143話 頼み事の真相
時は少々遡り、以前の昼食時―。
「でもなんでソフィアが?」
機動鎧を運ぶという依頼についてそう質問をする竜崎。それにはさくらも同感だった。確かにソフィアは快活少女がそのまま大人になったかのような人。自分自身でなんでもこなしそうな印象だし、事実そうなのだろう。しかし、今の彼女は工房のトップかつ勇者一行という伝説の存在。ただの村に商品を届けるといった些事なんて誰かに任せればいいのに。そんな思いを抱いていたのだ。
だが、その理由は彼女の次の言葉で明らかにされた。
「ちょっち理由があってね…その村、盗賊が棲みついているのよ。しかも沢山」
「えっ…!」
思わず驚いた声をさくらは出してしまう。それには納得の気持ちも込められていた。なら間違いなく些事とは呼べない。ソフィアはそのまま説明を続けた。
「近場を通る商人達から話を聞いてね。ほんの最近、あの鎧盗難以降からその村の様子がおかしいって。やけに食料品を買い付けるし、村人達がどこか助けを求める顔をしているし…極めつけは御尋ね者の顔を見たって人までいるの。気になったから何人かの商人達に無理を頼んで偵察がてら見に行ってもらったら…いるわいるわ大量の盗賊達。どうやら村人全員を脅してねぐらにしているみたい」
とんでもない話である。盗賊が村を襲わず居座るなんて真綿で首を絞めるようなものではないか。
「このままほっといて、村人の誰かが暴動を起こして殺し合いになったら目も当てられないじゃない?どうせだから配達ついでに倒しに行きたいのよ。でも下手に職人連中を連れて行って暴れさせると誰かが怪我するかもだし、なにより警戒されちゃう。ならば少数精鋭でぶっ飛ばした方が楽だと思って」
それが竜崎への依頼の真相らしい。なるほど、ソフィアの実力はわからないが、竜崎ならば村人を傷つけずに殲滅も可能だろう。
しかし、とさくらはソフィアに畏敬のようなものを向ける。彼女が持つ商人ネットワーク、そして何より、盗賊がいると解っているのに自ら向かおうとするその覚悟にである。勇者一行の1人というのは伊達ではないということか。
「購入依頼の手紙も妙に文字が歪んでいたし、密偵をお願いした商人曰く『機動鎧を盗んだら村を捨てよう』って盗賊達の会話があったということらしいのよ」
つまりこれは最後のチャンスとソフィアは言わんばかり。
「なるほどね。じゃあいつものってことか」
最も、竜崎の「いつもの」の意まではわかりかねるさくらだったが…。
場面は戻り、とある村の村長宅。さくらとソフィアが盗賊に囲まれているあの状況である。そう、つまりこれは想定内の出来事であったのだ。
「ところで、あんたらは機動鎧を盗んでどうする気?」
ソフィアの一応の質問に、盗賊はへっ、と吐き捨てるように答えた。
「決まっているだろ。売るんだよ。このクソ村長、安物を注文しやがって。まあでも天下のダルバ工房の機動鎧だ。元魔王軍残党にでも売りつければ暫く遊んで暮らせるぜ。心配すんなよ、外の連中が鎧を回収したら全員解放してやるから。あ、でも女子供何人か攫って売り飛ばしてやるか!」
「そ、そんな…約束が違う…!誰にも手出しはしないって…!」
村長は抗議をするが…。
「うっせえぞ!」
彼のもとに襲い来る拳。思わず目を瞑り体を縮こませる村長だが、彼にその一撃が当たることはなかった。何故なら…
ガンッ!
「~~ッ!!痛ってええ!」
「させません!」
さくらのラケットがその間に挟まれていたのだ。急いで袋ごと突き出したので神具の鏡の効果は薄く相手は多少よろけた程度だったが、それでも村長を守ることができた。
「なんだクソガキ!」
「ぶっ殺すぞ!」
猛り始める盗賊達。剣を鞘から抜くように、袋からラケットを抜き出すさくら。その様子を称賛の口笛交じりで笑っていたのはソフィアである。
「ピュゥ♪ やるわねさくらちゃん。流石は代表戦準優勝、いや優勝もいけたんだったわね。キヨトに鍛えられただけのことはあるわ~」
そんな彼女の手甲はバチバチバチと音を立てている。
「じゃ、やるわよ!」
その言葉を合図に、さくらと村長は一斉に身を低くして目を瞑る。次の瞬間―。
カッ!!
閃光が部屋を襲った。
「ぎゃあ!目が見えねえ!」
「何が…何が!?!?」
突然の光に目が潰され半狂乱となる室内。さくらは急いで詠唱を始める。呼び出すは雷精霊。あの時、公爵邸に賊が乱入してきた際、メスト先輩が鮮やかに仕留めたように…!
「雷精霊!お願い!」
一斉に散っていった5体ほどの雷精霊は即座に敵にくっつき、バチンッ!
「ぎゃあ!」
「ばあっ!」
痛みに悶え、気絶していく盗賊達。だがまだ半数の盗賊が残っている、はずだった。
「ほいさ!」
ドスゥン!
威勢の良い掛け声と共に、人が投げ飛ばされる音。さくらがそちらを見ると、残りの敵は全てソフィアが仕留め終えていた。
「お見事さくらちゃん!大分助かったわ!」
そう褒めつつ、ソフィアは腰につけていた道具入れから紐を取り出し次々と盗賊を縛っていく。あっという間に片付けられていたことにさくらが呆けていると…。
「クソがぁああ!」
なんと1人がやられた振りをして虎視眈々と狙っていたのだ。危ない―!そうさくらが声をかける暇もなく、凶刃がソフィアの背を捉えた。
「遅いわよ」
だがその一撃はするっと躱される。それどころか腕を掴まれ捻り上げられナイフを取り上げられる。
「確かあんただったわよね。さっき私をか弱いっていったの」
「ひぃ…!」
ソフィアはそのまま相手の胸ぐらをつかみ上げる。そのあまりの怒気に盗賊は怯え逃げようとするが、彼女は離さない。
「これでもキヨト達と共に死線を潜り抜けてきたのよ。弱いわけないでしょ!」
ドゴォ!
キレ気味の彼女による見事な一撃。その勢い凄まじく―。
バキィン!!
窓枠ごと盗賊を外へと吹き飛ばした。
「あっ…やっちゃったわ…」
すぐに我に返った彼女は顔に手を当て後悔している様子。
「ごめんなさい村長さん、許してね」
「い、いえいえ…」
自身を救ってくれた存在に苦言を言えるわけもなく、村長はただ首を縦に振るしかなかった。ソフィアは気まずさをかき消すように、さくらへ指示を行った。
「さ、マリアと合流しましょう。あっちも多分ドンパチ始めている頃合いだしね」
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