。

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