顔面蒼白面相令

Lie街

助けもなく彷徨い歩く愛

君がいる。君は俺に向かって手を振っている。それはまるで、俺の目がちゃんと見えているのか確かめるみたいに。ゆっくりと大きく、右に左に、右に左に。突然、プツリと切れる。目の前が真っ暗になる。昔のゲームみたいに。目を凝らしてみると君が立っているのが微かに見える、けれども、その姿はだんだん小さくなっていく。後ろ向きに手を振って、だんだんと。行かないで 行かないで 行かないで 行かないで。


目が覚める。湯船から上がったばかりのように、体が熱くて汗をかいている。もしかしたら、湯気でも出ていたのではないだろうか。息も荒い。俺は寝転んでいたソファに座る。ただただ、酷い夢だった。この頃この夢を毎晩のようにみて、その度に汗をかいて死ぬる思いで顔を掌で覆って自分で自分を慰めようとしている。

何年も前に終わった恋のはずだった。それでも、あの顔の真ん中についたちょこんとした小鼻や、キュッとつり上がった大きなつり目を思い出しては、何度も何度も忘れるように言い聞かせている。それでも、歯についたキャラメルよりも、靴底にへばりつくガムよりももっと頑丈にへばりついてしまって、これを剥がそうとすれば俺の心の表面まで根こそぎ剥がれていってしまいそうだ。

顔を上げると、机の上には書類が散らばっている。俺は仕事の疲れから、事務所のソファーで寝てしまったのを思い出した。しばらくすると、ここの事務員が1人、錆び付いた古めかしい扉をギシギシと言わせながら入ってくる。

「あら、もう来てたんですか?いつも社長出勤なのに、珍しいですね」

チクリと悪口を言われたような気がしたが、そんなことは別段気にならなかった。今年で39歳のいいおっさんが変な夢で冷や汗をかいて起きているなんて知られたら情けなくて声も出ないから、その場を適当にやり過ごすことに必死だった。

「そうだ、あの企画どうなった?ほら、夏川 咲菜と河内 智の熱愛報道」

俺はさっそく話題を逸らそうと仕事の話を持ち出す。

「あれ?代表知らないんですか?あの二人、昨日の夜に心中していたのが見つかったんですよ。今朝のニュースでしてましたよ。」

俺は驚いて目を見開いた。

「なんでも、夏川の家で夏川は窒息死、河内は自分で首を切って自殺で、夏川のお腹を切り開いていて、その中に顔を埋めていたらしいですよ」

アーティストのすることはよく分からない。

「気持ち悪」

俺はそういい放って、机の上のタバコの箱を手に取った。

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