189話 花束の真実

「あの時のリュウザキ先生はまだ凄く強かったというわけではなかったんだ。だけど、機動鎧を発明してなかったソフィアさんを庇いながら戦っていてね、その誰かを守る戦い方に惚れたんだよ。それから頑張って独学で魔術修行を積んで、色んな所に道場破りして。学園にリュウザキ先生がいるって聞いて勇んで行ったんだ。流石に学園に入学できはしなかったけど、代わりに学院で勉強させてもらったんだよ」


回想が楽しいと言わんばかりに、しみじみと話すオズヴァルド。さらっと妙なこと道場破りを言った気がするが、天性の才に加え、努力の徒でもあったのは確かなようだ。


「私はどこどこの貴族とか、代々の魔術士とかの家系じゃないからね。よく色んな人に絡まれちゃって。そのたびにリュウザキ先生が仲裁してくれたんだ。そしてどうにかリュウザキ先生と同じ場所で働きたくて賢者様の誘いを蹴って学園に来たんだ!」


命の恩人、という以外にもかなりの恩義を感じているらしく、オズヴァルドはそう話を締めくくった。さくらは少し質問してみる。


「助けられた子だってことを竜崎さんに伝えたとき、どんな反応だったんですか?」


「すごく驚いていたよ!あと、あまり変わってないねとも言われた!」


まあ確かに。話を聞く限り、オズヴァルドの性格は子供の頃からほとんど変わっていなさそうだ。魔術を自由自在に操れるようになり敵なしになった分、その子供のようなやりたい放題さたちの悪さは増している。竜崎が御していないと今頃周囲に迷惑をかけまくっていたのかもしれない。


「私の両親は今も医者として村で暮らしているよ。ちょくちょく顔を出してるし、今も元気だよ!だから皆も元気でいようね!それが何よりの便りなんだから!」


オズヴァルドはそう話を締める。さくらはその言葉に少し胸が締め付けられるが、すぐに思い直す。いくら悩んだところで帰ることは現状できない。ならばせめてその方法が見つかる時まで元気でいなければ!きっと竜崎さんだってそうして生きてきたんだ!そう心に言い聞かせた。




と、場が収まるのを待っておずおずと手を挙げた子が1人。モカである。

「ところで、オズヴァルド先生」


「ん、なに?」


「あの盗賊達についてですけど」


「あぁ!なんだい?」


「…あの花束に隠されるように入っていた花の一つ。以前アリシャバージル近郊の森に生えていた『極彩色の花』でしたよね?」


「! 良く知ってるね!あ、そうか君たちだったねあれ発見したの!」


驚いた反応をするオズヴァルド。同時にさくら達もハッとなる。先程オズヴァルドが泥棒達の根城から持ってきた献花用の花束。さくら達はただの花束としか認識していなかったが、冷静なモカはその花の種類をしっかり観察していたらしい。


『極彩色の花』。この世界にならそんな色の花は数多くある。だがここでモカが指しているのはただ一つ。以前、アリシャバージル近くの森深くに何故か自生していた毒々しいほど虹色の『魔界の薬草』。金欠だったネリーを救うほどにとんでもない高値で売れた花であるが…。


「あの花は本来魔界の奥地にしか生えないはずです。しかも危険指定が入るほど強力な催眠効果を持ち、魔猪の巨大化を強制的に促進させるものだって聞きました。いくら魔界と人界の境界とはいえ…」


あの時モカはメルティ―ソンに花の詳細を確認していた。だからこそ覚えていたのだろう。そして直後に起きた脱獄盗賊達の暴動では巨大化した魔猪が街をかけずり回った。生徒達へ明言こそされていないが、その花が一枚噛んでいたのは間違いない。


「さっき襲ってきたのは兎でしたけど、同じように巨大化、暴走していました。もしかしてあの盗賊達が犯人なんですか?」


モカは質問の核心をオズヴァルドへ突きつける。魔猪と同じように巨大化した兎、そしてそれを使役していたのは竜崎達の口ぶりから間違いなく盗賊。その盗賊の根城には極彩色の花。それらを繋げるのはあまりにも容易なことであった。


さくら達も緊張しながらオズヴァルドの答えを待つ。少し迷うような素振りをとり、オズヴァルドは口を開いた。


「…少しだけ正解、かな。恐らく彼らは実行犯ではない。末端の、更に末端。捕まえた動物達をどこかへ送っていただけみたい」


推測は外れたが、当たらずとも遠からず。と、ネリーは純真無垢な表情で問う。


「そんな情報、いつの間に聞き出したんですか?」


「あぁ、それはね…」


オズヴァルドが答えようとした時だった。




コンコン


「竜崎だ。オズヴァルド先生ここに来てない?」


ノック音に続いて聞こえてきたのは竜崎の声。話を切り上げたオズヴァルドが扉を開けて応対をした。


「あ、やっぱここにいた。明日の予定を確認したいんだ、戻ってきてくれ」


「はーい。じゃあ皆また明日ね!」


話途中で去っていくオズヴァルド。引き留めようとするさくら達だが…。


「もう夜も遅いし、今日は動き回って疲れたでしょう。早めに休んでね」


―明日からは近場の村も回るからな。気合入れて行けよ―


竜崎達にそう言われ、返事をする間にドアは閉じられてしまった。


「なんだったんだろ? ま、いいか!寝よ寝よ!恋バナでもしようよ!」


ネリーはすぐさまベッドに倒れこむ。彼女にとってはあの質問より友達との駄弁りのほうが重要なようだ。




一方、教師2人の部屋。オズヴァルドは自分のベッドにボスンと座る。


「いやー!助かりました!あのままでは盗賊達のこと根掘り葉掘り聞かれるところでしたから!」


「良いタイミングだったんだね。まあ別に話してもいいとは思うけど。魔王にも連絡は済んだしね」


3人分のお茶を作り持ってきた竜崎。オズヴァルドとニアロンに配る。それを飲みながらニアロンは竜崎に寄りかかった。


―なに、話はどこから漏れるかわからない。必要以上に話すべきではないさ。それに、『世界を救った勇者一行の1人』である清人がと知ったら、良い気はしないだろう。特にさくらはな―


「まあ確かにそうだよな…」


ニアロンの言葉に、竜崎は少し前の出来事を思い出していた。






オズヴァルドが家畜達を空中輸送していたその間、砦に残された竜崎と泥棒達。


「ぐ…苦じい…話ず…から…息が…!」


盗賊の1人を空中に吊り上げ、風精霊を喉へ入れ呼吸困難を引き起こさせていた竜崎は、それを聞いて地面に降ろす。ドサリと落ちた盗賊を力ずくで引きあげ、再度問い直した。


「もう一度聞く。質問は三つだ。『お前達は何故家畜泥棒をしていた?』『あの花束は誰から貰った?』『あの獣を変化させた薬はどこで手に入れた?』答えなければ…」


竜崎はそこで言葉を切ると、呼び出していた精霊達に属性の槍を作らせ、目をいつでも突ける位置に取り囲ませた。


「わ、わかった!全部話すってば!その質問は全部繋がっているんだよ!」

パッと手を離され、地面に尻もちをついた盗賊はそのまま語り始める。


「…俺達は変な奴らから頼まれただけだよ。動物を連れてくれば金をくれるって言われてよ…。半信半疑でそこいらのちっちゃい獣持っていったら結構な金をくれたんだ。動物の大きさや数に応じてその報酬を増やすって言われてさ。味を占めて家畜を盗んでたらあんたらに見つかったんだ」


「その姿は?おぼろげで見えなかったとかか?」


「いや、ただローブを深く被っていただけだよ。手とかは見えたけど、獣人だったりマーマン族だったりドワーフだったり色々だったな。あの人獣達もそいつらから貰ったんだよ、『洗脳してあるから忠実に言うことを聞く』って。…鎧を着せたのは俺達だけど、それは拠点にしたこの砦にたまたま古びた鎧が沢山あったから…」


「それで、あの花束は?」


「あれは合図代わりだよ。レドルブの慰霊碑あるだろ?あそこは常に花が捧げられているからな、そこにその依頼主があの花束を紛れ込ませ、俺達がそれを持って帰ることで依頼を受領するんだ。だからその変な奴と顔を合わせたのは最初の数回だけ、大分前のことだ。取引もレドルブの外にある森の中に動物を置き去りにしておくだけだよ。少し経ってから行くと金だけ残されているんだ」


