248話 賢者に連れられ

あっという間に街中の魔獣達を追い払った賢者。さくら達から事の顛末を聞くと、彼は即座に指示を出した。


「シベル、マーサ。お守りはワシが引き継ごう。お前さん達は部隊に戻り、こやつに解呪の魔術をかけてから各地の怪我人の治療に向かえ。ワシらの部隊の一部も治療補助に戻らせておるでな」


「「承知しました!」」


賢者の手により大きい身体を持つ召喚獣が呼び出され、シベル達は縛り上げた獣人を連れ乗り込み調査隊の拠点へと飛び立っていった。


「さて、次はお前さん達か」


次に賢者が向き直ったのは身を寄せ合う獣母信奉派の信徒達。恨みある勇者一行が1人とはいえ、流石に面と向かって吠える度胸は無いらしい。マーサによって心が鎮められたというのもあるだろう。そんな彼らを賢者はゆっくり立ち上がらせた。


「ほれ、もう街に魔獣はいない。安心して帰るがよい。後にお前さん達の元に調査が入るかもしれんが、やっていないのならばやっていないと貫き通せばいいだけじゃぞ」


その言葉を聞き、獣母信奉派の信徒達はおどおどしながら立ち去っていく。やれやれと息を吐いた賢者は手をクイっと上に動かした。すると…。


「わっ!」

「きゃっ!」


さくら達の身体がふわりと宙に浮く。賢者もまた浮き上がり、全員が空高くへ上がり始めた。


「聞くが、宿舎で大人しくしているのとリュウザキ達の戦いを見るの、どっちが良いかの?」


「じゃあリュウザキ先生のほうがいいでーす!」


ネリーの物怖じしない回答に、賢者はふぉっふぉっと笑った。と、彼は普段とは違う飛行感覚に目を白黒させているワルワスに声をかけた。


「お前さんはどうする? 何か予定があればそちらを優先すべきじゃが…」


「いえ、是非俺も見たいです!」


「決まりじゃな。少しの間空の旅といこうかの」






「あそこが俺が学んでいる訓練所だ。学園ほどじゃないだろうけど立派だろ」


「ほんとだー。…なんかすごいアスレチックがあるんだけど」


「獣人だからな。生半可な施設じゃ鍛えられないんだよ」



「あ。あそこが私の家。後で時間があれば顔を出しときたいけど…」


「行こう行こう!いつもモカにお世話になってますってお礼言いたいし!」



ワルワスとモカから空中観光ガイドを受けつつ一行は空を飛ぶ。そんな中、さくらは先程マーサが言っていた『竜崎達の元に暴走人獣が大挙して現れた』ということが気になり、賢者に質問してみた。


「一体何があったんですか?」


「シベル達には伝書鳥で伝えたが…なんじゃ、届く前にはぐれていたのか。監督役泣かせじゃのう」


叱るでもなく、ただ面白そうに微笑む賢者。ひとしきり笑ったところで彼は説明してくれた。


「実は獣母の遺骸には転移魔術防止の魔術を始めとした様々な妨害魔術がかけてあってな。故に盗賊達はかなりの時間をかけて遺骸を運んでいるんじゃ。その移動痕もところどころ掻き消されながらも残っておったから総出で追いかけたんじゃよ」


数日前に盗まれたはずの獣母の遺骸を今更追いかけられるのかと思っていたさくらはなるほどと頷く。それならば納得である。今見える景色もほとんどが山や森、切り分けられているとはいえ巨大であろう遺骸を運ぶにはルートが限定されている。


「だがのぅ、そこで予想外の出来事が起きおった。どこに隠れていたのか、追悼式で現れたような強化された人獣魔獣が山ほど現れおった。更にはゴーレムや召喚獣、スライムや精霊などの魔術使い魔までじゃ。流石に追跡を続けることはできず、討伐に動いているというのが現在の状況じゃな」


「スライム!?いるんですか!?」


「ふぉっふぉっ、さくらちゃんも昔のリュウザキと同じ反応をするんじゃのぅ。おるぞ、魔術により作り出された不定形の魔物じゃ。寿命はとても短いが、その流動体の身体に全てを包み込み無効化する剣士泣かせの存在じゃよ」


あの弱いイメージがあるスライムだが、この世界では中々に強いらしい。学園のクエストに無くてよかったと心の端で安堵するさくら。


と、その考えを遮るかのようにネリー達の声が飛んだ。


「何あれ!」

「凄い数…!」

「戦争…!?」


それを聞いた賢者は首を戻し正面を見やった。


「おぉ。丁度おびき出しが終わった頃合いのようじゃの」



そこは広大なる平野。本来ならそよ風と共に地に生える草花が穏やかに揺れているであろう。しかし、それを踏みつぶし蹂躙するかのように集まっていた…否、集められていたのは人獣、魔物、使い魔達。地を埋め尽くすほどの数である。


対するはおよそ100名ほどの調査隊とモンストリア兵。どう見ても劣勢なのは確かであった。


「空中で観戦と行こうかの。ほれ、お前さん達も寛ぐがよい」


雲の様なもので空中に椅子を作り出した賢者。それにさくら達を座らせると、自身は地上に向け何か合図を出した。




「お、戻ってきたみたいです」


「なら始めますかな」


「この数相手するのも久しいわねぇ。リュウザキちゃんはこの間の追悼式で戦ったのよね、どう?あの暴走人獣達」


「まあ普通の獣達と比べて手強くはありますが、ジョージ先生とグレミリオ先生の敵ではありませんよ」


「ほほう、それはそれは。とはいえ各々、気を抜かぬように。愛する生徒達が見ていることですしな」



そんな会話をしつつ、調査隊の面子の中からずいっと進み出たのは3人。『勇者一行が1人』竜崎、『無双の勇』ジョージ、『裏切りの悪魔』グレミリオ。そう、学園の教師陣である。


「えっ!?たった3人で戦うんですか!?」


驚いた声をあげるワルワス。そんな彼に対し、賢者はにっと笑った。


「何、あの3人を舐めるなよ。学園でもトップクラスの実力者じゃて。あの程度、ワシの助力なぞ必要ないわ」


さくら達が固唾を呑み見下ろす中、3人の教師は各々の得物を手に、魔獣達へと立ち向かった。

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