54話 絢爛なるや貴族達


「それじゃあパーティー楽しんできてね~」


次の日、竜崎は行商人のような大きな荷物を携え、タマに乗ってどこかに行ってしまった。それを見送るさくらとメスト、そしてニアロン。



「竜崎さん、勇者の元に行くって言ってましたけど…あんな大荷物で行くんですね?」



「先生は月に一度、勇者様に消耗品や整備した武器類とかを届けているんだ」


―とはいえエルフの国にいるから現地調達は可能なんだが…顔合わせついでにな。清人はもっと世話を焼いてやりたいってよくぼやいてるよ―




さくらの問いに、メストとニアロンはそう答える。



一体どんな方なんだろう。賢者達から聞いた剛力さとダンジョンで見た石像でしか知らないさくらは想像を膨らませる。が、それはニアロンの言葉で消された。




―さ、パーティーまであと一日ある。それまでにマナーを徹底的に叩きこんでやろう―




にっこり微笑む彼女を見て、さくらは背筋がゾクッとなるのだった。














あっという間にパーティーの夜。さくらは女子生徒寮に出向き、メストにドレスを着付けてもらっていた。



「よし、これで良いかな。あとは軽く化粧を施していこう」



そう言いつつ、化粧箱を取り出すメスト。ほとんど化粧をしたことのないさくらは彼女に顔を委ねることに。



目をつぶり、パフやアイライナーの動きを感じていたが―…。




「……あれ? これで終わりですか?」


予想以上に素早く終わったメイクに少々拍子抜けする。もっと母親みたいに念入りにするものかと思っていたのだ。



「さくらさんは元が美人だからそんなに要らないよ」



さらりと言ってのけるメスト。そういう彼女も美人であり、化粧は全く要らなさそうだが。











「メスト様、さくら様。お迎えに上がりました」



そんなこんなで定刻。女子寮前に馬車が到着し、さくら達はそれに乗り込む。女子寮の他の子達のざわざわとした羨望の声を受けるのは少し心地よかった。





―つまらないな、せっかくさくらで遊べるかと思ったのに。大方知っているんだもの―



と、馬車の中でニアロンがぼやいた。向こうの世界とこちらの世界のマナーはほとんど一緒であり、さくらもまた、最低限だけとはいえ身に着けていたからである。



勿論細かな点は色々と教わったが…慌てふためくさくらが見れなかったせいか、彼女は少々面白くなさそうだった。




そんな彼女の話を逸らすため、さくらは軽く促した。



「ニアロンさん、そろそろ着替えないと」


―あぁ、わかってる―



ふわりと浮き上がり光輝くニアロン。すると、その服装は美しいドレスとなっていた。…ただ…。



「大きくならなくていいんですか?」



首を傾げるさくら。ニアロンは少女姿のままなのだ。彼女は身体を大人姿に変えることもできるはずだし、その姿ならばパーティーの花形になれるほどなのだが……。



―面倒だからいい。主賓でもないし、基本引っ込んでるさ。 ゆっくり楽しみな―



そう残し、手をひらひらさせてさくらの身へ引っ込むニアロン。彼女なりの気遣いなのだろう。…本当に面倒なだけかもしれないけど。









―そして、馬車はとうとう公爵宮殿に到着した。綺麗に整えられた庭を見やりながら、さくら達は玄関に降り立つ。



礼儀正しい召使達に招待状を見せ、武器を預かってもらい、階段を登っていざ宴席へ。扉を開けてもらい、社交界に一歩を踏み出した。




「―わぁぁ…!!」



思わず声をあげてしまうさくら。なんと煌びやかなことか、なんと美しきことか…! 夢のような世界がそこにはあった。



心地よい音楽と香り、そして豪奢な調度品に包まれた部屋に集まっていたのは、豪奢なドレスを着て、グラス片手にエレガントに振舞う貴族達。


髭を綺麗に整えたおじさまから俳優のようなイケメン、品の良い奥様からうら若き令嬢まで、楽しそうに語り合っているではないか。



これこそ貴族のパーティー、これこそ理想の貴族達。さくらの目は一層輝いた。





「ようこそ、メスト様、さくらさん。歓迎いたしますわ」


と、優雅な仕草で駆け寄ってきて一礼をしたのはエーリカ・ディレクトリウス。学園内で見た服よりもさらに豪華な、貴族の令嬢に相応しいドレスを着ている。




「お招きいただきありがとうございます、エーリカ嬢」


丁寧な礼で返すメスト、さくらもそれに倣う。するとエーリカは照れた様子に。



「嫌ですわ、メスト様。そう堅苦しいのはお止めくださいな。さくらさんも今宵は是非お楽しみくださいませ! しかしお二方がお知り合いでしたとは…リュウザキ先生の教え子同士ですから当然といえば当然ですわね」







暫しの歓談の後、さくら達は机に案内される。その間もさくらは物珍し気に辺りを見回し、耳をそばだてていた。


マナー違反だとはわかっていたが、そうせざるを得なかった。だってこんな機会二度とあるかどうか…!




