178話 商業都市レドルブ

―おーい、起きろ。早く目を覚まさないとまたオズヴァルドが水ぶつけてくるぞ―


ニアロンの言葉に、寝ていたさくら達は慌てて体を起こす。早朝出発、かついつもの如くニアロンが快適な空の旅を保障してくれたため、いつの間にか眠っていたらしい。


「あ、起きたね!」


一際元気な声にハッと後ろをみると、オズヴァルドが4つの水の球を用意していた。危ないところだったようだ。ほっと胸を撫でおろすさくら達に運転手である竜崎からアナウンスが流れる。


「『商業都市レドルブ』に到着したよ」


その言葉にさくら達は一斉に下を見る。


「「「おー!」」」


地元が近いアイナ以外は大きな歓声を挙げ、アイナも空から見る珍しい景色に楽しそうな顔を浮かべる。そこに広がっていたのは―。


ガヤガヤワイワイと喧騒が空高くにいるさくら達にも聞こえてきそうなほどの往来の激しさ。特に多く見受けられるのが商人達である。次いでその護衛の傭兵達か。商業都市の名の通り、そこかしこで商談がなされている様子が見受けられる。


至る所にある街の出入り口からもガラガラと音を立てながらひっきりなしに商人達が出入りをしている。その分、警らにあたる兵達も中々に人数が多い。


そして、周りを飛ぶ竜の数も相当な数。乗っているのはやはり商人。宝石などの比較的軽量なものや急ぎの品はそう輸送したほうが良いのだろうか。次々と竜の発着場に降り立ち、また飛んでいく。


魔界の都『魔都』や王都アリシャバージルと同じ、いやそれ以上の人混みではあるが、目立つのは意外にも人ではない。馬や竜などに引かれた荷物馬車である。服、食品、日用品、武器防具やアクセサリ、飼い葉やインテリアなどなど…。至る所に積まれた箱や商品の数は人の数など優に超えていそうだ。そのほとんどはどこかへ送られる代物なのだろうが、人の集まるところだけあって店も豊富。買い付ける客も箱買いしていく人がかなりいる。勿論、一つ二つだけ買う観光客も沢山である。


「ここは魔界と人界の丁度境目に位置する都市だから往来がとても多い。特に各地を巡る商人達の絶好の休憩場所であり、荷物の積み替えや取引、馬や竜の乗り換えに最適なんだ」


まさに商業の拠点。ハブ空港みたいな感じなのだろう。竜崎の解説を聞いてそんなことを考えていたさくらは、ふと思いついたことを聞いてみる。


「そういえばこの間魔界に行った時に竜を乗り換えたのって…」


「ここだね。最も、目的地の方向上この都市じゃなくて少し離れた別の村に降りたんだけどね」


確かにあの時の周囲はここまで騒がしくなかった。この都市の様子なら、深夜だろうが早朝だろうが行き交う人々の喧騒は止むことはなさそうである。




竜から降りたさくら達は竜崎の引率の元、本日の宿へ。至る所で開かれている店の数々に目を奪われつつ、さくらは思いついたことを口にする。


「なんか、元戦場って感じはしませんね」


空から見た時もそうだったが、パッと見では戦争の被害らしき破壊痕のようなものは見えなかった。てっきり壊れた壁や崩れた建物とかがあると思っていたのだが…。すると竜崎が説明をしてくれた。


「ここは人界魔界の境界に座していたこともあって要塞のような国だったんだけど、魔王軍に攻め込まれ陥落。王家は一族郎党皆殺しにされてしまった。当時の有様は惨たらしいものでね、この辺りはほとんどが瓦礫の山となっていたんだ」


「やっぱりそうだったんですか…」


と、ニアロンが竜崎から続きを引き継いだ。


―とはいえさっき清人が言った通り、ここは商人にとって必要不可欠な場所だ。戦後、商業組合と各国が協力し、新たにここを作り直した。商人達は重要な拠点を復活させるために、各国は主戦場だったこの場のイメージを払拭するために、な。私達勇者一行も随分と尽力したもんだ―


懐かしそうに語る彼女に代わり、今度はオズヴァルドが口を開く。


「戦場の跡地を知りたければ、近隣の村に繋がる道とかに結構残っているよ。多分幾つかの村に向かうことになるし、その時に見ればいいんじゃないかなぁ」


そんなオズヴァルドの言葉を聞き、さくらはあることに気づいた。


「あれ、ということはここに来るまでの道中にもあったんじゃ…」


「あったけど皆寝てたからね。無理やり叩き起こされて社会科見学って嫌でしょ?」


竜崎はそう言い、にこやかに笑った。




そんなこんなで宿へ到着。どうやらさくらが着いてくるのは前提らしく、教師達とは別の部屋もとってあるようだ。用意周到である。


「皆同部屋になっちゃうけど大丈夫?」


とはいえここは年中繁忙期の都市。空き部屋が必ずあるわけはない。申し訳なさそうにさくら達にそう聞いてくる竜崎だったが…。


「「「「むしろその方がいいです!」」」」


4人は揃って頷く。仲良し友達同士なのだ、分かれて泊まることに何も意義はない。林間学校や修学旅行の時のことをふっと思い出すさくらであった。



持ってきた荷物を置き、さくら達はフロントに集合する。無理やり任務についてきたのだから当然仕事は割り振られるらしく、さくら達自身もやる気満々である。


「はい、じゃあこれ」


と、竜崎は小さめの包みをさくら達4人に渡していく。何だこれと袋を開いてみると…。


「! お金だ!」


目を輝かせるネリー。中に入っていたお金は結構な量。少なくとも子供が遊び歩くには充分な額である。


「そのお金は自由に使っていいけど、代わりに店の人やお客さんの言動に目を光らせておいてね。結構あるんだ、誰かの会話から犯罪者の拠点とかが割り出せることが」


どうやら情報収集に用いる資金ということらしい。とはいえ、この金額を4人となると結構懐が痛むのでは…。心配したさくらが聞いてみると―。


「『単独調査』の経費で落とすから心配しなくていいよ。使い切ったらオズヴァルド先生から借りてね。オズヴァルド先生も許可持ちだから」


『単独調査』―。確か調査にかかった諸経費諸々を全て調査隊が負担するという特別な権利である。こんなものにまで適用されるらしい。確かにこんな権利が沢山の人に許されたら調査隊は破産してしまうだろう。金遣いの荒さも権利獲得の審査項目に入ってそうである。



「さて。じゃあ私は商業組合本部に話を聞きに行ってくるから、皆はオズヴァルド先生と街で情報収集をお願い。あ、無理に大人が集まるところとかに行かなくていいよ。そういうところは常駐の兵や雇われの情報屋が既に調べているからね、気の向くままで構わないよ」


それじゃあまた後でね。と手を軽く振り出かけようとする竜崎。と、ニアロンがふわりとさくらへ寄り、耳打ちをした。


―オズヴァルドのお守り、任せたぞ―


「? どういう…?」


さくらの問い返しには答えず、ニアロンは竜崎の元へ。少し嫌な予感がするさくらだった。

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