十日目:女神の領域-6

 太陽が姿を現し、あたりが明るくなっていた。

 女神の星は、太陽の光に紛れつつも、まだ光を保っている。朝日に照らされて、青いタイルで彩られた神殿が、本来の美しい姿を砂の上に現していた。

 私たちは、あの後、神殿の中に招かれていた。

 瑠璃蜘蛛や私は、星の女神の乙女とその侍女としての待遇だったけれど、殿様に対しては扱いががらりと変わっていた。彼に対する対応は、星の女神の乙女の護衛の待遇ではない。もっと大切な存在のように扱われた。

 それは、彼が王族であるからというより、彼が女神の降りた巫女の祝福を受けたからであるらしい。

 塔のある屋上より下にある、中庭を見下ろす大神殿中央のバルコニーで、私と殿様は休憩していた。塔の周囲は、護衛の兵士たちにより。すでにきれいに片付けられているらしい。刺客の大半は、神殿から逃れたらしいし、息のあるものはつかまってはいたが、殿様は、その雇い主について尋問するつもりはないらしかった。彼には、どうせわかっているのだろうし、それがわかったところでどうしようもないのかもしれないが、処遇は、神殿に任せるといいおくだけで、自分はかかわろうとはしなかった。

 殿様は、左腕の手当てをされていたが、特に他に目立った怪我もなく、また左の袖を血で汚してはいたものの、返り血も浴びておらず、あれだけの乱戦を切り抜けたと思えないほど、衣服は案外綺麗なものだった。

 殿様は、疲れきっているようだったが、戦闘の興奮の後のためか、眠れない様子で、あれからも一睡もしている気配がなかった。着替えるのが面倒なのか、それとも何か意図があるのか、兜も脱がずに、彼は武装した姿のままで壁にもたれかかるように座っていた。機嫌がよくないのか、それとも疲れているからなのかはわからないが、やけにふてくされたような、だらしない座り方だった。

 瑠璃蜘蛛は、というと、まだ他の儀式があるらしく、巫女たちと今度は神殿本体の祭壇で残りの儀式を勤めているようだった。

「おやおや、悪運の強い男だね。どうやら、生き延びたらしいと大神官からきいていたが、元気そうでなによりだ」

 ふと声が聞こえて、顔を上げると、いつの間にか神官長がバルコニーにやってきていた。門が開いたので、女神の湖から帰ってきたのだろう。今は、彼女も少しやわらかい微笑みを浮かべているようだった。

「そうか。見覚えがあると思ったら、東方遠征前に巡礼に来たのはお前だったね」

 神官長にきかれて、殿様はぶっきらぼうに答える。

「俺は別に行きたくなかったんだ。ゲン担ぐやつがいるから、仕方なくだぜ」

「ここのところ、病気だといって、身内のものが、そういえば何度かきていたよ」

 殿様は不機嫌になって、そっぽを向いた。

「チッ、うるせえな、ばばあ。俺のことはほっとけよ」

「ふん、まだ病気が治っていないと見える」

 神官長は、あきれた様子で言った。

「今年、病気平癒の為に、お前の次期遠征用に新調された武具が奉納されたので、一体どうしたのだろうと思っていたら、そういうことかね。ずいぶんと荒れたものだね。前は、軽いが、もうちょっとマトモな男だったんだが」

「しっ、知らねえな! 全部俺の知らないところでなされたことさ」

 殿様は、とげとげしく言ったが、やけにわざとらしかった。内心動揺しているのかもしれない。

「お前の病が治ったかどうかは知らないが、女神様は、どうやらお前がお気に入りのようだ」

 神官は、目を細めた。

「まあ、お前が、もう少し男前だったら、聖婚の儀式までもつれこめたかもしれないが。お前の顔は、かなりおまけして並の上というところだからねえ。お手に触れるだけでもよくやったほうだよ」

「ななな、なに言ってるんだ。俺は、そういうつもりじゃ……」

 殿様は、照れた様子でいささか焦った様子だった。以前の彼からは考えられなくて、私は思わずこっそりとふきだした。それに感づいたのか、殿様が、じっとりと私をにらみながら呟く。

