204話 迎え撃つ⑨

「あれを、あいつにか…」


周囲の視線を一斉に浴びたラヴィの表情はどこか沈鬱。しかし黙っていることはできず、恐る恐る口を開いた。


「オグノトスでマ…ゴホン、母が霊獣相手にその技で鎮圧したのは聞いている。『白蛇』のやつも無事目を覚ましたとも報告を受けた。…しかし、霊獣と竜とでは身体構造が違い過ぎる。仮に成功したとして、竜の体が無事に済むとは限らない。そして…」


と、彼女は一拍置く。そして無念そうに言葉を続けた。


「先程から獣達相手に幾度か試している。だが、解呪に成功したやつは一匹たりともいないんだ」


彼女の言う通り、死屍累々の魔獣達の中に元の姿へと戻り生き延びた獣はいない。その衝撃の事実を知ったさくらは思わず肩を落としてしまった。このまま竜が身を滅ぼしていくのを見守るしかないのか…。



だが、その沈んだ空気を竜崎が打ち破った。


「待ってくれ。他の獣達と違い、あの竜は体が自壊している様子はない。もしかしたら獣達とは強化方法が違うのかもしれない。試してみる価値はある」


「ワシもリュウザキの意見に賛成じゃの。他の獣達は元の形状が朧気にしか掴めぬほどにその身を変貌させておる。しかしあの竜は『白蛇』と同じように細部の特徴まで元のままのようじゃしな」


賢者も竜崎を支持し、光明がその場に差す。だが、それでもラヴィは躊躇っていた。


「だが私の技は未熟…。母のように上手くいく保証はない…」


もしかしたら、獣達相手に成功していない理由は己が腕の未熟さ故なのかもしれない。下手をすれば、竜を殺しかねない。そう言わんばかりのラヴィ。そんな彼女に、ニルザルルから優しい声がかけられた。


「それでも構わん。ラヴィよ、わらわからも頼む。試してやってくれ。 …恐らく、どちらにせよあの子はもう…」


魔神からのたっての願い。ラヴィは覚悟を決めた。


「承知いたしましたニルザルル様。不肖、ラヴィ・マハトリー。全力を尽くさせて頂きます」




「と、なるとまずは動きを止めなければのぅ」


未だ身が砕けるのも気にせず障壁をガツンガツンと打つ竜を見上げる賢者。学園長もまずは対象を大人しくしなければ事に運べないと言っていたのをさくらは思い出す。


「多少無理やりでも構わんかの?」


「はい。私が体を通りきる間だけ止めて頂ければ」


ラヴィが頷いたのを確認し、賢者は次に魔王の方を向いた。


「なら魔王よ、ちょいと手伝ってくれい。念には念を入れよう」


「心得た」


僅かな打ち合わせの後、2人は揃って竜へ手を伸ばす。すると、まず空中から巨大な鎖が幾本も生え、竜の四肢を地面へと縛り付けていった。


竜は振りほどこうと暴れるが、全く取れる気配はない。それどころか―。


「座り込め」


魔王の言葉に呼応するかのように、竜の巨大な身体は地面へズズゥン…と押しつけられる。瞬く間に磔のような姿へとされたのだ。


「さて、これで残るは顔と尾じゃな。どうするかのぅ」


「じゃあ顔は私に任せて!」


「尾は私が行く」


立候補したのはソフィアと勇者。同時に障壁から飛び出すと、ソフィアが駆る機動鎧は竜の首前に踊りだし、勇者は地を蹴り尾へと走っていった。


「へいへいへーい! もう一回私を狙いなさーい!」


先程よりも低空を飛びながら竜を煽るソフィア。体が動かせず火も吐けない竜は噛みつこうと首を力いっぱい伸ばすが…。


「急速噴射!」

ゴオォッ!!


機動鎧の飛行機関は突如その勢いを増し、まるでロケットの如くその場から離脱する。竜の口は無情にも空を噛み、その首は伸び切った。


「やるな」


その隙を逃さず、魔王達は首を固定する。そして一方の尻尾はというと―。


「えい」

グイイッ!!


尻尾の先端を掴んだ勇者が力任せに引っ張っていた。当然ピンと張られ、同じように固定された。



これで準備は整った。残るはラヴィがその力を揮うだけ。のはずだが…


「よっこいしょ」


突然竜崎がラヴィの体を持ち上げたのだ。


「わっ! 何をする!?」


「何って…。竜の体長いし、学園長に倣って投げようかなって。その方がやりやすいでしょ?」


「あ、あぁ…まあ確かに。 いや私も浮遊魔術を使えるんだ、何もあんな真似をしなくともニアロンが空中で撃ちだしてくれれば」


「あ、それもそうか。良かった、重かったし…」


「お、重…!?」


「違う違う、その斧だよ。身体強化かけているのに腰がやられるかと思った…」


―漫才をしている暇はないぞ。飛べ―


ニアロンの掛け声に合わせ、2人は急ぎ空へ飛びあがる。空中に固められた竜の顔から少し距離をとった位置に止まると、ラヴィは詠唱を始める。


「『我が刃は魔術を壊し、呪いを殺す―。《魔術殺し》の妙技をここに』!」


二振りの巨大斧に魔術が付与されると同時に、ラヴィの瞳は学園長、すなわち母親と同じような光を湛える。それは技へ籠める力の影響か、覚悟の現れか。彼女は構えを取り、竜崎が展開していた障壁へと足を乗せる。即ち、準備完了の合図である。


―行ってこい!―


ニアロンは障壁を打ち、ラヴィは弾かれ一直線に竜の元へ。


「はああぁっ!!」


彼女は自らを軸に、斧を勢いよく回転させる。その回転速度は学園長と同等。斧が増えている分、刃車輪の苛烈さは増しているように見える。そのまま竜の頭へと接触し…。


ガガガガガッッ!!


頭を、首を、背を、真っ二つにするかのように通過していく。しかし、竜の鱗こそ飛び散っているものの地が噴き出している様子は見受けられない。表面だけを見事になぞっているようだ。


―「まだ母親に力及ばず」とあの時オグノトスの時は言ってしまったが、こう見ると中々に腕は上がっているもんだな―


そうニアロンは微笑み眺めていた。




ガガガッ! スタンッ!


「おー」


尾の先までラヴィの刃車輪は通過しきり、まだ迫ってくる魔物を薙ぎ払いつつ待っていた勇者に拍手で迎えられ彼女は着地する。


「上手くいったか…!?」


ラヴィは弾かれるように竜のほうを向き、さくら達もまた注視する。と…。


シュルシュルルル…


城ほどに巨大だった竜は徐々にその身を縮ませていく。ということは…。


「成功した!」

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