20話 魔法鉱物学講師ログと『発明家』ソフィア

翌日朝、学園への道を歩きながらさくらは問う。

「そういえば鉱物に詳しい方ってどなたなんですか?」


「あれ、一度顔合わせなかったっけ。まあ軽い挨拶程度だったし仕方ないか。ログ先生だよ、ドワーフ族のお爺ちゃん先生」

そう言われて思い出す。確か練習場でイブリートを召喚した際に一緒に見ていた教師の1人だった。確か魔法鉱物学の教師だとか。


「もういらっしゃっているかな…。あ、いたいた。ログ先生おはようございます」


「おや、リュウザキ先生。おはようございます。ユキタニサクラさんもおはようございます」


既に職員室に来ていたログは、授業で扱う複数の鉱石を磨いていた。中には鉱石というよりは宝石の類といっても差し支えないような美しい石や、惹きこまれるほどの透明感がある水晶のような石もあった。


「実は少し見ていただきたいものがありまして。これなんですが」

竜崎はマリアからもらった指輪を手渡す。ログはそれを受け取るとしげしげと眺めていたが、鑑定用の眼鏡を取り出して慎重に調べ始めた。


「微かに魔力が宿っておりますな。恐らく魔鉱物で間違いないですの」


竜崎は昨日の一件を伝える。削り離されたはずの欠片が、形を作り替えられてまでも元の道具に影響を及ぼしたことを。それを聞いたログは目を丸くする。


「間違いなく魔鉱物かつ希少鉱物ですな。私も聞いたことがありませんぞ」


「実はこれ、私が高位精霊を倒した時の鏡から削ったものでして」


「なんと、あの噂の!なるほど。もしかしたら古くに採掘しつくされているか魔界の秘匿扱いになっているかもしれませんのぉ」


「そうですかー。マリアには悪いけどそしたら産出場所特定は無理か…」


「マリア嬢からの頼み事でしたか、いかにも彼女らしい。ソフィア殿並みの逞しさですの。英才教育ですかな」




「あのー。魔鉱物ってなんですか?」

2人の会話におずおずと割って入るさくら。ログは面倒がらず、しっかりと答えてくれた。


「魔鉱物とは主に魔力を通すことができる鉱物のことですの。人界魔界どちらでも採れますが、土地の性質上魔界の方が質がよいですな。例えばこれ―」


ログは机の上の鉱物から1つ選び、魔力を籠める。すると鉱物の先端に火が灯った。

「これは火焔石と言いまして、魔力を火に変える代物です。魔術を練らなくても簡単に火が着くから点火用に使われたり武器に使われたりしますのぅ」


送られる魔力に応じて火の大きさをぴょこぴょこと変える火焔石。思わず感嘆の声を漏らす。ログはそれを見て嬉しくなったのか、もう一つ面白いものを見せてあげます、と懐からシガレットケースのようなものを出す。中を開くと細めに加工された鉱物が入っていた。


「希少鉱物かつ熟練が必要ですがこんなこともできますぞ」

数本引き抜き、何かを念じるログ、するとピクピクと鉱物が動き出し、宙に浮きあがった。


「わ!」


驚くさくらの周りを縦横無尽に飛び交い、風を切る。そしてまた彼の指の間に収まった。


「鉱物に魔力と念を送り込むことで自由自在に動かすことができるんです。私はこれを武器替わりにつかっております。複数の相手でも簡単に返り討ちにできますから便利ですぞ」


「とんでもない熟達が必要だけどね、私も練習したけど上手くできなかったよ」


竜崎は補足がてら残念がる。ログはホッホッホと笑いその箱を片付けた。



「しかし、ログ先生でもわからないとは」


「お力に慣れず申し訳ないですの…。あの鏡は魔界の村の方から譲られたとお聞きしましたがそこでも情報はなかったのですかの?」


「えぇ。前に何度か足を運んだのですが、昔から祀られているものだから何もわからないと」


「そうですか。残念ですのぉ…。私も色々と文献を探してみましょう。そうだ、よろしければそちらの指輪少し削らせてもらえないですかな?」


「いいですよ」


ログは手慣れた手つきで指輪の一部を削る。粉状のサンプルを丁重に仕舞った。


「もし何かわかればこちらから連絡させていただきます。しかし変わった鉱物もあったものですな。形成し直しても元の道具に忠実に力を送るなんて…。とかく鉱物の世界は面白い」


