53話 お似合いのドレス
ドレスを買うにはここがいい、とさくらが竜崎に連れてこられたのは、幾つかあるドレス専門店のうちの一つ。
他の店にはいかにも貴族らしい人々がちらほらいたのに対し、竜崎が勧めるこの店は古ぼけ客もあまりいなかった。
「ここですか…?あっちのほうがお洒落っぽいですけど」
特に人気なドレス店をちらりと見やるさくら。店頭に置いてあるドレス類は宝石が沢山散りばめられ、キラキラと輝いている。
そりゃ予算に限りがあるからそんな高級なものは買えないけど…と、つい不満が出てしまう。そんなさくらを竜崎は落ち着かせる。
「あっちの店は、あんまり言っちゃいけないんだけど…ちょっと質が悪いんだよね。宝石で誤魔化しているって感じで…」
声を潜め、そう教えてくれる竜崎。けど、とさくらは首を捻った。
「でもあんなに人がいますけど」
「あっちもあっちで昔馴染みの貴族達が多いからね、懇意にしている客が多いんだ。ツケも効くらしいし」
なるほど、いくら貴族といえども安い買い物ではないらしい。確かに店頭に置いてあったドレスの値段も、宝石のせいか目玉が飛び出すぐらい高価だった。彼らなりの苦労が偲ばれる。
…しかし、竜崎さんが紹介してくれたこの店はどうなんだろうか。店頭には精々が花が飾ってあるだけで一見してドレスを売っている店とはわからないし。
こんなところで良い物が売っているのかな…? そう訝しむさくらをよそに、竜崎は入店する。
「あら、リュウザキ様いらっしゃいませ。仕立て直しですか?」
入った瞬間、それを見止めた女性店員が丁寧なお辞儀で迎える。竜崎は彼女に要件を伝えた。
「いえ、今回はこの子のドレスをお願いしたくて。ディレクトリウス公爵殿のパーティーに招待されたんです」
「まあまあそれはそれは。…あら?でもそれって明後日なのでは? となるとフルオーダーメイドは無理ですね。とりあえず採寸をいたしましょう」
すぐさま動いた店員に導かれ、さくらは採寸室へと。彼女の手腕はとても優れており、測り直しすらなくあっという間に終わった。
「そうですね、このサイズでその目的ならば…。少々お待ちくださいね、その間店内をご自由にご見学ください」
そう残し、裏へと消える店員。その間にさくらは店内を物色することに。
様々なドレスやネックレス、ペンダントや靴が置かれており、見るだけでも高貴な気分になれて楽しかった。―が、ふと妙なものを見つけた。
「あれ?これって…?」
ドレスの内、区分けされているものがある。それをよく見ると、背中が大きく開いているものや、お尻の上あたりに穴が空いているもの。またはそれが両方備わっているものもあった。
なにこのちょっといやらしいドレス…? 何用なんだろう…? さくらがそう考えていると、試着室のほうから店員の声に続いて聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「サイズはよろしいですか?メストさん」
「はい、ピッタリです。有難うございます」
そしてカーテンを開け出てきたのは…短髪の青肌魔族女性にして、学園の生徒。メスト・アレハルオだった。
「メスト先輩!」
「あれ、さくらさんとリュウザキ先生! 奇遇ですね」
どうやら彼女もこの店の常連らしい。さくらが招待の件を伝えると、彼女は驚いた顔をした。
「僕もそのパーティーに招待されているんだ。一緒に行くかい?」
まさかまさかの偶然。思わぬ道連れに手放しで喜ぶさくら。 と、竜崎が一言。
「メストも行くなら、ニアロンがついていく必要はないかもな」
信のおける教え子がさくらについていくとあって、安心したらしい。確かに彼女は身のこなしも完璧だし問題ないだろう。
とはいえ、メストとぴったりくっついてパーティーを過ごすわけにはいかない。竜崎の考えを止めるようにさくらは頼み込む。
「いえ、不安なんで…できればついて来て欲しいです…!」
―私がいれば有事の際もなんとかなるし、傲慢なやつに舐められることはないだろう。憑いていくさ―
ニアロンもまた、同行表明をしてくれた。これで万全である。
―と、メスト先輩が現れて丁度よかったと、さくらは先程のドレスについて質問をする。男性である竜崎には相談しずらかったのだ。
「このドレスってなんですか?」
「それは魔族の翼や獣人の尻尾を出す穴だね、僕のにも空いてるよ。パーティーでは自分の種族を誇るために出しておくのがマナーなんだ」
メストから返ってきたのはそんな回答。まさに異世界らしいルールである。
「お待たせいたしました。こちらなんてどうでしょう」
そんな間に、店員が裏から戻って来た。手にしていたのは肩だし式のドレス。
過度な宝石こそついていないが、施された刺繍が美しく、ところどころに散りばめられた宝石を際立たせている。薄い生地が幾枚か重ねらているスカート部分は生地の良さもあって野暮ったさは全く無かった。
ハイヒールもマッチしており、貴族が着てそうな厚手で立派な代物というわけではないが元の世界でも通じる上品で爽やかなドレスだった。
「目立ち過ぎず、かといって地味にならず、招待客としてはこれが良いかと存じます。魔術糸を使用しておりますので少々お値段は張りますが、しなやかで軽やかに仕上がっております」
店員に促されるままに試着をしてみると、とんでもなく動きやすい。このまま走りだせるぐらいには軽かった、もっともハイヒールを履いてないからだが。
「おー、どこぞのご息女みたいだね」
「似合ってるよさくらさん」
―これなら貴族の中に混じっても負けないな―
皆から称賛され、これを買うことに。値段も幸い、所持金で問題なく支払えた。あの時ゴスタリアについていってよかった…! そう心の中で自分を褒めるさくらだった。
「じゃあ、これあげるよ」
さくらがドレスのお会計をしていると、竜崎が別途買ったものを渡してくれた。
それは武器をしまうための袋。さくらが普段使っているものよりもかなり立派なものであった。
「いつもの袋だとドレスに合わないからね。向こうについてすぐに武器を預かってもらうとはいえ、細部に拘っておくに越したことはないし」
そういうことならと、有難く頂戴するさくら。これで服は準備万端となった。綺麗なドレスも買えたし…!
―ふと、彼女はメストのドレスが気になってしまった。彼女はどんな美しいものを着るのだろうか。聞いてみることに。
「メスト先輩はどんなドレスを?」
「僕のはちょっと特殊なんだ」
見せてあげるよ、ともう一度試着室に戻るメスト。そして着てきたのは…予想外の服だった。
ドレスではあるが、スカートではなくパンツ姿。女性らしい装飾と彼女自身に胸があるから女性だとわかるが、それがなければ本当に貴公子にしかみえない。まさに男装の麗人といった出で立ちであった。
「エーリカに何故か毎回招待してもらっているんだけど、このドレスで来て欲しいって言われててね。僕に似合ってるみたいだし、これじゃないと彼女ちょっとむくれちゃうから」
なんで…? 女性でも惚れそうなカッコいいメストの立ち姿に見惚れつつも、首をひねるさくらだった。
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