177話 やりたい放題オズヴァルド

ということで出発当日の朝早く。さくら達生徒4人は目を擦り擦り、大きなあくびをしながら調査隊の竜発着場に集っていた。


以前メストの実家近くへ行った際は、かなりの速度で空を翔ける特急竜なるものに乗りつづけ半日以上はかかったのだ。その中間地点であろう人界魔界の境界線までは単純に考えその半分。最も、さくらは寝ていたため正確な時間はわからないが‥。今から出れば昼前にはつけるのだろう。


「むにゃむにゃ…」

特にネリーは目覚めていないらしい。そんな彼女の体をさくらとモカが支えるが、その2人も半寝ぼけな様子。唯一4人の中でしっかりとしているのは、今回の立候補者アイナだけである。


「ほら、3人共起きて」


まるで母親のような口調で優しくさくら達をゆするアイナ。と、そこに現れたのは…。


「まだおねむなのかい? 朝早いし仕方ないか!」


早朝でも元気いっぱいイケメンエルフ、オズヴァルド先生である。比較的人がいない調査隊に彼の煩い声は響き渡った。


「今リュウザキ先生が特急竜を借りに行ってるからもう少し待ってね! そうだ、皆を起こしてあげよう!」


言うが早いか、オズヴァルドは手に水の球を作り出す。最初は小石ほどの大きさだったのだが…。


「ちょ…!オズヴァルド先生!?」


ぐんぐんと大きくなっていき、あっという間に人を丸ごと飲み込めそうな水の塊が出来上がる。アイナが驚いた声を出すが、オズヴァルドは聞いていない。


「うーん、一発で起こすにはこれだけじゃ弱いかな…。そうだ雷の力を付与して…。ついでにキンキンに冷やして…!」


そんなのをぶつけられたらたまらない。アイナは友達を揺さぶる力を強くし、さくら達も慌てて起きたアピールをする。


「あ、起きた? じゃあこれ要らないか」


さくら達の様子にようやく気づいたオズヴァルドは、手にしていた水の塊を無造作に指でピッと弾く。すると水は空中でふよふよ浮いたままどこかへと。彼も学園の教師、魔術の腕は流石である。


「怒ってます…?」


「? なんで?」


恐る恐るそう問うアイナに、オズヴァルドは首を傾げる。居眠り生徒に怒り、水の塊を作ったわけではなさそうだ。となると純粋に、たださくら達を起こすためだけに大量の水を生成したというのか。優しくはあるが、限度を知らない先生。さくらがオズヴァルドに抱いた印象はそれであった。




と、そこに竜崎が大きめの竜一匹を引き連れ戻ってきた。


「さっき妙な水の塊が飛んできたんだけどオズヴァルド先生の?」


どうやらあの水は竜崎のところまで移動していたらしい。オズヴァルドは元気よく頷いた。


「はい!私のです!」


「あ、やっぱり? 丁度竜の飲み水を欲しがっていた人がいたからそれをあげちゃったんだけど、勝手に使ってよかった?」


「えぇ!捨てたものですから!」


それを聞いて良かったと安心する竜崎。普通ではないにしろ、比較的日常的な会話だが…。


「…あれ?」


ふと、さくらは気づく。確かあの水って…


「オズヴァルドさん…あの水、雷の力を付与していませんでした?」




「うん」


「え」


さくらの言葉に素直に頷くオズヴァルドと、顔を僅かに引きつらせる竜崎。なお、ニアロンは吹き出していた。


勿論、人体にぶつけるはずだった代物である。そこまで強くは付与していないはずだが、飲み水として提供されてしまったとなると…。少しの沈黙が流れた直後だった。


「ギャウウン!」


「わぁあ!突然暴れ出した!水飲ませただけなのに!」


どこからか聞こえる竜の悲鳴、そして慌てる人の声。嫌な予感的中である。一匹の竜がドタドタと地面を踏み荒らしながら暴れ始めていたのだ。しかも―。


「こっちにくる!!」


偶然にも竜が走ってくるのはさくら達の元。未だ少し寝ぼけていたネリーもそれでようやく目を覚ました。


「やらかしたなぁ…」


自分を責めるように顔に軽く手を当て、竜崎は暴れ竜を落ち着かせるために歩き出そうとする。だがそれはオズヴァルドによって止められた。


「リュウザキ先生、ここは私が。水を作り出したのは私ですしね! それに、竜のあやし方には自信ありますから!」


―いや、お前に任せると…―


ニアロンが何か苦言を言いたげなのも一切気にせず、オズヴァルドは迫る竜に対抗するように元気よく駆け出す。このままでは竜と正面衝突してしまう―!


「ほいっ!」


竜と接触する直前、オズヴァルドは勢いよく地面を蹴り、器用にくるりと竜の背へ。


「ほいっと!」


手綱を引き、竜の進行方向を制御すると…。


「そら飛べ!」


竜を空へと羽ばたかせた。


「ギャウウ!」


未だ周囲は暗い中、飛び上がった竜は背に乗る人物を振り落とそうとグワングワン動きまくる。しかしオズヴァルドはぴったり張り付き落ちる素振りは無い。それどころか―。


「いやっほう!」


暴れる竜を無理やり手懐け、空中で曲芸をさせ始めた。




「「「「えぇ…」」」」


その様子を見たさくら達は呆然とする。エルフの国で見た「竜使役術」。彼はそれと似た動きをしているのだ。最も、あの副隊長の動きと比べればとんでもなく雑であり、とても実戦向きではなさそうだが…。


「オズヴァルド先生ってエルフの国出身じゃないですよね…?」


思わずそう聞いてしまうさくら。竜崎は頷く。


「うん。竜使役術は見様見真似なんだって。凄いよね」


唖然。エルフとしての能力なのだろうか、それとも『天才』と呼ばれる才能によるものなのだろうか。オズヴァルドの様子を大口を開け様子を見守るしかないさくらに、ニアロンは苦笑しながら語り掛けた。


―さくら、清人が何で竜を一匹しか借りてこなかったかわかるか? 6人で同じ竜に乗るより3人3人で二匹の竜に分かれたほうが早く着くんだが―


「何でですか?」


―理由はオズヴァルドの竜操縦技術だ。見ればわかるだろう。下手ではないんだが、毎度ああやって遊び始める。一緒に乗るやつは大抵酔って吐くんだ―


「あはは…まあそうなんだよな」


竜崎も否定する様子がない。そして今、竜自体をスピンさせながら飛ばしているオズヴァルドを見れば一目瞭然である。絶対彼の駆る竜に乗りたくない、そう思うさくらであった。



「ようし、どうどう!」


少ししてオズヴァルドは竜を降ろす。先程まで暴れていた竜は、可哀そうに暴れる気すら起きないほどに疲れていた。


そんな竜を担当職員に引き渡し、オズヴァルドは溌剌はつらつとした様子で竜崎達に向き直った。


「さ、行きましょうリュウザキ先生!今のでテンション上がりましたし、私が竜を運転しますよ!」


その言葉にさくら達は背筋をゾっとさせる。そんな彼女達の助けを求める目に応えるように、竜崎はオズヴァルドを宥めた。


「竜を落ち着かせる作業を代わってもらったからね、運転は私がするよ。オズヴァルド先生は皆が落ちないように守ってあげて」


「わかりました!」


竜崎の巧みな運転席逸らしに全く気付くことなく、オズヴァルドは竜の一番後ろに。それで胸を撫でおろしたさくら達はようやく竜に乗り込んだ。何はともあれ、ようやく出発である。

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