新しい研究材料が見つかり嬉しそうなログに礼を言い、とりあえず授業に向かう2人。

「竜崎さん。もしかして精霊石って?」


「お、気づいた?あれも魔鉱物。ちょっと特殊な石だけどね」





本日分の授業が終わり、マリアに報告するために2人は工房に向かっていた。竜崎は受付担当に尋ねる。


「マリアちゃんはいる?」


「マリア嬢なら家にお帰りになりましたよ。姐さんが帰ってきたので今頃溺愛されているかと」


「ソフィア帰ってきたのか。じゃあ今日行くのは野暮かな…」


「いえ、行ってあげてください。姐さんが帰ってきたのは昼で、今夕方ですからマリア嬢がずっと捕まってるとするとそろそろ疲れてきてる頃だと。毎回姐さんが帰ってきた次の日は疲労困憊って感じで工房に来ますし…」


そう頼まれ、苦笑いながら了解する竜崎。工房を出て向かった先は大きな一軒家だった。



呼び鈴をならし、少し待つ。するとメイドが扉を開けてくれた。


「リュウザキ様、お久しゅうございます。本日はどのようなご用件で?」


「マリアちゃんに用があってきたんだけど、今は邪魔しないほうがいい?」


「いえ、是非お会いしてください。ソフィア様が暴走していらっしゃいますので…」


どうやら受付担当が言っていたことは本当らしい。ようやく救いの手が現れたといった感じで中に通された。


家の中に置かれている高そうな調度品や鎧のようなものが気になり、さくらは小声で尋ねる。


「ソフィアさんってお金持ちなんですか?」


「予言通りの『発明家』だからね。勇者一行としての功績よりもその後の活躍のほうが目覚ましいよ。旦那さんも今は商会連合の重鎮だから、私達の中で最も成功したのはソフィアだね」




「ソフィア様。リュウザキ様がお見えになりました」


「あら、こっちから行こうとしていたのに。通してちょうだーい」


部屋のソファに座っていたのはマリアと髪色が同じで、後ろで髪を纏めたラフな出で立ちの女性だった。肝心のマリアは彼女、ソフィアに膝の上に乗せられ抱きしめられていた。


「キヨト、久しぶりー」


「一周間前にあっただろ。ドワーフの国に行く前に」


「だってマリアと会ってないと時の流れが遅くて…。本当はまだ向こうにいなきゃいけないんだけど寂しくて帰ってきちゃった!」


うりうりとマリアに甘えるソフィア。マリアは嬉しいけども面倒なのか複雑な顔をしていた。ニアロンも見かねて呆れたように聞く。


―連れていくことはできなかったのか?―


「だって突然の依頼があって…。本当は断ろうと思ったんだけど、マリアがどうしてもやりたいと言うから断腸の思いで引き受けたの。夫と父母がいるから寂しくないって言ってくれたんだけど、私が寂しかったの」


マリアの髪に顔をうずめる。深呼吸をして今度は褒め始めた。

「でもその依頼もあっという間に片付けちゃうなんて流石マリア!すごい!」


今度はわしゃわしゃと頭を撫でる。なるほど、出張毎にこんな寵愛を受けてたら疲れるのも致し方ないことだろう。さくらはマリアに同情したが、少し羨ましくもあった。



「ところでその子は?」

ようやくソフィアがさくらについて聞いてくる。それに竜崎は答えた。


「雪谷さくらさん。俺と同じ世界から来た子だよ」


「へー。ん!? え! え!? なんて!?」


「俺と同じ、こことは別の世界からやってきたんだって」


「えええええ!?」


思わずマリアを抱きしめていた手を緩めるソフィア。マリアにとっては絶好の脱出する機会だったが、ソフィアと同じように信じられないといった顔のまま固まっていた。控えていたメイドも衝撃を受けていた。


