49話 ドワーフの廃坑ダンジョン③


歴戦の教師2人が止まったことで更に恐怖を増したのか、逃げ出そうとする獣人青年オカム。と、そんな折―。


「落ち着いて、オカム君。これは偽物だよ。深呼吸がてら、試しに匂い嗅いでみて」



平然とした様子で、オカムの背を撫でてやる竜崎。どうやら教師2人は呆然と立ち尽くしていたのではなく、何かを考えていただけだったらしい。



「ぇ…は、はぁ…。」


言われた通り嗅いでみるオカム。すると…。



「あ、あれ…? 本当だ…」


壁や床にべっとり血がついているのにも関わらず、一切その匂いしないらしい。それで安心したのか、彼はほぅと大きな息を吐いた。






「のう、リュウザキ先生、これは…」

「えぇ、ログ先生。十中八九、想像の通りかと」


ログと頷き合った竜崎は、大穴をひょいっと覗き込む。当然中は暗く、底は見えない。先程と同じように二アロンに偵察を頼むのかと思ったが…。



「よっと」



彼はごく自然に、穴の中に飛び降りていったではないか。






「竜崎さん!?」

「リュウザキ様!?」



慌てて覗き込むオカムとさくら。が、既に彼の姿は暗闇の中。発した叫び声が、ワンワンと反響するだけ…。




かと思いきや、穴の底から竜崎の声が帰ってきた。



「うん、やっぱりこっちが進行方向だ。皆、飛び降りてきて。クッションは敷いとくよ」







そんなこと言われても…。と、尻ごむさくら達。そんな彼女達に代わり、ログがずいっと進み出た。


「では、私から行きますぞ」


年老いたドワーフ講師は、一切怖がることなくひょいと飛び降りる。数秒後、無事に到着したのか声が聞こえてきた。



「大丈夫ですぞ、2人共。心配せず降りてきてくだされ」





残されたオカムとさくらは顔を見合わせる。…もしかしたら背後から化け物が迫ってくるかもしれない。この骨のように、どうせ食べられるぐらいなら…!



「「…せーの…! えーい!」」



勇気を振り絞り、突入。重力に従い落ちる、落ちる。



…いやすぐに地面が見えてくる…! 危ない、死ぬ―!




ブワッ!




