―閑話―

174話 MPの測り方①

「自分の魔力を測る方法ってないんですか?」


あくる日の学園。さくらはそんなことを竜崎に聞いていた。前々から自身の魔力貯蔵量が多いとは聞かされていたが、いまいちその実感はない。先日のオグノトスの一件で魔力量をニアロンに褒められたが、やっぱりよくわからない。代表戦では魔力を大量消費して大洪水を起こしたが、わかりやすいのはそれぐらいである。


ということでダメ元で聞いてみることにしたのだ。まあこの世界はゲームとは違い、HPMP式ではない。あるとは限らないが…。


「ん?あるよ」


「あるんですか!?」




「あるんだったら教えてくださいよ…」


「ごめんね、そんな気になっていたとは」


竜崎と共に歩きながら、さくらは少し頬を膨らませる。ずっと気になってきたことなのだ。目に見える形でわかるのならばそれは実に嬉しいし、自信も持てる。


「でもなんで教えてくれなかったんですか?」


「教えなかったんじゃなくて、教える必要が無いと思って。魔力の保持する量は人によってピンキリでね、さくらさんのように凄く沢山持てる人も入れば、ソフィアのように僅かにしか持てない人もいる。体温みたいに皆一定というわけではないんだ。だから測って比べることにあまり意味は無いんだよ」


「へぇー。あれ、じゃあ魔力不足とかは?」


「魔力不足や魔力酔いになる値も人による。かといって普段の魔力量より現在の魔力が多かったり少なかったりしたら体に害があるかと言われればそうではない。体内魔力量は常に変動し続けているしね。計測する道具こそあるけど、基本的に症状で判断されるからあまり使われていないんだ。魔力の増減で死ぬことはまず無いから。未開の地とか古代遺跡とかのような危険な調査に赴く際は、検査のために測ってから出発することもあるけどね」


と、そこにニアロンが口を挟んできた。


―魔力の多い少ないなら私が判断できるが不満か?―


「いえ、不満というか…。やっぱり自分の目で見たいなーって」


「ニアロンは半分感覚で診断するからなー」


竜崎にそう笑われると、ニアロンはさくら以上に頬を膨らませ竜崎の頭の上に肘をついた。少しプライドを傷つけてしまったらしい。




「それで今どこに向かっているんですか?」


「ここだよ」


さくらがそう聞いたのとほぼ同時に足を止める竜崎。着いた先は…


「医務室?」




「失礼します」

軽く一礼をして入る竜崎を真似しさくらも室内へ。保険医は笑顔で迎えてくれた。そういえばここにくるのは学園に始めて来た時以来である。さくらが運び込まれたのではなく、竜崎が運び込まれたのだが。


「あらリュウザキ先生、本日はどうなされました? 魔力不足ではなさそうですね」


竜崎の様子を見て、保険医は少し安堵の息を吐く。そういえば魔力不足の常連と言っていたが、さくらが見ている限りそんな様子はあれ以降ない。


―もしもの時、さくらを守るために消費をコントロールしているんだ。おかげでここに来る回数は減ったろ―


「おいニアロン…」


先程弄られた意趣返しなのか、竜崎の代わりにそう答えるニアロン。隠し事をばらされ、少し苦い表情を浮かべる竜崎だった。


「まあ…」


クスクスと笑う保険医と、してやったり顔で同じく笑うニアロンに溜息をつき、竜崎は今回の目的を伝えた。


「さくらさんに魔力計を貸して欲しいんです」




「そういうことでしたか。はいどうぞ」


保健医は二つ返事で戸棚を開け、何かを取り出しさくらに手渡す。その見た目はまるで体温計。しかも昔懐かしの水銀式のような形状である。


「そういえばさくらさんでしたよね、代表戦であの大渦を作り出したのは。私思わず大きな声だして驚いちゃいましたよ」


そう保険医に言われ、さくらは少し驚く。


「え、見ていたんですか?」


「私も医療班として代表戦のお手伝いしていましたから。あれだけ魔力を持っているとなると、その魔力計では計測しきれないかもしれませんね」


そんな冗談交じりの言葉を聞きながら、さくらは指示通り魔力計を口に咥える。どうやらそれが正しい測り方のようだ。体温計を口に咥えるなんて何気に初めての経験である。どうせ計測終了まで暇なので、さくらは口をもごもごさせながら質問をぶつけた。


「そういへば魔力不足とかの時の処置ってどうふるんでふか」


「魔力不足の際は、魔力を籠めた水や飴などを摂らせて応急処置をします。魔力酔いの場合は基本的に安静処置ですねー。ほっといて体から余分な魔力を抜けるのを待つのが一番なんです」


保健医の回答に続き、竜崎はある提案をした。


「そこらへんに興味があるなら『治癒魔術』の授業もとってみるかい?簡単な傷の治し方とかも学んでおくと安心だしね」


「やってみたいれす」


そう返事をしたさくらは、口に咥えた魔力計に視線を落とす。赤い線が口元からグググッと伸びていく。それは止まることなく進み続け…。


「へ…?」


いや止まらない。みるみるうちに赤い線は先端まで。さくらの不安気な顔を見て、保険医と竜崎はそれを覗き込んだ。


「あら本当に計測しきれないとは…。結構計測幅は大きめなものだったんですけどね。えっと他には…」


保健医は驚いたような口調で戸棚をごそごそと漁り始める。一方の竜崎はさくらの咥えた魔力計をしげしげと見つめていた。


「あ、あの~。恥ずかしいんでふけど…」


流石にこっぱずかしくなり、さくらは苦言を呈する。女の子が体温計を咥えている姿をまじまじ見るのはどうなのか。彼女の言葉を聞いた竜崎は直ぐに顔を離す。


「あ、ごめんごめん。もう計測しきれないみたいだし、外してもいいんじゃない?」


竜崎の提案を聞き、口元に手を持って行こうとするさくらだったが―。


―いや、もう遅いな―


「へ?」


突然、ニアロンが魔力計の先に障壁を張って包み込む。何をしているのかさくらが聞こうとした次の瞬間だった。


パリィン!!!


「!?」


魔力計の先っぽが思いっきり砕けたのだ。


「ひゃ! 何事ですか!?」


戸棚を開けていた保険医はビックリ仰天。身を竦ませ驚いた声を出す。医務室のベッドからは体調不良で寝ていたであろう生徒達が何だなんだと顔を出す。


だが一番驚いたのはさくらである。思わず口元からポトリと魔力計を離してしまった。


「おっと」


竜崎はそれをすぐさまキャッチ。少し興奮した様子で割れた先端を確認していた。


「これは凄い…!魔力多すぎて壊れたのか」


保健医もそれを受け取ると、おぉ…と声を漏らす。


「学園でこれを割ったのは数人しか知りませんよ…。ニアロンさんと、オズヴァルド先生。あとは…」


実に珍しいものを見たと言わんばかりの保険医。さくらはただ呆けるだけだった。ただ一人、予想通りとニヤニヤしている人がいた。ニアロンである。


―まあこうなるよな―


「わかってたんですかニアロンさん」


さくらの少し困惑した質問に、ニアロンは胸を張って頷いた。


―勿論。あれを壊すぐらいの魔力をさくらが秘めていることはな―


「なんで教えてくれなかったんですか…」


―自分の目で見たいって言ったのはさくらだろ?―


そう意地悪そうに笑うニアロンだった。

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