「良い反応だよ、ほんと」

竜崎は楽しそうに笑った。


「ということは、そっちの世界に帰っちゃうの?」

神妙な面持ちで聞いてくるソフィア。彼女にとってはそれが一番重要らしい。竜崎は残念そうに首を振る。

「方法が見つかったわけじゃないんだ。さくらさんがこちらに来たのも偶然みたいだし。今伝手を辿って色々と調べてもらっているんだけどね」


「そう…。良かった。いや良くはないわね。ごめんなさい、さくらちゃん、だっけ?驚いちゃって…」

頭を下げるソフィア。さくらはお気遣いなく!と慌てて頭を下げ返す。


「ん?ということはまさか―」


―予言ではないぞ。ミルスパールのお墨付きだ。その点も一応調べてもらっているけどな―

先制して答えるニアロン。それを聞いてとりあえずソフィアは胸をなでおろした。



「さて、紹介も終わったことで。マリアちゃん」


「ひゃい!」

彼女はずっと呆けていたが、竜崎に名指しされようやく意識を取り戻す。


「ごめんね。あの金属、ログ先生でもわからないって。もしかしたら昔に掘りつくされて無くなっているかもだって」


「そうでしたか。うーん、残念です…」

肩を落とすマリア。ソフィアも事前に聞いていたようで、同じく残念がる。


「ログのお爺ちゃんに聞いてわからなかったのなら知っている人もまずいないかー。せめてあの鏡ができた記録でも残ってたらねー…」



「そうだ、さくらさん。武器ちょっと借りていい?」


袋から出された武器を竜崎はソフィアに渡す。

「それ、マリアちゃんに作ってもらったんだよ。すごいいい出来してるよ」


「すごいわ!あの鏡を中心に堅牢に作られてる!精霊石のはめ込み穴も邪魔にならないように細心の注意を払ってあるわ!なによりこの限界突破機構!試作段階だったはずなのに問題なく稼働したのよね!やるわねマリア!」


母からの絶賛を受け、照れ隠しをするようにマリアはさくらに質問をして誤魔化した。

「そうださくらさん。あのまほーしょうじょ?の杖なんですけど、うまくできないんです。どういう構造かわかりますか?」


そんなこと言われても空想の産物なものがわかるわけない。答えに困っていると代わりに竜崎が質問し返した。


「どのあたりがダメなんだい?」


「杖の小型化は既存技術でなんとかなりますし、強大魔術もそれっぽいのはできそうなんです。ですが衣装を作り出すのが…」


杖の一振りで可愛い衣装に大変身!というのがネックとなっているらしい。ため息をつくマリアに竜崎はある提案をする。


「服そのものを出すんじゃなくて服みたいなもので体を包んだら?精霊やニアロンみたいに」


「「え?」」


どういうことかわからず怪訝な顔をするさくらとマリア。ソフィアは理解したらしく、ポンと手を打つ。


「なるほど!別に服じゃなくていいのよね。可愛くて体を隠せればいいんだし!盲点だったわー。やるねキヨト!水とかを魔術で上手く固定してやれば服代わりになるわ!」


なるほど!とマリアも手を打つ。危ない絵面になりそうな予感がさくらを襲うが喜ぶ親子に言い出すことはできなかった。




「でもそれってやっぱりそちらの世界あっての発想よねー。あの鎧だって考えつかなかったし」


「鎧?」

さくらは首を傾げる。


「廊下とかに置いてある鎧。この部屋にも置いてあるけど、ほらあれ」

ソフィアが指さした部屋の端には確かに鎧らしきものが飾られていた。だが、およそ騎士用とは思えない太めで重厚な見た目だった。


「鎧なんですか?」


「そうよ。『機動鎧』って名付けたの。マリア、乗ってみて」

乗ってみるとは?さくらが首を傾げているとマリアは鎧に近づき、何かを操作している。すると―


ガシャン!


胸に当たる部分が開き、マリアはそこに乗り込んだ。ハッチが閉まると、沈黙を保っていた鎧は顔を上げ、腕を動かし始めた。顔も左右に動き、ガシャンガシャンと音を立てている。これはまるで…


「ロボット…?」


「そうなんだ。実は、魔王討伐の道のりでロボットアニメの話をソフィアにしてね。こんなの作り上げちゃったんだよ」


「あの時、戦力になれないのが恥ずかしくてねー。これを作ってからは勇者と一緒に前線に出られるようになったのよ。本当に嬉しかったなー。上手く操ればゴーレム並みに火力を出せるから魔物なんか簡単に蹴散らせたのは爽快だったわね!」

過去を懐かしむ2人。機動鎧から降りてきたマリアは代わりに補足してくれる。


「私が生まれる前ですけど、武装を外して、極力安全性を高めて農作業用に売り出したんです。そしたらすごく売れちゃって。お母さんの名を更に知らしめたんですって!」


もしかしたら魔法少女のステッキもそんな感じになるのかな。それはそれで面白そう。さくらは少し出来上がるのが楽しみになった。




「そうそう、今から夕食を食べに行こうと思ってたの。キヨトを誘いに行こうと思ってたところだったんだ。賢者のお爺様も呼んでね。さくらちゃんも来ない?」

折角のお誘いだし、とさくらはご相伴にあずかることにした。竜崎は伝達係を引き受けた。


「じゃあ俺が賢者を呼んでくるから、先にお店に行っといて」


「ありがとねキヨト! いつもの店で待ってるねー」

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