「ちょっと、お前、笑うなよな」

「ごめんなさい」

 私はそう答えて、神官を見上げた。

「しかし、まさか女神の体に触れることができるとは」

「触れるって、俺はただお手を拝借させてもらっただけだろ。からかわれたんだよ」

 殿様は、ため息混じりに答える。

「いや、私が女神の降りた乙女の手に触れた男をみたのは、お前が最初だよ。そう何度もあることではないのだ。そして、祝福を受けた。それの示す意味はひとつ」

 神官長は、不意に険しい表情になった。

「まあ、お前にも資格がないわけではないのだが、まさかお前がねえ」

 神官長は、殿様を見上げながら眉をひそめた。

「しかし、そうだとすれば、次の王は……」

 神官長が小声でそういったのに、殿様は気づいていなかったらしい。彼は、向こうからやってくる瑠璃蜘蛛を見つけて、慌ててだらしなく反抗的に座っていたのを改める。殿様は瑠璃蜘蛛には弱い。

「神官長さま。残りの儀式を終えてきました」

 瑠璃蜘蛛が神官長に報告する。

「そうか。それなら、巡礼の本隊が到着するまで休憩してもよい」

 彼女は、ええ、と言って殿様のほうを見た。殿様は、心配そうに彼女を出迎える。

「だ、大丈夫かい、ねえさん」

「ええ、女神様が降りたからって、別に疲れたりするわけじゃなかったもの。階段の上り下りはそれなりにきつかったけれど、大丈夫よ。それより、あなたは?」

「え、俺は、その」

「怪我をしたでしょう? 唇も切れているみたいだし」

「そ、そんなの、大したことないから。ちょっと手当てしてもらったらそれで十分だしさ」

 先ほど神官長にひねくれたことをいっていたのと同じ人間と思えなくて、私は思わず苦笑した。

「それより、さっきは、ねえさんが飛び込んできてくれて助かったよ。あれじゃ、もうほとんどもたなかったからね。俺も限界だったよ」

 殿様が感謝の言葉を口にする。本当に瑠璃蜘蛛に対しては素直だ。

「いいえ。できればもっと早く助けられればよかったんだけれど」

 でも、と、彼女は小首をかしげた。

「驚いたわ。女神様は、他の乙女に降りこそすれ、私に降りてくれたことはなかったもの。だから、私は神託ができなかったのだけれど」

「お前は特にそういう感受性が鈍い乙女であったからな」

 神官がそうしみじみと呟く。

「演技をしたところで、ああはいかなかっただろうね。お前の大根芝居なら、大神官が見破っているだろう」

「ええ。私はそんなには器用ではありませんし。演技をしようと思っていたのですが、焦ってもうまくいきそうになくって、ひとまず踊りに集中して、そのうちに機会を狙おうと思っていたのですが、そのうちに、意識がふっと飛んでしまったのです」