―中々に回りくどいことをしてるな。あの兵らに一応慰霊碑の警戒を要請しておいたが、むしろ逆効果だったか。察して逃げてしまうかもしれん、あとで指示をし直すしかないか―


悔やむようなニアロン。それを横目に、竜崎はさらに詰問した。


「最後の質問、これが一番重要だ。『あの獣を変化させた薬は何だ?』」


竜崎はそう詰め寄りながら、自身のポケットから何かを取り出す。それは細く加工された鉱物であり、矢じりがついた注射器のように見える。先程盗賊達から奪い取った代物である。


―この鉱物、ミルスパールが『謎の魔術士』から回収した例のやつと恐らく同じだな―


以前起きた脱獄盗賊の暴動の際、『賢者』ミルスパールは単独でどこかへと出向き、謎の魔術士と戦っていた。その際に相手が出した魔獣が先程現れた魔獣と酷似していた。


そして、ニアロンが呟いた通り、謎の魔術士が転移しようとした瞬間に賢者が奪い取った謎の鉱物。それと今竜崎が手にしている鉱物は似通っているのだ。盗賊はすぐさま答えた。


「それは依頼主と最初に会った時に一個だけ貰ったんだよ。『もし何かあればこれを手近な獣に刺せ。そしたら暴れる猛獣が出来る』って。最初あんたらに捕まって人数確認の尋問受けている時に、隙を見て唯一連れて来てた兎にぶっ刺したけど…まさかあんなバケモンに変わるとは思ってなかったわ…」


盗賊はそう言い、近くで転がっているほとんど兎の原型をとどめていないほどに変貌した魔物の死骸を見やる。予想外過ぎたのだろう。あの場で竜崎達がいなければ自身が食い殺されていたのかもしれない、そう考えたのか彼は背筋をブルっと震わせた。


「他には?」


「一個だけしか貰ってないって!あいつらも『一回こっきりの呪薬』としか言っていなかった!ヒッ…!だから精霊に力を溜めるのを止めさせてくれ!ほんとだって!」


いくら脅しても回答は変わらず。と、ニアロンが別の質問をした。


―それで、その依頼主の目的は?―


「それは…」


突然渋る盗賊。それを見るが早いか、竜崎は盗賊を砦の壁に叩きつけ、抑えつける。そして先程人獣を突き殺した杖先を向けた。


「君たちはこの後レドルブの牢獄へ行く。そこには各国の拷問官が常駐しているんだ。隠し事を吐かせるために彼らは多種多様な拷問を行う。生きて出てこれるかはわからない。全てを話す前に全身に穴を開けられ魔獣の餌となっても責任は取れないぞ。今話せば、多少の口利きはしてあげるけど」


「わかった!わかった!ただ詳しくは知らねえよ…!あいつらがボソリと呟いたことを聞いたでけなんだから…!『追悼式で魔王に一泡吹かせるため』って言ってたんだよ!」


嘘偽りのない、必死な答えを聞いた竜崎は盗賊を解放する。ずるずるとしゃがみこんだ盗賊は竜崎の足に縋りつき始めた。


「なあ…!魔王に反旗を翻した一味として俺達処刑されないよな…!?頼む、リュウザキ様…!死にたくないんだ…」


―ならば真っ当に生きてればいいものを…―


呆れるニアロン。竜崎は淡々と答えた。


「約束したからね。最善の努力はしてあげるよ。ただ、もし何かを隠していたら…!」


それを聞き、ほっと胸を撫でおろす盗賊。どうやら本当に全てを話したらしい。と、何かを疑問に思ったのか、首を捻った。


「しかし…あのリュウザキ様ともあろう人がこんなことをするなんて…優しい人だって聞いていたんだが…」


それを聞いた竜崎は、少し悲しそうに溜息をついた。


「私だってやりたいわけじゃなかったさ…。ただ、アリシャ勇者は力加減を知らないし、ソフィア発明家に任せるわけにも行かなかった。消去法で賢者の爺さんが選んだのが私だっただけなんだ。…暫く他の仲間と同じように寝ていてくれ」


竜崎は半ば無理やり話を打ち切ると、強制的に泥棒を眠らせ砦へと向かっていた。

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