153話 予言の一行結成①

「そんなことがあったんですね…」


口に含んでいた食べ物をゴクンと飲み下し、さくらは呟く。こんな話、聞いてよかったのだろうか。竜崎が抱えていた心の闇、その一端を垣間見てしまった気分である。


だが、賢者はそう沈み込むさくらに優しく声をかけた。


「さくらちゃんや、そう気を揉むことはないぞい。なんでこの場でこの話をしたと思う?酒の席、食事の席での駄弁りとしてよいほど、リュウザキのやつは気にしていないということよ。当事者であるあの子にとっても、ただの懐かしい思い出話じゃ。まあ、本人達の前でこれを話すとニアロンが茶化すからリュウザキはちょっと嫌がるがの」


ふぉっふぉっと笑いながら、賢者はジョッキをグイっと空け、目の前に山と積まれた食事をひょいひょいと食べていく。常人が、しかも老爺が食える量ではないのだが、一皿、また一皿と片付いていく。


「そういえば、さくらちゃんはこの間エアスト村に行ったらしいのぅ。誰もリュウザキ達を恐怖の対象として見ておらんかったろう?暖かく迎えてくれたはずじゃ」


賢者の言葉に、さくらはあの時のことを思い出す。確かに竜崎を、ニアロンを毛嫌いしているような人は全くいなかった。


「最も、当時の村長達…クレアの親御さんは今でも気にしているらしくてな。何かにつけて甲斐甲斐しく世話を焼こうとしておる。この間さくらちゃんが行ったとき、彼らは姿をみせなかったじゃろ?旅行という体で村を追い出されていたんじゃ。恩人であるリュウザキをこき使うなんてとんでもないって毎回うるさいらしくてのぅ」


それを聞き、思わず苦笑いとなってしまうさくらであった。




賢者はまたもや酒のおかわりを注文しながら、店の入り口方向を見る。そして小さな声で「まだ大丈夫そうじゃの」と独り言を言うと、改めてさくらに話しかけた。


「そんな感じでリュウザキはエアスト村を出たわけじゃが…まだ聞きたいかの?」


「ぜひ!」


ここまで聞いたらもっと知りたい。元気に頷くさくらに微笑みながら、賢者は再度過去を語る口調になった。


「では、今度はアリシャバージルに到着してからの出来事じゃ…」







「着いたぞい、リュウザキ。ここがアリシャバージル王国の都じゃ」


馬車が停車し、先に降り立ったミルスパールに支えられながら降りてきたのは竜崎青年。村で来ていた服ではなく、彼が元々着てきた学生服を身に纏い、荷物を詰めたバックを肩から掛けていた。この世界では絶対に誰も見たことが無い服装である。


だが、その青年の様子がおかしい。足取りがおぼつかず、ふらふらとしている。


―ミルスパール、お前遠慮が無いな…本当に馬車に乗っている間ずっと魔術の練習に使うとは…―


青年に憑りついている霊体ニアロンは呆れた声を出す。村を出た直後にミルスパールは「移動中に魔術を叩きこむ」と宣言した。有言実行。学院最高顧問によるスパルタ教育が車中でなされていたのだ。


「すまぬすまぬ、だが見事じゃ。こんな短時間で中位精霊まで呼び出せるようになるとは。ニアロンよ、お前さんが基礎を上手に教えてくれていたおかげじゃぞい。そして、リュウザキにセンスがあったということでもある。正直、驚きが止まらんよ」


―今褒めてもこいつの耳には届いていないぞ…。おーい、清人。疲れていると思うが頑張れ―


ニアロンに励まされ、竜崎は顔をようやくあげる。その表情は疲労困憊といったものであったが、周囲の景色を見ると一瞬にして疲れが吹き飛んだようであった。


「おおーー!!」


レンガ造りの家々、飛び交う竜、剣や弓、杖を持つ様々な種族の人々が行き交う。夢のような異世界ファンタジーの街を目にし彼は思わず歓声を挙げた。その様子を見て、ミルスパールは笑う。


「ワシにとっては見慣れた景色じゃが…そう喜んでもらえると何故か嬉しくなるのぅ」



辺りをひっきりなしに見回し、目からキラキラと光がでるほどにテンションが上がっている彼をミルスパールは王宮へと連れて行く。その道中のことである。


「そういえばミルスパールさん…やっぱりこの服、目立ちません?」


ようやく少し落ち着いたのか、恥ずかしそうに聞いてくる竜崎。異世界の服、予言に示された者の証明としてミルスパールが頼み馬車を降りる前に着替えて貰ったのだ。確かに周囲とは浮いているが…。