 瑠璃蜘蛛は、しばらく何か考えていた様子だったが、ふと、あ、と声をあげた。

「ということは、あのお酒がやはりきいたのかしらね」

「さ、酒飲んでたのかい、ねえさん」

 驚く殿様の言葉には直接答えずに、瑠璃蜘蛛は腕組みして唸る。

「けれど、あの程度では、私、酔わない筈だから、焦っていたのに。あのお酒には幻覚きのこでも入っていたのかしら」

「お前はどうしてそういう解釈しかできないのだろうねえ。だから、お前は、神官には向いていないのだよ」

 現実的な瑠璃蜘蛛に神官長はため息をつく。

「相変わらず本番に強い娘よな」

「そうでしょうか?」

 瑠璃蜘蛛は例の調子で答える。

「まあいいわ。世の中って不思議なことがあるものだものね」

 瑠璃蜘蛛はそういうと、一人納得した様子だった。

「まあ、そういうお前にも女神様が降りてきたということは、何かしら伝えたいことがあったのだろう」

「伝えたいことですか」

 瑠璃蜘蛛は、怪訝そうに呟き、

「しかし、どういう状況だったか覚えていないのですが」

「覚えてなければかまわん。そのうちお前にもわかることがあろう」

 神官長は、そういってバルコニーから出て行った。

 バルコニーには、私と殿様と瑠璃蜘蛛の三人だけが取り残される形になった。

「とうとう、神殿についてしまったのね、私たち」

 瑠璃蜘蛛が不意にそんなことをつぶやいた。

「ああ、……終わったんだ」

 殿様が、それを受けてぽつりと言った。そのときの殿様は、寂しそうな顔をしていた。

「皆もようやく到着するのね」

 瑠璃蜘蛛がそうつぶやく。彼女の視線を辿ると、明るみはじめた砂漠に一列に並んでやってくる人影が見える。あれは、間違いなく私たちがはぐれた巡礼の本隊に違いない。

「あれが到着する前に俺は消えるよ」

 殿様がふといった。

「俺がいて変な誤解するやつがいて、ねえさんに迷惑かけても申し訳ないし、それに、俺ももう行かなきゃ……」

 殿様は、ある一点を見つめていた。本隊に先んじて、一騎だけこちらに向かってくるものがいる。

「安心させてやらなきゃね……。心配かけてるから」

「ええ、残念だけれど……」

 瑠璃蜘蛛が静かに答える。殿様は彼女に向き直った。

「ねえさんには、本当に世話になったね。感謝しているよ」

 殿様は急にまじめになっていった。

「何かお礼をしたいけれど、あいにくと今俺には何もなくてね」

 殿様は、目を伏せた。瑠璃蜘蛛が、少し微笑んでいった。

「お礼なんかいいわ。あなたのおかげでこの十日間、本当に楽しかったわ。いろんなお話もできたし、街もめぐることができたし。私のほうがお礼をしたいぐらいよ」

「そっか」

 殿様は、なにやら考えてこういった。

「また、都に戻ったら、妓楼に戻るんだろう。窮屈だろうね」

 いきなり殿様はそんなことを言い出した。

「ええ。でも仕方がないわ」

「本当は自由になりたい?」

「それはそうだけれど。こんな身の上だもの、仕方がないわ」

 それじゃ、と殿様は、切り出した。

「俺が金で君を買って、逃がしてあげるといったらどうするの?」

「それは……」

 瑠璃蜘蛛は答えかけたが、少し顔が曇っていた。乙女の身請けについては、希望者多数の場合、くじ引きが通常だ。異例なこともなかったわけではないのだろうが、強引にそんなことをするのは、無作法だとされていた。もし、殿様がそれを強行すれば、彼は以前の噂にたがわぬ暴君として非難されるだろう。

「気持ちはありがたいけれど、それはいけないわ。そんな無理な不正がわかったら、あなたの世間体を汚してしまうし、私も、周りの乙女のねえさんたちに申し訳が立たないもの」

「全部捨てて逃げちまえばいいじゃないか。しがらみになるものなんか、全部捨てちまえば、逃げられるよ。俺もそうしたいもの。身分も立場も宿命も全部捨てて、逃げちまわないのかい?」

「それはそうだけど、……けれど、だめだわ」

 瑠璃蜘蛛は、かすかに微笑んだ。寂しげだが、その表情は凛として堂々としていた。

「だって、私は星の女神様の乙女だもの。乙女としてのお役目はまっとうしなければいけない。それは私の誇りなの。私はそれを支えに生きてきたのだもの。恩恵にあずかっておいて、今更逃げることは許されないわ。だって、そのおかげで貴方を助けることもできたのよ。だから、いけないわ」

「そういうと思っていたよ」

 殿様は、いたずらっぽい顔になった。

「それじゃ、正々堂々名乗りをあげてさ、くじ引きしてあたった暁には、君と結婚するといっても、君は同じように喜ばないんだろうね」

 瑠璃蜘蛛は、はっとして何か答えようとした様子だった。鈍い瑠璃蜘蛛も、さすがにこの言葉で、殿様の気持ちに気づいたらしい。殿様のその言葉は、遠まわしながら、明らかに求婚の意味をもっているのだから。