突如強い風が下から発生し、さくら達の体はふわりと浮き上がる。そのおかげで、そのまま足で地面に着地することができた。


見ると、緑色の精霊が幾体も。竜崎が風精霊を召喚していたのだ。




「よし、じゃあ進もうか」



全員の無事を確認し、先に進む竜崎。今しがたの風のクッションのせいで若干スカートが捲れたのを誰かに見られていないか、さくらは少し気にしながらついていった。







とはいえ、穴の下も真っ暗。ランタンが無ければ全く見えず、そこいらに獣骨や人骨が転がっている。やっぱり化け物でもいるんじゃ…。



「あ…!」



ふと道の先の異常に気付くさくら。岩で塞がれた先から、仄かに光が漏れているのだ。




「これで開くかもしれませんぞ」


ログはその岩横につけられたボタンをカチリと。ゴゴゴゴと音を立て岩は動き、道が繋がった。




―が、その先にあったのは予想外の代物であった。









「な、なんですかこれ…」

「…トロッコ…?」



さくら達が訝しんだ通り、ところどころに明かりが灯った緩やかな傾斜の道に、トロッコ線路が引かれていた。



「ご丁寧にトロッコ本体も用意されてるな」


そして少し離れた場所に、あの箱のようなトロッコも停められていた。と、発見者の竜崎は何故かそこへ赴き…。



「よいしょ」



乗り込んだ。






「…なんで乗ったんですか?」


「いやせっかくだし?」



眉を潜めながら問うさくらに、竜崎はのほほんと。何がせっかくなのか、罠だったらどうするんだ。そう突っ込みたいさくらだったが…。



「よっこいせ…と。 ふむ、頑丈な作りですな」



ログも乗ったことで、言葉を飲み込まざるを得なかった。何考えているんだ教師陣。




「お、ログ先生。何か書いてありますよ」


「ふむふむ、『ドワーフ王の髭は黒色である。〇ならば左、×ならば右にレバーを切れ』ですか」


―なんだ? クイズか?―



掛けてある札の文面を見て、ワイワイと話し合う竜崎達。 一方、明らかに怪しい代物に乗る勇気はなく棒立ちのさくら達。



…と、その時であった。







ボオオオオ…ボオオオオ…




「「ひっ…!?」」



坑内に響き渡る恐ろし気な音に、身を竦ませるさくら達。何かが、近づいて来たのかもしれない。



流石に突っ立っているわけにもいかなくなった彼女達も、逃げ込むようにトロッコの後部座席へ。




「では出発しますぞ」


ログはレバーを左に傾け、ブレーキを外す。ガラガラと音を響かせながら、トロッコはゆっくり動き出した。




「あの…お二方…」


…と、直後、何故かオカムが切り出しにくそうに口を開く。竜崎はそれに応えた。



「どうしたの?」


「…ドワーフ王の髭って、確か…」



不安気なオカムの台詞。それにログは、さも当然の如く答えた。



「金色ですな」








「えええええっ!?」


さくらが叫んでしまうのも無理はない。だってレバーは左、〇の方。『ドワーフ王の髭は、黒色である』の方。



…つまり、間違っている……!





さくら達が止める間もなく、スピードを速めたトロッコは二股の分岐点に突入する。そして、レバーの通り左の線路を進んでいく。その先に待っていたのは…大きく×マークが書かれた、壁。




「やっぱりハズレじゃないですかぁ!!」

「ひぃいいいいいい!」



さくら達は叫びながら、思わず身を伏せる。教師2人は衝撃に備えこそしたが、しっかり腰を据えていた。



ぶつかる―!こんな洞窟で一生を終えたくない! 瞬間、さくらの脳裏には走馬灯が浮かび―。




ガクン!





トロッコ底面より聞こえてくる、奇妙な音。そして急ブレーキがかけられた感覚。


その勢いにあわやさくらは外に放り出されかけたが…竜崎達が押さえてくれたおかげで助かった。



気づけば壁の少し手前でトロッコは停止。そして…キリキリと音を立てながら出発地点まで登りだした。




「えっ…!? えっ!?」


何が起きてるのか理解できないオカムは周りをキョロキョロ見回す。なにせ下るだけのトロッコが、勝手に坂道を上がっているのだ。



だが、さくらにはこのシステムに見覚えがあった。


「…ジェットコースター…?」




そう、元の世界のアトラクションが一つ。ジェットコースター。一本道でこそあるが…構造が似ているように感じたのだ。






「なるほど、こうなりましたかの」

「本当、大掛かりですね」



そんなさくら達を余所に、勝手に感心している竜崎達。そんな間にトロッコは最初の位置に戻り、勝手にブレーキがかかった。



「では、正解の方に」



今度は右にレバー動かし、発進させるログ。今の台詞からさくらは確信を持てた。この教師達、わざとハズレを選んで遊んでた…!





「ひぃいいいいい!?」



可哀そうに、オカムは先程のでトラウマ気味なのか、動き出しただけで悲鳴をあげ出した。しかしトロッコは無情にも、先程と同じ高速に。



ただし今度は右の道へと入っていく。すると停止壁はなく…長い線路が続いていた。そして傾斜は無くなってゆき、自然とトロッコは止まった。






「降りていいのかな?」



大きく〇が描かれた壁の前で停止したトロッコから降り、竜崎達はさらに奥へと。もうオカムの耳は、ぺちゃんこに潰れていた。










更に少し進むと、突如として広間らしきところに出る。しかしまた、そこも奇妙であった。



「…? 石像?」

―だな―



首を捻る竜崎とニアロン。その広間を囲むようにあったのは、4つの像。



それぞれの形は、老爺、壮年の男性と、女性、そしてエルフ耳の女性。それらが、てんでバラバラな方向を向いていた。




「これって…勇者一行の像ですよね…?」



オカムの一言で、さくらも観察してみる。確かに壮年の男性像は竜崎によく似ている。老爺、壮年の女性はそれぞれ賢者ミルスパールと発明家ソフィアの顔をしていた。



となると残るこの像が…。



「これが勇者…!」




美しい顔つきをしたエルフの石像をしげしげと眺めてしまうさくら。と、足元に何かが書いてあるのを発見した。



「『闇を秘めた鋭俊豪傑たる勇の者』…!」



なんとそれは、かの予言の一節ではないか。他の像もみてみると、それぞれ対応した文言が書かれていた。



そして、広間の中央部には残りの文…ただし、『彼らを集め、希望をもって送り出せ』の一小節のみ書かれていた。




「これってもしかして…!」





ピンッと何かを思いついたさくら。彼女は急ぎ、竜崎達の元へと駆け寄った。







「んー?これどうすればいいんでしょう?」

「仕掛けはありそうですがなぁ…」



一方、固く閉じた岩扉を叩きながら揃って眉を潜めていた竜崎とログ。さくらはそんな2人に近づき、よくある解法を提案した。



「あのー。竜崎さん、ログさん。えっと、こういうのは全部の像を向きを、ある場所に合わせれば…」



「「へ?」」









「おぉ!本当じゃ、これ動きますぞ!」



ソフィア像に手を触れ、嬉々として向きを動かすログ。 この石像はとても軽く、簡単に回すことができる様子。オカムは賢者、さくらは勇者像に触れ、中央を向かせるように動かす。




