神の血 アウトランド
Man 2.5
第1話 依頼
魔を狩る者―「ハンター」の集会場は地下にある大広間だ。コンクリートに囲まれた灰色の空間に少なからずの人々が集まっており、広さのわり非力な照明のせいで薄暗い闇に染まっている。
色彩に乏しい世界を飾る唯一のものは金属の煌きだ。ハンターたちが身に携わる武器が光に反射し、銀とブロンズの閃きをちらつかせている。銃を携える者、曲刀を腰にぶら下げる者、クロスボウを背負う者、身長同等の大剣を重そうに担ぐ者、フレイルのチェーンをじゃらじゃらと揺らす者、実に多彩だ。皆、一つの目的でここに集まっている。狩りの依頼と報酬の受け取りだ。
広間の奥には鉄柵で囲まれたカウンターが連なっている。中にスタッフが座っており、柵越しにハンターたちとやり取りをしている。狩りのターゲットを書いた依頼書を渡したり、証拠物の引き換えに報酬金を渡したり、しつこい金額交渉に顔をしかめたり、手と口を止むことなく動かしていた。
カウンター以外のスペースはすべて休憩と団らんのためのものだ。ハンターたちは立ちテーブルを囲んで雑談し、たばこを吹かしながら時折飲料缶を口に当てていた。白煙が微かに漂い、話し声と笑い声が飛び交う光景は酒場と勘違いせずにいられないほど賑わっている。
忽然と現れた一人の人影に、場が瞬時に静まった。皆もが話を辞め、その姿を食い入るように見つめている。紺色のロングコートを羽織るその男は20代の青年に見えたが、実年齢だと信じる人は誰一人いない。
男は中折れ帽を目が隠れるまで深く被り、黒いスカーフで口元を隠している。顔を極力見せない怪しげな格好にハンターたちは目を潜めた。それからすぐに、彼の左手にぶら下がっている麻袋に視線を集中した。子供が丸まって入っているかのような大きさだ。黒く染まった底から赤い液体が染み出し、ゆっくりと滴り落ちている。
男は上半身を少しばかり横に倒し、掌からずり落ちそうになる袋を何度も持ち直しながらカウンターに向かった。その後を追うように赤い点が床の上で緩やかなS字曲線を描いた。足を動かすたびに、コートの裾から二つの拳銃がちらりと姿を覗かせる。それらはなめし革の鞘に包まれ、太ももの外側に左右一丁ずつ縛り付けられている。
中央にある一際大きなカウンターの前に男は立ち止まった。背中をのけ反りながら両手で麻袋を持ち上げる。スタッフがしげしげと見つめるなか、「ドン」と重い音を立ててカウンターの上に叩きつけた。染み出した赤い液体が放射状に台の表面を飛び散った。
男はずれた帽子を直した。一房の銀髪がぎらりと零れ落ちる。髪の色素にしてあまりにもけばけばしく、磨かれた銀鉱石そのもの光沢を帯びていた。
カウンター奥に座るスタッフは恐る恐る手を伸ばし、袋の巾着口を開けた。中から現れたのは巨大な頭だ。人の形をしているが、皺だらけの顔に目と鼻がなく、真ん中をぶった切るように大きな口が裂いている。太くて鋭い牙の隙間に自身の黒い毛髪が絡みつき、口は墨を喰ったように「にかっ」と笑ったまま静止している。
スタッフは青ざめながら後ろに振り向き、壁にあるポスターを見た。そこには頭の持ち主と思しき怪物のイラストが描かれていた。
「
「ひとりで、か」震える声でスタッフが尋ねる。
「はい」
集会場がざわつき始めた。
束の間の沈黙を経て、スタッフは目を泳がせた。
「こいつはチーム討伐対象だ。報酬金は4人分の合計金額だから、あんたには一人分しか当たらんけど、いいな」
男は顔を上げた。帽子の影から瞳がじっとスタッフを見据えている。見る者を吸い込んでしまう、深い渦を湛えた青い瞳だ。
スタッフはどぎまぎしはじめた。本来全額を支払うべきだが、うそを通せば、残り3人分の金は自分のポケットの中に入る。その浅はかな思惑がこの男に見破られようとしているのかと思うと冷や汗が溢れ出した。
男は手を差しだした。
「構わない」
ほっとしたスタッフは男に聞こえないようこっそりと息をつき、すぐさま引き出しをあさり、薄い札束を取って数えてから渡した。くすんだ緑色の紙切れを指先でざっと捲り、男は枚数を数えた。麦色の肌に包まれた長くてがっしりとした指だ。一本一本に不思議なタトゥーが入っている。
「一枚足りないな」
「クリーニング代を差し引いた」スタッフは血染めになったカウンターと床を目で指した。
睨みつける青い瞳に嫌悪と軽蔑が混じった。
集会場を立ち去ろうとする男は背後から呼び止められた。
「ルシエン!」
振り向くと、人混みを押しのけながら、一人の大柄な男が距離を縮めてきた。歳は50代といったところ、こちらは実年齢だ。
「よう、ジャックス。一般人がハンターの集会場にいるとは思わなかったよ」
「あんたを探していたぞ。仕事を持ってきた」
大男は図太い声で言うと、胸元のポケットから封筒を一枚取り出してルシエンに差し出した。厚みのある羊皮紙の封筒で、丁重に封されている。ルシエンはそれを見据えたまま受け取ろうとしなかった。
「
「わざわざ君のために持ってきた。依頼主は地主だから、報酬は弾むぞ」
「金は要らないと言った」
「そう冷たくするな。あんたが光る仕事だ。ターゲットは
ルシエンはため息をついた。
「わかったよ……」
封筒に手を伸ばすルシエンにジャックスがグッと近寄る。そして声を抑え、真剣な表情を見せた。
「なあ、本当にこれでいいのか」
「ぼくが狩りして稼いだ報酬金の2割を、情報提供した君に分けるという約束だ。それでも不満か」
「いいやそういうことじゃない。あんたは一生、こんな血みどろな仕事をするつもりか。その腕の良さをもってすれば、もっと大きな仕事はいくらでも紹介してやれるからな」
ルシエンは少しだけ頭を傾げた。
「君の言う大きな仕事はいつも嫌な臭いがする」
ジャックスが微かに顎を引いた。ルシエンは続けた。
「それに、ぼくはどんな仕事をやっても血みどろになるよ」
大男にそれ以上言うことはなかった。立ち去るルシエンの背中を顔をしかめたまま見送った。
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