「見てくださいこのネックレス。この間宝石商が持ってきてくださりましてね、魅了されちゃいまして即決してしまいましたわ」




「あのお芝居、面白かったですわね。ついつい主演の女優に指輪を差し上げてしまいましたよ」




「そういえばあの村の人々は息災ですかな。流行り病で何人か亡くなったと聞きましたが」


「ご心配なく、薬の配給が間に合いそれ以降死者は出ておりません。間に合わなかった方々には申し訳ないことをしましたが…」




「ゴスタリアに現れたという謎の使い、一目見たかったですなぁ」


「貴殿は珍生物を蒐集していらしてましたな。しかしあれはイブリート様の使いと噂ですぞ」


「いえいえ、狩る気はありませんよ。しかし気になる。私も情報に賞金をかけましょうかな」




「先日魔界へ向かった際、丁度アリーナをやっていましてね。リュウザキ様が急遽参加なされていたんですよ。素晴らしい闘いぶりでした…!」


「なんと! 私も行きたかった…!」






―などなど、尽きること無き貴族達の会話。それらを聞きながらさくらはあることに気づく。街中や学園内では種族入り乱れているのに、ここでは人間が大多数なのだ。


時たまに羽や尻尾、エルフ耳が生えている人もいるが、そのほとんどは他の招待客だった。そのことをメストに聞くと、彼女は優しく教えてくれた。



「アリシャバージルは結構古い国だし、魔界からは遠いからね。貴族の方々はほとんどが人間なんだ。たまに他種族を血筋に招き入れる方もいるから全員ではないけども」




そのためもあるのだろう、純粋な魔族であるメストの青肌は異彩を放っている。しかも見惚れるほどの男装の麗人と来た。早速、隙を見て何人かがダンスのお誘いやらこの後の都合やらを聞いてくる。



ただそれも毎回のことらしく、メストも手慣れた感じで断りを入れていく。ついでと言わんばかりにさくらにもお誘いのお鉢が回ってくるほどだった。




「あら皆様、その方々は私の大切な友人ですのよ?」



―と、そんな場に少し不満気な声でエーリカが。助けに来てくれたらしい。公爵令嬢とあって、その威は絶大。悪い虫たちは散っていった。



「全く…。さくらさん、お父様がお会いしたいと。こちらへ」



やれやれと溜息をつきながら、エーリカはさくらをとある場所へ案内するのだった。








案内された場に居たのはエーリカ達と同じ金髪の壮年男性。彼が、ディレクトリウス公爵その方なのであろう。


すらりとした立ち姿からその締まった顔から、高貴さが滲みだしている。ハルムのように奢った雰囲気は一切感じられなかった。




「お父様、さくらさんをお連れいたしましたわ」


「お初にお目にかかります、ディレクトリウス閣下。さくらと申します」



予めニアロンに習った通り、滞りなく礼をするさくら。一方の男性も、微笑みながら挨拶を返す。



「初めまして、私はアーノルド・ディレクトリウス。先日は我が愚息が失礼いたしました。怖い思いをさせてしまい申し訳ございません。どうか今宵をお楽しみください」



―すると、彼は更に頭を深く下げる。そしてさくらへと感謝の意を伝えた。



「…多くの経験を積ませようとハルムを貴族寮にいれたのですが、そこで我が儘を働くことを覚えてしまったようで。ほとほと困り果てていたのです。改心の機会を与えてくださり心より感謝いたします」




公爵閣下に直々に頭を下げられ、どう対処すべきかあわあわするさくら。 それを察したのか、公爵は話を変えた。



「ところでそちらのドレス、どちらでお買いになられましたか?」





「えっ、あの竜崎さんに勧められまして、あの店で…」


突然にそんな話を振られ、正直にさくらは答える。すると公爵はご満悦の表情。



「流石リュウザキ様、いい目利きをしています。実はあそこは隠れた名店でしてね、私も重要事の際はあそこで仕立て直しをしてもらっているんですよ。 …内緒にしてください、沢山の客が詰め掛けられたら台無しですから」