「…これ、俺か…? こんなだっけ…?」



―かなり似ているぞ。中々良い出来だ。 …いや、格好良すぎかもな!―




自身の石像を担当した竜崎は若干首を捻り、ニアロンに弄られていたが。








ガコン ガコン ガコン ガコン




石像を真ん中に向けるたび、音が鳴る。都合4回響いた直後、その中央部から何かがせりあがってきた。それは、ボタンがついた柱であった。





「これを押せばいいのかな?」



カコン


ゴゴゴゴゴゴゴゴ……



竜崎がそれを押すと、閉じ切っていた扉が自動で開いていく。大正解だったようだ。




―と、その瞬間である。誰かが、その扉の奥から駆け出してきたではないか。






「侵入者だ!侵入者!」

「捕えておさの元に連れてくぞ!」


現れたのは…4、5人の子供。全員が妙な仮面をつけ、手製の玩具のような槍を突きつけてくる。






もしかしてこの子達が行方不明の子達…?どうするべきかさくらは目で竜崎に尋ねる。



すると、彼から帰ってきたのは「任せて」という目配せ。そして―。




「ひぃい! ご、ごめんなさい! 迷っちゃって…!」








は???? さくらとオカムは唖然とする。 竜崎が突然、素っ頓狂な声をあげて命乞いを始めたのだ。


そして、既にログと打ち合わせ済みなのか…彼も乗りだした。



「そうなのです!出口を探していたらここまで来てしまって!どうかお助けくだされ!」





地面に座り込み、両手を上げて降参のポーズをとる2人。中々に真に迫っている。彼らに軽く促され、さくら達も仕方なしに座り手を挙げた。





その様子を見て、自分らの威圧が効いたのだと勘違いしたのだろう。子供達はよほど嬉しくなったのか、テンション高めに命令を下した。



「長の元に連れて行く!静かについてこい!」



獲物を捕らえた部族のように、勝鬨を上げ先を進む子供達。さくら達はそれについていく。立ち上がり際に竜崎はグーサイン、作戦成功ということらしい。



…何も、ここまでしなくとも良いと思うが…。彼が楽しそうなので何も返せぬさくらなのであった。










「長!長!侵入者を連れてきました!」


とある扉の前で停止させられる一行。代表子供の一言が響くと…中から奇妙な音が。




ガタガタッ! ガシャン!



…かなり慌てているような、全く恐ろしくない音。しかし、それはすぐに鎮まった。




「入れ…」



代わりに聞こえてきたのは、荘厳な女性の声。それを合図に子供達は扉を開け、竜崎達を中へ引っ張り入れた。








「フッハッハ!よく来たな!」



そこは、おどろおどろしく飾り付けられた一室。その中央に居たのは、身長2m以上はある巨大な人物。


けばけばしい衣装を身にまとい、子供達よりも豪華な仮面をつけている。確かに長というに相応しい貫禄である。



「我がダンジョンを攻略し、ここまでくるとは…褒めて遣わそうではないか!」



大仰な動きを見せる長に、思わず武器を構えるさくらとオカム。…だが、竜崎達に手で小さく制された。




「「……。」」



そして、ただただ化け物じみた長を見つめる教師2人。何故か笑顔。 長はそれに少々たじろいだ様子であったが、威厳をもって言葉を続けた。




「迷い人なれば出口まで案内しよう。ただし我らの事は口外無用。もし禁を破れば…呪いが貴様らに降りかかるだろうッ!!」



彼女の強さを証明するかのように部屋の灯りがチカチカ点滅し、物はガタガタと震える。子供達は一斉にひれ伏し、さくら達の背筋もゾワリと。






だが…教師陣は――。




「「……ふふっ…!」」




なんとなんと、笑いを堪えきれないかの如く噴き出したではないか。それを見て、長は喋り方を変えた。





「はい、そうっスよね。ごめんなさいっス…」


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