25話 先輩

次の日。忙しい竜崎を案じ、タマと共に食堂で昼食を摂るさくら。


そこに近づく女性が一人。


「さくらさん、で合っているかい?」


「え、は、はい!」


声がした方をむくと、そこにいたのは肌が青い女性。のはずなのだが、どこか気品のある佇まいと短く切った髪が相まって、遠目から見たらどこかの貴公子といっても信じてしまう容姿をしていた。


「相席しても構わないかい?」


「は、はい、どうぞ!」


雰囲気に気圧されるさくら。どうしよう、変なことしたかな…。記憶を高速想起させていると、食べるのに夢中だったタマがようやく気付いた。


「おや!メストさんじゃないですか!ご帰省は済んだので?」


「うん。昨日帰ってきたとこさ。弟達も元気にやってたよ」


「それはよかった!」


話を弾ませる2人を眺めていたが、彼女は困惑しているさくらに気づき、丁寧に頭を下げた。


「すまない、自己紹介をしてなかったね。僕はメスト・アレハルオ。魔族だよ」


そういうと彼女は背中のボタンを開け、片側だけ翼を出す。周りを考慮し少しだけだったが、ネリーの翼に比べてかなり大きいことがわかる。


「私もさくらさんと同じくリュウザキ先生に学園に連れてきてもらった口でね。3年前かな。ちょっと君のことを聞いて気になっちゃって」


屈託なく笑う彼女にさくらも心を許す。


「それで、ちょっと聞きたいんだけど」


ちょいちょいと耳を指され、顔を近づける。メストは周りに聞こえない声で耳打ちをしてきた。


「君もリュウザキ先生と同じ世界から来たって本当?」





さくらは思わず体を後ろに引き、身構えてしまう。


「なんでそのことを…?」


「あぁ、ごめんごめん。怖がらせる気はなかったんだ。ただ、昨晩ネリーちゃんが私に教えてくれてね。本当なのか気になっただけなんだ」


昨日の約束はどこへやら。彼女は即座に話したらしい。やはり人の口に戸は立てられないのか、とさくらが少し幻滅していると、メストは彼女を擁護した。


「大丈夫、あの子も事の重大さはわかっているから。私の境遇を知っているから話してくれたみたいでね、一応釘を刺しておいたんだけど『先輩にだけです!』と強く言ってたよ。…まあ彼女の口は確かに軽いんだけど」


後半の一言は気になるところだが、ともかくネリーもメストもこれ以上言いふらすことはしなさそうだった。


「驚かないんですか?」


「勿論驚いたとも。だけどあまり過剰に反応して君を困らせるわけにもいかないしね。それに、私にとっては恩人の肩書だし」


「?」


首を傾げるさくらの視線に気づき、軽く首を振り雑念を払うメスト。


「ううん。こっちの話。気にしないで!」




しばし歓談する。彼女が知るお勧めのお店、魔術の使い方、女子寮の生活についてなどなど。さくらにとっても目新しいことばかりで飽きることはなかった。その過程で彼女の実力はかなりのものだということも薄々感じ取れた。話は竜崎についてになる。


「やっぱりメスト先輩は竜崎さんを尊敬しているんですか?」


「尊敬、うーん。リュウザキ先生はどちらかというと英雄だからちょっと別かな。私が尊敬するのはあの方! 一度お会いしたことがあるだけなんだけど、ゴスタリアの騎士団長の―」


「さくらさん。ここにおられましたか」


今度は別の声が聞こえる。その主はゴスタリア騎士団長、バルスタイン・フォーナーだった。今回は赤と灰色の鎧を着ていない私服スタイルだったが、その凛とした佇まいは健在だった。


