173話 『魔術殺し』
「できれば白蛇が犯人の顔を覚えていてくれれば良いのですが…」
そう言いながら、竜崎は横にいる山のような巨大蛇を見上げる。八岐大蛇は今だ目覚めていない。
「まずは全身に描かれた術式を解除して、大きさを元に戻してあげないといけませんね…」
手間だな、と言いたげな竜崎。その面倒さを理解しているらしく、メルティ―ソン達も少し大変そうな顔を浮かべる。暴れる蛇を取り押さえるまでで大分魔力を消費し、疲れてしまったのだ。もうひと踏ん張りとはいえ…。
そんな中、学園長が口を開いた。
「では私がやりましょう。イヴ先生、白蛇を伸ばしてくださいな」
イヴのゴーレムによって、絡みに絡んだ蛇の体は解かれていく。白蛇の巨体は森に寝っ転がるようにゆっくり広げられた。まるで川のようである。
「何をするんですか?」
と、そこにさくらが合流。オーガ族の人々も様子を窺いに近づいてきた。竜崎はさくらに説明をする。
「学園長が白蛇についた巨大化魔術を壊してくれるんだ。『魔術殺し』の本領が見れるよ」
魔術殺し。そういえば昨日、学園長がイヴのゴーレムを砕いている時にメルティ―ソンがそう呟いていたのをさくらは思い出す。イヴの『ゴーレム軍団長』のように、学園長にも二つ名がつけられていたようだ。しかし、殺すとは?そう首を傾げていると、ニアロンが教えてくれた。
―その名の通り、魔術を殺す…言い換えれば『壊す』んだ。いくら強固に作られた術式であろうが、複雑に絡み合った術式であろうが、あいつの腕にかかれば塵の如きだ―
それは恐ろしい。いくら魔術士が努力しても彼女には通用しないということか。俄かに信じがたいが、昨日あれだけ堅牢だった要塞ゴーレムを一刀の元粉砕したのを見てしまったのだ。納得せざるを得ない。
「あれ?でもそれなら竜崎さん達が来る必要なかったのでは?」
ふと、さくらは思いついたことを口にする。学園長がそんな技術の持ち主ならばそもそも1人で解決できたのでは? その答えは会話を聞いていた学園長本人によって説明された。
「いいえ、私だけでは不可能だったのよ。私の技はあくまで魔術を壊す専門。昨日のゴーレムみたいに本体ごと叩き壊して良いのならば楽なのだけど、魔術のみを殺して本体を殺さないとなると一旦静かにさせないと難しいの。それに、肉体にかかっている魔術はなんとかできるのだけど、精神にかけられた魔術は私ではどうしようもなくてね」
とのことらしい。あくまで竜崎達がここまで沈静化させたから出来る技のようだ。
「準備できましたわ学園長」
白蛇の体が真っ直ぐに伸びたのを確認し、イヴは学園長にそう伝える。
「ありがとうイヴ先生。さ、ダーリン。力を貸して」
「おうともハニー!」
学園長は自身の獲物である巨大斧を掴み、軽く詠唱。斧に何かを付与する。そして構えると、夫である里長にその身を預けた。
「白鬼の準備は済んでいる。力一杯いくぞ!」
「えぇ!」
そう言葉を交えると、里長は自分の妻を…
「せえぇいや!!」
ブォン!!
思いっきりぶん投げた。
「えぇっ!!」
槍投げのように投げられた学園長をさくらは驚きの声を出しながら目で追う。世界記録は知らないが、間違いなくそれを超えるであろう勢いで飛ばされた学園長は、空中で体勢を変更。斧を身体に沿わせるように持ち、縦回転。まるで車輪のように回り始めた。近づいただけで全てをたたっ切りそうな刃車輪である。そして…。
ガガガッ!
そのまま横たわる白蛇の上で回転移動を始めたのだ。
「あ、あれ大丈夫なんですか!?」
思わず慌てた声を出してしまうさくら。どう見ても切り刻んでいるようにしか見えない。そんな彼女を竜崎は落ち着かせる。
「うん、大丈夫。だと思う」
「思うって…」
―仕方ないさ。あの『魔術殺し』の技はあいつしか使えないからな。娘であるラヴィも使えるが、まだまだ力及ばずだ―
そういえばと、さくらは以前の竜崎vsラヴィの試合を思い出す。あの時のラヴィは精霊が作り出した竜巻や風の球を斧で切り壊していた。あれがそうだったのかもしれない。
ガガガッッ!!
