254話 荒れるモンストリア

「そう来たか…!」


顔を顰める賢者。手紙を持った調査隊兵は更に言葉を続けた。


「モンストリアの里主様から、全部隊で帰投し対処にあたってくれと…。よほど緊急事態なのか内容が書いておりません」


それは即ち、獣母捜索を取り止めろということでもある。と、丁度そこへ竜崎達が戻ってきた。


―ミルスパール!やはりあれはゴーリッチだ!今度こそ絶対に…むぐぐ―


「何かあったんですか賢者様?」


騒ぐニアロンの口を優しく押さえ、竜崎は問う。賢者は説明がてらその場にいる全員に号令をかけた。


「モンストリアで問題発生じゃ。どうで獣母の遺骸は追えぬほど遠くに運ばれた頃合いじゃろう。全部隊、これより帰還する」


そう言うと、賢者は杖をトンと地面につき何かを詠唱する。すると全員の身体がふわりと浮き上がった。


「皆、物を落とすでないぞ。リュウザキ、すまんが風で後押ししてくれ」


「わかりました」


続けざまに竜崎の使役するシルブが強風を当て、さくら達は勢いよく空を飛ぶ。急ぎ、モンストリアへ―!





「あっ!もう着いた!」


流石は風の上位精霊の後押し。さくら達はあっという間にモンストリアに到着する。急ぎ様子を見やると、『獣母信奉派』と思しき獣人達がそこかしこで暴動を引き起こしていた。


「出来る限り怪我をさせぬように確保せよ!捕縛魔術が使える者を中心に動くんじゃ!」


一斉に各地へ散開していく調査隊。と、賢者は竜崎に特別な指示を出した。


「リュウザキよ、牢屋を守れ。移動中に話した通り、先の騒動の犯人が捕らえられておる。そやつが狙われているやもしれん。嫌な予感が当たらなければ良いが…」


「わかりました!」


「私も手伝います!」


さくらも手を挙げる。他人事ではなかったからだ。彼女と竜崎はシルブに捕まり一路牢屋へと向かった。





「獣母は復活する!」

「我ら獣人こそ最良の種族だ!」


牢屋がある建物前、獣母信奉派の獣人達の一部は大挙してそこへ押し寄せていた。おかしな事に扉があったであろう場所には大穴が空いており、即席のバリケードによってなんとか侵入が防がれている状態であった。


「うわ…」


獣母信奉派の鬼気迫る様子にさくらは思わず後ずさり。一方ニアロンと竜崎は怪訝な顔をしていた。


―仲間を解放しようとしてるにしてはどこか様子がおかしいな―


「あぁ。バリケードを壊そうとしていないし、まるで何かに操られているような…」


そこまで口にした竜崎は一瞬ニアロンと目を合わせ、近場の暴れる獣人1人を鮮やかな手つきで縛り上げた。


「やっぱり…!」


―こいつらも『洗脳魔術』の餌食になっていたとはな―


捕らえた相手の瞳を確認し、息を吐く竜崎達。彼らもまた、何者かによる洗脳を受けていたらしい。


―なら遠慮は要らん。全員有無を言わさず縛り上げるぞ―


即座に詠唱し、暴徒と化した獣人達を次々と縛り上げていく竜崎達。獣人達はあっという間に縛られ地面に転がされる。身悶えする彼らを恐る恐る跨ぎ、さくらは竜崎を追いかけた。




「なあニアロン、この破壊痕見覚えがあるんだけど…」


―奇遇だな、私もだ―


簡易バリケードをノックしながら竜崎達は眉を潜める。さくらとしては見覚えがないが、まるでとんでもない力で殴りつけられ壊されたかのように見えた。


「…返事なし、か」


返事が返ってこないとわかるや、竜崎は杖を一振りしバリケードを壊す。そのまま警戒を解かずに中へと入っていった。



「止まれ!そこから動くな!」


と、足を踏み入れた瞬間何者かの声が飛ぶ。そこにいたのはこの場を警備していたであろう兵達。中には調査隊の印を着けた者もいる。しかし、怪我をしているらしく全員が包帯を巻いていた。


「…!リュウザキ様!」


直ぐに竜崎と気づいたらしく、彼らは手にしていた武器を下げる。ほっと安堵したさくらが改めて周りを見渡すと、壁はひび割れ内装は壊れ、牢屋へと向かう道には同じように大穴が空いていた。


「酷い…!」


―ミルスパールの予感的中、だな―


「一体何があったんですか?」


説明を求める竜崎。と、それに答えたのは聞き覚えのある声だった。


「リュウザキ先生…俺がお話します…」


「シベル!」



同僚であるマーサに肩を貸してもらいながら現れたのは、竜崎の教え子にして回復魔術講師の獣人シベル。よほど酷い目にあったのか、彼の体毛は血に濡れており、片足を引きずっていた。


「回復魔術使いの君がそこまでの重傷なんて…!一体誰にやられたんだ!?」


狼狽する竜崎。シベルは息も絶え絶えながらそんな彼を落ち着かせた。


「ご…ご心配なく。傷はほとんど癒えています。俺の戦闘スタイルはご存知でしょう…?負った傷を治しつつ敵に食らいつくという…。この程度いつもの事で…」


無理に笑顔を作るシベルだが、やはり痛いらしくすぐさま苦痛に顔を歪める。そんな彼を床に座らせ、代わりにマーサが語り始めた。


「実は先程、赤いローブを纏った謎の巨躯の人物がここへ殴りこんできたのです。扉や壁を破壊し、警備していた皆さんを容易く吹き飛ばして…」


この惨状はたった一人が引き起こしたものらしい。さくらは思わず背筋をゾクッとさせる。マーサは更に言葉を続けた。


「その人の目的は洗脳されていた『獣母信奉派』の方を連れ出すことでした。丁度解呪を試みていた私達は応戦したのですが、全く力及ばず…。シベルは私を庇って大怪我を…。救援を呼ぼうにも外には洗脳された方々が押し寄せ何もできませんでした…」


自らの不甲斐なさを責めているのか、マーサはシスター服の裾を握りふるふると肩を震わす。竜崎はそんな彼女とシベルを優しく抱き寄せた。


「ううん、2人共よく頑張ってくれた。命があって本当に良かった。怪我した人達の治療をしてくれてありがとう。シベルに至っては自分よりも皆の傷を優先して治してくれたでしょう?」


「どうしてそれを…」


うぐっと押し黙るシベル。そんな彼の頭をニアロンがわしゃわしゃ撫でた。


―お前達にはさんざ手を焼かされていたからな、手に取るようにわかるぞ―





立ち上がろうとするシベルを無理やり寝かせ、皆に追加治療を施していくマーサ。さくらも習いたての治癒魔術でそれを手伝う。大きな傷はシベル達により治されていたが、細かな傷はいくらでもある。彼女は微力ながら奮闘していた。



と、そこに牢屋を見に行っていた竜崎が戻ってきた。


「どうでした?」


―見事に檻も鎖も紙のように千切られている。とんでもない剛力の持ち主でなければできないな―


「ニアロン。この破壊痕、先日魔王城の牢獄を襲った犯人のと同じだよな」


―だな。ソフィアなら断定できるんだろうが…まあ間違いないだろう―


何か証拠が残ってないか虱潰しに探し始める竜崎達。するとその時だった。


「助けてくれぇ!」


外から悲鳴が響く。即座に反応した竜崎とさくらが走り出るとそこには…。


「えっ!スライム…!?」

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