26話 お小遣い稼ぎはクエストで

「―はい、ではこちらが預金通帳となります。失くさないようにしてください」


竜崎とさくらは先程受け取った報酬を銀行に預けに来ていた。


「竜崎さんほんとにいいんですか?このラケットのお代払わなくて」


「うん。私が勝手に頼んだものだからね。あ、でもステッキ代はそこから支払ってもらえると助かるかも」


通帳には今までのお小遣いやお年玉を全て溜めたとしても決して届かない桁が書き込まれいる。ほんとにこれが私のなのかと若干不安になってしまうほどの金額で、ドキドキがとまらない。




とりあえず学園に戻ってくると、ネリーモカアイナの三人組が待ち構えていた。


「あれ、3人共どうしたの?」


「あ、リュウザキ先生…」

いつも元気なネリーが珍しく大人しい。


「ほら、ネリー。謝らなきゃ」

モカに促され、彼女は意を決してさくらに頭を下げた。


「ごめんなさいさくらちゃん!私メスト先輩に昨日のこと話しちゃった!」




「早いなー…。まあ変な噂をばら撒いてはいないからいいかな?メストなら信頼できる子だから大丈夫だろう。多分」


―神速だな―


呆れる竜崎達。さくらも苦笑いを浮かべるしかなかった。


「ごめんなさい、ネリーちゃんメスト先輩が帰ってきたと聞いて居ても立っても居られなくなったみたいで…」


アイナはそう釈明をし、もう一度ネリーに頭を下げさせる。よほどモカとアイナに絞られたのか、ネリーは完全に縮こまっていた。慌ててさくらは止める。


「あ、あまり気にしないで!実は…」




―既に顔合わせ済みか。あの子らしいな―


「朝方挨拶に来た時にはそんなことおくびにも出さなかったのにね」


昼の出来事を伝えると、それを聞いた竜崎とニアロンは笑う。彼らからも一目置かれている人だということはそれでわかった。ネリーも信頼しているからこそ話したのだろう。


竜崎はコホンと一つ咳払い。

「んじゃ改めて。変な噂を広めない、または変な噂に変えて話す子に教えない。それさえ守ってくれればいいよ」


はーい、と声を揃える3人。怒られると思いびくびくしていたネリーもようやく胸をなでおろした。



「なんだかお腹が空いちゃったよ!」

緊張が解けた反動か、そんなことを言い出すネリー。


「なにか食べに行く?」

そう提案されるが、悲しそうな顔で首をふる。


「私、この前のお買い物で使いすぎちゃったからあまり買い食いできないんだ…」


「うそ!仕送り分も? 使いすぎだよ!」


少し可哀そうに思えたさくらは先程得た有り余るお金から奢ろうかと思案していたが、アイナが気になる一言を発した。


「じゃあ、クエストに行かなきゃ!」





校内、とある掲示板前。そこには様々な紙が貼られていた。しかし書いてある文字には共通性があった。


「お手伝い募集…」

さくらは内一枚の紙に書かれたその一文を読み上げる。そう、全ての紙は求人情報だった。


「竜崎さん、これって…」


「元の世界でいう、アルバイトだね。内容は色々だけど」

確かに。調理手伝い募集や掃除手伝いなどよくある代物も勿論あるが、薬草調達や魔物討伐など異世界らしいクエストが大多数を占めていた。他の生徒達はその中から気に入る物を見つけ出し、近場の受付で手続きを行っていた。


「面白そう!私も参加していいですか?」


さくらの参戦にネリー達は目を輝かせる。


「いつもはキノコ探したり、給仕手伝いをしたりしてるけど、もうちょっと難しいのやってみる?」

アイナの提案にネリーは一枚の求人紙を剥がす。


「じゃ、これ行かない?緊急だって!」

ネリーが選んだのは魔狼退治。どうやら近場の農場に狼がうろつき始めたらしい。


「大変そうだけど報酬凄く高い…。いいかも!」

やる気を出す彼女達。だがそこに待ったがかけられる。竜崎だった。


「大丈夫?もっと簡単なものにしたほうが…」


「えー。先生私達の実力信用してないのー?」


むくれるネリーに竜崎は手を振る。


「だってこういう依頼は怪我とか自己責任だし、案内人無しだから…」


心配する竜崎。二アロンがやれやれ、とため息をつく。


―お前は過保護過ぎだ。可愛い子にはなんとやら、だろ―


「でも…」


それでもなお案ずる竜崎にニアロンのほうが折れた。


―わかったわかった。私がついていけば安心できるだろ。この前さくらに憑りついた時も結局副作用は起きなかったしな―


その条件で渋々承知する竜崎。さくらに加えてニアロンまでメンバーに入り、ウキウキなネリーはスキップで受付に向かっていった。




「大丈夫かい?君達で」

依頼者である農場主は彼女達を見て不安げな声をあげた。もっと優秀な生徒が引き受けてくれるものだと思っていたのだろうか。来たのはまだまだ子供な4人組で彼は少し落胆気味だった。ムッとするネリーとモカだったが、アイナが慌ててそれを抑える。