「気にすることはないぞい。そこまでではないが、変わった服を着ている種族は結構居る。まあ多少は目立つじゃろうが…寧ろそうきょろきょろしている方が目立っておるぞい」


ミルスパールにそう茶化され、頬を赤くする竜崎だった。



「しかし…」

と、ミルスパールは誰にも聞こえない声で呟く。やはり、街の様子が変わり始めている。この国は魔界との国境から大分離れているとはいえ、学園学院、そして調査隊の本部が設営されている。王が少し前に出した武術大会開催の知らせも合わさり、周囲を歩く人々は血気盛ん、どこかピリピリしているのだ。しかも魔王軍の影響で都の近くにも魔獣人獣が姿を見せ、騎士兵士はそちらの対処にも追われており、街中を見回る兵はかなり減っている。この状況が長く続けば、至る所で喧嘩が起きても不思議ではない。


「早いとこ予言に選ばれた者を決めなければの…」


そう呟き、ミルスパールは後ろをついて歩く青年を見やる。彼は老爺が感じた街の変化に一切気づかず楽し気に辺りを見ていた。こんな子を戦場に連れ出すのは少し気が重いが…。そうミルスパールが思案した時だった。



「おい!てめえもう一度言ってみろ!」


「ふん!お前のような粗暴で臭い者が予言に選ばれる訳ないだろうが!選ばれるのは私だ!」


突如、進む先から怒声が響く。武術大会に参加する者達だろうか。片や筋骨隆々、背丈は2mを優に超える偉丈夫な獣人族。片や杖を持ちローブを纏い、魔導書を手にした魔術士の魔族。


どちらから仕掛けたかはわからない。だが双方ともに臨戦態勢。喧嘩の始まりである。本来このような事態には近場にいる兵士が諫めるのが常である。しかし、すぐに駆け付けられる位置には兵がいないらしい。戦場に、魔獣の討伐に兵を割いた結果である。


「ワシが止めるしかないかの…」


誰にも迷惑が掛からなければ別に放っておいても良い。だがここは大通り、放置していたら治安が乱れてしまう。溜息をつきながら一歩足を踏み出すミルスパールだったが、それよりも先に動いた者がいた。


「あ、あの…!皆の迷惑になりますから止めてください…!」


いつの間にか彼らの間に割って入ったのは竜崎青年。少し怯えた様子ながらも仲裁を試みていた。


「なんだぁこのガキは!」


「邪魔をするな!珍妙な服を着ているくせに!」


勿論頭に血が上った彼らが聞くはずもない。それは青年も想定内だったのだろう。ポケットから精霊石を取り出し、詠唱を始める。現れたのは水の中位精霊だった。


「「!?」」


子供が精霊術を使いこなしていることに驚き、そして喧嘩を売られたと思った獣人と魔族は武器を構える。しかし―。


「…とりあえず、水を飲んで落ち着きませんか…?これ飲めるみたいですし…」


精霊が作り出したのは二つの水の球。それはふわふわと獣人達に近寄り、停止した。


「「……」」


しばしの沈黙が流れる。だがようやく獣人達はハッと気づき。


「「馬鹿にしてんのか!?」」


と揃って大声をあげた。おちょくられていると感じたらしい。同時に青年を殴ろうと襲い掛かるが…。


「「ぐえっ…」」


急に首を絞められたかのように、首元を押さえる獣人と魔族。そのままぐったりとその場に倒れた。


「全く…無茶するのうお前さんは…」


少し呆れながらもミルスパールは腕を降ろす。そう、魔術で暴れる2人を気絶させたのだ。ほっとする青年とは対照的に、霊体は不満を露わにする。


―なんだ。私の出番は無しか―


「後で存分に見せてもらうからええじゃろ」



そこにようやく兵士が数人駆け付ける。


「ミルスパール様!お帰りになっておられましたか!ありがとうございます!」


「済まぬがこいつらを牢に入れてやれ。頭を冷やしてもらおう」


兵に指示を出し、ミルスパールは青年を呼び寄せる。


「さ、リュウザキよ。王宮へ向かおう。お前さんは優しいのぅ」


照れくさそうに笑う青年だったが、ミルスパールの内心は別なことを考えていた。それは、先の喧嘩の際、周囲から聞こえてきたひそひそ声についてだった。


「やっぱり獣人は暴力的なんだ…」

「魔族は戦争を起こすだけあって危険な奴らなんだな…」


既に種族が入り混じったこの世。さらにここアリシャバージルは種族差を気にしていない者が集う。だが今は戦争という特殊な環境。魔王軍には魔族に限らず人間エルフドワーフも所属しているのだが、それでも「魔界vs人界」という構図によって勝手なイメージがつき、種族間を嫌悪しあう風潮が生まれ始めている。ミルスパールはそれを察したのだ。


「もしかしたら、リュウザキの存在が重要になってくるかもしれんのう…」


彼はそう呟く。この世界に来たばかりで事情をほとんど知らず先入観が無い彼ならば、人の痛みを知る彼ならば、予言の通り、この世を平和へと導いてくれるかもしれない。ミルスパールのその考えは誰にも知られることなく、胸に秘められるのだった。

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