208話 思い出の味
何はともあれ、腹は減るもの。夕食の時間となり、魔王城の広間では食事会が開かれていた。さくらの席も当然の如く用意されていたのだが…。
「私…ここで良いんですか…!?」
案内された席は魔王の傍。賢者やソフィアと同列であり、各国王族を凌ぐ位置である。
この世界に来て、公爵主催の宴や王族貴族も参加する代表戦打ち上げに参加してきたさくら。だが所謂国事でこのような席とは…。元の世界なら間違いなくテレビカメラとかが入り、撮影されるところであろう。
当然、来賓の一部は謎の少女が上座に座っていることを訝しむ。だが…。
「さくら、緊張しているな? 其方の友人であるネリーのように溌剌と振舞って良いのだぞ?」
とエルフの女王。
「娘の護衛の件、改めて礼を言わせてくれ。ありがとうさくらさん」
とゴスタリア王。
「さくらさんが協力してくださった洞窟アトラクション。つい先日営業を開始しましてな、聞きつけた人々で終日長蛇の列でした。私も孫と共に参加してみましたが、いやはや、結構楽しいものですのぅ」
とドワーフ王。
「おうさくらちゃん!今度は里に遊びに来てくれや!」
とオグノトス里長。
その他にもアリシャバージル王や学園長、ディレクトリウス公爵など、名だたる面子がさくらに対し気軽に挨拶をしていく。その間にさくらが先に行われた代表戦準優勝者かつ、勇者一行の1人リュウザキの愛弟子ということも知れわたり、訝しんでいた人々も「なら納得か」と曲げた首を戻した。
「リュウザキの狙いが果たされつつあるな」
それを見た魔王はクスリと笑う。が、さくらにはその真意はわからなかった。
乱入があったものの、本日は追悼式。食事も当然質素なものではある。とはいえ各国来賓が相手、さくらの目からすれば充分に豪勢なコースメニューであった。
それをぎこちないテーブルマナーながらも美味しくいただきつつ、さくらはキョロキョロと周りを見渡す。
「竜崎さんと勇者さん、まだ来てない…」
そう。来賓客のほとんどが集まっているこの場に、竜崎と勇者の姿がないのである。先程少し顔を合わせた際には、「ソフィア達と食べてて」と言ってどこかへと向かっていった。てっきり合流するものだと思っていたのだが…。
「またアリシャがねだったのじゃろう」
さくらの漏らした言葉を拾い上げたのは賢者。その口ぶりはいつもの事と言わんばかり。
「ねだる?」
「あー、あれね。あの子も好きねぇ」
「リュウザキと会うと毎回だな」
ソフィア、魔王は訳知り顔。理解していないのはさくらただ一人。頭一杯にクエスチョンマークを浮かべていると、魔王はさくらにとある提案をした。
「様子を見に行ってみるか? そろそろ出来上がっている頃合いだしな」
魔王城の庭園。綺麗に整備された花や木々が城から漏れる灯りと星月の輝きで優しく照らされている。
「ここにいるんですか?」
さくら、賢者、ソフィア、そして魔王は揃ってそこに足を運んでいた。さくらのそんな問いに、魔王は頷いた。
「あの二人はほっといたら森にまで足を運びかねない、故にここで煮炊きする許可を出してある」
「煮炊き?ご飯を作っているんですか?」
恐らくな、と軽く頷き歩き出す魔王にさくら達はついていく。迷路のような生垣の中を進むと、そこそこに開けた広場が現れた。
「あっ…本当にいた…」
東屋や花壇から距離をとり、丸太をそのまま椅子として横たえた一角がある。そこに腰かけていたのは竜崎、そして寄り添うようにして座る勇者であった。
見ると彼らの前には火が焚かれ、その上には調理場から借りたらしい底が深めの鍋が。くつくつと煮立っているようで、湯気がふんわりとあがっている。
「ん? あれ、来たの?」
「さくらがお前のことを気にかけてな」
来客に気づいた竜崎に軽く言葉を返し、魔王は鍋を囲む丸太に腰かける。賢者ソフィアも続き、さくらも慌てて乗じた。
「一体何をしているんです?」
「アリシャに頼まれてね、ちょっとスープを作っているんだ」
さくらはひょいと鍋を覗き込む。凝った食材は一切使われておらず、具材は大きく切られたっぷりと。飾り気のないスープが煮込まれていた。
―これは私達が戦争中よく食べていたものでな。アリシャはこれが好きなんだ―
ニアロンにそう説明され、さくらはちらりと勇者の様子を見る。彼女は食器を手に、まだかまだかとそわそわ待っていた。
「ちょっと味見っと…。うん、良い感じかな。アリシャお皿ちょうだい」
即座に腕を伸ばす勇者。竜崎は皿を受け取りスープを注ぐ。
「皆も食べる?こんなこともあろうかと多めに作ってあるし」
「頂こうかのぅ」
賢者に続き、さくら達もご相伴にあずかることに。竜崎は用意していた食器に次々とスープを入れて皆に渡していった。
「頂きます―」
さくらはゆっくりと口をつける。
「うん…?」
不味いわけではない。だが先程食べていた料理に比べると何倍も見劣りがする。というかぶっちゃけ、そこまで美味しくないのだ。
―どうださくら?―
「あ、えっと…なんというか…」
にやつくニアロンに問われ、どう答えるべきかしどろもどろになるさくら。竜崎は半笑いながらニアロンを窘めた。
「意地悪をするなっての。あまり美味しいものじゃないでしょ?」
「え、えぇ。まあ…」
「それで良いんだ。アリシャの頼みは『当時の味を再現すること』なんだよ。戦いの中、いつ敵が襲ってくるかわからない中で急いで作った野営食、それがこれなんだ」
懐かしむ目で鍋を見つめる竜崎。並々ならぬ思い出が込められているようである。
「やはり懐かしいのぅこの味は…。短い間に幾度食べたことか」
「ほんと、あの時の事を思い出すわね…。アリシャはこういったこと不得手だし、ミルスの爺様は警戒に集中していたから料理担当はキヨトと私だった。けど私も機動鎧の整備とかで結局ほとんどキヨトに任せっきりになっちゃったの、忘れられないわ」
スープを啜った賢者とソフィアはほうっと息を吐き、過去に浸る。
「おかわり」
勇者に至っては、即座に空になった皿を竜崎に渡していた。もぐつく彼女の顔は終始嬉しそうである。
そんな中、魔王もまた懐かしむようにスープを楽しんでいた。
「魔王様もこれが懐かしの味なんですか?」
「あぁ、我も幾度かご馳走になったことがある。…あの時から20年か、あっという間だな」
しみじみと呟く魔王は、いつもの威厳を残しつつも何かを偲び考える様子。と、さくらはあの質問を投げかけることに。
「そういえば、魔王様と竜崎さん達との出会いってどんなだったんですか?」
その問いに魔王はスープを更に一口。口を湿らせてからゆっくりと語り始めた。
「我は、父…先代魔王の怒りを買い、追放されていた。そしてレジスタンスの旗頭を務めていた際にリュウザキ達と出会ったのだ」
「え…!?」
「驚いたか?付け加えるのならば、実の父をリュウザキ達に討つように頼み、その助力をしたのも我だ」
言葉を失い、黙りこくるさくら。魔王はそれを助けるように、自ら言葉を続けた。
「少し、当時の話をしよう。20年前、未だ記憶に新しいあの時のことを…」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます