―かつての記憶―

212話 レドルブ奪還戦①

「よく無事でここまでたどり着けたのぅ。ご無事でなによりじゃ」


「お気遣い痛み入りますミルスパール殿。貴殿が『予言の一行』の1人だったとは…。しかし納得できます。そして…」


アルサーは賢者に頭を下げると、顔を横に並ぶ3人に移す。ダークエルフの女性、顔に灰をつけた少女、そして、霊体と身体を共にする白髪の青年。


「まさか君も『予言の一行』だったとは…」


「私もびっくりしました…魔王に子供っていたんですね…」


アルサーと、白髪の青年…竜崎は目を丸くし互いを見る。と、竜崎が先に口を切った。


「あの…アルサーさん。この戦いを穏便に終わらせる方法は無いんですか?」


おずおずとながら、藁をもつかむような必死さをも感じ取れる彼の訴え。アルサーは首を振るしかなかった。


「魔王に対話は通じない。私も進言したが、話を聞くどころかよもや首の骨を折られるところだった。…この場で頼みがある。どうか魔王を、我が父を殺してくれまいか」


「―! そうですか…わかりました」


アルサーの言葉を聞き、竜崎は沈み込む。その沈鬱な表情の彼に、アルサーは問う。


「君は、確か『異世界』から来たんだったな。そちらの世界にはこのような戦いはなかったのか?」


「…いえ。ありましたし、今も世界のどこかで起きてるはずです。ただ…私はその戦いとは無縁の生活をしてたんです」


「そうだったか…。そうとは知らず、妙な頼み事をしてしまった、すまない」


謝るアルサーだったが、それを拒むかのように竜崎は首を振った。


「…もう、この手で人の命を奪ってしまったんです…! 出立してすぐ…。『誰も殺さず、話し合いで解決する』というのは…甘い考えでした…」


手をきつく握りしめ、贖罪するかのように言葉を漏らす竜崎を霊体、ニアロンは優しく撫でる。


「…私に出来ることは、戦って予言の通りに世界を平和にすることです。果たせるかはわかりませんが…」


吹っ切れたかのように、ただその道しか残されていないと言うかのように顔を上げる竜崎。アルサーはそんな彼の手を固く握った。


「約束させてくれ。この戦いが終わり次第、私も全身全霊を以て平和のために力を尽くそう」


「お願いします…!」





と、彼らの元にやってくるのは2人の女性。とはいっても1人は小さな女の子だった。


「歓談しているところ悪いわね。アルサー様、色々お話を聞きたいから来てもらえるかしら」


「貴方は…」


「ブラディ・マハトリー。アリシャバージルにある『学園』の学園長を務めている者よ。この大隊の長の1人を引き受けているの。こっちは私の娘、ラヴィね」


「あぁ、確かイブリートと闘い引き分けたという…」


「よくご存じで! とりあえずこちらへ、リュウザキちゃん達も来て頂戴」




彼らが集められたのは、各部隊の長達が集まる司令部。レドルブ王都の地図を前に、兵達が喧々諤々と話し合っていた。


「連れてきたわよ」


「おぉ!感謝しますぞ学園長!アルサー様、初めまして!吾輩、ジョージ・クルセイドと申します。実は色々とご助言していただきたく…」


アリシャバージルの鎧を着た騎士はアルサーを円卓へと案内する。机の上に並べられたのは幾つかの似顔絵や特徴が描かれた紙であった。


「これらは斥候が確認してきた、レドルブ内にいる魔王軍の幹部達です。彼らの名前や能力等、ご存知であれば…」


「あぁ、勿論全面的に協力させていただく」


ジョージの言葉を遮るように、アルサーは次々と答えていった。


「こいつはゴーリッチ・ファンマ。魔族の一つリッチ族の魔術士で、死霊術のエキスパートだ。大量に死体がある所には注意しろ。一斉に死霊兵が襲ってくる」


「こいつはレオルド・タガー。獣人族で力自慢。ただし魔王以外の命令は無視する奴でもある。しばしば孤立するからそこを狙うのが得策だ」


「こいつはグレミリオ・ハーリー。入軍は最近だが、使役術の腕は他の追随を許さない。戦いを好む性格ではなさそうだが…。獣達を操っている可能性が高い」


「こいつはサモ・イスカイ。マーマン族で水全般の魔術に長けている。槍の腕もかなりのもの。とはいえ魔力の貯蔵量は少なく、継戦能力は低い」


「こいつはヒルトラウト・リールシュ。魔道弓を扱うダークエルフだ。強力な矢を作り出すが、生成に時間がかかる上に影から影へ移動する癖がある」


その他にも次々と魔王軍の猛者の名前、能力、弱点、そして戦法を提案していくアルサー。魔王軍の内情を知っているという点において、彼はまさにキーマンだった。


新たなる情報を大量に入手し、ざわつく司令部。それを見て学園長はにっこりと口を開いた。


「これなら文句ないでしょう。先の話し合いの通り、アルサー様をこの大隊の長に据えましょう。魔王は気にしなくとも、私達にとって彼は『魔王に反旗を翻す魔王の息子』というこの上ないほどの旗頭ですもの」

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