 しかし、彼女が何かを答える前に、殿様が笑いながら手を出して制した。

「何も言わないでいいんだ。どうせ答えはわかってるよ。それに、いいんだ。自分の身一つどうにもできない明日をも知れない俺じゃ、他人を幸せにするどころじゃないしね。なみいる競争相手に勝てるほど魅力的でもなさそうだし、挙句の果てにくじ引きで負けそうだし。それに第一、ねえさんをものみたいにかけてくじを引く気にはなれないよ。それに、君を金で買う行為は、君自身を侮辱することになるってことも、わかっているからね……。お金で買えるような人じゃないことは、よくわかっているつもりだよ」

 殿様は、わざとらしく軽い調子で言った。

「へへ、俺はホント卑怯だなあ。拒否されるのが怖いもんで、先に自分でいっちまうんだよ。本当に格好悪くて卑怯なだめ男さ、俺は。でも、今からもっとカッコ悪いことをいうんだ。適当に聞き流してくれよ」

 殿様は、目を伏せて、少しまじめな顔つきになった。

「本当は、今だって俺は役割全部捨てて逃げちまいたいと思ってるよ。とびきり綺麗で頭がよくてやさしい恋人とね。そのコが全部捨てて俺と逃げてくれるなら、俺も全部捨てて一緒に世界の果てまで逃げてしまいたいと思ってる」

 はは、と殿様は軽く笑った。

「でも、それは無理な話さあ。俺はもう逃げるのはやめるといったし、そのコは俺と違って運命から逃げるような卑怯なひとじゃない。俺はそのひとのそういうところが好きになった。それに逃げるのをやめたって宣言してすぐ、手のひら返すなんて、カッコ悪すぎるよな。俺ももう逃げないよ」

 ふっと殿様は寂しげに笑った。

「だから、俺はそのコの名前をきかないよ。その代わり、何があってもいまのままのねえさんでいてくれよな」

 一瞬、静寂が流れた。

「私ね」

 黙っていた瑠璃蜘蛛は、口を開くと彼女にしては早口に言った。

「あなたには本当に感謝しているの。あなたと一緒に旅ができてよかったと思っているわ。今の話もうれしかったわ。私がもっと自由な身の上だったら、本当によかったのに。私も、もっとあなたと旅がしてみたかった」

 殿様は笑った。

「ありがとう。そういってくれるだけでいいよ」

 そんな話をしているうちに、バルコニーから見える中庭に、先ほどの人影が辿りついていた。

 やはり、予想したとおり、それは殿様の世話係をつとめていた男だった。

 よほど急いできたのだろう。疲れ果てた様子で、彼は中庭のかがり火の近くでひざをついていた。その手に、殿様がかつて身に着けていた、赤い衣服と仮面がきつく握り締められていた。

 殿様が死んでいると思っているらしい、彼の表情は暗かった。彼は殿様の死を確認するためにここに来たのだ。多分、確認すれば、自分も死ぬつもりでここに来たのだろう。今にでも、なにか早まったことをしそうなほど、彼は追い詰められた表情をしていた。

「もう、俺いかなきゃ……」

「ええ、早くいってあげて……」

 殿様は、うつむいて私のほうを見た。

「夕映えには、よろしくいっておいてくれよ。感謝してたって」

「はい」

 私は頷いた。

 殿様は、今にもいってしまいそうだったが、そのとき、すっと瑠璃蜘蛛が手を出した。

 殿様は、少しためらっていたが、彼女の手をしっかり握って彼女を見た。

 名残惜しそうではあったが、彼は決意したように微笑んだ。

「さよなら、ねえさん」

「さようなら」

 手を放した後、殿様はきびすを返してバルコニーを出て行った。一度も振り返ることはなかった。

 ほどなく、中庭に殿様は姿を現していた。

 マントを翻しつつ、彼は朝の風の中、その男の前に立っていた。殿様はその男の名前を呼んだらしく、彼は殿様のほうを見た。

 その人はどんな気持ちで殿様を見たのだろう。

 乱心して遊びほうけていた自分の主君が、昔のように凛々しい戦士の姿で神殿に立っている。青いタイルで飾られた神殿を前に、青の軍衣をはためかせ、威厳すら感じさせる姿でたたずんでいる若者。それが、死んだはずだと思っている彼の主だとしたら。