「―!?」

彼女の登場に一番驚いたのは他ならぬメスト。ガタッと椅子を鳴らしながら立ち上がり、うやうやしく礼をした。


「お会いできて光栄です!バルスタイン様!」


「おや?確か貴方はメストさんですね。リュウザキ先生から幾度か貴方の活躍をお聞きしましたよ」


「こ、光栄です!僕、いや私は貴方様の在り方を人生の目標とさせて頂いております!」


さきほどの気品はどこへやら。そんな彼女にバルスタインも思わず微笑んだ。


「それはこちらとしても光栄です。未だ研鑽を積む身ではありますが、貴方の目標であり続けられるよう努力を怠らぬようにいたしましょう」


「恐縮です!私はいずれゴスタリアの騎士団に入団させていただきたいと思っております!」


「え?いやでも貴方の腕ならもっと良いところに…。いえ、その時は歓迎させていただきますね」


バルスタインが差し出した手を両手で握り返すメスト。アイドルとそれに偶然会った熱狂的なファンの構図にも見えるな、とさくらは内心思ってしまった。


「ご歓談のところ申し訳ありません。少々さくらさんとお話があるのですが、よろしいですか?」


「は、はい!お引止めしてしまい申し訳ございません!」


さくらを連れ、どこかへ消えるバルスタインを見送るメスト。糸が切れたかのように椅子にへたり込んだ。


「お慕いしております…バルスタイン様…」

興奮が冷めやらぬのか、しばらく呆ける彼女。そしてぽつりと呟いた。


「来たばかりのはずなのに、もうあの方とお知り合いなんて…。異世界出身者ってすごいな…」





さくらが連れてこられたのは学園長室横応接間。中には学園長と竜崎、そしてバルスタインの従者がすでに待機していた。


「私服でお目汚し失礼いたします。修理が間に合わなかったもので…。あと姫様から私服で行けと申しつけられまして…」


「修理、というとイブリートにこっぴどくやられた?」

そんな竜崎の問いに、彼女は頷いた。


「えぇ。まずはそのお話を。ある程度事態が沈静化したのを機に、イブリート様に謝罪をしに行くという布告のもと私達は永炎の地へ向かいました。命を投げ出そうとする王をイブリート様はしっかりと止めてくださいましたが、代案が王も共に戦うといったものでして。共に来た騎士を総動員して命をとる覚悟で挑みましたが、ほとんど歯が立たず薙ぎ払われました」


その名残か、確かに彼女達には髪が焦げた形跡が垣間見える。よほどの激戦だったのだろう。


「まあそうなるよな。私だって勇者達がいなきゃ勝てないよ」

と竜崎。


「まあそうよねぇ。私の全盛期でも引き分けだったもの」

と学園長。




「竜崎先生、さくらさん。こちらはお礼です。どうかお受け取りください」

バルスタインに促され従者が机の上に置いた二つの箱には金貨や札束などぎっちり入っていた。


「いいのに…」


「受け取ってくださらないと姫様に怒られます」


「仕方ないな。じゃあこれをもらって。はい学園長」


「はい。もらうわ」


一部だけ受け取り、残りを学園長に渡す竜崎。意味が分からないさくら。バルスタインもそこに突っ込んだ。


「やはりそうしますよね、先生は。どうして全て受け取ってくださらないんですか」


「だって魔王討伐の際に生活の保障は確約してもらってるし…。どうせなら学園の皆に使ってもらったほうがいいかなって。一応単身調査扱いだから報酬として計上できるし」


私も渡すべきなのかなと迷うさくらだったが、竜崎はそれを制した。


「あ、さくらさんは渡さなくていいよ。それは国一つ救った報酬。受け取っときな」


「そんなこといわれても…。こんな大金どうすればいいんですか…?」


「どうする?学園で預かってもらう?大丈夫、お年玉を回収する親みたいなことはしないよ。というか普通に銀行に預ければいいか」



竜崎が金銭をまともに受け取らないのは織り込み済みなのか、バルスタインはほくそ笑む。


「先生はそうくると思ってました。ですのでこちらをどうぞ」


今度は一回り小さい箱が机の上に置かれる。それを開くと―


「うわ!」

思わず声をあげる竜崎。そこには大小様々の精霊石、しかも全てルビーのような赤く透明な宝珠である。


「これ貰っちゃっていいの?」

目を輝かせる竜崎。バルスタインは勿論です、と頷く。


「やった!こんな質の良い精霊石、永炎の地でも簡単に見つからないよ!ありがとうバルスタイン!」


欲しかった玩具を貰った子供のようにはしゃぐ竜崎。金銭よりそちらのほうが竜崎には嬉しいようだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る