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俺には、腹違いの妹がいた。俺の母親は俺を残して他の男と逃げた。あの子の母親は彼女を産んでそのまま亡くなったらしい。最初は優しかった父親も、2番目の母親が亡くなった頃から仕事はしているものの、酒と煙草に溺れ始めて、俺は最初の母親に似てるせいで暴力を振るわれ始めた。俺はあの子を守るためだけに生きて、小さい頃から身を寄せ合って生きてきた。


「なんでお前はアイツの顔してんだ!!お前なんかいらねぇんだよ…!」


陰湿なやり方しか出来ないから、顔や腕を避けて、見えない所ばかり殴られる。

あの子に危害が及ばないなら、なんでもよかった。俺なんかの存在価値はあの子を守ることだけだから。


あの子は生まれつき病弱のせいで学校は保健室通い。きっと学校の生徒は殆ど知らんと思う。俺には、それが丁度良かった。俺にとって大切で大好きで愛おしい存在のあの子は、俺しか知らんでええの。今まであの子の存在は認識されていなかったため、俺は安心しきっとった。

それがいけなかった。




「なぁ、」 

「どしたん?」 

「黒髪で、関西弁で、眼鏡かけてて、膝丈のスカート履いとる女子知らない?多分違うクラスだと思うんだけど」 

「小泉が女の子の話をするなんて珍しいな。名前は?」 

「聞けなかったからわかんない」 

「なんやそれ。何があったん?」

こうして、小泉の口から語られた女の子像にあの子の姿が重なって、頭を殴られたようだった。は?俺しか知らんはずやん。知られないように、あの子にもちゃんと言い聞かせとったのに。頭の中は、何で?どうして小泉に声かけたん?と疑問で埋め尽くされる。


「おーい?知らん?」

「あー、俺にもわからんかな、」

「そうか〜、しらんか」

「でも、何で?」

「んー、なんやろな?なんか……気になるんよ。消えちゃいそうで儚い顔すんのにさ、絡み方は逆にうざったいくらいやから」

「ふーん」


心の中は"どうしよう"と"どうして"が渦巻いて、そこからの小泉の話は頭に入ってこなかった。


「ただいま」

「あ、おかえり」


彼女の頭を撫でると、気持ち良さそうに目を細め、えくぼを作る彼女が愛おしかった。


「あ、そうや。最近小泉と仲ええんか?」

「そう!屋上で風に当たっとったらな、小泉と会ったから話かけてん」

「なぁ、」


楽しそうに話す彼女にかけた声が思ったより低くて自分でも驚いた。


「いつから、そんな悪い子になったん…?」

「ごめんなさ、」

「俺いつも言ってるよな?他の人と関わっちゃあかんって」

「なぁ、痛い」

「なぁ、わかっとるんか」

「痛いって!」


掴んだ手を振り払われてしまって、ようやく自分がどれだけ彼女の手を強く掴んでいたのかわかった。


「ご、ごめん……」

「どうしたん?今日はなんか変や」

「君しか、俺にはおらん……」


俺より小さな身体を掻き抱いて、潰れてしまうかもしれないくらい強く抱きしめる。苦しいと背中を小さく叩かれ、ゆっくりと離れて目線を合わせる。綺麗な黒髪を耳にかけて、俺の思いを伝える。ほんまに俺には彼女しかおらんから。


「俺には、君だけなんよ……君だけはいなくならんで…?」


震える声と滲む視界。どうしようもなく、泣いている俺を彼女は優しく抱きしめてくれた。


「なぁ、ベッドいこ」

「もう寝るの?」

「あかん?」

「しゃーなしやで?」


手を引かれて俺の部屋に向かう。

着いたらちゃんとドアの鍵を締めて、彼女と向き合う。そのままベッドに彼女を押し倒して口づける。彼女の腕が首にまわる。

ワイシャツのボタンを外しながら、キャミソールの中に手を入れてそのまま背中に回して、抱きしめた。


「ドキドキ、しとる」

「そりゃ、こんな事されたらドキドキくらいするわ、あほ」


手で顔を隠す仕草さえも愛おしい。


「いきたないなぁ……」

「ん?なんか言った?」

「いや、落ち着く」

「それはいいんやけどあのさ、重い」

「もうちょい」


はだけた格好の彼女と、彼女の心臓音を聞きながら抱きしめる俺。こうして、彼女の匂いを、感触を、体温を感じないと眠れなくなってしまったのはもうずいぶんと昔からだった。ここから一線は超えない。そんな劣情を抱くような関係じゃない。それよりも、もっと深いところをお互いに求めているから。

それだけで、よかった。あの子からの俺だけに向けられる優しさが、唯一の救いだった。

それからというもの、小泉からあの子の話を聞くことはなくなった。今までの平穏な日常が戻ってきた、そう思っとったのに。






「ただいま」


部活が長引いた日だった。家の扉を開けると、電気は真っ暗で。

ただ、なんだか嫌な予感して仕方がなかった。どうしてこういう時の嫌な予感というものは当たってしまうのか。


「おーい?おらんの?」


ひたすらあの子を呼ぶように声をかけながら探すが、何処にもいない。携帯を開くと、一件のメール。


"小泉と遊んでくるから、帰り遅くなります"


目の前が真っ暗になった。

持っていた携帯を床に投げつけ、家を飛び出した。

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