 彼は多分、幻覚か幽霊だと思ったのだろう。涙を浮かべて、呆然と殿様を見上げていた。

「殿下」

 ぽつりと呟いた男に、殿様は笑いかけた。

「そんな顔をしなくても消えやしないよ。幽霊じゃないよ」

「殿下……!」

 男は、赤い上着と仮面を放り出して駆け寄った。落とした衝撃で仮面が割れて、粉々に砕けたが、彼はそれに目もくれなかった。

 殿様は彼を迎え、足元にすがりつく男の肩に手をかける。男は泣いているようで、嗚咽がきこえてきた。

「今までごめんよ。でも、俺はもう大丈夫だから……」

 殿様がそういって、世話係の男を慰めているのを眺め、瑠璃蜘蛛は、しずかに目を伏せた。そして、何も言わないまま、静かにバルコニーから出て行った。彼女の感情は、その表情から一切読めなかった。

 それはいつもの瑠璃蜘蛛だった。

 感情をまったく表に出さず、無関心のようにしか見えない冷たい人形のよう。まるで何事もなかったかのように、彼女は平静だった。

 そのうちに、本隊が到着した。夕映えのねえさまは私を見るなり、駆け寄ってきて私を抱きしめてくれた。

 涙声で私の無事を喜んでくれたねえさまが、ようやく殿様のことを口にしたときには、すでに彼の姿はなかった。

 どこにいったのかもわからない。乗ってきた馬と、あの男と共に、殿様は消えていた。もちろん、瑠璃蜘蛛が彼のことを口にすることもなかった。

 



 そうして、その年の祭りは終わりを告げた。私とねえさま、そして瑠璃蜘蛛は、十日の平穏な帰路を経て王都に帰って日常に戻っていった。

 殿様を恋しがる夕映えのねえさまに、私は殿様は、二日目の朝に王都に戻ったのだと嘘をついた。

 しばらくしてから、夕映えのねえさまと妓楼に対して、お礼の品が送られてきた。それが殿様からであることは、予想ができたけれど、送り主はあくまで伏せられていた。私がそのことに気づいたのは、その品物が私にも送られてきていたことだ。かわいい髪飾りで、一言、私に対する礼の書かれた紙が入っていた。

 紅楼には、もう彼が戻らないということは、多分ねえさまもわかっていたのだろう。ねえさまは、殿様について私に尋ねるのをやめた。

 その後、殿様が占拠していた部屋は引き払われ、改装された。殿様がいたころの部屋の雰囲気とはまったく違って、風通しがよく、日当たりのいい部屋になっていて、大切なお客様を迎えるのに使われた。

 瑠璃蜘蛛とは、その後も交流があったのだが、彼女も、その後、殿様のことについて語ることはなかった。

 だから、あれから私の中でも、殿様の痕跡は消え果ててしまっていた。かれがそばにいたのが幻のようだった。そう、最初から、紅楼の殿様などという人物はいなかったかのようだった。

 殿様と瑠璃蜘蛛が、楽しげに話をしていたあの情景さえ、幻のように――。



 そういえば、あの時、神官長が帰り際に一言語った言葉があった。

 今年、星の女神様はひとつの神託を下した。

 ――王が不在の国は、戦乱がつづいているが、次の王は女神の祝福を受けた。次の王が即位すれば国は必ず平和になり、穏やかな繁栄を取り戻すことだろう。

 それが何をしめすのか、私にはわからない。


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