回転する学園長は一本の首の先から飛び出す。どうやら一つ目は終わったらしい。次はどうするのかさくらが注視していると…。
「あっ!白鬼さん!」
飛び上がってきたのは白鬼。瞬時に回転を止めた学園長をガシリと掴むと、そのまま勢いよく別の首へと投げ飛ばした。そしてまた…。
ガガガッ!
回転する学園長。尾に行くと里長が、もう一度頭に行くと白鬼がと見事なコンビネーションである。さっき学園長は竜崎達を良いトリオだといったが、彼女達こそ真似できないほどのトリオであった。
ガガガッ! スタンッ!
全ての部位の解除が終わったらしく、学園長は着地する。それを合図かとしたように、山のような大きさだった蛇はシュルシュルと小さくなり、普通の大蛇クラスに。見事、魔術は殺されたようだ。もっともそれでも人より大きいのだが…。
「まだ起きないか…」
白鬼に持ち上げられ、さくら達の元に連れてこられる白蛇。ぐっすり寝息を立てていた。起きるまでは情報を聞き出せないだろう。
「学園長?どうしたのですか?」
と、1人だけどこか遠くを睨む様子の学園長に気づき、竜崎が声をかける。しかし彼女はそれに答えず、
「視線が消えた…?転移したの…?」
そう一言発した。
そのほぼ同時刻、白蛇の解除中の出来事である。直後学園長が睨んだ方向、その遠方では倒れ伏した白蛇の様子を眺める人物がいた。少し苛ついた様子である。だがその表情や姿は、被っている小汚いローブによって覆い隠されていた。
と、その人物の背後からノシノシと何者かが歩いてくる音が。
「どうだ兄弟?実験の様子は?」
新しく現れた人物の体躯はオグノトス里長並みにある。だが彼もまた、赤いローブを身に纏っており顔は見えない。
「…」
そんな彼の問いかけに、小汚いローブの人物は答えない。だがそれで充分だったらしく、巨躯の人物は軽く笑った。
「失敗か?霊獣の巨大化、暴走化、そしてその条件下での使役。だがまあ気にすることは―」
そう励まそうとする言葉を遮るように、小汚いローブの人物は言葉を発した。
「誰が失敗と言った。ほぼ成功だ。首1つ解放されたら暴走するとは思わなかったが。代わりに良いデータが取れた。あの魔眼持ちの捨て子にはお礼を言いたいぐらいだ」
「んだよ。じゃあはじめからそう言えっての。しかし、わざわざオグノトスの白蛇を使う必要あったか?多頭の霊獣が良かったなら他にもいたろ」
そうぶつくさ言う巨躯の人物を馬鹿にするように、小汚いローブの人物はせせら笑った。
「あいつらは脳筋の馬鹿の集まりだからな、どこかに救援を頼まなければ対処ができない。事実、学園から人を呼ぶまで充分に暴れさせてもらえたじゃないか」
「あんだけ人獣魔獣を放てばどこの国だろうが対処に時間がかかるたぁ思うが…。まあいいか。ちょいと他から連絡が入ってな。近々行われる戦争の『戦没者追悼式』。そこで魔王を殺しに動きたいという連中が徒党を組み始めたんだと」
その報告を聞いた小汚いローブの人物は軽く舌打ち。別の問いを返した。
「他の幹部連中はどう言ってる?」
「全員参加する気が無いと。まあ俺達のことを知らない、元魔王軍の末端兵共が暴れているだけのようだ。痛い目にでも合わせて止めるか?」
「いや、勝手にやらせとけ。まとまりのないクズは邪魔だ。どうせ無理やり止めてもまた暫くしたら暴れ出す。殺すなら現魔王軍にでも殺してもらおう。参加する王共の護衛には屈強な戦士が集まっているんだ、そんなときに仕掛けても勝ち目はない。まだ、準備がいる…」
そうぶつぶつ呟く相手に、巨躯の人物はなんとはなしに質問をした。
「そういやエルフの国でやってた実験はどうなったんだ?確か対象が近づくと呼応して暴走が始まる魔術だったろ?」
「…阿婆擦れに壊された。拠点ごとな…」
「あぁ? あー…勇者のヤロウか」
小汚いローブの人物の口調から、相当な怒りが溜まっていることを察した巨躯の人物はその件についてそれ以上の言及を避けた。
「じゃあ、連中にそう通達しとくぞ。好きにしろってな。あ、そうだ。『禁忌魔術』の一つを使いたいと言っても来てたな」
「どれだ? あぁ…『竜巻』のあれか。あんな無駄が多い魔術、勝手に使わせてやれ」
そういうと、小汚いローブの人物はフッと姿を消す。巨躯の人物も、やれやれと溜息をついてからフッと姿を消した。辺りには誰もいなかったかのような静寂が流れ始めた。
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