熱帯夜

ハセガワ リョウ

第1話 プロローグ

「お前、来月から旭川に移動な。札幌には必要ないし、会社にいたいなら旭川のアパート代とか引っ越し代とか自分で払って移動してくれ。」

いきなりこんな言葉を投げかけられたのは僕だ。

新潟出身、高校中退の27歳。特筆すべきところの無いタダの会社員。

高校を辞めてからは鳶職、居酒屋の料理担当、カフェの店長、クラブの店員等々まぁ例にも漏れず低学歴の定番みたいな仕事をしていた。

たまたま出会った、北海道の会社社長に気に入られそこの会社に転職し北海道に移住したが、上司とウマが合わなかったりで冒頭の言葉に繋がった。

「俺はさ、お前を良くやってると思ってるよ。好きだし。でも直の上司がそう言ってるから、俺としてもそれを無下には出来ない。そこで頑張れるならまた札幌に戻すし。」

社長は優しかったけれど、僕には絶望感しか無かった。というより、来月からってもう1週間とかしかないし、どうしようもないのが本音だ。

僕はその日の仲の良かった上司にメールを打った。

「この扱いには耐えられません。辞めさせても頂きます。すみませんでした。」

簡単に言えば内容はこうだ。

送ってすぐに、これからどうしよう?地元に帰るか?仕事どうするか?頭の中がグルグル回った。

幸い、末締めと末払いという零細にありがちな給与システムだった事もあり、末で退職の僕は丸々2ヶ月間、給料が払われる事となる。

「お金もあるし時間もあるし、海外にでも行ってくるかな。」

それまで海外に興味はあったが、貧乏暇なしな低学歴な僕は、土日祝休みの休日120日なんて普通の仕事にはつけるわけが無いので、まとまった休みをとった事も無かったし、とれなかったから旅行なんて近場の1泊2日ぐらいしか縁が無かった。

「バックパッカーでもやってみるか、東南アジアを貧乏旅行とかしてみたいし。今しか出来ないしな。」

そんな事を考えて、当時のFIXチケット(行き帰りの日時を固定する事で格安になるチケット、変更は利かない)を予約した。

行き先はタイ王国。これも大きな理由は無かった。飛行機も、物価も安くて行きやすいから。後は某映画の撮影地だったからとか、深い理由無く決めた。

怖いもの無しだった僕はいきなり4ヶ月のFIXを買い、4ヶ月間日本から離れる事にした。

行った事も無い海外、東南アジア、言葉もわからないが4ヶ月。いま考えると無謀もいいところだ、しかしながらその時の僕は何とかなる精神か、自暴自棄だったのか深く考えずにそのチケットを予約した。

それからは札幌のアパートを引き払い、身の回りのものを処分した。

まだ実家もあったので、実家にモノは送りつけて。

出発の日まではすぐだった。

荷造りと言っても持っていくモノも解らない、やっとスマホが普及してきたくらいの時代、情報も乏しい。着替えとキャッシュカード、パスポートぐらいだ。現地で調達出来るだろうとまたお気楽に考えた。

カバンは古着のスウェーデン軍のバックパック。今となっては何故そんな物を使っていたのか不思議だけれど。4ヶ月間の旅には不釣り合いなバックパック一つで僕は初めての海外に旅立った。

東京駅から成田空港へ向かう。

行き方も今ではすぐわかるが、この時は電車もよくわからない状態で、すごく時間がかかった。成田市って千葉なんだ、とか頭悪い事を思いながら空港へ着いた。

この先に何が起こるだろう?楽しいかな?

期待と不安が入り混じる。

僕はThai Airに乗り込んだ。周りに日本人は少なかった。初めてあんなに沢山のタイ人に囲まれて否が応にも気持ちが膨らむ。

「これから新しい自分が始まるんだ」

日本での鬱屈した気持ちを捨て去り、違う国を見る事によって、新しい自分に出会いたい。そんな気持ちだったと思う。

機内のCAはもちろんタイ人女性。

「サワディーカー」

挨拶からいきなりのタイ語。そんなの何もわからない。

機内食も聞かれ、ドキドキしながら

「CHICKEN!」

て言ったきり言葉は発してない。

そんな、27歳のダメ人間は初めての海外、初めてのタイ王国へ向かったのだ。

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