―大丈夫だ。私もいる―

ひゅるりと姿を現すニアロン。それを見て農場主は声色を変えた。


「これは二アロン様! リュウザキ様とご一緒ではないので?」


―今回はこの子らの守り役だ。最悪私がなんとかするさ―


「なら成功したも同然ですね!お願いします!」


なんという手のひら返し。とはいえ不安がられるほどには危険なのだろう、さくらは気を引き締めた。





「アイナ、そっちいったよ!」


モカが自慢の耳で狼の位置を把握。それを皆に伝達する。


「さくらちゃん!風を起こしてこっちに誘導して!」


アイナの指示のもと、さくらは武器を振る。巻き起こった突風に逃げ道を潰された狼は慌てて別の方向へ逃げる。だがそこには―


「とどめぇ!」


岩陰に身を隠していたネリーが飛び出し、一撃。ギャウと悲鳴を上げ狼は力尽きた。


「やったぁ!」


竜崎の取り越し苦労。そんな調子で農場を荒らす魔狼は次々と討伐されていく。残った狼は恐れをなし森へ逃げ帰っていった。全員怪我はなく、全ての狼を排除することに成功した。


「もっと狩れば追加報酬貰えるかも!」


逸るネリーは駆け出そうとするが、アイナとモカに慌てて襟首を掴まれる。


―止めとけ、深追いするのは危険だ―

ニアロンにそう止められ、ネリーは少し不満そうだった。



ドドドドド…


と、森の方が騒がしい。さくら達が訝しんでいると地響きを立てて何かが駆け出してくる。


「あれって…」


走ってきたのは牛並みの大きさの猪。荒々しい鼻息を鳴らしながら突っ込んでくる。


「魔猪だぁ!」


ネリーが叫ぶ。


「逃げよう!」


「でもあの勢いじゃ農場に入っちゃう!」


背後には今守ったばかりの農場。それを壊されるのは避けたかった。まごつく彼女達を待つはずもなく、すぐそこまで魔猪は迫ってきていた。


―仕方ない。3人共さくらを支えろ!―


ニアロンの号令の下、3人はさくらにしがみつくように掴まる。それを確認し、ニアロンは皆を庇うように前に出て障壁を展開する。


ドスン!


障壁にぶつかった魔猪は痛がる素振りを見せたが、それで諦める様子はない。寧ろ勢いをつけて何度もぶつかり始める。


ドスン!ドスン!


じわじわと障壁が押し込まれ、4人の体もズルズルと押され始める。


―くっ…依代の膂力がここまで影響するか…。仕方ない。さくら、すまないがもっと力を使う。明日は動けなくなるかもしれないが許してくれ―




その時だった。

「蒼き薔薇よ、捕えろ!」


声が響く。それに応じて、猛る魔猪の足元からシュルシュルと薔薇が生え、その巨体を縛り付けた。


「穿ち抜く!」


何者かの影が魔猪の上をよぎる。太陽に被さるように跳躍したその人物は脳天目掛けて一突き、青い輝きが猪頭を貫いた。


「グルァア…!」

見事に急所に風穴を開けられ、魔猪はその場で崩れ落ちた。



攻撃の主は華麗に着地し、4人に駆け寄った。


「皆大丈夫?」


その正体はメスト・アレハルオ。先程の服装とは違い、専用の戦装束を着こみ、レイピアを携えていた。


「メストせんぱあ゛あ゛い゛!ありがとうございます!」


泣き顔のネリーは彼女に飛びつく。


「良かった。皆無事だね」


ネリーを撫でながら他3人の無事を確認し彼女は一息ついた。


―助かった、メスト。いい時に来てくれた―


「いえ、こちらこそすみません。僕も依頼を受けたんです。魔熊が狩られすぎて魔猪の縄張りが広がっちゃったみたいで、他の子とその対処に。一匹だけ逃げ出しちゃって…ここで抑えてくれて助かりました」



「おおきいですねこれ…」


その場に転がった魔猪の死体をしげしげと眺めるさくら。猪なんてテレビや動物園でしか見たことはないが、こんなサイズは異常ということは流石にわかった。


「この辺りではあまり見ない大きさだね。魔界の平均ぐらいはあるかな」

メストの一言にさくらは一瞬言葉が出ないほど驚いた。


「えっ 魔界ってこんな大きいのゴロゴロいるんですか…?」

―いるぞ。魔力の濃いほど大きい奴が増える。魔改造された種は皆そうなってるな―


「その分鈍重だから僕としては狩りやすいんだけどね」


そうにこやかに言い切るメスト。やはり彼女の実力は折り紙つきのようだ。




「ところでこの薔薇ってなんですか?」

いつの間にか茨による拘束は解けており、地面には青い薔薇の花が残されている。さくらの疑問にメストはにこやかに答えた。


「これは僕なりの捕縛魔術。召喚魔術の応用なんだ。素敵でしょ」


風が吹き、地面の薔薇は浮き上がる。一枚一枚の花びらに分かれ、風に乗って飛んでいった。


「綺麗…」


思わず感嘆の溜息を漏らす。薔薇を操る女性貴公子、私もそんな風になってみたいと妄想を膨らませるさくらだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る