166話 鬼の頼み

「それで依頼って確か…」


「暴れる『霊獣』の沈静化…でしたよね…?」


イヴとメルティ―ソンは今回の任務を口にする。昨日のゴーレム騒動が収束した後に学園長から聞いた話では、オグノトス近辺に棲む「とある霊獣」が巨大化、暴れ始めたというのだ。


「その詳細はそれがしから説明しよう。このままでは話が逸れに逸れそうだからな」


と、里長ではない、これまた雄々しい声が聞こえる。その場にぬうっと姿を表したのは、里長並の大きさをした人型の生物。ゴツゴツとした太く大きい角が生えているがオーガ族ではなさそうだ。その肉体は人間離れした筋肉を誇り、腰巻こそ身に着けているが、上半身は裸である。顔も人間というよりか化け物寄り。そして全身の肌は絵の具で塗ったかのように真っ白である。


「鬼…!」


思わずさくらはそう呟いてしまう。これまた絵本などに出てくる鬼に似ているのだ。里長は挨拶するようにその化け物に手を挙げた。


「『白鬼』。どうだ様子は?何とかなりそうか?」


「残念ながら、某達では無理だ。よりにもよって人獣がわんさか湧いて出てきた。今はそちらの対処に追われてしまっている。やはり学園の者達に任せるしかあるまい」


どうやら名前も合っているらしい。最も、さくらの言葉理解能力は竜崎に依存しているため、本当は別の呼び方なのかもしれないが…。きっと竜崎もこの化け物を見て「鬼」と思ったのだろう。


「お久しぶりです白鬼さん…!」


メルティ―ソンはそんな鬼に対し、会釈をする。すると白鬼はガッハッハと笑う。


「相変わらず堅苦しいなメルティ―ソン。某の力は上手く使っているか?」


「はい、この間もお力をお借りさせていただきました」


「それは良い。何をさせてくれた? 土の上位精霊を打ち返した?どうやったらそんな状況になる?」



そんな会話をしている横で、さくらは竜崎にこそこそと問う。


「あの方って…?」


するとニアロンが答えてくれた。


―あいつは『霊獣』の一種、『鬼』だ―


「霊獣って動物だけじゃないんですね…」


今まで見たのは狼や猫、だから勘違いしていた。こんな霊獣もいるのかと驚くさくらに、竜崎は補足を行った。


「そもそも霊獣とは、『人と同じような知能、会話能力を有し、人や獣を凌ぐ能力を備えている者達』のことなんだ。確かにほとんどはタマのような動物の姿をしているけど、彼みたいな霊獣もいるんだよ。絶対数がとんでもなく少ないのと、白い肌や毛が特徴的だね」


なるほど、と感心するさくら。しかし気になるのはその鬼に生えている角である。オーガ族の特徴であるのも角。そしてオーガ族が作り出される素となったのは「とある霊獣」。もしや…


「もしかして…オーガ族の祖先?って…」


「某達だ。正確には、某達の祖先の1人、だがな。実に嘆かわしいことだが、時の魔術士共に捕らえられ、オーガ族を作り出す素材とされたと言い伝えられている」


答えてくれたのは白鬼本人であった。さくらは慌てて変なことを聞いてごめんなさい、と頭を下げた。


「なぜ謝る。事実であるし、何千年と前の話だ」


そう宥めてくれる白鬼に続き、里長も口を開いた。


「そうだぞ、さくらちゃん。それがあったからこそ、オーガ族は今を生きているんだ。そうじゃなきゃ、俺もハニーに出会うことができなかったしなぁ」


「もう、ダーリンったら」


またもいちゃいちゃしだす里長と学園長に、白鬼は呆れたと言わんばかりに溜息をつく。オグノトスが有名な理由の一つ、それはオーガ族の祖である「鬼」が棲んでいるからなのである。




「さて、話を戻そう。今暴れている霊獣は、某の友である『白蛇』だ。つい数日前から狂ったように暴れ始め、近場の森を荒らしておる。皆にはそれを収めてほしい。あいつは某の友人、出来る限り傷つけたくなくてな」


「なるほど、学園長がグレミリオ先生じゃなくてメルティちゃんを選んだ理由がようやくわかりましたわ。『愛眼』が今回の鍵なのですね」


白鬼の言葉を聞いたイヴは納得したと頷く。さくらはついでに気になったことを聞いた。


「その『白蛇』ってのはどんな霊獣なんですか?」


「某の友は少々特殊でな…」





オグノトスから少し離れた土地。尖った山々に囲まれたその地は、元々木々が鬱蒼と生い茂っていた。だが、今は違う。


バギバギバギィ!


巨大な蛇の体が森を這いずるように通る。大樹よりも太いそれは、森の木々を折り、千切り、なぎ倒していく。その度に棲んでいた動物達が逃げ惑うが―。


「ギャウウ!」


餌を見つけたとばかりに、人獣達がそれを捕え食らっていく。弱肉強食。口元を血で濡らした人獣の一匹は遠吠えをしようとした時だった。


バクンッ!


人獣がいた位置に、頭上から何かが降ってくる。それは、巨大なる蛇の頭。その口は人獣を飴玉を含むが如く瞬時に包み込む。骨を砕く音すらせず、咀嚼された仲間を見て人獣達は脱兎のごとく逃げはじめた。


それを蛇は身の毛がよだつような目をぎょろつかせ、舌をチロチロさせながら見送る。もう腹が膨れているのだろうか。いや、そうではない。追いかける必要がないのだ。


バクンッ!


空から降ってきたのはまたも蛇の頭。逃げる一匹を飲み込んだ。しかし、先程人獣を食べた蛇の頭は動いていない。つまり、顔は二つ…ではすまなかった。


バクンッ!

バクンッ!


さらに響き渡る咀嚼音。それを為したのはまたも巨大な蛇の頭達である。逃げる人獣達を次々と平らげていき、揃った頭の数は八つ。シュルルルルル…!と気味が悪い音を空気中に響かせつつ鎌首をもたげ、合計十六もの目玉をぎょろぎょろと動かしながら森を破壊し続けていた。

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