181話 アイナ、失踪
組合本部の先程までいたあの部屋。さくら達はそこに戻り、窓から外を見ていた。この部屋は高い階にあり、窓からは通りの様子が見えるのだが…
「…すごいねー」
「…ねー」
時折、そこを竜崎達が駆けていくのだ。それぞれ手ずから纏めた資料や、さくら達が纏めたあのノートを持ちながら。追加で詳しく聞き込みを行ったり、尾行をしているらしい。
時には屋根の上を走り、軽やかにどこかへと移動していく。その際には竜崎達の補佐及び犯人回収のために、兵が通りをバタバタ走り彼らを追いかけていく。稀に小さな爆発音も聞こえてくる。恐らくその原因はオズヴァルドであろう。
「…なんか実力桁違いって感じだね」
続々と捕らえられた悪人達が移送されていくのを眺めながら、ふと4人の内誰かが漏らした言葉に一同頷く。生徒と教師、そもそも実力の差があるのはわかっているが、もし自分達が同じ状況に置かれたらああまで活躍できるとは思えない。
「リュウザキ先生が凄いのは知っているけど、オズヴァルド先生もあんなに凄いなんて思わなかったよ」
「勇者一行や魔王様、学園長やオグノトスの英雄、古今東西の『伝説』が認めた『天才』って呼ばれるだけはあるんだねー」
そうネリー達が会話する中、さくらは1人少し違うことを考えていた。竜崎のことである。彼は自分と同じ世界の出身、そんな彼があそこまで暴れ回れるまでにはどれほどの修練を積んだのだろうか。ニアロンという補助があるとはいえ、刃傷沙汰になるような事態は間違いなく元の世界より多いはず。剣の魔法の世界なのだ、当然であろう。そんな中でも臆さず、戦い抜けるためにはどれほどの苦労があったのか。
と、部屋の扉がノックされる。
「失礼します、直近の報告書を追加でお持ちしましたー」
どうやら報告書はまだあったらしい。職員が山盛り持ってきたそれを受け取り、よいしょと机の上に。
「さ、私達もお仕事しよう!」
アイナの号令に、ネリー達も窓から離れ仕事に取り掛かる。
「えっとこれは…」
「こっちだよ、これあっちに持っていって」
順調に作業は進み、気づけば日がだいぶ傾いていた。さくら達が腰を伸ばし一息つこうとしたその時だった。
「うそ…!」
突然アイナが声を引きつらせ、目を見開く。わなわなと震える手に握られているのは一枚の報告書。
どうしたの?とさくらが聞くよりも先に、アイナはその報告書を放り出し竜崎から貰ったお金袋の中身を確認。
「この金額なら竜で…!」
そう呟くと、彼女はさくら達へ少し焦ったような口調で伝えた。
「さくらちゃん達ごめん…ちょっと出かけてくる!すぐ戻るから…!」
友人たちの返答を待たず、部屋を飛び出すアイナ。その様子をさくら達は少しの間ポカンと眺めていた。
「アイナがあの慌てよう…。何かあったのかな…」
モカが漏らした言葉にさくらは正気に戻り、アイナが放り出した報告書を拾い上げ他2人と覗き込む。報告書の日付は昨日。そして書かれていたのはとある村での賊と村民の喧嘩のようだが…。
「あっこれ!アイナの出身村じゃん!」
ネリーの叫びに、さくら達は一層食い入るように報告書を読む。どうやら怪我人も何人か発生したらしい。その重傷者名前一覧に書かれていた内の1人は「ロウ・バルティ」。聞いたことのない男性の名前だが、その苗字には聞き覚えがあった。アイナと同じ苗字である。
「これって…!!」
「もしかしてアイナの…!」
間違いなく、家族の誰かであろう。ということは…。
「もしかしてアイナちゃんは1人で村に…!?」
3人は顔を見合わせ、一斉に駆けだす。とりあえず止めなければ…!そんな思いで彼女達は竜の発着場へ走っていった。
「え?茶髪の女の子?『学園』の服を着ている?確かにさっき来たよ、すごく焦ったような感じで運転手雇って飛んでいったよ」
竜の発着場。全力で走り心底息を絶え絶えにしながら辿り着いたさくら達。だが発着場職員からそう言われ愕然とする。遅かった―。
「どうしよう…」
「とりあえず先生に報告しないと…!」
また来た道をダッシュで戻るさくら達。途中で竜崎達と出会うことを祈りながら走るが、残念ながらそう都合の良いことは起きない。帰ってきてるかもと僅かな希望を信じ部屋へと戻ってきたが、やはり彼らはいなかった。
「ど、どうしよう!」
慌てるネリー。そんな彼女を宥めるさくらも心中平静でない。アイナは「すぐ戻る」と言っていた。恐らくお見舞いに向かったのだろう。そう心配する必要もないかもしれないが、もしもの事を考えると気が気でないのだ。
「どうにかして竜崎さんに伝えないと…」
しかし、都市中を飛び回っている彼らにその事実をどう伝えればいいのか。こんな時、スマホがあれば…。しかしここは異世界、そんなものはない。歯噛みするさくらだったが、ふとあることを思い出した。
「あっ!指輪!」
急いで御守りを取り出し、中に入っている指輪を取り出す。神具の鏡から出た端材で作られたこの指輪は、何故か魔術をかけると元の鏡、そして同じく作られたもう一つの指輪に反応を飛ばす。そして、そのもう一つの指輪は竜崎が持っているのだ。
「お願い…!」
さくらは指輪に向け、風の魔術を詠唱。すると呼応するように指輪は緑色に輝き、部屋の端に置いてあったさくらのラケットは周囲に風を起こす。その影響で書類が幾枚か宙を舞い始めた。
「な、なに!?」
驚くネリー達を余所に、さくらは目を瞑り魔術を使い続ける。竜崎さん、気づいて…!そう心で祈りつつ、数分経った頃だった。
コンコン
突然、窓がノックされる。さくらが目を開け、そちらを見ると―。
「竜崎さん!」
指輪を手にした竜崎が浮かんでいたのだ。
窓を開けてもらい、するりと中へ入る竜崎。
「何かあったの?」
―アイナのやつがいないが、どうした?トイレか?―
「実は…」
「そんなことが…!」
件の報告書に目を通しながら、さくらから説明を受ける竜崎。と、そこに―。
「どうしましたリュウザキ先生!そんなに休憩が楽しみだったんですか? 子供みたいですね!」
またも窓から現れたのはオズヴァルド。丁度運よく休憩時間に入るところだったらしい。彼にも詳細を説明する。
「えー。随分と勝手なことをしたなぁ。どうしましょうリュウザキ先生」
怒るというより思ったことをそのまま言ったような口調でオズヴァルドは竜崎の提案を待つ。竜崎は報告書を読みふけりながら答えた。
「そうだな…。オズヴァルド先生、先に様子確認に向かってくれる?まだ片付いていない案件いくつかあるから、私はそれを何とかしてから行くよ」
「はーい!」
「あ。あんまり怒らないであげてね」
「わかりました!」
そのやり取りにほっと胸を撫でおろすさくら達。よかった、動いてくれるようだ。そんな中、ネリーが手を挙げる。
「先生!私もついていきたい!アイナが心配だもん!」
「いいよ。オズヴァルド先生、お願いできる?」
「勿論ですとも!」
竜崎にそう頼まれ、ドンと胸を叩くオズヴァルド。さくらとモカも同じように頼み、まずは都合4人でアイナを追うことになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます