プロローグ 3

一週間ほど先生を観察してわかった事がある。どうやらスランプであるらしい。毎日起きて食事をした後、仕事机の前に座って1、2時間はうーんと唸ってアイデアを考えているのだ。結局何も浮かばないらしくゲームを始める。野球ゲームであったり、FPSであったり、楽しくてやっているというよりは、現実逃避に近い感じだ。


そんな先生の姿を見て不憫に思う反面、続きを書いてもらわねば成仏できないのだ。何としてもアイデアを絞り出して続きを書いて貰わねばならない。しかし、今の私は俗に言う幽霊である。頭を叩こうに触れられないし、気持ちを伝える手段も無い。


「そうだ、見える人探そう!」


我ながらいいアイデアである。私が幽霊であるならば、霊能者的な人であれば私の事が見え、言葉もわかるのではないだろうかと考えた。その人に協力してもらえれば、私の思いを伝えられるかもしれない。私は先生のアトリエを飛び出すと、東京中を駆け巡った。


しかし、結果は非常に残念なものだった。テレビ出ていた有名な霊能者も占い師も誰も彼も私の存在に気がつく事は無かった。5日ほどかけて様々な場所を駆けずり回ったが、全て無駄に終わった。霊体だから疲れはしないもののショックは大きい。落胆とともにアトリエに戻ってきたが、先生は相変わらずゲームをやっている。ある意味とても規則正しい生活である。


このまま見えるひとを探し続けるのか、気長に先生がスランプを抜け出すのを待つのか……。ベッドで横になり、熟睡している先生の寝顔を私は恨めしそうに見つめた。


「寝られるって羨ましい……」


死んでからというもの、人話す事は出来ないし夜眠ることもない。孤独なのだ。もしこのまま先生がスランプを脱せずに作品を完結しなかったら私はどうなるのだろう。このままずっと孤独に傍観者としてあり続けるのだろうか……。そんな事は耐えられない。絶望的な状況にベッドで横たわる先生にもたれ掛かった。


その時、周囲が真っ白に光ったかと思うと、次の瞬間、草原に囲まれた一本道の真ん中に立っていた。


「ここは……一体!?」


周囲をよく見るとどこかで見た事のある風景に思える。風車が立ち並び、草原と麦畑が広がっている。それに私の格好がおかしい。魔術師の様なローブに手に杖を持っている。このデザインには見覚えがある。


「これはエターナルクエスト、魔術師エリーゼの格好!」


私は自分の同様を抑えきれない。自分が死んだ時でさえ、冷めた目で、かなり冷静に状況を把握していたのに、今度ばかりは事情が違う。何が怒ったのか全く理解できない。私が自分の格好をあたふたしながら確認していると、後ろの方から私を呼ぶ声がした。


「エリーゼ!こっちには不信な人影はいなかったよ!」


そう呼びかけて来るのは私の推しキャラ、マティアス様だ。こうなったら私はもう冷静ではいられない。心臓が口から飛び出そうなくらいにドキドキしている。マティアス様の他にもエターナルクエストの登場キャラ、マルクスとアーベルも一緒だ。


頭をフル回転して状況を整理する。私は魔術師エリーゼの格好をしていて、エターナルクエストの主要キャラと一緒にいる。風車が立ち並んで、麦畑が……。そしてこの状況にマティアス様のこのセリフ……。これはもしかしたら休載直前回でマティアス様の故郷の国に助力を願う為に向かう途中、盗賊に襲われるあの新章第8話の12ページあたりじゃないのか!?だとしたら次はマルクスのあのセリフだ。


「エリーゼは心配性だな、確かに背の高い麦畑はあるが見通しが悪いって訳でもない。こんな所で襲って来るやつはいないさ。」


きたーーー!私は心の中で大きく叫んだ。はいはい、知ってますよ、知ってますとも。何度も読み返しましたからね。次はアーベルのセリフで、用心に越した事はないでしょ!


「用心に越した事はないさ、さあ、行こうぜ!」


間違いない。私は休載直前回のエターナルクエストの世界の中にいるのだ。だとするならばこのまま街道を歩いていくと右側に一際大きな風車が見える場所で盗賊に襲われるはずだ。エターナルクエストはそこで休載している。続きを実体験できるなんてと期待に胸を膨らませながら、私は歩みを進めた。


物語の世界に入り込めた事と、すぐ近くに推しキャラ、マティアス様がいる事で俄然テンションが上がった私は、意気揚々と歩みを進める。何処で盗賊が出て来るかもわかっているし派手にかっこよく活躍してやろうと意気込んだ。呪文やスキルは漫画内で読んでわかっている、多少手間取るかもしれないけれど問題ないだろう。


しばらく歩いていると右手の方に一際大きい風車が見えてきた。予定通りであればそろそろ来るはずだ。ウキウキしたまま盗賊の出現を待っていると、予定通り両側の麦畑から音を立てて男たちが6、7人出てきた。仲間達は急な襲撃に身構えているが、私にとっては台本通りだ。


「ファイアボール!」


私が呪文を詠唱すると、杖から勢いよく火の玉が3つ飛び出し、盗賊に命中した。自分の出した魔法の威力に驚いていると、アーベルが油断するなと声をかけて来る。もちろん油断する気は無い。ここはひとつ私だけの力で撃退してかっこいい所を見せてやろうと思い、一歩前に踏み出そうとした。


「あっ……」


服の裾を踏んだ。勢いよくつんのめった私は顔面から着地した。能力はエリーゼでも操縦しているのは私【絵里】なのだ。


「エリーゼ!!」


マティアス様の声がする、心配してくれている!と喜びつつ立ち上がろうと顔を上げるとそこに振り下ろされる斧が見えた。眼前が真っ暗になったかと思うと一気に後ろに吹き飛ばされた。目を開けるとそこは先生の寝室だった。カーテンから朝日が差し込んでいる。どうやら私はエターナルクエストの世界でも死んでしまったらしい。


しばらく呆然としていたが、先生が目を覚ますと私も我に返った。さっきまでの体験はなんだったのか、なぜエターナルクエストの世界に入れたのか。そんなことを考えていると、先生が寝室からで間に独り言を漏らした。


「なんだこの夢は、俺はエリーゼを殺したいのか……?ったく……」


そういって部屋を出て行った。これはい一体どういうことだろう、先生の夢と私の体験がリンクしている?私がエターナルクエストの世界で体験していた事を先生が夢として見ていたという事だろうか?状況の整理ができないまま先生の様子を観察する。


今日はいつもより長く仕事机に座っている。なんとかアイデアを書きかけて辞めるのを繰り返している。結局いつもより2時間程粘ったが、諦めてゲームを始めてしまったのだが。


昨日見た夢がなんとなく刺激になったのだろうか?だとすれば昨日と同じ状況を作り出せれば先生のアイデアに貢献できるかもしれない。先生のスランプ脱出と私の成仏の為に、やるしかないと決意固めるのであった。

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