そう小さく付け加える彼。 ぼろっちい店かと思っていたがまさか公爵のお気に入りだったとは…。少々竜崎を疑っていた自分を少し恥じるさくらだった。







「さて、あとは…。 ハルム、ハルム!」



顔をあげた公爵は、息子の名を呼ぶ。すると、少し離れた位置にいたであろう彼は早足で近づいてきた。



「お呼びですか、お父様。 ゲッ…」



瞬間、ハルムは引きつった表情を浮かべた。さくらも思わず身構えてしまった。



「彼女に謝罪をしておらんだろう。良い機会だ、今謝りなさい」



父親に、公爵に、そしてパーティーの場でそう言われてしまったら従うしかない。彼は渋ることなく頭を下げた。



「先日は失礼いたしました。公爵の息子としての自覚が足りませんでした。お許しください」



その動作には、意外にも不満や驕りは無かった。反省はしっかりしているらしい。 よっぽど叱られたか、諭されたのだろう。






―大分殊勝になったな、ハルム。以前なら煽りの一文句でも加えていたが―



ふと、今まで静かにしていたニアロンがひょっこり出てくる。そういえば彼女はハルムの様子を確認するという目的を持っていたのだ。




「これはこれはニアロン様!いらっしゃったのですか!」


思わぬ上客に驚く公爵達。竜崎が来ないと聞いていたため、その驚きようも大きかった。




―さくらのお守り役でな―


「そうと知っていれば貴方様のお好きなものを取り揃えましたのに」


―構わんでいいさ。充分楽しめている―




公爵相手にも一切怖気ることがないニアロン。すると公爵は、軽く頭を捻った。



「しかし、ニアロン様がリュウザキ様より離れるとは中々珍しいこと。さくらさんはそれほどまでに目をかけるお方ということでしょうか?」



―まあウルディーネと契約は結んでいるな―



「なんと!?召喚できるだけではなく契約までとは!これは将来有望で!是非それを見たいものですが……」




ニアロンの回答に、俄かに声を興奮させる公爵。一応ニアロンがいる以上召喚は可能ではあるのだろうが、残念ながらまだ教わっていない。さくら達はとりあえず誤魔化すことにした。




「いえ、あの…。まだ召喚の方は不慣れで…」


―宮殿を壊してもいいなら、可能だな―




さくら達の返答に、それは流石に遠慮いたしましょう。と笑いながら辞退する公爵だった。










お酒を飲んでいないといっても、場酔いというものがある。少々酔った気分となり疲れたさくらは、開放されていたテラスに出て風を浴びていた。




「さくらさん、ここにいたんだね」



するとその場にメストもやってきて、さくらの隣に背をもたれる。2人揃って空を見上げた。




「綺麗ですね、空…」


元の世界では見たことのないほどの満天の星空を見てそう呟くさくら。それを聞いてメストは不思議そうに問う。



「前にリュウザキ先生から聞いたんだけど、そっちの世界は空気が汚れていたり周りの光が強すぎて星が良く見えないって。先生がこちらの世界に来てから大分経ったけど…直っていないのかい?」



「はい、都会だと全く見えないです。田舎とかに行くとまあまあ見えるんですけど…それでもこの比ではないですね」



―全くどこまで世界を汚しているんだかな。そちらにも精霊がいたら怒りで人を滅ぼしてそうだ―





冗談を言うように、肩を竦めるニアロン。それに少し笑いつつ、さくらはメストへと話しかけた。



「メストさんってやっぱりかっこいいですよね。所作も完璧だし、流石は貴族の…」



周囲の貴族に全く劣らない美貌を放つメストへの、純粋な感想。が、言ってから気づいた。彼女の壮絶な過去を。



どう弁解しようか慌てるさくらを余所に、彼女は言葉を返した。



「僕が生まれたときには没落していたからね。既に貴族の肩書は失っていたさ。ある意味厳格だったらしい祖父から厳しい教育を受けた父が色々と教えてくれたんだ。皆に気を配れる立派な人になりなさいって」



偲ぶようなメスト。 こんな方に弁解なんて逆に失礼、さくらは素直に謝った。




「変な事を言ってしまってごめんなさい…」


「ううん、気にしないで。あ、舞踏会が始まるよ。良ければ踊らないかい?」





王子様のような彼女に優しく手を引かれながら再度賑やかな会場に戻るさくら。―その様子を陰で見ていた人物がいた。エーリカである。




「私が愛しのメスト様と踊りたかったのに…邪魔をしますわねさくらさん。何のためにメスト様に毎回男装をして頂いていると思っているんですの!?」






先程までの令嬢らしさはどこへやら。ハンカチを噛んでキーっとやりそうな彼女。



―いやそれよりも、とエーリカは首を振た。 勿論愛しの御方と踊ることも重要なことだが、とんでもないことを耳にした。



「さくらさんは…リュウザキ先生と同じ世界から来た方ということ…ですわよね…?」





ハンカチを噛む代わりに、口元に手を当て真剣に考えだすエーリカ。出身不明だということは兄の召使から聞き及んでいたが、そういう裏があったとは。



しかも会話の内容からメスト様はご存知らしい。そしてニアロン様が憑いているのも納得がいく。こんな重大な情報、せめてお父様に打ち明けるべきなのかしら…。




覚束ない足取りをメストにカバーされつつ楽し気に踊るさくらを見つめながら、エーリカはそう苦悩する。――その時だった。





ガシャァアンッ!!



「きゃあああああ!!」

「盗賊だぁ!」





急に階下が騒がしくなる。続いて会場には武装した召使達が客を守るために入ってきた。



「何事か!」


ディレクトリウス公に問いただされ、召使の一人は床に頭を擦りつけんばかりに謝罪をした。



「申し訳ございません旦那様!賊の侵入を許してしまいました!皆様からお預かりした武器や荷物が狙われました!」


「なんだって!?」



先程までの上品な音楽も止まり、一気に騒然とする会場内。何があったか把握できていない人もいる中、兵の警備をすり抜け颯爽と駆けていく2人の姿をエーリカは見止めた。




それは―、さくらとメストであった。



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